8話「Capital City:The Guild」
「へー、中々に栄えてるじゃん」
「んなの、東京に比べりゃまだまだだぜ」
「それを言っちゃいけないよ、AC」
ラールの街に入った三人は、周囲を観察しながら、街の奥へと進んでいた。
――活気の溢れる街だった。商人がそれぞれの商品を並べ、市民がそれを買って回る。時々、鉄を叩くような音が聞こえ、何かしらの製造活動が行われている事を匂わせる。
「あ、あれおいしそう! ねぇ、後で買って食べていい?」
「…オーエンにも来てもらうべきだったかな。色々、興味を引きそうだ」
「んなのは後で交代すりゃいい。とりあえず、ちゃちゃっと情報収集だ」
周囲の物に好奇心を示す千瀬とタクマとは裏腹に、ACはさっさと前に進む。
向かう先には、巨大な城。場所から見るに、恐らくそれが――この国の王が居る所なのだろう。
「止まれ」
彼ら三人が城の正門に近づいた所で、衛兵が槍を交差させ、彼らを止める。
「あーそうだな。やっぱ、王様に会わせちゃくれねぇか?」
頭を掻きながら聞くACを、『当たり前だ』とでも言わんばかりに睨みつける衛兵。
「それじゃ、王様に会うには、どうすれば?」
前に出たタクマを品定めするように、上から下まで見渡す衛兵。
「お前たちみたいな怪しい者を王様には会わせられん。帰りたまえ」
それ以上の言葉を許さずに、衛兵は彼らを追い払った。
『ふう…何とか通じたか』
市場を少し抜けた所の裏通り。
三人は、デバイスを通して、ベオウルフに残ったオーエンと連絡を取っていた。
『光学観測を妨害する何かしらの装置がある以上、電波も或いは妨害されていたのかと思ったが、どうやらその心配は無かったようだな』
「んー、寧ろ、そんな妨害設備を設置する程、科学が進んでいたようには見えなかったかな」
『何?』
タクマは説明する。街を歩いていた際、複雑な機械装置をほぼ見かけなかった事。市場の売り物を見ても、ハードウェアは殆どナイフやら鍋やら複雑ではない工芸品だけで、機械仕掛けの物は少なく、尚且つあっても簡素な物だったと言う事。
『とすると……分かっていた事だが、我等はArdent Armadaのゲームの中の世界に入った訳ではなく、正確には全くの異世界に飛ばされた。そしてこの世界――少なくともこの国の科学技術は、そこまで進んでいた訳ではないと言う事か』
空中から観測できた地形は、ゲームだった『Ardent Armada』のそれとは大きく違っていた。
そして、今までに見た事が無かった、生物的な敵の台頭。更に科学技術のレベルまで大きく遅れていると言う事は…完全に違う世界である、と考える方が自然だったのである。
だが、その時、オーエンの頭に疑念が過ぎる。
技術的に大きく遅れていると言うのならば。あの観測を妨げる光学妨害は、一体何なのか?
