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最凶に育てられた最強は配達業を営みます。(魔王の息子は革命家 改編作)  作者: 山源太郎
第一章 白銀髪の少女の想い
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Cランク冒険者ゲール

「おう、邪魔するぜぃ」


 ぞろぞろと入ってきた三人組は一番近くにあったテーブル席に、ドカッと座った。


『おい……あれ、Cランク冒険者のゲールじゃないか?』

『え?……うわっホントだ!』

『関わらない方が良さそうだな』

『ああ、刺激しちゃヤバイだろ……』


 どうやら店の中にいる冒険者は、彼のことに気が付いて、関わらないようにそっほを向いたようだ。

 勿論、アレンも彼の事は知っていた。


 彼の名前はゲール。背負っている無骨な鉄鎚を振り回し、力で魔獣を叩き潰す様なパワータイプだ。

 最近になってCランクへと上がり、ギルドからも実力が認められているのが分かる。


 しかし、実力はあるものの、態度、素行が、冒険者の中で極めて悪い。

 少しでも気に入らない事があれば、持ち前の筋力を振るい、一方的な暴力を行い、ギルドの目の上のたんこぶだ。

 しかし、与えられた依頼は、取り敢えずはしっかりこなしているようで、ギルドもあまり強くは取り締まれず、厳重注意に留まっている。


 因みに、この冒険者というのにはランクがあり、冒険者登録をすると、まずはFランクから始まる。

 それから、採集の依頼や魔獣討伐の依頼等を頑張ってこなしていく。

 そして、依頼をした人からの評価を聞き、ギルド側から、次のランクに上げても大丈夫だ、と判断されればその人は次のランクに上がることが出来る。

 Cランクからは、次のランクに上がるには特定の依頼をこなしたり、試験を受けたりする必要がある。

 つまり、Cランクになると、実力を認められ、玄人ととして扱われる様になる。

 そして、冒険者のランクはSランクが最高で、この世界に五人程しかいない。

 1人1人の戦闘力が、下手すると国を滅ぼしかねないレベルなので、その存在は極秘とされている。

 因みにアレンも冒険者登録をしているのだが───、まあ今は関係無い事だ。


「おい、この店は客が来たのに注文も取りに来やしねぇのか?」

「は、はいっ!すみません!!」


 近くにいたサーシャが、ゲールにドスの聞いた声で話し掛けられ、急いで注文を取りに行く。


「あの、ご注文はいかがするのだよ?」

「そうだなぁ……」


 すると、ゲールとその取り巻きは、何を注文するか考えているフリをして、ニヤニヤしながらサーシャの身体に下卑(げひ)な視線を向けている。

 するといきなりサーシャの肩を掴み、自分の方に引き寄せた。


「きゃっ!?」

「お前、獣人だがよく見ると可愛いじゃねぇか」

「いやっ、やめて、はなしてよっ!」

「いいじゃねぇか、俺と遊ぼうぜ?」

「───っ!?やだっ、いたぃのだよ!!」

「暴れるなよ」


 公衆の面前でありながら彼女を卑猥な事に誘い、しかも無理矢理拘束し、(あまつさ)え彼女に痛い思いをさせているとは、人としても男としても最底辺だ。

 恐らく、Cランク冒険者になり、自分は強いんだ、俺が言えば誰でも言うことを聞く、誰も俺には逆らえない、などといった、勝手な被害妄想を頭の中で膨らましているのだろう。

 しかし、Cランクという肩書きは、此処にいる人々を動けなくするには充分なものなのか、誰もサーシャを助けに動く者はいない。


「いい加減止めさせるか」


 アレンはサーシャを助ける為に厨房から出ようとすると、アレンが動くよりも早く動いた人物がいた。


「サーシャを離してください!!」


 ラルだった。




  ────────────




「サーシャを離してください!!」


 誰もサーシャを助けに動けない中、ラルはサーシャを助ける為に動いた。

 サーシャとは長い間一緒に過ごして来た大事な友達だ。

 このままサーシャに辛い思いをさせておくなんて出来ない。

 そんな想いがラルを突き動かしたのだ。


「あぁ?なんだお前」

「その子と同じ、此処の店の従業員です。お客さん、此処は食事をする所です。食事をするつもりが無いなら、サーシャを離して帰ってください」

「何だと!?」

「テメェアニキに向かってなんて口聞いてやがる!!」


 取り巻き2人が椅子から腰を上げ、ラルに向かって喚いているが、ラルはそんな事はどうでもいいと言わんばかりの、悠然とした態度だった。

(早くサーシャを助けてあげないと!!)

