裏仕事準備、開始
少女の歳を5歳から7歳に変更しました。
それからアレンは少女を連れて再び仕事場に戻って来た。
いつも通り仲間内で決めた入る為のノックをする。
するといつも通りのノックの返事が来るのをドア近くで待っていると、唐突にドアが開いた。
「遅いヨ!!」
「ぶふぅ!?」
「荷物二つにどれだけ時間が掛かってるノ!!もうこっちはお腹ペコペコなのに──って、人の話聞いてるノ!?」
「フェイが僕を吹き飛ばしたんでしょ!?それは理不尽過ぎだよ!」
「アーソー、ソレハワルカッタネ」
「誠意が感じられない!?」
「ともかく私はお腹がすいてるんダ!!早くご飯に──って、その子ハ?」
疲れているのかお腹が減っていたのか、フシャー!!という感じで気が立っていた女性、フェイはやっとアレンの傍にいる少女に気が付いた。
「この子は僕達の依頼者だ」
「……依頼人じゃないのカ?」
アレンはその言葉にしっかりと頷く。
それを見て、疑いを向けていたフェイの顔は真剣味を帯びた表情になり、ゆっくりと頷いた。
依頼人と依頼者は意味合いは一緒だが、アレン達にとって、それは全く違う意味合いを持つ。
表の仕事か、裏の仕事かで、やる事が全く変わるのだ。
表の仕事は物の配達、これは依頼人に分類される。
指定された場所、期日に依頼された物を届ける普通の配達だ。
対して裏の仕事は想いの配達。
これは、依頼者に変わりに依頼者の想いを対象者に届けるのが仕事で、アレン達の中では裏配達と呼ばれている。
助けて欲しい、逃がして欲しい、殺して欲しい等。
こういった想いを届ける役目を担うのだ。
簡単に言えば、やりたいけど出来ないから代わりにやってくれ、という汚れ仕事の様なものだ。
フェイは少しの間顎に手を当て考えるような素振りをしてからゆっくりと頷いた。
「わかった……入っていいヨ。話は中で聞くかラ」
「よし、それじゃあ行こうか」
「……コクン」
そうしてアレン達は少女の話をする為に仕事場の中に入って行くのだった。
「そういえばアレンはもうその子の話は聞いたノ?」
「え?当たり前だよ。じゃなきゃここに連れてきてな──」
「だったら入る前にご飯買ってきテ、お腹減ってるかラ」
そう言ってフェイは既に足を一歩仕事場の中に踏み入れていた所で止まっていたアレンの胸元をトンッと押した。
それほど強い衝撃では無かったが、唐突の事で踏ん張れなかったアレンは一歩だけ後退してしまう。
しかし、その一歩のせいでこの後痛い目を見ることになる。
「は?え、ちょっとま───」
「よろしク〜」
バタン。
アレンは声を掛けようとしたが、無慈悲にもドアは閉じられ、一人佇む。
「………………はぁ」
アレンは一つ溜息をつき、昼食を買う為に大通りの露店目指して歩を進めるのだった。
────────────
「おーい、買ってきたよ──って何やってるの?」
買い物、もとい使いっぱしりから帰ってくると、仕事場の中が喧騒に包まれていた。
「何やってるの?じゃないヨ!!早くこの子どうにかし─「うわぁああああん!!!!!!」ニギャアアアアア!!」
「アレン、子供とはどうやって泣き止むのだ?」
「……なんで泣いてるの?」
「わかんないヨ!!アレンがご飯を買いに─「ふわぁあああああん!!!!!!」うガァアアアアアア!!!!!! 買いに行ってすぐに泣き出したんだヨ!!うぅ、耳が…耳がぁ……」
「はぁ……しょうがないな」
黒猫族のフェイは獣耳なので、人に比べると聴力が優れている。
その為、この泣き声は堪えるのだろう。
アレンは、買ってきた昼食をテーブルの上に置いてからしゃがんで、立ちながら泣いている少女の目線に顔を合わせる。
「どうしたの?」
「ひっく……おにいちゃん……っ…おにいちゃんがぁ……」
「お兄ちゃん?もしかして兄弟も連れていかれてたの!?」
少女の家ではそんな事は言ってなかったので、アレンはまだ辛いことを吐き出せてなかったのかと思い、慌てたのだが──。
「ううん……えっく……そうじゃなくて……ふぇ?おにい……ちゃん?」
「え?」
「ン?」
「なんだと?」
少女は目から涙を零しながもアレンを見ながら、ハッキリと、おにいちゃん、と呼んだ。
少女が言った言葉に、アレン、フェイ、アリエスの順で声を上げて固まる。
「おにいちゃん!!」
しかし少女は、三人が固まっているのを気にせずにアレンの胸へ飛び込み頬擦りを始める。
「おにいちゃん、寂しかったよぉ……」
「えっと…」
「これハ…」
「ふむ、どうやらアレンはその少女に物凄く懐かれているのだな」
「……そうなの?」
「そうとしか言いようがないであろう。ほら、その子の顔を見てみろ」
完璧に思考がフリーズしていたアレンだったが、そう言われてアレンが自分の胸元に視線を向けると、安心したように頬擦りをしている少女がいた。
こんな顔をされては懐かれているとしか言いようが無いだろう。
「あー.....」
「取り敢えずこの子供が泣き止んだなら選定を始めようヨ。モチロン、ご飯食べながらネ」
「うむ、それがいいだろう。私も腹が空いて仕方が無い」
「じゃあ取り敢えず昼飯だね。一緒に食べようか、えっと...」
「リア、リアのなまえはリアっていうの」
「リア、か。いい名前だね。それじゃあリア、一緒にご飯食べようか」
「うんっ」
少女、リアは、アレンと最初に出会った頃よりも少しだけ、明るい雰囲気を纏っていた。
────────────
──それは唐突だった。
リアとその母親、マリアーナは夜、夕食を食べ終わり、楽しく談笑をしている時だった。
あまり人が訪れない裏通りの家のドアから軽快なノック音が響いた。
「こんな時間に誰かしら?」
マリアーナはこんな時間の訪ね人に首を傾げながら、ドアの近くまでいく。
しかし、近くの窓から訪ね人を確かめると、先程の優しげな母とは全く違う真剣な顔でリアの元に戻って来た。
『リア、床下に隠れて。何があっても絶対に声を上げたり、出てきたりしちゃダメよ?』
「どうして?」
「それは──」
ドンドンドンッ!!