「――オーエン?」
『ああ、すまん、考え事をしていた。続けてくれ』
「『続けてくれ』じゃねーよ。ちっと次の方針でお前の意見が聞きてぇ」
口を挟んだのは、ACだ。パンパン、と服についた埃を払う。
「城の前でも怪しいって門前払いされるしよ、ったく、この俺のどこが怪しいんだか」
「んー、服じゃないかな?」
千瀬の一言に、場の空気が凍りつく。
「だって、街に居る人皆、ファンタジー系の服だったじゃん。あたしたちだけさ、こういうハイテクみたいな服って言うのは…目立たない?」
――最もだった。
「そう言えば、村長さんが懇意にしていた行商人が、この街にいたはずだよね」
手元の『通貨』は少ない。あの貧しい村から報酬を大量に頂く訳にはさすがに行かなかったからだ。
出来れば節約して使いたい所だが――
『タクマ。あのドラゴンの鱗の一部、持っていっているな?』
「ああ、そうだけど…」
ポケットから、2枚ほど取り出す。残りは機体のインベントリに置いて来ている。
『最悪、それを売って足しにするといい。ぼったくられない程度にな…AC、気をつけてやってくれ』
「あいよ」
三人は、村長からもらった情報を元に、行商人を探したのであった。
「――良くぞいらっしゃいました」
人のよさそうな、小太りの男が、彼らを迎える。
――幾度か、街の人に聞く事になったものの、何とか彼らは、この行商人――フォンス・ヴォーの館にたどり着く事に成功したのだ。
街から聞く彼の噂は、悪くはない。だが、商人と言う人種は、金のためには何でもやる。警戒を十分に高めたまま、ACは館へと入る。
一方、そんな彼の緊張を他所に、タクマは礼儀正しく一礼すると、ポケットからドラゴンの鱗を取り出す。
「私たちは、遠くの国からこの国にやってきました。郷に入っては郷に従え、と言います。なので、この国の服をいくらか売っていただきたいのですが……」
鱗を見た瞬間、フォンスの目が一気に丸くなった。
「それは――ワイヴァーンの頭鱗!? どうやって手に入れたのですか?」
「貴重な品なのですか?」
「ええ、そうですとも。ワイヴァーンはめったに地上には降りませんし、その頭にある鱗は、一生、抜け落ちる事はありません。ワイヴァーンの死体でも発見しない限り取れない物ですが――空中では絶対の強さを誇るワイヴァーンが、そう簡単に地上に死体を晒す事も……」
「なるほど」
今の言葉で、タクマはこの小太りの商人に好感を持った。
――フォンスは、必ずしも真実を話す必要はなかった。普通の、よくある品としてこの鱗を買い取れば、大きな利益を得る事が出来たはずだ。相手は遠くから来た異邦人。品の価値を知らない可能性は十分にあった。なのに彼は――この品の価値を話した。
「では、これ一枚で――買える最高級の服を頂きたいのですが。私たち、三人分」
「今すぐ用意しますとも! しばし、お待ちあれ!」
すぐさま鱗を持って、奥の部屋に入るフォンス。
「50枚以上――それどころか、そのワイヴァーンの頭を持ってるって知ったら、腰を抜かすだろうなぁ」
ウフフッ、といたずらっ子のような笑みを浮かべる千瀬。
「まぁ、貯金は多いに越したことはねぇな――っと」
ACがそこまで言った所で、足音が聞こえ、彼は口をつぐむ。
「お待たせしました。こちらはどうでしょうか?」
引っ張ってきたフレームに乗っていたのは、飾り付けが全身に成された、貴族のような服2着と、ドレス1着。
「こちら、最高級の素材で作られ、貴族の中でもスタンダードになっておりまして――」
しかし、3人の顔は渋い。
「別に目立ちてぇ訳じゃねぇからな……」
「あたしも、もうちょっと動きやすい服がいいかなぁ」
そして、苦笑いを浮かべるタクマ。
「すまない、フォンスさん。装飾とかは無くていいので、3人分の、男物の、一番頑丈な服をいただけるかな?」
「ではこちらはいかがでしょうか?」
次に出されたのは、質素な、革作りの服。
「こちら、甲獣の素材で作られておりまして…頑丈さでは一級品です。戦士の方々に愛用されておりますな」
「んー、これでいいんじゃねぇ?」
「あたしも賛成ー」
それを聞いたタクマが、振り向く。
「――という訳です。これを頂きたいのですが」
「――非常に申しあげにくいのですが、これだと鱗1枚では足りませぬ。甲獣の討伐難易度から、素材の価額が高騰しておりまして――」