そう思ったラルはゲールという冒険者をしっかり見据えて目を逸らさずにいた。


「まぁ落ち着けお前ら」


 するとゲールはそう言って、取り巻き二人を(なだ)めたあと、私の方に顔を向けると、舐め回すように身体に視線を巡らせた。

 もの凄く気持ち悪い視線だが、此処で弱った所を見せれば、相手の思う壺だ。

 それが分かっていたラルは、その視線に必死に耐え、あくまでも悠然とした態度でいた。


「そうだなぁ、確かにここはメシを食う所だ。お前の言い分も正しいな」

「なら───」

「ならお前らを食べてやるよ」

「──ッ!?」


 ゲールは、無理矢理捕まえているサーシャの顔を掴みながら、下劣(げれつ)じみた顔で、そう言い放った。


(馬鹿じゃないのッ!?)


 お前らを食べる、その意味はゲールの顔を見れば卑猥(ひわい)な事だというのは明らかだった。


「ら、らるぅ……」


 サーシャを見ると、その顔は涙でグシャグシャになり、恐怖で一杯になっていた。

 胸が締め付けられる。大事な大事な友人を泣かせた相手に、ふつふつと怒りが湧き上がってくる。

 その怒りを必死に抑え、あくまで冷静に対処しようとする。


「ふざけないで下さい。そんな事、許される訳ないでしょう!!」


 然し今もまだ沸き続け、栓をしても漏れ出す憤怒の感情が、言葉の語尾を強める。


「おいおい何熱くなってるんだよ。所詮こいつら獣人は何も出来ない弱者だ。そんな中でも女は特にな」

「……止めてください」

「そんな役立たず奴を俺が使ってやろうって言ってんだぞ?むしろ感謝して欲しい位だぜ」

「……止めてって、言ってるでしょ?」

「大体、こいつら身体は人なのに獣の顔してたり耳とか尻尾とか生えてて、気持ち悪いったらありゃしねぇだろ。てかこんな奴ら、さっさと死んじまえば───」

「止めてッ!!」


 ───パンッ。


 

