心機一転 機会は危機に急転直下
師より弟子へ受け継がれるのは魔術師における家紋のようなものとも言える“刻印”と、積み上げてきた研究の成果、智慧、魔力。
それらが師の代替わりと共に弟子へ継承されるのですが、当然注がれる量がその器より多ければ零れ落ちて無駄になるので、魔術師は素質の高い弟子を探します。
自分を超えなければ弟子に代を継ぐ意味はないですからね、高位の魔術師にとって自分の寿命を延ばす術なんて幾らでもある訳ですから。
魔術師の名門ともなれば数百人の弟子希望者から選りすぐりの数名がようやく師の手伝いに携われて、そのまま数十年…ものによっては数百年ずっと代替わりしないなんて事もあり得ます。
狭き門どころじゃないな…
師匠は弟子の面倒を見るものなので、生活費などの金銭的負担は師匠が払います。
弟子希望者はその限りではないので、彼らは魔術の研鑽と共に日々働かなければならないので、魔術系の学生にとって弟子入りというのは就活のようなものです。
「───とまあ、そこで死んだと思いましたが、目が覚めたら辺りには誰も居なくて、仕方なしに小屋へと戻り、師匠の帰りを待ちながら一月ほど…」
長々と、彼女は語った。
自らの過去を、その変遷を、目の前の少年へ偽りなく語った。
自らの師が死んだことを理解したのは、小屋に残った蔵書から魔術師の系譜、その証である刻印が自らに移ったその意味を知った時であったという。
生きる価値を見失った彼女は、暫く悩んだ後に、師が遺した物品から、自身が今在籍している学院の前身、魔道学校への推薦状を発見し、旅立ちを決意したのだと…
弟子であるとは言え、立場上奴隷であった彼女には、給与体制が存在し、金銭管理に疎い彼女の師は結構な額の給与を払って居た事。
師が遺した物品から、自身の戸籍まで用意してくれていた事など、逐一世情を交えながら話されるその口語の分かりやすさは、彼女が教職に就いていることを如実に物語っていた。
少なくとも、僕が、彼女の言に嘘はないと信じるには十分で、日の傾きが分かりやすくなる程度には話し込んだ。
「それで、本題に戻りますけどこの村に来た目的はなんでしょう?」
まあ、それではぐらかされる程、僕も甘い経験をして来たわけではないけれど
「はぁ…少年は、なんというか…随分と生きづらい性格をしていますね。
私が直接的な言及を避けていた意図は分かっている筈なんデスけどネー」
「はい、それでも尚……いえ、だからこそ聞きたいんです。
そこまで知られてはマズイ事がこの村にあると言うんですか?」
そう、会ってからここまで、彼女は頑なに村に来た本当の理由を僕にはぐらかしてきた。
学院から命じられた調査
災害の避難勧告
嘘ではないのだろう、だけど僕は知っている。
この人の顔や目は、これまでに幾度となく見てきたものと同じ、建前と本音が合致した大人のものだ。
仕方ない、仕方ないと、自分を誤魔化して、罪悪感を振り撒くフリをする。
相手への申し訳なさではなく、自分の罪滅ぼしの為に善人を装うタイプの、よくいる大人だ。
「ルイーナさんの語った“災厄”の避難勧告、学院から命じられた調査、今語ってもらった昔の話から推察するに、ルイーナさんのお師匠さんが死んだ件と、“災厄”に関して新たな謎と、その調査を受けた…というものだと思うのですけれど」
「…ふぅ……少年、例えば──例えばですよ?親のような人が自分の知らないところで死んだとして、残された子どもは何をすると思いますか?」
「『死んでない』と現実を受け入れられない子、何もできず泣き喚く子、僕も何人か見てきましたけど、一番多いのは『なんで?』って、ずっと聞いてくる…真実を求める子でしょうか」
最も、施設で見てきたのは親が死んだ子ではなく、親に捨てられたのだと、そう告げられた子なのだけれど…
「ええ、そうデス。
そして私はどちらでもなく、自分の身の振り方を考えるだけでした。
これからどうやって生きていくのか、どうすれば生きていけるのか。
自分の生まれを言い訳にするつもりはないデスが、“自分がしたい事”で生きてきたわけではなかったので、師匠の死と共に、生きる目的というものが、プツリと消えてしまったのデス」
ふつふつと、言いようのない感情が込み上げてくる。
分かっている。
これが、理不尽な同族嫌悪だという事も、身勝手に相手を自分と同じだと決めつけているという事も。
親が自分を捨てた───そうと知った時、僕はどうなったのか、同じだ。
ただ自分が生きてる理由を見出せず、死ぬ事もないまま、ただ惰性で日々を過ごしていた。
そんな自分と彼女を、勝手に重ねている。
「デスので、少年の知る3つのおねーさんの内、2つは合ってますが、1つは違いまーす!
ふふっ、おねーさんは師匠の死を嘆くような善人ではありませんよ?」
少なくとも、僕にはルイーナさんのように、気遣いを持って明るく振る舞うなんて事は、出来そうにない。
「それでもおねーさんの事を知りたいと、少年が言うのでしたら、人でなしな私の弟子になる事デスね。
先程語ったのですから、“魔術師の弟子”がどういうものかは、理解してる筈ですがね?」
ルイーナさんは、僕がこれまでに見てきた“大人”と同じような人間だ。
涙を流すのは誰かの為ではなく、自分可愛さから
愛を謳うのは平和の為ではなく、我が身の安全故
けれど、そんな本心を疎ましく思い、建前が理想論だと知りながらも尊ぶ。
時と場合によって前後が逆になる。
それは、大人だけに限った話ではないのかもしれない。
だから彼女のこれは、最後通告のようなものなのだろう。
自らを善人ではないと、そう言った彼女の、子どもを危地に踏み込ませない為の良心。
僕が理解しているのも分かった上で言っている。
『関わるな』
言おうとしているのはこう言う事だと思う。
けれど、いや、だとしても…だ。
僕が踏み込むのは、知りたいからじゃない。
危険というのが万が一だとして、その程度の確率を無視して、もしあの子達や村の人たちが被害を受けた時、それを知らなかったで済ます事は出来ないからだ。
人の為なんて崇高なものじゃない。
結局は自分の為だ。
“僕が何かやらなきゃ”なんて使命感に酔ってるだけで、悪化する可能性だってある。
だからこそ、“だとしても”なんだ。
「なりますよ」
「──はい?」
「僕を弟子にしてください。師匠」
だとしても、それは僕が踏み込むのをやめる理由にはならない。
魔術師における師匠と弟子の立場というのは、そう簡単なものではなく、いわばその人の全てを継承する存在として弟子は師に教えを請うので、師匠から弟子へ嘘をつく事が出来ないようになっています。
嘘をつけない、というよりかは師匠と弟子の間に繋がれる契約紋によって互いにパスが出来ているので、“嘘をついたらなんとなく分かる”という感じなんですが…
なので、十年来の師弟などの場合、互いに通じ合ってる場合があったり、嘘と分からないような嘘ばかり言い合ってて両方が腹黒い場合もある訳です。
ケースバイケースです。
ただ、基本的には魔術師の中で「師は弟子に嘘をつけない」というのが共通認識としてある訳です。
ここではルイーナさんが魔術師の常識として幾つか主人公に語ったものの中にそれが入っていた為、「魔術師になったらキツイぞ〜?しかも悪ーい悪ーい魔術師であるお姉さんの弟子になっちゃうぞ〜?」的な脅しの意味を込めてルイーナさんは主人公に関わりを避けるよう提案してるという訳です。