5話「Battle of Altan:Behind the Scene」
「オーエン。大丈夫か?」
「ああ、流石にこのまま戦えはしないが、応急処置はしてきた」
その姿はいつものきっちりとした物ではない。
外にロングコートを羽織っているが、その隙間から見えるのは、腹部に巻きつけられた包帯。
「すまんな。本来なら俺も共に行くべきなんだが……」
「いや、いいさ。オーエンはここで指揮を取ってればいい。その方が似合うしね」
そう言って、タクマは彼と入れ替わるように、『ベオウルフ』のブリッジから外へと出る。
――ACや千瀬の協力を仰ぐ、という事も出来た。
だが、ACは村長たちとの交渉の為、村に居る必要があった。そして……千瀬は少し体を休め、羽を伸ばすべきだと、オーエンは判断していた。
何よりも、これから行う作戦は、どちらかと言えば――オーエンの言葉を借りれば、「ダーティ」――汚い類の作戦だ。わざわざ手を汚させる必要もあるまい。
「オーエン、こっちの準備はできた。いつでも行ける」
「了解。オーバーシアーの観測データは転送しておく。着陸したら、そのままマーキングされた地点へと向かってくれ」
『ベオウルフ』の下部ハッチが開放され、投下されるはタクマのアーデント、『紫狼牙』。
地面に激突する寸前に、全身の噴射ノズルを逆噴射させ、急激に減速。ストン、という音が似合う程に軽い着地を遂げる。
『…周囲に何体か敵が発見されている。気をつけたまえよ、タクマ』
「了解」
オーエンが『ベオウルフ』の操艦に回った事で、彼のアーデント『ロウメイカー』が停止された。それは即ち、今までその装備であった小型カメラドローン『オーバーシアー』による戦場の監視を、タクマが受けられないと言う事であった。
代わりに『ベオウルフ』のレーダーによって周囲を偵察してはいるが、上空からである事から、木々がレーダー波を遮り、小型の甲獣は発見できないだろう。
「――っ!」
背後への、太刀一閃。
銀の剣閃が、甲獣の頭部を、その胴から切り離す。
「……なるほど。これが感覚が鋭敏になると言う事か」
『本当にいいのか?フィードバック感度を上げる事のリスクは、先ほど伝えたぞ?』
フィードバック感度――この世界に来てから発見された、ゲームだった頃には無かった、アーデントの新たなるパラメーター。
先ほどの一戦で、オーエンはその意味を理解していた。
――それは、要は感覚のシンクロ度。
上げれば上げるほど、肌で感じるように、周囲の気配を感知できる。だが、それは諸刃の剣。シンクロされるのは痛みも同じ。それどころか、傷さえも――フィードバックされるようなのだ。
先ほどの闘い。オーエン機は、巨大甲獣の一撃を脇腹に受けた。ただ痛みだけが伝達されるかと思っていたオーエンだが、医療室での検査によって、実際に身体に傷を受けた事が判明していた。すぐさまそれをタクマに伝えたが……
「――要は、一撃も食らわなければいいんだろう?」
その目つきが変わる。全身に神経を集中させ、周囲の気配を感じ取る。タクマのスキル――『圏制』である。ゲームの頃は、気配探知系列の最上級スキルとされており、その力は敵のサイズと、凡その強さすら判別可能にするほどであった。
「ハッ!」
目に見えぬ程の速さで繰り出される、八つの剣閃。それは同時に周囲から跳び掛かった十体の甲獣を断つ。スキルがゲーム時代と変わらぬ力を発揮した事に満足し、軽く剣を振り、血を飛ばす。
「ギャギャー!」
その瞬間。一体だけ、様子見をしていたのか、タクマ機が剣を鞘に戻したその瞬間を狙い、付近の草むらから飛び出し、その背を狙う。
「ッ…アァ!」
鞘に刀を差し込んだ勢いそのままで、刀の柄を掌で叩き。衝撃で鞘ごと跳ね上げ甲獣の腹部を強打する。
吹き飛ばされた甲獣は、そのまま木の根元に激突し――
「ギャギャ!?!?」
上から巨大な影が、それに迫る。
ズン。
次の瞬間、それは、先ほどタクマが剣閃で断ち切っていた樹木によって、押し潰されたのであった。
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――一方。タクマが、降下したその時。アトランの村では、祝勝会が開かれていた。
「我らを救ってくれた英雄たちに――乾杯!!」
辺境の村である。最初の乾杯を除けば、格式ばった事は何もなく。ただ、飲み、食い、愉しむ。それだけの宴であった。
「ったく、こんな良いイベントなのに、タクマとオーエンは何やってんだろ」
「あいつらにはあいつらの考えがあるんだろうさ」