 気付いた時には、ラルはゲールの頬を()っていた。


 駄目だと思った。

 何を言われようと我慢しなきゃと思ってた。

 でも限界だった。

 友達を侮辱され、その存在をも侮辱されて、許すことが出来なかった。

 ラルの目から涙が溢れ、涙と一緒に今迄我慢していた感情が、一気に溢れ出す。


「……撤回して下さい」

「……あ''?」

「さっき言ったことを撤回してください。私が侮辱されたり、(さげす)まれたりするのは一向に構いません。ですがっ!!」


1つ息を吐き、ラルは言葉を紡ぐ。


「私の大切な、大切な友達を…侮辱するのは絶対に許さない!!.....今すぐサーシャに謝ってください!!」


 ラルは押し込んでいた感情を、全てブチ撒けた。

 ここで言わなきゃ人として、サーシャの友として、ダメになってしまうとラルは思ったからだ。

 店の中に沈黙が訪れる。

 誰1人として口を開かず、展開を見守る。


「……そうか……分かった」


 ゲールが(おもむ)ろに立ち上がった。

 明らかにゲールの雰囲気が変わった。

 その雰囲気は、全身からどす黒い何かが溢れ出ているように錯覚させた。

 その場にいる全員が、その何かが、何であるかを察した。


 これは怒りだ。


「俺にそんな口を叩くなら……覚悟は出来てんだろうなあ?」

「ぇ……あ……」


 ゲールから、この場にいる人達にとって、恐怖で身を固まらせるには充分な殺気が放たれる。

 ラルはその殺気を至近距離で受け、恐怖で身体が震え出す。

 ゲールはサーシャを放り投げ、背中に下げている鉄鎚を手に取り、掲げる。

 その眼は確実に私を殺そうとしていた。

 助けを求めようにも、張り付いたかのように喉が動かせず、声が出せない。

 周りで黙っていた客も「ひっ!!」と引き攣った声を上げている人や、顔が真っ青になっている人もいる。


「ラル!!」


 後ろからエユレがラルの名前を切羽詰まった様子で呼んでいるが、ラルは振り向く事すら出来ない。


「さ、させるかぁ!!」


 と、そこに何時もの常連である男が席を立ち、腰に挿していた剣を抜き、ゲールに突貫していった。


「うおぉおおおお!!」

「邪魔だ」


 しかし、常連の男が剣を振り降ろそうとすると、ゲールは蝿を払うかの様に鉄鎚を横薙ぎに振るい、常連の男を吹き飛ばした。

 吹き飛ばされた常連の男は、店の壁まで吹き飛ばされ、小さく呻き声を漏らして床に崩れ落ちた。

 常連の男のランクはDランクだったが、その力の差は歴然だった。

 性格は腐っていてもCランク。もう誰も、ゲールに挑もうとする者はいなかった。

 ゲールがこちらを向き、再び鉄鎚を掲げる。


「待たせたな……死ねや」

「あ……」

 高く掲げられた鉄鎚が私に向かって、全力で振り降ろされる。

 ラルはもう逃げられないと悟り、目を瞑ることしか出来なかった。

 けれど、心のどこかでまだ助かりたいと思っていた。


 そんな想いが、ただ一言だけだが、めいいっぱい願いが篭った言葉を発する為に、ラルの喉を震わせた。


「助けて……アレン君……っ」


 パシンッと、まるでハイタッチをしたような軽快な音が店の中に響いた。

 あの鉄鎚が、自分にぶつかった音にしては軽すぎる音だ。

 衝撃も無く、痛みも無い。

 ラルは何が起きているのか分からなかった。

すると。


「ラル、大丈夫か?」


 声が聞こえた。まだ少し子供っぽさを残したような声だ。

 ゆっくり瞼を持ち上げていく。

 すると其処には、何処にでもいそうな服装に、真っ白なエプロンを装備して。

 物凄く聞き慣れた、安心する声の。

 ずっとずっと安心出来る、ラルの大切な人の一人で、心の底から助けて欲しいと願った人物であるアレンが、片手(・・)で鉄鎚を受け止めた状態で立っていた。




  ────────────



 

「ラル、大丈夫?」

「……うん、……っ、うんっ」

「あー……その、もっと早く助けに入れば良かったね。ごめん」


 ラルは安心したのか、或いは全身の力が抜けたのか、ぺたん、と床に座り込み、ボロボロと涙を流しながら(うなず)いた。

 それを見たアレンは、胸の奥がチクリと痛み、本当に申し訳なく思い、謝った。


「ほんとだよ……遅いよ、アレン君……」

「うん……ほんとに悪かっ──」

「でも…っ...でも、遅くても、助けてくれて、ありがとう…っ!!」


 ラルは最初は俺が遅かったことに対した、批難をしていたが、その後泣きながら笑顔でお礼を言ってくれた。


「ああ……さて、もう少し待ってて、ラル───」


 その笑顔を見たアレンは、にっと、笑顔をラルに向けたまま、後ろに親指を向けて堂々と言った。


「──ラル達の分までこいつ思いっ切りぶん殴るから」

「うんっ……お願い……」


 するとラルは嬉しそうに返事をして気を失い、床にパタリと倒れた。

我慢していたんだろう、素人があの殺気を受ければ気絶するのも当たり前、むしろ良く意識を保っていたと言っていいだろう。

 アレンは倒れたラルとサーシャを抱えて店の隅に連れていき、壁に(もた)れかけさせた。


「マルア、二人を頼んだよ」

「えっ?あ、はいっ!」


突っ立っていたマルアに声を掛け、ラル達の世話をするように言ってから、アレンはゲールの元に向かった。


「……何だテメェは?」


 戻って来た俺に、殺気を纏わせ怒気を孕んだ声でゲールが問い掛けてくるが、こんなもの|唯のそよ風と変わらない(・・・・・・・・・・・)ので、大して気にせずに答える。


「此処に泊まってる唯の冒険者だよ」

「冒険者……だと?」

「ああ」

「そんな細い身体で冒険者だと?笑わせるな!!」

「いやでも事実だしね」

 ゲールを言葉を交わしながら横目でラル達を確認する。

 そこではマルアが一所懸命に二人の世話をしているのが見て取れた。

 

