ルイーナ・デュークリオン その3
投稿してると思ったらしてませんでした!
すいません全然気付いてなかったです。数ヶ月に渡って確認を怠ったのには理由すらないです!完全に怠けてました!!
お詫びにもなりませんが用意してた分に少しだけ増殖しました。
ある日の朝、まだ陽が昇りきらない時間に、魔術師の下へ1人の客人が訪れた。
聞けば遠縁にあたる馴染みの友だと言う。
「お茶を淹れますので少しばかりお待ちください」
客人のもてなし方は知っているものの、来訪の予定は知らず、取り乱しはしなかったものの、若干の焦りを見せながらそう告げ、客人を野暮ったいソファーへと案内する。
戸棚から、来客用に買ったそこそこの値段のする茶葉を使い、これまたそこそこの値段のしたティーカップを取り出す。
金銭に執着してる訳ではない魔術師が、値札を見てため息を吐く程度には高価なものだ。
丁寧に茶を淹れ、淀みなく流麗な所作で客人へ差し出し、魔術師を呼ぶ為に彼の部屋へと向かう。
「お師匠様、お客様がいらっしゃられております」
返事はない。
「古くからのご友人と仰っておられますが…」
返事はない
「お待たせしていますのでお早めに……」
返事はない
居間への距離を確認したあと、深く息を吸い、ゆっくりと吐く。
鍵付きの戸を開く為に“広く足幅を取り勢いを付け”声量に注意しながら“普段の調子で”、扉を蹴破る。
「師匠!あなたの友人が来たと言ってるんデス!!」
勢いよく扉を蹴り開けた、その勢いのまま部屋の中へ足を踏み入れる。
と同時、言葉にし難い“ナニカ”を知覚する。
これまでにも師である彼の部屋に入ったことはある。
魔術師としての彼の研究を何度も手伝ってきた。
けれど、今この部屋に入った時に感じたのはこれまでに感じたことのない“ナニカ”。
何なのかが分からないのだから“ナニカ”としか言いようがない。
ただ、その形容し難い“ナニカ”は決して不快なものではなく言うなればただの違和感、日常に混じった些細な…そう、異常と呼ぶのすら大仰と言える些末事。その程度のものだ。
「ほう、これはこれは」
不意に、頭上から声が聞こえた。
反射的に、扉を盾にするように飛び退き、声のした方を見るとそこには、客人である男の姿があった。
男はそのまま、勝手知ったるといった風に魔術師の部屋へ入り、机の下にいる魔術師を見えもしないのにそこにいると確信した風に小突きながらボヤく
「小間使いを買ってるのにまだ直ってないのか君のだらしなさは」
「んん…?やあキュレウス、おはよう。
いい朝じゃないか、君のような旧友の顔を見れて嬉しい限りだ」
「生憎だが昨夜から雨が降り続いている。
君がどうかは知らないが私の価値観ではこの天気でいい朝とは言わないな」
「………師匠が…一回で起きた……」
気心の知れた仲なのだろう、客人は身なりの良い背格好でありながら師のようなだらしのない人と対等の立場で話し合っている。
それに、いつもは2、3回…酷い時は5回は起こさなければならないほど朝に弱い彼が、客人の声を聞いただけで起きるのが少女には何より衝撃だった。
いやまあ、客人は彼を小突いてもいたのだが……
「雨が降ってるなら良い天気じゃないか、ほら、依頼していた“魔装”の完成品がこれだ」
「ふむ、確かに…では試しても?」
「その為にわざわざ受け取りに来たんだろ君は…」
「はっはっは、よく分かってるじゃないか」
そうこうしている内に、魔術師と客人の会話は済んだようで、時は短しと言う風に、2人は外へ出かけようとしていた。
「し、師匠!出掛けるのでしたら着替えてからにしてください!」
「お出かけ、ってわけじゃないんだから構わないよ」
「そうだとしても!外は雨が降っているのですから寝間着のままはやめてください!」
素早く、それでいて丁寧に、決して粗相など出来る筈もなく、少女は己が主人の身支度を整える。
水を弾く特殊な繊維で編まれた衣服をタンスから取り出し、身体が冷えないよう下に腹巻を用意する。
「こうして見ると小間使いと言うよりは世話係の方が正しい気がしてくるね、うん……ピッタリじゃないか?」
「君の方が3つ上だろう…」
「まだ身体も動くし身の回りのことは自分でやってるよ。そうだ、君も──」
「何が楽しくてあんなとこに行くのかね…」
否定の意…なのだろう、少女に客人の言うところは分からなかったが、食い気味に答えた魔術師の様子から、話に区切りがついた事は分かった。
「──終わりました」
だが、少女はあくまで奴隷でしかなく、そう扱われてないにしても魔術師の弟子でしかない。
師が雑に話を切り上げた話題に食いつくほど頭が回らない訳ではない。
淡々と、外出の準備を終え、雨粒を防ぐための魔術を起動する。
「実体魔法陣、発動工程を受領。
