ルイーナ・デュークリオン その2
ルイーナさんのちょっとした昔語りです。
1人の女の子がいた。
我が子に情愛を持たない両親の下に生まれたのだろうその子は、肉親から名前や、祝福を与えられぬままに、奴隷へと身を堕とされた。
赤子を取り扱う奴隷商など、謂わゆる“裏”の中でもごく少数、相当な連中ばかりだ。
少女の両親が何故そこに辿り着けたのかは分からないが、碌でもない理由だというのは容易に想像がつく。
とまあ、かくして少女は地獄のような日々を送る事となった。
物心ついた頃には、既にその身に恐怖を憶えこまされていた。
鞭を打ち付ける音が響けば、即座に姿勢を正し惨めな姿で許しを請いながら痛みに声を抑える準備をしていた。
ボロ布を噛み締め、自らの血と泥に塗れた肉体を眺めながら、どうしようもない現実を諦め、それでも痛みや恐怖から逃れようと僅かばかりの生存本能が、痛みに耐えようとする。
顧客向けに、最低限の礼儀作法と、逆らえないよう質素な食事を与えられ、カビの生えた藁にくるまり眠る。
不幸中の幸いというべきか、商品である彼女らは週に一度、競売にかけられる時だけは風呂で汚れを落とし、傷の手当てと身嗜みを整えられる機会があったこと。
奴隷商館に飼われた奴隷たちは、一部を除き汚れたまま、傷口には蛆が湧いている。
ああ、アレに比べればまだマシなんだ
なんて、後ろ向きに前向きな事を考えながら日々を過ごし、人並みの生活というものを想像すら出来ずにいた。
そんな少女に転機が訪れたのは焔色のローブに身を包んだ1人の客が、幾枚もの金貨を商人に握らせ、少女の前に現れた時だった。
「私は君を買う。不当に陥れる事もしない。
だがそれは、君の才能を見込んでの事だ。
選ぶといい、君はこのまま此処で過ごすか、私の下で魔術を学ぶか」
「わ…たし、を…買っ、てくだ…さい」
掠れた声で、だが数瞬の迷いなく、少女は目の前の人物の手を握った。
魔術なんてものは知らない。
自らの才能など、見当もつかない。
だが、それでも
例え今以上の生活を想像も出来ないとしても
“痛くされないのなら”と少女は一つの道を選んだ。
用意されたものではあるが、自らの意思で、一つの未来を選んだのだ。
弱々しい声で、怯えた暗い瞳で、助けを求めるような惨めな姿だったのだろう。
そんな事は、少女を買った彼の知った事ではない。
そうして少女は魔術師の弟子見習いとなった。
魔術師は、だらしのない人物であった。
魔道にばかりかまけて、毎日の家事はおざなり、掃き溜めと称せる様な小屋で、日々研究を続ける。
少女は先ず、小屋の片付けを行なった。
これではあの商館と、どちらが衛生的か分からないと思ったからだ。
幸い、奴隷として出来る事はある程度教えられていた為、3日ほどかけて小屋を片付ける事が出来た。
片付けにだけ邁進出来ればもっと早かっただろうが、そもそも小屋に来たのは、自分を買った魔術師の目的があってのものでしかなく、散らかり具合も何のその、魔術師は少女に魔道を教えてきた。
奴隷の立場で無視する事も出来ず、少女は魔術師の指導を受ける傍らに、小屋の片付けを行なっていた。
そうして少女は、だらしのない魔術師の世話を焼きながら、多忙な毎日を送った。
朝は日の出と共に目覚め、顔を洗った後、朝食を作る。
合間に水回りを片付けながら、師を起こしに行く。
雑に済ませようとする彼に半ば無理矢理野菜をねじ込み、朝食を済ませた後、素早く布団を干す。
魔術師の研究の手伝いをしながら、彼から魔道を学ぶ。
昼食を済ませ、魔術の鍛錬をしながら献立を考える。
鍛錬の時間が終わり、魔術師からの魔道のレッスンが始まる。
日が沈む少し前にレッスンが終わり、布団を畳んで夕食へと取り掛かる。
その日に出たゴミを纏め、燃やす。
嫌がる彼を風呂へ押し込み、火の番を。
汗やススで汚れた衣服を脱ぎ捨て、風呂に入る。
彼は火の番などしてくれないので、自分で湯加減を調節するしかない。
そもそも風呂…浴槽を小屋に設置するのは“赤”の鍛錬の為とこじ付けた自らの要望なので火の番を自分がするのは当然なのだろう。
浴室を掃除した後、衣類の洗濯を行い、魔術師の研究の手伝いへと戻る。
ひと段落ついた後、赤の魔石への魔供給を断ち、衣類をたたむ。
魔術師から出された課題を終わらせながら、今送っている日々が終わらぬように願う。
眠気を堪えながら課題を終わらせ、柔らかな布団へと包まり、ゆっくりと眠る。
そんな多忙で幸せな日々を過ごしていた。
その3は来週投稿予定です!!