「なら、これで足りますか?」
取り出したもう1枚の鱗を差し出す。
「ええ、ええ! 足りますとも。それにしても、これだけの鱗をお持ちとは、如何にして手に入れたのか、お聞きしてもよろしいので?」
「襲ってきたから撃ち殺した」
タクマが口を開く前に、さも普通のように、ACが答える。
「なんと!?ワイヴァーンを倒したのですか!?まさか人の身で――いやしかし、アレは機兵でなければ――」
「俺たちは、その機兵使いなんだ」
タクマたちの乗る『アーデント』が、その機兵と言う物と同一なのかは、彼らには分からない。実物を見た事がないからだ。それなのに――
『!?』とでも言いたげなタクマの視線に、ACは単に『話を合わせろ』のハンドサインだけ返した。
「なんと…それはそれは。でしたら、この街に来たのは正解かもしれません」
「どう言う事ですか?」
不思議そうに聞き返すタクマに、フォンスはゆっくりと窓際まで歩いて、振り向く。
「――最近、この国では甲獣の襲撃等、大型のモンスターによる問題が増えておりましてな。義勇ギルドに於いて、機兵使いの需要が増えているのでございます」
「なんだ?その義勇ギルドって言うのは」
「ああ、そうでしたな。皆様は遠くからいらっしゃったので、知らずとも不思議ではありませんでした。――義勇ギルドとは、力なき者から報酬を受け取り、力ある者に与え、その力で問題を解決するためのギルドでございます」
(「仕事の斡旋所――俗に言う冒険者ギルドか」)
そう考えたAC。
「あそこならば、いろいろな情報も得られますし、難しい依頼をこなせば、名声を得られます。名声があれば、街のいろいろな所で便宜を図ってくれます。この地に着たばかりの皆様には、悪くない話かと思いますが――」
確かに、話は悪くはない。
だが、逆に言えば、よさ過ぎる。何か裏があるのではないかと、タクマが勘ぐっている間に――
「んじゃー、行って見るか。ありがとよ、商人のおっさん」
「フォンスでございます。どういたしまして。報酬が得られた際には、是非ともこの『フォンス・ショップ』をまたご贔屓に――」
「――で、どうするの? なんか話に裏があったら…」
「その時はその時だ」
一刻後。着替えを終えた3人は、『義勇ギルド』の前にいた。
「今の俺らには情報がほしい。じゃなきゃ、話が進まねぇ。何か裏があったとしても、その裏が何かを見極めりゃ、情報になるだろ? な、オーエン」
『仕方ない話ではあるがな』
――オーエンが同意したのであれば、タクマもこれ以上反論しようとは思わなかった。
(『AC。十分に気をつけてくれよ』)
(「わーってるよ、タクマと千瀬には傷一つつけさせねぇよ」)
ギルドに入る前、ACにだけ聞こえるように、通信は飛んだのだった。
――登録自体は、簡単なものだった。
代表者の名称、チームの名称、そして代表者拇印。それだけで、登録は終わった。
これが著しい機兵使いの欠如による物かは定かではないが――話を聞くに、どうやら機兵を持たない者も登録は出来るらしい。
機兵を持たない者が受けられる依頼もあるし、いざ必要とされる時に機兵が使えなければ、その時は『自己責任』と言う事なのだろう。
「んじゃ、早速何があるか、見ていこっかなー」
掲示板に駆け寄った千瀬は然し、ドン、と、隣にいた男にぶつかっていた。
「っと、ごめんごめん」
「ああん?」
振り向いた男の表情は、怒りを露にしていた。
「嬢ちゃん、どーこに目つけてやがんだ? 礼儀ってもんを、知らねぇのか?」
如何にも柄の悪そうな出で立ちな男。それが、千瀬の肩に手をかける。
「申し訳ありません…これで、いいかな?」
ぺこりとお辞儀をする千瀬。だが、相手の男は下手に出られたのに気をよくしたのか、そのまま手に力を込める。
「言葉だけじゃ足りねぇな。ここは、お嬢ちゃんが俺に――」
次の瞬間。男の身体は宙を舞い、テーブルをかち割りながら、地面に叩き付けられた。
「――んな漫画でしかねーような台詞吐くとはな……てか、連れが居る女に手を出すべきじゃねぇって、親父に教わらなかったのか?」
男の手を掴んで引っ張り、そのままテーブルに叩き付けたACが、パンパンと、手を叩く。
「野郎――ッ!」