“起動”、“展開”
効果範囲を相対座標で固定…
“出力調整”、“安全機能”
………完了。
十分な広さを取ったものと思いますが余り離れすぎないようご同行願います」
「む…小間使いではなく弟子だったか…となると、君……教導する立場にいながら、さすがにアレはどうかと思うがね?」
「私が頼んだのではないし、彼女はそういう立場として買われたんだから仕方ないだろう」
師匠と客人が2、3、言葉を交わしながら軒先から足を踏み出す。
既に彼らの会話の内容は少女の頭に入ってきていない。
未熟なその身では今使っているような規模の魔術を片手間に扱うまでにないからである。
実体魔法陣…別段、この魔術自体はこれといった高等魔術などではなく、それこそ1口程で発動が可能な初級魔術だ。
“魔術を行使する為の魔法陣”を“実体を伴って出現させる”
厳密に言えば『魔術』の定義にすら当てはまらず、通常の魔法の行使では魔力の無駄使いにしかならない“技術”だ。
物理的な耐久度は魔力量に依存し、盾には向かない。
けれど、雨風を防ぐには十分であり、展開までの時間も短い。
初歩の初歩である為、発動範囲や詠唱を改造やすく、まだ初級者の域を出ない彼女でも自分好みに扱う事ができる。
では、なぜ彼女はそんな簡単な魔術の行使を、顔には出さないまでも困難とするのか…
「ほほお、これはこれは」
「珍しいだろう、彼女は“ルーン魔術”の素養があるんだ」
ルーン魔術、北欧神話の主神オーディンが編み出したとされるルーン文字を用いた魔術。
誕生には諸説あり
“世界樹に縛り付けられた際、自らを縛る縄の網目や周囲の柵の模様から編み出した。”
“ルーン文字の秘密を探る最中、とある泉の水を飲み、片方の瞳と引き換えに会得した”ともされる。
そんな起源は知る由も無し、彼らを含めこの世界の住人がそんな話を知っているのかどうか…
そんな事は斯くや、魔術・魔法と一括りにはしているものの、“どれ”を扱うにせよ魔術師としての素養が求められる。
“誰でも掴める秘法は秘たり得ない”
まず魔術を行使する為には周囲に存在する魔を身体に取り込み、意のままに操作する才能が必要になる。
さて、この世界における“魔”とはなにか?
この世界には物理法則とは異なる『魔術法則』とでも呼ぶべき世の理が存在する。
例えば、凡ゆる物質は巨大な質量を持つ他の物質が引き起こす引力…星の重力に引きずられ、その中心…星の核へと落ちていくが、世界に漂う魔はその例に当たらない。
例えば、酸素や窒素、金や鉄など、全ての物質は元素の集合によって形を成しているが、魔はそもそも形を成していない。
“物質ならざるもの”としか言えないものが魔であり、それによって成り立つ理が確かに存在する。
遥か昔、とある大魔導士が発見したのは、“全ての物質は魔から生成される”というものだった。
魔は、何らかの外的要因によってその性質を変化させる特徴を持ち、それによって“物質を構成する最小の単位である元素”を生成する“最初の単位”として魔素という呼称が定着した。
また、とある大賢者は魔術の根源へと至る過程で、“魔が人の精神に感応して魔術を発動させている”事を世に知らしめた。
魔術を発動させる為には幾つかの手段がある。
1つに詠唱、取り込んだ魔を特定の文法や単語で発声することで魔が姿を変え、生来の力を呼び起こすとされる言霊信仰由来の手段。
1つに魔法陣、ルーン文字を筆頭に特定の記号や図形を組み合わせた陣に魔を流し込むことで、陣を流れる魔が何らかの魔学変化を起こしているとされる錬金術由来の手段。
基礎となるのはこの2つであり、ここから土地ごとに細分化され、土地や民族の数だけ数多の魔術が存在する。
魔術師は自らの研究の為にルーン魔術を扱える術者が必要だと知り、その素養を持つ者として、少女を買い取ったのだ。
だから少女は殊ルーン魔術の扱いに関しては一層の熱意を持って取り組む。
それが自身の価値を証明する唯一の方法であるからだ。
「うん、少し集中しすぎのきらいはけれど、術式の展開速度も早かったし、ルーンによる制御も安定している」
「ありがとうございます」
意識がルーン魔術の制御に大きく割かれているからか、平静を装っているつもりの少女は、自身の口角が上がって、少しばかりニヤけた顔をしている事に気付いていない。
毅然とした態度とやらに憧れる年頃なのだろう。
魔術師と少女、そして客人の3人は、雨天の中、山野を進み、一刻を過ぎた頃に開けた平原へと着いた。
「この辺りでいいだろうキュレウス、準備に取り掛かる」
「分かった。私の基礎設計から大きく変更した点は道中話したもので全部だね?」
「ああ、装着者への自動調整機能が付いているから細かな制御はしなくていい。