二人は身体をビクッと震わせドアの方を見る。
ドンドンドンッ!!ドンドンドンッ!!
最初に比べてドアを叩く音が強くなっていく。
マリアーナはリアを衣装棚の所まで連れて行き、床蓋を開け、其処にリアを入らせた。
『リア、約束して。喋らずここから絶対出て来ないって』
『おかあさんは?』
『お母さんは大丈夫よ。心配しないで。とにかく、約束できる?』
『うん』
『良い子ね。それじゃあ閉めるわよ』
マリアーナは微笑みながらリアの頭を撫で、床蓋を閉めた。
少しして、ドアの開く音が聞こえ、マリアーナの声がリアの耳に微かに響いてきた。
『あな……の…か、サ……テ…リア様!』
『あい……しいな、…ーナ』
『あ…に……よ…か?』
『き…お…めか……のだ』
『なに……か?只の……よ?』
『へ…そな…しい!い……でも……ろう!』
『ぶれ……しょ…ます。わた……ので』
『そ……らし……連れてゆけ!!』
『なっ!!放して下さい!!』
『大人しくしろ!!』
リアが暫くの間会話を聞いていると、唐突に男の人と思われる大きな声と、マリアーナの抵抗する声がリアに届いた。
リアは咄嗟にマリアーナを呼ぼうとしたが、床蓋を閉める前に言っていた言葉を思い出し、慌てて口元を両手で塞ぐ。
(だいじょうぶ、だいじょうぶ……)
マリアーナの言葉を信じ、リア必死に声を出さないように口元を塞ぎ、声を出さないようにする。
『きゃっ!?やめてぇ!!』
『っ!?』
先程の抵抗の声とは違う、懇願するようなマリアーナの声が聞こえて、リアは思わず身体を跳ねさせた。
ガタッ。
その時、何処かに身体をぶつけたのか、リアの近くから物音が発生した。
『なんだぁ?誰か居るのか?』
そう言った男は、リアの居る所に向かって近づいて行く。
『止めて下さい!!其方には──』
『うるせぇ!!黙ってろ!!』
『ん〜!!!!』
リアが居る方に近づいて行く男を必死に止めようとするマリアーナを近くの別の男が止め、呻き声しか出せなくなる。
ギッギッギッと、男が近づくにつれて床の軋む音が大きくなっていき、遂に男は床蓋の前で立ち止まった。
『ん〜ん〜!!!!』
マリアーナはまだもがいていた。愛する娘を守る為に必死だった。
リアは恐怖で震え、目に涙を溜めながらも必死に耐えていた。
(おかあさん、おかあさん......っ)
そして無慈悲にも、男の手が取っ手を掴み其処を開けた。
『何だよ、誰もいねぇじゃねぇか』
しかし、男が開けたのは床蓋ではなく、衣装棚の扉だった。
男は其処でマリアーナの服をかっさらって扉を閉め、リアの側から遠ざかって行った。
それから暫くしてドアが閉まる音が聞こえ、家の中に静寂が訪れる。
リアは家の様子が気になり、床下から出ようかとするがマリアーナとの約束を思い出し、直ぐにまた座り直す。
(おかあさん、だいじょうぶ...だよね?)