酒のグラスを持ち、歩み寄ってきたのはAC。ちなみに愚痴った千瀬は別に酔っているわけではない。彼女が持っているグラスは甘いジュースのような物だからだ。それは事前にACが味見し、確認してある。
こんな異世界まで来て、法定年齢なんて気にする必要があるのか、とも思ったが――やはりなんとなくそうしてしまった。
「おおう、これは英雄殿、ここにおりましたか」
「村長さん……英雄とか呼ばなくて、名前で呼んでくれれば結構だよ」
「おお、失礼致しました。…千瀬様、でしたかな?」
様付けにされるのもまた、普段余り親族以外の人には会わず、そう呼ばれることがほぼ無い千瀬には慣れない事ではあった。
だが、これ以上訂正するのも話が進まなくなるから、と、彼女は言葉を飲み込む。
「皆様の働きには驚きました。村の者が、少し離れた所にある、小さな山のような甲獣を発見しましたからな。今解体している最中で御座いまして――あれがあれば4ヶ月程は狩りに出なくても食いつなげます。村を守ってもらったのみならず、食料まで――」
「ちょっと待て、今何て言った?」
手を伸ばして言葉を遮ったのはACだ。
「はぁ、あの甲獣の肉があれば、4ヶ月程村の者が食い繋げると言う事でしたが」
「……あのデカブツ、食えるのか?」
「遠くからやってきた皆様はご存じないでしょうが、調理法が少し特殊なだけで、おいしく食べられまする。放置しても腐りにくいので、保存食としても――おお、話してたら丁度来ましたな」
遠くから、大きな肉の塊を担いで、若い男がやってくる。肉の外はこんがりと焦げ、まるで火事場から休出して来たが如く。
心中では「うぇ…焦げてるじゃん。あれ食うの…?」等と考えていた千瀬だったが、村人たちは一斉に、肉の塊の方へと、皿を持って押し寄せていく。肉塊を持ってきた男はそんな彼らを制し、列に並ばせると、肉塊の外の黒い部分にナイフを入れていく。
「うわぁ……!」
千瀬の声は感嘆の物。外側こそ黒焦げになっている物の、中の肉は綺麗な白とピンクの入り混じった色をしていた。食欲を誘う肉の焼けた香りが、この距離からでも漂ってくる。
「皆様も如何ですか?」
「うん」
自然と、千瀬の足は、肉の方へと向かっていった。
(「さーて、こりゃ、いいネタを持ち帰れそうだな」)
自身も味見の為に肉の方へと向かいながら、ACは、『情報入手』の為の計画を立て始めていた。
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――剣閃と共に、血しぶきが上がる。
既に、タクマによって斬り倒された甲獣は、五十を下らない。
『大丈夫かタクマ?何なら一旦、帰還して俺と交代を――』
「大丈夫だ、心配するな」
遮るようにして答える。
――医療室で処置したとは言え、オーエンの傷はまだ癒えていない。ここで彼に負担を掛ける訳にはいかない。
そもそも、彼が昨夜この世界に転送されてから一睡もしていないのを、タクマは良く知っている。周囲の状況調査、ベオウルフ内のシステム点検、各種アイテムがゲーム内通りに働くかの効果実験……それ程までに彼に負担が掛かっているのに、
「……ここで俺が踏ん張らなきゃ、どっちがギルドマスターか分かったもんじゃないからな」
口角に軽い笑みを浮かべ、更に奥地へと進む。
そこにあったのは、巨大な洞窟。
『先ほどの調査によれば、殆どの甲獣はそこから出入りしている。巣がそこにある可能性は大きいだろう』
――甲獣の討伐を決断した直後から、オーエンはこの問題を考慮していた。
即ち、甲獣たちはどこから来たのか、と言う事である。
若しも「最近逸れた一団が迷い込んで来た」と言う話であれば、迎撃し、撃退すれば終わりである。
だが、戦ったあの数は――とてもそうとは思えなかった。
若しも巣が付近にあれば、今撃退したとて、彼ら『ウルフパック』が去った後に再度巣の中で繁殖した甲獣が湧き出し、同じような事の繰り返しとなる可能性がある。
「依頼を受けたからには、根絶してやれ……か」
飛び掛る甲獣を、機体の手首に装備したガトリング砲で掃射する。軽量機である『紫狼牙』には余り重い武装は機動力の観点から装備できず、結果としてその威力は限られる。弾丸の殆どは甲獣の表皮に穴を開けたに過ぎず、その前進を僅かに遅らせたに過ぎない。
――が、それで十分すぎた。
手首に装備した砲は、手持ち武装と違って手を塞がず、結果として両手武装の運用を妨げない。
両手でしっかりと大剣を握り締め、正面から縦に一閃!