術者がするのは魔力の放出と魔装の座標固定、雷杭と雷鋼球の制御、そして術式の起動。この4つだけだ」
「“世界樹の雷”、“万を灼く天雷”、幾つもの名で呼ばれた“あの一撃”を我々人の氏族が再現する。
さて、これはその一歩となり得るのかどうか…」
「やってみせるさ…何より、これはまだ、私の魔導が至る根源、その通過点でしかないのだから」
「まだ若かった私たちが体験した“厄災の日”、あの日、あの場所で、我らは魔に魅入られた。
何もかもが滅びゆく終末の中で、余りにも美しかったあの魔法を、今ここに再現する」
──狂っている
少女は、言葉の端々に強い意志を込める彼らの会話から、ただ率直にそう感じた。
彼ら2人の過去を知らない。
だが、今目の前で言の葉を交わす男たちの目には、深く澱んだ狂気が宿っているように思えた。
そう感じたのは、単に、男たちが発する魔力に充てられたからだろうか、それとも……
「“三叉の罪架が地を穿つ”
“六の柱が我らを閉ざす”
“四の瞳は我らを覗き 降る怒りに身を焦がす”
“十三の神は嗤いを響かせ罪人はただ罰を待つ”」
男が詠み、魔術師はそれに合わせて魔装に注がれる魔力を調整する。
浮き上がった10個の金属球はそれぞれ別々の位置へと飛んでいき、円を描くように回り始める。
「“天を裂き空を喰らう獣”
“地に蹲る蛆を潰す”
“地より捧げられ天上より来たる者”
“天に昇る蝿を灼く”」
詠唱魔術は、魔言と呼ばれる方法で発声した言葉を、一節ずつ紡いで行われる。
何節も繋げばそれだけ魔術の精度は高く、細かな制御が可能になるが、やたらめったらに増やせば良いという訳ではない。
例えば、『火球を飛ばす』とった簡素な魔術であれば一節か二節、多くても四節までで抑えなければ、魔術式が暴発してしまう。
また、詠唱が12節を超える場合、魔法陣や何かしらの魔道具で補助しなければ魔言の効果が霧散してしまい、これまた魔術行使が不可能となってしまう。
男が詠唱しているのは既に8節、少女には後4節の間に詠唱が終わるとは思えず、事実、その予感は現実のものとなる。
「“狂乱の檻を喰らえ”
“崩れて繋げ”
“乱れて揃え”
“其は天の咆哮 万象を灰燼に帰す竜の慟哭”
“汝は枷を課す者”
“我は枷を放つ者”
“我ら極天に牙を突く”」
刹那、少女の右眼に激痛が走る。
声ともない悲鳴が喉より漏れる。
閉じた瞼に映る視界が本能に危険を報せている。
「師しょ───ッ」
身体の感覚が遠ざかっていく。
右眼から与えられる情報量に意識が耐えられなかったのか、それとも感覚器が魔の濁流に飲み込まれたのか
男が唱える詠唱は12節を3つ超えたところから聴こえなくなっている。
ただ、周囲に漂う魔の輝きが少女の瞳に焼き付いていた。
目に見えざる魔、それが今持って少女に激痛を与える右眼には視えていた。
知識でも、理解でもなく直感していた。
だから師に危険を知らせようとしたのだ。
視界が、真っ赤に染まっているかのようだった。
肉体の感覚が離れていくというのに、呼吸が乱れ、発汗と産毛が逆立ち、全身が危険を察知している事だけは分かった。
手遅れなんだろう。
諦観と脱力感が自分を支配する。
理由は分からない。
可能性が高いのは術式の暴走だが…まあ、今更どうでもいい事だ。
遠くで師匠の叫ぶ声が聞こえる。
激昂しているように聞こえるけれど、何に対してか、誰に対してかも分からない。
分からない
分からない
分からない
自分が死ぬ理由も、聞こえてくる師匠の声の理由すらも分からない。
どうでもいいと、諦めてはいるけど、ちょっとだけ、“分からないのが悔しい”と、そう感じた。
少女、というかルイーナさんですが、彼女はルーン魔術の素養と、その他に5属性への高位の適正、魔を視る事が出来る魔眼を持っています。
魔は精神に感応し、様々な性質へと変化しますので、魔を視れるという事は、好意や敵意、果ては危機察知などの限定的な未来予測も可能となります。
ただ魔眼の発症直後で扱いに慣れてなかったので、脳がその情報の処理を上手く行えず、フィードバックがルイーナさんを襲ったという訳です。
死ぬほど痛いしなんなら死ねるくらいの激痛が襲う設定になってるので、魔眼そのものの認知度は低く、「多量の魔を浴びた者は感覚器の異常によりショック死する」として誤認されているという事になっています。
魔眼の設定としては他にも種類が在りますが、何れも「脳が処理する情報とは異質のものなので発症直後は基本死ぬか気絶するか廃人になる」という最早病気のようなものです。
キュレウスさんと師匠さんは諸事情によりここで死亡します。
魔術の暴走による事故死ではないです。
詳しくは別話にて語られますので、その時をお待ち下さい。