リアはそんな風に考えるが、心の中ではマリアーナがどうなったか、判っていた。
ただ、リアは恐かったのだ。
床蓋を開ければ、マリアーナはおらず、蛻けの殻になっているんじゃないかと。
自分の想像している母親が声を掛けてくれる光景が無いんじゃないかと。
そう考えてしまい、リアは床下から出れずに居た。
「ひっぐ…っ…はっ……ふ」
それからどれくらいの時間が経っただろうか。
リアはあれからずっと泣いていた。
リアの心の中ではもう答えは判っていた。
母は連れ去られてもう戻って来ないと。
その事実が悲しくて、そして母親にもう会えない事が何より悲しくて。
リアは涙を止められずにいた。
そんな時だった。
『────』
外からだろうか、誰かは判らないがリアの耳に声が聞こえて来た。
『お……まーす』
声は男の声だった。
しかし、この前嗄れた声とはとは違う、少し子供っぽさが混じった声だった。
しかし、リアにはそんな事を気にするような余裕は全く無かった。
『......誰も居ないのか?』
男は暫くの間、入口の近くに留まっていた。
リアは自分の口に手を当て、必死に声を押し殺していた。
『こわい、こわいよ...お母さんっ』
リアの精神は限界だった。
母親は連れ去られ、食べ物もろくに食べず、暗い中でずっと閉じこもっている。
そんな事、まだ七歳の少女に耐えられる筈が無い。
ギッ。
「っ!?」
男が出ていこうとしたのだろうか、床板が軋み音を立てた。
その音を聞いて、思わずこの前の事を思い出し、身体が反応してしまったのだ。
そして、前回と同じくガタッと物音が鳴り響く。
『……誰か居るのか?』
コッコッコッと靴が床を叩く音がどんどん近くなっていく。
リアは何も出来ず、只々その音を聞いておく事しか出来なかった。
しかし、男は前回と同じくして衣装棚の扉を開けた。
『気のせいか……』
男の足音が遠ざかって行く。
その事にリアは安堵しながら、堪えていた感情が決壊した。
(もうやだよぉ……おかあさん)
気付けばリアは泣き出してしまっていた。
もう限界だったのだ、同じ恐怖を二度も味わい、そこに信頼出来る母親がいないのだ、無理は無かった。
そしてリアが泣き出してから直ぐに上から光が差し込んで来た。
「女の子……?」
リアはその声に身体を震わせ、上を見上げると、其処には一人の男の姿があった。
────────────
「……今話したのが僕が聞いたリアの記憶だ」
アレンはリアから聞いた話を事細かにフェイとアリエスに説明した。
「ふム......」
「成程な...」
2人は真剣な顔で話を聞き、聞き終わるとフェイは腕を組み、アリエスは顎に手を添えた。
「どうかな?充分裏配達の条件をクリアしているように思うんだけど」
「確かに十分な動機にはなってるネ」
「そうだな、理由としては、申し分無いな」
「それじゃあ...」
「うん、彼女の想いを、母親に届けに行こうカ」
「しっかり仕事をこなすぞ」
「ああ、ありがとう二人共」
フェイとアリエスは二つ返事で了承をしてくれた。
アレンはその言葉を聞き、安堵しながら少女、リアに視線を向ける。
「リア、君は何を届けてほしい?」
「え?」
リアはきょとんとしていたが、耳では無く心に聞かせるようにアレンは言葉を紡いだ。
「お母さんに何を届けたいか、自分に何を届けて欲しいか、全部教えて欲しい。」
「ぜんぶ...」
「ああ、全部だ。それを僕達、裏配達屋。【想いを届ける配達屋】が、必ず全て届ける」
「...リアは」
アレンはしっかりリアを見つめ、応えを待った。
するとぽつぽつとリアは言葉を口に出していった。
「......リアは、リアにげんきなおかあさんをとどけてほしい...」
「うん」
「まってるよって、つたえてほしい…!」
「勿論」
「おかえりなさいって、いいたいよぉ...っ!!」
リアは初めてアレン達の前で、しっかり大きな声で自分の想いを伝えた。
そんな正直になってくれたリアに、アレン達は満足げに頷いた。
「全部伝わったよ、リアの想い。君のお母さんを、絶対届けてあげるからね」
「っ...うんっ!!」
涙を浮かべながら、それでいて嬉しそうなリアの姿にアレンは微笑みながら頭を撫でる。
嬉しそうにアレンに撫でられるその姿を見て悲しみや寂しさは一時的ではあるがナリを潜めているようだった。
アレンは仕事仲間の二人と視線を合わせ、笑顔で言った。
「それじゃあ、僕達の仕事を始めようか」
リアに母親を、そして母親にリアの想いを届ける為に、アレン達の、【想いを届ける配達屋】の裏仕事が始まった。
プロローグの最後で言っていたフォアソウトをけして、アレンの裏配達屋の名前に変更しました。
今回はリアが経験した出来事と仕事を始めるまでの流れでした。
なにか問題や、「あれ?この言葉おかしくね?」等ありましたらお気軽にお申し付けください。
あと余談ですがこの話は作者の頭の中で完結までしています。しかし、執筆スピードがとてつもなく遅いですので、その変はご容赦していただけると幸いです。
それといくつか候補を作っていますが次の話が全く決まっておりません^^;
ですので、「こういう話どうかな?」「こんなの見てみたい!」という方が居られましたら、ご意見の程よろしくお願いします。
次はリアの母親を助けるための前準備の話です。