僅かな差で、甲獣の牙が紫狼牙の装甲に届く前に。その体が正中から、両側に分かれていく。
『気をつけたまえタクマ。巣の中と言う事は……敵の防備も強固になっているはずだ。生物は――己らの子が居る場所は、死力を尽くして守るだろうからな』
「分かっているさ。無理はしない」
ベルトに相当する部位に固定されたビーコンに、無意識に触れる。
――これを、巣のできるだけ深い位置に投げ込むのが、今回の作戦目標であった。だがタクマとしては、もう少し、この戦いを楽しみたかったという考えもあった。
何せ、自分が最も楽しんでいたゲームが…現実になったのだから。
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「おー。こりゃ確かにうめぇわ」
肉を豪快に咀嚼しながら、ACが叫ぶ。
「ちょっと、行儀悪いよ? 飲み込んでからにしなさい」
バンバンと背中を叩く千瀬の言葉に応じて、大きくごくりと、口の中のものを全て飲み込む。そして、ジュースを一口すすると、
「それで、今回の報酬の件なんだけどよ」
――空気が、少し凍った気がした。
「まぁまぁんな怖がるなって。別にこの村の物資を全てよこせとはいわねぇ。俺らもそこまで物資に困ってる訳じゃないからな」
手を振って、空気を和らげようと試みる。
「俺らが欲しいのは、情報だ。遠くから来たってのはもう説明したが――そんな訳で、この周辺に対する情報が欲しいんだ」
その言葉に、目に見える程ほっとした村長が、顔を上げる。
「それは結構です。皆様がこの村にしてくれた事を考えれば… 何でも、聞きたい事をお聞きください」
「んー、それじゃぁ、先ずはこの肉の料理法を教えてもらおうかな?」
「それでしたら、調理場の方へと案内しましょう」
意外と簡単に教えてくれた事に、ACは千瀬と、顔を見合わせる。そして二人は、村長に続き、調理場だと思われる小屋へと、入っていった。
「――へぇ…意外とシンプルなんだね」
それが調理場を見た千瀬の感想だった。
そこにあったのは、まな板と包丁のような刃物。横には巨大な壷入りの水と――そして巨大な炎を湛えた炉のみ。
「調理法自体は簡単ですからな」
見れば、調理人と思われる筋肉もりもりの男が、豪快に肉を切り分けた直後――その上に、水を掛ける。そして、すぐさまそれを、炉の上に掲げる。
ジュウ、という音と共に水が蒸発して行き、蒸発し切らなかった水が肉汁と混ざり合い炎の上に滴り、香ばしい匂いを四方に散布する。
「これが、調理のコツじゃよ」
水の入った壷を指し、村長は微笑んだ。
「それって何か特殊な水なの?」
「いや、傍の川から汲んで来た水じゃよ?」
へっ?という顔をして、きょとんと村長の顔を見つめる千瀬。
「甲獣の肉は熱を受けると直ぐに収縮して硬くなる故、火が通りにくいのじゃ」
だろうな、とACは考えていた。実際に近接戦闘を行っていた彼は、斧の刃が甲獣の肉に食い込んだ瞬間、肉質が一気に硬くなるのを手応えとして感じていた。若しもそれが斧との摩擦熱による反応というのであれば…納得がいく。恐らく血が空気に触れると熱くなる。そういう仕組みもあるのだろう。
「じゃが、水を掛けると、元通り柔らかくなるのじゃよ。故に火に掛ける事と水で柔らかくする。その繰り返しで、調理は進んでいくのじゃよ」
「へぇ…」
感心したように調理人を見ていた千瀬は、突如振り返り。
「あたしも、やってみていいかな?」
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「はぁ…っ、はぁ…っ」
紫狼牙、コックピット。荒く、息を切らしたタクマ。
無理もない。――彼の周りには、更に二十を下らない、甲獣の死体。
――『圏制』は確かに強力無比なスキルだ。ゲーム時代に於いては、探知能力が相手の隠蔽値より上、或いは同一ならば、如何なる方向でも。例えその方向に障害物が有ろうとも、探知できたのだ。
だが、その様な強烈なスキルが、ペナルティなしで維持できる筈もない。ゲーム時代では、この能力の維持は、長時間食事を取らなかった時と同じようにスタミナ値を著しく消耗し、スタミナ値が切れると画面が揺れたり、視界がぼやけたりと、操縦能力に支障が出た物だ。これを克服する為、そのぼやけた画面でも情報を識別したり、画面の揺れのパターンに合わせて操縦できるよう、練習した猛者も居る程だ。
――だが、『現実』はどうやら、その更に一歩上だったようだ。合計七十体以上も甲獣を切り倒していればスタミナは切れる。そしてそれはリアルな「疲労」となって、タクマを襲っていた。