激昂した男が立ち上がると同時に、彼の仲間らしき男たちが二人、周りを取り囲む。
一触即発の事態は然し、ギルドの受付の一言によって解かれた。
「やるなら外でやってください。でなければ、永久除名処分です」
その一言に、仲間を呼んだ男たちは、舌打ちしながら、構えを解く。
「――町の外、北側に出ろ。そこで機兵でぼっこぼこにしてやら」
「どうして僕たちが、付き合わなきゃならないんだ?」
タクマが前に出る。それもその筈。タクマたちには、わざわざ挑発に乗る必要性はない。ギルドを出た瞬間、とんずらしてしまえば良いだけの事だ。
「逃げてもいいんだぜ? んな腰抜けにゃ、これから誰も依頼しない…それだけだ」
「誰も逃げはしねーよ。いいぜ。受けてやろうじゃねぇか。準備が出来たら直ぐに、街の北に行く」
「あんまり待たせんなよ? 俺ら気が短いんだから」
「けど…それだったら、誰か証人が居るんじゃねぇか?てめぇらが逃げたのに、俺たちが来なかったと言われるのも癪だかんな」
挑発的なACの物言いに、しかし笑みを浮かべたまま相手は答える。
「安心しな。今回はギルド公認で申請しとくからよ」
そう言うと、男は受付のほうへと向き直る。
「公証戦を申し込みたいんだが、いいよな?」
「ええ、構いません」
事務的に回答する受付の女性。
「その『公証戦』って、一体どんなもんだ?」
「公証戦とは、ギルドが審判する戦いです。ギルドの審判が観察し、その結果を証明します」
首をかしげるACに目線を向け、面倒くさそうに、受付の女性が解説する。
「勝った、負けたからと言ってギルドの仕事には影響はありませんが…ギルドが、『戦闘の結果を証明する』それだけです」
「よーく分かった。あんがとよ。…で、タクマ。どうする?先ほどは俺が答えちまったが、チームの主はお前だ。公式な戦闘となると、最終決断はお前にある」
注目が、タクマに集まる。
「…受けよう」
然りとした態度で、答えた。
「へっ、言質は取ったぜ。もう逃げはきかねぇ。…ってな訳で、登録頼むわ」
「了解しました。それではチーム『ウルフパック』対チーム『ブレイザー』、公証戦を承認します。開始は1時間後…それまでに、両者城の北門に来てください」
「他にルールとかは?参加メンバーとかは」
「ありません。自由に戦ってください」
「へっ、ぼっこぼこにしてやるぜ。そうなりゃそこの嬢ちゃんも、俺たちについてきた方が得だと分かるからな。はーっはははは!」
捨て台詞と高笑いを残して男が去った後。
「オーエン、僕は――」
『言わんでも分かる。…俺は、お前さんの決定を支持する』
「正しかった、ってこと?」
『ああ。逃げるのは、あちらさんの言う通り、名声へのダメージが大きい。…逆に言えば、ここで勝てば。一気に俺たちの強さは広まる、と言う事だ。故に…ここで戦うのは、正解だ』
「ありがとう、安心したよ」
深く、ため息をつくタクマ。勘で決断を下してしまったが、こう理論立って説明されると、安心感が湧き上がってくる。
『それでは、メンバー交代だ。…千瀬、戻ってきてくれ』
「えー?」
『今回はお互い有視界状態からの戦闘になると予想される。そうなればお前さんはやや不利だ』
「タクマとACの二人だけであいつらとやりあうの?それはいくらなんでも油断しすぎ……」
『いや、俺が出る。…さっきタクマが聞いた通り、他にルールはない。…つまり、相手のチームが…団体で来る可能性もあると言う事だ。その場合、俺が一番有利だ』
「分かった。…その代わり、ボッコボコにしてきてよ! 完膚なきまでに!」
『分かっているさ』
通信を切り、背もたれにもたれかかりながら、深く、息を吐き出す。
――『Ardent Armada』がゲームだった頃、対人戦をこなした数は、決して少なくない。
だが、世界が『こうなって』からは、初めての経験だ。今までのノウハウが通用しない可能性だって、なくはない。
――ならば、自身が身を持って、その危険の矢面に立つべきだろう。子供たちだけを、前に立たせるわけには行かない。
「幾らか、準備をしていくか」
そう呟いて、目の前に、自機のデータを移す。幾らか装備を取り替える必要はあるだろう。
恐怖がある反面、未知への楽しみもまた、ある。
最後にこう、わくわくしながらデータを調整したのは――何時だっただろうか。




