プロローグ
夢を見ていた。
とても昔の、朧げな夢だ。
身体を優しく包み込む温かさ。
優しそうな顔をした二人。
しかし、その二人の顔は靄がかかった様にぼやけていて、はっきり見ることが出来ない。
「───」。
「───」分かるか?パパだぞー。
───ふふっ、あなたったらそんなに「───」にデレデレしちゃって。
───仕方ないだろ?こんなに愛しく思わせる「───」がいけないんだ。
二人は恐らく自分の方を見ながら、会話をする二人と、一緒にいる時間がとても幸せに感じた。
そんな夢の中の、その温かく幸せな時間を、永遠に過ごしたいと思った。
しかし。
目の前にあの優しそうな二人とは似つかない人達が現れた。
その人達は自分を見て、気味が悪そうな顔をして、指を指しながら言った。
───悪魔だ!!
───呪われてるぞ!!
───殺せ!殺せ!!
人々は罵詈雑言を叩きつけ、殺そうとする人までいた。
しかしその2人は決して自分の事を離さなかった。
───大丈夫よ、「───」。
───俺達が護ってやるからな。
その2人の言葉、熱、想い、全てが温かった。
悪いモノから護ってくれていた。
二人がいれば大丈夫だと思っていた。
けれど。
その温かさは失われてしまった。
───「───」!!「───」!!
───くそ、離せ!!「───」を返せぇ!!
怖い顔をした男が二人の温もりを奪った。
大好きな二人の声が遠ざかっていく。
必死に泣き叫んでいたが、男は構わずに2人を引き離した。
そうして、いつの間にか1人になっていた。
周りは壁、身体には布が巻いてあるだけだった。
真っ暗な空に冷たい風。
それらが心を、身体を、全てを急激に冷やしていった。
───さびしいよ、こわいよ。あのふたりにあいたい。あのあたたかさがほしい。
まだ喋る事が出来なかった。出来るのは真っ暗の中で、泣き叫ぶだけ。
───だれか、だれか。
ただ必死に。あの暖かな温もりを求めて、強く願った。
───たすけて。と。
その瞬間、身体中が温かいものに包まれた。
───なんだろうこれ、あったかい。やさしくてあんしんする。
感じた温もりに、いつの間にか泣き叫ぶのを止め、ちいさな寝息を立て始めていた。
「──、──」
何か聞こえる。聞き覚えのある声だ。
その声を聞いてるうちに、さっき迄どっぷりと底に沈んでいた意識が浮上してくる。
闇しか無かった世界に光が射し込んでくる。
「───、──ろ!」
声が聞こえる光に向かって手を伸ばす。
そして、光の根源であろう場所に触れた瞬間───。
「おい起きろ!起きるんだ!」
「……ん?」
意識が夢から現実に引き戻される。
寝惚けたままであたりを見渡すと、月の光によって薄らとだが、家屋が見える。
段々と意識が覚醒していき、彼は今いる状況を思い出した。
此処は高く聳え立つ城壁の上。
其処で自分は仮眠を摂っていた所だった。
「全く、何時まで睡眠を摂っているのだ。もう直ぐ時間だぞ?」
「...時間?」
ブラウン色の髪を背中まで伸ばした彼女に言われて、自分は懐をまさぐり、時計を取り出す。
短針は頂点の印から十一個目の印をもう直ぐ指そうとしていて、長針は十二個目の印を指していた。
つまり、十時になる五分前だ。
「うわ、やばっ。何で起こしてくれなかったんだよ」
「何度も名前呼んで身体も揺すったけど目を覚まさなかったのだ。爆睡し過ぎだ」
「まじか...ごめん」
「もう起きたんだからいい。遅れた訳でも無いからな。まあ三分前になったら魔法で焼いてたがな」
危なかった。と内心で冷汗をかいていた。
「まあまあ、疲れてたんでショ。その変にしといてあげなさいナ」
すると、突然現れた黒髪のショートの女性がフードを脱ぎながら歩み寄ってきた。
「来たか。首尾は?」
「上々」
「流石だな」
再び時計に目を落とす。
長針は既に一つ目の印に到達する1歩手前だ。
「よし。それじゃあ準備はいいな?」
二人の方に目を向けると、二人とも力強く頷いた。
「───それじゃあ行こう」
「「「想いの為に」」」
城壁の上に強風が吹いた。
三人の来ているマントが風に靡いて音を立てる。
そして風が止んだ時、其処にはもう三つの影は無かった。