 正直な所、ゲール達を追い出すなりなんなりするだけなら、もっと早く動けていた。

 だが、誰が何と言えども、ゲールはCランク冒険者だ。


(少しくらい常識を弁えていると思ってたけど、予想が外れたなぁ…)


「ふははははははははは!!」


 思想に(ふけ)っていると、いきなりゲールが大声で笑い出した。


「お前みたいなヒョロっこくて、エプロンなんざ着けて宿屋の手伝いをしている様な奴が冒険者だと?冗談も大概にしてくれよ!!ははははっ!!」

「はぁ……人を見た目で判断するなって教わらなかったのか?まだまだ甘ちゃんだね」

「なんだと!?」


 こういう奴は少しでも煽ると直ぐに怒りを(あらわ)にする。

 そして、パーティーメンバーに迷惑を掛け、仲間を危険に晒し、死を呼び寄せる。

 この性格が直らない限り、こいつはCランクから絶対に上がれない。

 こういう事は冒険者登録する時に説明があるのだが、ゲールはまともに聞いていなかったのだろう。


「まぁそんな事はどうでもいいんだ……お前は僕の大切な人達に手を出したんだ……タダで帰れると思うなよ?」


 俺は先程のゲールが出したのよりも、ほんの少し鋭く(・・・・・・・)ほんの少し強め(・・・・・・・)に殺気をゲール1人だけ(・・・・・・・)に向けて放つ。

 感覚の鋭い人ならば、ほんの少しだけでも相手が自分より格上だと気付き、闘いに挑もうとはしないのだが──。


「ってめぇ…ぶっ殺してやるっ!!」


 ゲールが力を込めた一撃を、アレンの顔面に打ち込んで来る。

 ランクの割に冷静な判断が出来ないな、と期待外れに思いながら、それをアレンは半歩だけ下がり、余裕を持って回避する。


「クソがぁあああああ!!!!」


 ゲールは怒りに任せて力任せにハンマーを振り回す。

 振るわれている鉄鎚はスピードはあるが、動きが単純である為、余裕を持って避けられる。


 ゲールが使っている鉄鎚は柄が長く、両手で持つタイプだ。

 このような重量があるものは、基本的に一撃の強さを重視している為、速い切り返しというものが出来ない。隙ができるからだ。

 なので本来は振るわれた勢いを利用して、溜めを作り攻撃したり、連続で攻撃するのだが、今のゲールは、ただ怒りに任せて振るっているだけで、基本なんてこれっぽっちも無い。


「ほら」

 ゲールが斜め下から振り上げた鎚を上体を少し傾けて避け、振り切る前に軽くゲールの身体を押してやる。

 すると、踏ん張り切れなかったのか、鎚の勢いのまま後ろに倒れ、尻餅を着いた。


「素人だね。そんな事じゃ蝶々も当たらないよ?」

「この野郎ぉおおおお!!!!」


 アレンがそう言うと、ゲールはさらに怒り、先程よりも力強く鎚を振るった。

 しかし、アレンは慌てる事も無く、平然と避ける。


「うがぁああああああ!!!!」


 ゲールが鉄鎚を大きく上に振りかぶる。

 アレンは、ゲールの状態を(かんが)みて、このままだと、勢いのまま力任せに鎚が振り降ろされ、エユレさんの店の床に穴が空く事になると思い、鉄槌が振り降ろされるよりも速く、右拳をゲールの鳩尾に叩き込む。


