白髪の青年
小鳥のさえずりが聞こえる。
地平線の遥か彼方から、燦々と世界を照らす太陽が顔を出し、朝の訪れを教えてくる。
少しづつ人々は目を覚まし、朝食の用意をする者。明日の生活の為、贅沢をする為に狩りに出掛ける準備をする者。仕入れた物品を棚に並べ、店を開く準備をする者等。
それぞれの目的を持った人々は今日も一日を一所懸命に生きていく。
ハイウェルド王国。この世界で最も栄え、最も人が賑わう国。
中央にはこの国の主、もとい国王とその家族が暮らしている王城が見える。
その周りには城を囲うように広がる城壁が三つ並んでいて、外側から第一城下町、第二城下町、王城となっている。
王城の周りに広がる地域を王都と呼び、第一城下町には平民や冒険者、第二城下町は主に貴族が住んでいる。
さて、そんな最も賑わうハイウェルド王国の王都。その第一城下町のある宿屋の一室。
其処には惰眠を貪る青年がいた。
彼の名はアレン。緩くウェーブを描いた白髪に上半身にはびっしりと複雑な紋様が描かれていた。
「ん……」
少しづつ意識が覚醒していき、それに伴い、瞼が上がっていき、アレンの透き通るような黒と深緋のオッドアイが露になっていく。
「ふぁ…んん」
目を覚ましたアレンは上体を起こして伸びをして、身体も眠りから覚ましていく。
「んむぅ、今、何時だ?」
枕元に置いておいた時計を手に取り、時間を確認する。
時計の針は一〇時を指していた。この国の人々は大体太陽が完全に姿を現す時間、七時には動き出す。
つまり既に三時間もオーバーしている事になる。
「........っは!!やばいっ」
暫くぼーっと時計を眺めていたアレンだが、状況を理解して、急いで支度をする。
「あぁ、くそっ。また迷惑かける!!」
アレンはものの三〇秒程度で支度を終えると、バタバタと部屋を出て行った。
「うわっ、鍵閉めるの忘れてた!!」
アレンは朝に弱かった。
「あら、アレンくん。おはよ〜う」
「あ、おはようございます、エユレさん。あの……」
「ふふっ、大丈夫よ〜。すぐ用意してあげるから待っててね」
「す、すいません」
「いいのよ〜。アレンくんはうちの大事なお客さんなんだから〜」
彼女の名前はエユレ。
アレンが寝泊まりさせて貰っているこの宿屋兼料理店の店長だ。容姿端麗、喋り方はおっとりしていて聖母の様な雰囲気を放ち、その上、エユレが作る料理は凄く美味しい。
こんなエユレと結婚している夫はとんだ幸せ者といえるだろう。
そんな彼女の夫は冒険者をやっていて、魔獣を倒したり、遺跡の探索や護衛の仕事に行ったりしている。
その為、エユレは一人でいる事が多く、様々な人からアプローチがあったりするのだが。
───私には夫以外有り得ないので。
の一点張りで、沢山の男達が撃沈している。
「あ、アレン君、おはよう。よく眠ってたみたいだね」
「お、アレンおはよーなのだよ」
「アレンさん、おはようございます」
「あぁ、おはよう。ラル、サーシャ、マルア」
そして、彼女達がこの店の従業員。
腰辺りまで伸ばされたプラチナブロンドの髪に同じ色をした瞳がラル。
クセのついた真っ赤な髪に、真っ赤な瞳。頭の上に狼の様な赤い耳が乗ってて、腰の後ろからふさふさとした手触りの良さそうな尻尾を生やした、元気溌剌な獣人の彼女がサーシャ。
白紫のストレートヘアと瞳に眼鏡を掛けた彼女がマルアだ。
サーシャのようにこの世界には様々な種族がいる。
この世界で、最も数の多い〈人族〉
上半身だけ獣だったり、頭から耳や角、お尻からは尻尾を生やした、人間に近い〈獣人族〉
長寿で、精霊と繋がりが深く、プライドが高い、耳が長いのが特徴的な森の民〈森人族〉
腕力に長け、武器や防具を造る事に長けた、低身長が特徴的な土の民〈土人族〉
美しく魅力的な歌声で人々を虜にする水の民〈水人族〉
頭からは角、背中からは蝙蝠の様な翼を生やし、魔王に付き従え、世界を滅ぼさんとしていると言われている闇の民〈魔族〉
此等がこの世界の種族だ。
互いに手を取り合い、仲良くしようとしているのだが、人族の中には獣人族を〈亜人〉と呼び蔑んだりしている者もいる。
獣人族も、自分達の仲間を奴隷にされたりして、人族を憎んでいる者も全員ではないが少なからずいる。