「どうやら…っ、はぁっ、スタミナは本当に『体力』…っ、だったようだな、オーエン…っ」
『大丈夫か!?圏制を解除して――』
「もう少しっ、耐えられる――っぁ、せめて巣の底を…っ」
この作戦の成否は、巣の最深部に出来るだけ近い場所に、ビーコンを設置できるかどうかにある。
そこへ、『とある攻撃』を打ち込めば、一寸の可能性をも残さずに甲獣たちを全滅させられると言うのが、オーエンの立てた今回の作戦であった。
『無茶を言うな。今すぐビーコンを放り投げて撤退しろ』
「だが――っ」
『だがも何もない。今すぐに撤退するんだ。…圏制が運用できなくなった瞬間、お前は危険に晒される事になる』
一呼吸置いて、オーエンは句を継ぐ。
『この作戦は、命を懸けてまで行う物ではない。…作戦が失敗したならば、再度立て直せば良いだけの話だ。最悪、俺の傷が癒えた後でもう一度全員の力で甲獣の軍団を撃破し、その後全力で巣に攻め込めばいいだけの話だ』
「――っ」
『元より、今回の作戦は俺が欲を出したにも等しい。出来るだけ早く後顧の憂いを断ち、尚且つ千瀬に大量の動物を殺すという作戦に参加させたくなかっただけだ』
――千瀬は狩人。食べるために獣を狩り、己が身を守る為に近づく獣たちを撃つ事はあっても。如何に危険な獣であろうと、それを『根絶』まで追い込んだ事はない。それは、今までに毎日行われていた他愛のない雑談の中からオーエンが把握していた事であった。
(「あたしは、仕方のない事以外では、あんまりあの子達を傷つけたくないかな――」)
動物を生計のために仕方なく狩りながらも、動物を愛する彼女に、できれば、その信条を裏切らせる様な事はしたくない。それ故に、この作戦は彼女には黙っており、自身とタクマだけで、オーエンは作戦を進行した。
「だが、お前にそこまでの危険を冒させるだけの価値は、この作戦――いや、どんな作戦にもない。この世界で死亡してしまうと――どうなるかは分からんのだぞ?」
「っ――」
改めて言われると、急に恐怖を自覚してしまう。
そう、これは最早ゲームではなく…彼らにとっては、『現実』なのだ。
『――撤退だタクマ。次の一手は、また話し合えば良い』
目を閉じ、深く息を吸い込む。
「――ああ、分かった」
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「おお、お嬢ちゃん、中々上手いじゃねぇか」
水を盛った壷を片手に持ち、もう片手には肉の塊。
火に当てては水を掛け、肉を柔らかくして行く。
「あの壷も決して軽くはありませぬぞ。…それを女性の細腕で…中々、やりますな」
村長もまた、料理人と同じように、千瀬の動きに感嘆の声を漏らす。
「へへっ、これでも一応、森の中では自分で料理しなくちゃだからねー」
ACが2、3言、村長に語り掛けると、
「なるほど、狩人でしたか。それならばその腕の強さも納得できますな」
「まぁ、まだ俺には及ばねぇけどな」
「なーにを! じゃあ、やってみる?」
手を止めた千瀬が口を尖らせ、壷と肉の塊を掲げる。
「へっ、いいだろう」
肉を持ち上げ、水を掛ける。
「っとと…硬くなったぁ!? …しかたねぇな…って、冷えすぎたか」
確かにACの動きからは、その腕力が千瀬のそれを上回っている事が見て取れる。だが、中々に料理が上手く行かない。
「ほっほ、この料理は腕力だけではできませぬからな。肉が柔らかくなるタイミング、硬くなるタイミング――その見極めが重要なのですじゃ」
「だぁぁ、くっそ、中々難しいなぁ」
四苦八苦するACが、肉に刺した串を大きく引いた瞬間。
ズズゥン。
「何じゃ!?」
村長の驚いた声と共に、思わず肉を取り落としそうになったACが、何とかそれを受け止める。
――鈍い、然し大きな揺れが、村を襲ったのであった。
その揺れはとても短く、すぐさま止んだ。
「全く、また甲獣が暴れていなければ良いのですが」
頭を横に振る村長。その隣で、千瀬の目は、遥か彼方に僅かに上がった、炎の光を捉えていた。
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「命中だ」
表情一つ変えず、オーエンが計器を確認し、言い放つ。
遠くに上がる光。目の前のスクリーンは、目標の深度までベオウルフの砲撃が到達した事を表示している。
『…それは良かった。それじゃ、このまま艦に上がる』
念のため帰還せず、直ぐ下で待機していたタクマが、通信を切断する。
「ふう……」
深く息をつき、艦長席に重く腰を掛ける。
そのまま席をを回転させ、後ろを向いた瞬間――
「何が命中だって?」
そこには、千瀬の姿があった。