「ぐぼぉっ」

「これがサーシャの分」


 身体が折れ曲がり、頭が下がり、ゲールが呻き声を漏らす。

 今度は顔が下がった所で、顎に掌底をかます。


「これが僕の分」

「がっ」


 下がった顔が今度は上に上がり、ゆっくりと降りてくる。

 俺は1歩下がり右拳を引き、力強く足を踏み込み。


「そしてこれが───ラルの分だ!!!!」


 そして、限界まで引き絞った拳をゲールの顔面を抉るように叩きつけた。


「ぎゃぶぇばっ!!!!」


 ゲールは短い悲鳴を上げ、そのまま後ろに吹っ飛び、入口から店の外に飛んでいった。


『…………』


 店の中に静寂が訪れる。誰もが状況についていけず、口をあんぐりと開けて、唖然としていた。


「ふぅ。で、あんた達もやるの?」


 そんな空気を他所に、俺が取り巻き2人に戦う意思があるか確認を取ると、首が飛んでいきそうなくらいの勢いで首を振った。勿論横に。


「じゃあそこに倒れてる奴早く連れて出ていけ。そして2度と此処に来るな。もしも来たら第一城下町の壁に真っ裸で飾ってやるからな」


 先程と同じ位の勢いで、今度は首を縦に振り、2人は外に出てゲールを担いで走って店を出て行った。

 振り返ると、未だに皆が口を開けて固まっていたので、俺は苦笑を浮かべ、頭を掻きながら聞いてみる。


「えっと……これで、良かった……のかな?」


 すると、1拍置いて。


『うおぉおおおおおおお!!!!!!』


 店の中に男達の歓声が響き渡った。


『すげぇえええじゃねぇかあんちゃん!!』

『あのゲールを追い払うなんて!!』

『いやぁゲールが吹っ飛んだ時にはスカッとしたよ!!』

『ありがとな!!にいちゃん!!』


 今迄溜め込んでいた感情が一気に溢れ出して、今度はアレンが唖然とする番だった。


「アレンくん」

「あ、エユレさん」

「ラル達を助けてくれてありがとう」

「いえいえ、大した事無いですよ」

「そんな事無いわ。アレンくんがいなかったらどうなっていたか……」


 エユレさんは本当に安心したような顔をしていた。

 確かにアレンがいなかったら、ラル達は酷い怪我を負ったか、もしかしたら酷い目に合っていたかもしれない。

 だが、こんなに正面から感謝されるとくすぐったく感じてしまう。


「何かお礼をしなくちゃね」

「いえ、お礼なんていいですよ。僕は当たり前の事をしただけです」

「でも……」

「これも今日の朝食のお礼ですよ」


 そう言うと、エユレさんは困った顔をしていたが、僕が折れない事が分かったのか、「はぁ……」と溜息をついて笑った。


「それじゃそういう事にしておくわ。でも、アレンくんも何かあったら言ってね?私達に出来ることなら何でもするから」

「分かりました」

「んんぅ……」

「わふぅ……」

エユレさんと会話をしていると、店の隅の方で寝かされていたラルとサーシャが目を覚ました。


「アレン君……」


ラルは自分が意識を失ったことを思い出して、何かを探すように辺りを見回した。


「あの冒険者は……?」

「わふぅ!?まだいるの!?」


アレンは慌てているラルと、また泣きそうになっているサーシャに歩み寄り、頭を撫でた。


「もう大丈夫だよ。ゲールは僕が追い払ったから、安心して」

「ほん……と?」

「あぁ、本当だよ」

「うぇええんっ、ひくっ、んぐっ、よがっだのだよ〜」


サーシャを安心させるように微笑むと、不安が解消されて(たが)が外れたのか、サーシャは泣き出してアレンの胸に飛び込んだ。

それをアレンは優しく受け止めて、頭を撫でながら背中をさすってあげた。


「アレン君……」

「ん?どうかした?ラル」

「本当にありがとう。私とサーシャを助けてくれて」


嬉しげに微笑むラルにドキッとさせられながら、僕も笑顔を返す。


「大切な人を助けるのは当たり前だろ?」

「あ……うん、そうだね」


ラルはアレンにそう言われて、頬をほんのり赤く染めながら嬉しそうに微笑んだ。


「ラル、サーシャ」

「マルア?」

「どーしたのだよ?マルア」


ラルと話をしていると、マルアがラルとサーシャに声を掛けてきた。

けれどその顔は何処か辛そうな顔をしていて。

マルアはいきなりラルとサーシャに頭を下げた。


「ごめんなさい……っ!」

「え?」

「どーして謝るのだよ?」


謝られた二人は困惑していた。そんな中、マルアが言葉を続ける。


「……私は、私はサーシャが泣きそうになっている時、ラルがサーシャを助けに行っている時に、何も出来なかった……。私は、あなた達2人と友達でいる資格がない……」

「そんな事無いよ」