こんな彼女達の様に、まだまだ全員仲良く、という訳には行かない。
「あ、アレン君、寝癖ついてるよ?」
「え?」
アレンが思想に耽っていると、いきなりラルが手を伸ばして、髪に触れた。
するとラルの顔の距離がずいっと縮まり、女の子のいい香りがふわっと香る。
「もう、ちゃんと身支度整えなきゃだめだよ?」
ラルが微笑みながら言ってくれた言葉は、殆どアレンの耳には入って無かった。
ラルの微笑みといい匂いにドキッとさせられて、意識を何処かに逸らそうと思って、目を下に向けたら今度はラルの胸に目がいってしまい、余計に顔が真っ赤になってしまったのを必死で顔を逸らして誤魔化していた。
「アレン君?」
どうしよう…と、僕が内心で焦りまくってるそんな時、グッドでナイスなタイミングで、エユレさんが料理を持ってきてくれた。
「はいアレンくん、お待たせ〜」
「あ、ありがとうございますっ」
アレンはそこに現れた救世主に心の中で、精一杯感謝を伝えた。
「ラル、サーシャ、マルア。そろそろお客さんが沢山来る時間よ〜。そろそろ持ち場に戻ってね〜」
「「「はい(なのだよ)」」」
ラル達はエユレさんに言われて、仕事に戻った。アレンは朝食を食べる。
今日の朝食は、パンと野菜たっぷりスープ、メインは分厚いベーコンに目玉焼きだった。
パンはふわふわ、スープは野菜の旨味がしっかり滲みていて、ベーコンは噛んだ瞬間肉の旨味が溢れ出す。
「今日も美味しいです、エユレさん」
「ふふっ、そうかしら〜?アレンくんはいつも美味しそうに食べてくれるからこっちも嬉しいわ〜」
「美味しそうじゃなくて美味しいんですよ」
鍋を振るうエユレとカウンターで話をしている内に、いつの間にか店の中が騒がしくなっていた。
「エユレさん!!A定食二人前です!」
「こっちはB定食三人前だよ!」
「エユレさん、こちらはA定食二人前、B定食一人前、エール三杯です」
「はいは〜い、了解よ〜」
ラル達はパタパタと店の中を動き回り、エユレは忙しそうに厨房で動いている。
(いつもより人が一気に来てるな....)
そう思ったアレンは、食べ終わった食器を持ってエユレに声を掛けた。
「エユレさん、手伝いますよ」
「え?手伝う〜?」
「はい、何かいつもより大変そうなので」
「そんな〜、アレンくんはうちのお客さんなのにそんな事させるわけにはいかないわよ〜」
「時間を過ぎてたのに朝食を取っておいてくれたお礼ですよ。お願いします、是非やらせてください」
エユレさんは暫くの間うーん……、と唸っていたが、不意によしっと言ってこちら見て、頭を下げた。
「じゃあ悪いけど少しだけ、お願い出来るかしら〜?」
「はい、任せて下さい」
そしてアレンは、エユレさんへの恩返しの為に、気合を入れて厨房に足を踏み入れた。
「いや〜、ほんっとに助かったわ〜。ありがとね?アレンくん」
「いえ、気にしないでください。俺がやりたくてやった事ですから」
時刻は2時。既に客は疎らになっていて、アレンが手伝わなくても大丈夫なくらいになっていた。
最初は正直不安だったが、エユレの料理を作る所を毎日見てたお陰で、料理を作っても、しっかり味を再現できていて、問題無かった。
「それにしても、食べただけで味を再現できるなんて、アレンくんは凄いわね」
「いえいえ、全然そんな事無いですよ。...ただ昔、僕が作った料理を、父さんに美味しいって言わせようと躍起になっていた頃があって、ひたすら試行錯誤して味見して、とかいうのをやってましたから」
「へぇ……そのお父さんの事、好きだったのね」
「はい、大好きでした。……今はもう、いないんですけどね」
「そうなの……なんかごめんなさいね」
エユレさんは僕の言葉を聞いて、本当に申し訳なさそうにしていた。
アレンはそのエユレさんの様子に驚いて、両手をブンブン振った。
「いやいや、エユレさんっ、気にしないでください!もうその悲しみは乗り越えましたし。それに…仕方が無かったんですよ。父さんが殺されたのは」
「え……?……アレンくん、それってどういう──」
意味なの?とエユレがアレンに聞こうとした時。
「おう、邪魔するぜぃ」
冒険者っぽいスキンヘッドの男とその取り巻きのような三人組が現れた。