「そーだよ!マルアは友達なのだよ!」


いきなりそんな事を言い出したマルアの発言を、二人は否定した。


「でも、私は……」

「僕はそうは思わないよ」

「え……」


なかなか折れないマルアにアレンがそう言うと、マルアは目を見開いて驚きを隠せないでいた。


「ハッキリ言ってマルアは何もおかしく無い。おかしいのはラルだ」

「え?」

「ちょっとアレン君!?」

「だってそうだろ?いくらランクが下だからといって、周りにいた冒険者ですら動けなかったんだよ?そんな中動けたラルは肝が据わりすぎてるんだ」

「むぅ……」


ラルはアレンに事実を言われ、何も言えなくなってしまった。


「それにマルアはちゃんと友達の為に頑張ってたじゃないか。二人を一所懸命に世話してたのは嘘だったの?」

「嘘じゃありません!!」

「じゃあ大丈夫だよ」

「え……」

「人には出来る事と出来ない事があるんだ。だからマルアはマルアが出来る事を頑張ればいいんだよ」


アレンがそう言うと、マルアは二人を見る。


「本当に……友達でいていいんですか?」

「もちろん」

「当たり前だよー」

「──っ、ありがとう……っ」

その二人の言葉を聞いて、マルアは泣きながら二人に飛び付いていた。

飛びつかれた二人は、優しくマルアの頭を撫でていた。


 ぐぎゅるるる〜。


そんな感動的なシーンの中で、アレンの腹から空腹を示す咆哮が聞こえてきた。

 アレンは視線を向けてきた皆にに、照れ笑いを浮かべながら言った。


「あの……エユレさん、早速お願いなんですけど美味しい料理、お願いします」

「ふふっ、任せて」



 そうしてエユレさんに昼御飯を頼んだアレンは、暫くして出てきた美味しい料理を堪能したのであった。





 ────────────




 陽が沈み家々に明かりが灯り、今日も仕事を終えた人々が酒を片手に騒いだり、早い人はもう床に着き始めた頃。


 場所はとある建物の一室、他の部屋とは違って造りのいい椅子に腰掛け、書類に目を通す人物が居た。

 彼の名前はウォルバ。このハイグラード王国に腰を据える冒険者ギルドの長だ。

 オールバックに纏められた白髪混じりの黒髪。無精髭を生やした顔に、優しげな紫の瞳は、それでいて感情が読めない。


「ふぅ……」


 ウォルバは仕事が一段落し、目頭をつまんだ。

 此処は三大王国の中でも最も栄えている場所。他の国よりも仕事が多いのは当たり前とも言える。

 そして今ウォルバが行っているのが依頼の仕分けだ。

 これを怠れば、定めたランクにそぐわない依頼が出来、苦情が来たり、最悪の場合命を落とす者も出てくる。

 その為、他の仕事より気を張らなければならないので、時間が掛かり疲れるのだ。


「さてと、そろそろ寝るか」


 ウォルバは何時もの寝床、ギルド職員の休憩室に向かおうと席を立とうとした。すると、コンコンと正面にある木製の扉が音を鳴らした。


「誰だ」

「俺だ」

「はぁ…お前か、ビビらせんなよ」

「そんなつもりは無いんだけどな」


 お互いに軽口をたたき、訪問者は備え付けのソファーに腰掛けた。


「それで?今日は一体どんな要件だ?」

「Cランク冒険者ゲールについてだ」


 あー、と言いながらウォルバは頭をかいた。


「...あの馬鹿がなんかしたのか?」

「〈麦と葡萄の女神亭〉で従業員に手を出して、最後はキレて殺そうとしてたよ」

「.....なる程な。で、お前さんの意見は?」

「未遂だったからといって許される行為じゃないからな。そうだな....一ヶ月依頼のタダ働きに、CランクからDランクへの格下げ──って所じゃないか?」

「そうだな、素行不良も目立っていたしそれくらいあっても良いだろう。一応会議で話し合いはすると思うが問題無く通るだろう」

「そうか、ありがとな」

「それはこっちの台詞だ。すまんな、こんな事をしてもらって」

「一応仕事だからな。そっちはあんまり気を張ってると倒れるぞ?」

「お気遣いどうも。程々にしておくさ」

「それじゃあまた何かあったら報告しに来るよ」

「ああ、頼んだ」


 訪問者は、行きと同じく、部屋の扉から出て行った。


 パタンと言う音がしてから、ウォルバは、はぁ…と溜息をついた。


「また仕事が増えちまったなぁ…」


 ウォルバは伸びを一つして、先程の訪問者と話した事を纏める為に、再び椅子に腰を下ろし、書類にペンをはしらせた。


 ウォルバの今日が終わるのはもう少し時間が掛かりそうだった。

次時間かかるかもです。気長にお待ちください。

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