4話「Battle of Altan: Front Line」
『それで、今回の作戦はどうすんだ? 実験するとか言ってたが』
森の中。コックピットで考え込むオーエン。そこへ、ACからの連絡が入る。
「ん、ああ。今回実験する項目は二つ。……スキルの発動と、フィードバック感度だ」
周囲に偵察に出した、球型の小型カメラ――『オーバーシアー』を操作、画像を確認しながら、オーエンは答える。
「『Ardent Armada』に於いては、アーデント自体の改装だけが強くなる方法ではなかったのは覚えてるな?」
『ああ、そりゃな。キャラクターも成長していくにつれてスキルを習得できるあれだろう?』
「そうだ。それが……この世界に於いても有効かどうか。確認したい」
スキルの有無によって、取れる戦法はがらりと変わってしまう。其れ程までに、『Ardent Armada』に於けるスキルは重要だったのだ。取れる物も千差万別。故に、完全に同じ構成であるキャラクターは存在しない、と言われていた程。
『テンプレ』と呼ばれるビルドも開発されているには開発されているが、上位者は何れも己の好み、癖に応じたカスタマイズを施している。
『ま、失敗した場合リスクが高ぇスキルもあるからな。俺とお前でやるのが確かに適任っちゃ適任か』
「…そういう事だ。っと、お相手が来たようだな」
通信チャンネルをプライベートから、ギルドに切り替える。
「タクマ! 全情報をベオウルフメインシステムに随時、転送する。全体を見て何か問題があったら適時指示を出してくれ」
『分かった』
「千瀬! 村人の避難は済んでいるか!」
『うん、あたしの後ろの建物に全員。なんとしても絶対、守りきって見せるよ』
――オーエンならば、村人全員の命よりも千瀬一人の命を取る。彼は『そう言う』人間なのだ。自身の周りの親しい者の為には、全てを犠牲にするだろう。
だが、この場でそれを言って、千瀬の集中を揺らがせる愚は冒さない。……要は、村自体に近づく前に、敵を殲滅してしまえばいいのである。その為に全ての『オーバーシアー』を動かして甲獣たちの動向を予測し、村に襲撃をするような動きを見せた直後にすぐ、村人を避難させたのだから。
「……立ち上がりは上々、か。後は如何に優勢を維持するかだな」
ガサガサ、と、何かが草木を掻き分ける音が段々近づいてくる。
「敵第一隊、接近した。……さて、戦闘開始だAC。問題ないな?」
『無論だぜ。……久しぶりに、一暴れしてやるとすっかねぇ!』
――森の中を、草を掻き分け、進む甲獣たち。
彼らが頼っているのは、匂い。付近に、多くの『食料』が集合しているような濃厚な匂いを嗅ぎつけた。
彼らは、『食料』を逃がさない為に、仲間を集め、大掛かりな『狩り』を仕掛けた。
――その全てが、森の中を飛び交う丸い『虫』…オーエンの『オーバーシアー』に筒抜けだと言う事を知らずに。いや、知っていたとしても彼らは気にしなかったか。彼らにはそれの意味を理解するだけの知能はなかったのだから。
「――貰ったぜ」
草むらの中から飛び出す、鉄の巨人。両手で振るうは、身の丈もあるほどの柄に巨大な刃がついた凶器。
俗に『戦斧』と呼ばれるそれは、その重量も相まって、一撃で先頭の甲獣を地面に叩きつけ、両断する。
行き成りの奇襲によって仲間たちの一人が死亡した事実に、甲獣たちは僅かに動揺し、一瞬の躊躇が生まれる。が、それは直ぐに本能によって取って代わられ。生存の為に、彼らは目の前の障害の排除へと動く。
周囲の三体が、一斉にそれぞれ違う方向から、ACの機体へと飛び掛る。
「さてはて、どーっすっかねぇ……」
――『Ardent Armada』の世界において、機体――アーデントはそのフレーム重量から、大別して三種類に分けられる。軽量級、中量級、そして重量級である。
軽量級は高速であり、その分搭載量が限られており、装着できる装備は少なめ。重量級はその逆と言った感じだ。中量級は、その間のバランスを取っていた。
ギルド『ウルフパック』に於いては、タクマが軽量、オーエンが重量、そしてACと千瀬は中量級であった。
中量級は回避能力に於いては軽量に及ばず、防御能力に於いては重量級に劣る。故に中途半端と見られる事も多かったのだが――
「ま、叩き潰してから考えるか……!」
大きく円を描くように戦斧を振り回し、飛び掛る小型甲獣を正面から迎撃、衝撃の瞬間、自然と手に力が入る。まるでそれが当たり前だと言うように、体が覚えているかのように。
猛烈な一撃を正面から受けた小型甲獣は、それでも一矢報いようとしたのか、首を前に伸ばすが、ガチリと牙が鳴っただけ。牙は届かず、斧の衝撃が体を吹き飛ばして、木に叩き付ける。ピク、ピクと起き上がろうと足掻くが、それは直ぐに、動かなくなる。
「へっ、どうやら効いているようだな」
『AC、何が発動した?』
「パワーカライド。攻撃に合わせてぶん回したら、相手だけ吹き飛んだぜ」
パワーカライド。相手の格闘攻撃に合わせて自分の格闘攻撃をぶつけ、その出力が上回っていれば相手の格闘攻撃を無効化し、一方的に自分の格闘攻撃を通す事が出来ると言うスキル。
一見使い易いスキルに見えるが、高速で振るわれる格闘攻撃にタイミングよく自分の格闘攻撃を合わせる必要があると言うのが問題だ。その様な反応神経がある人間は、殆どの場合軽量機を扱い、回避してから背後の死角から刺すと言う方法を取るため、このスキルは必要ない。
だが、ACのアーデント…『グレイヴン』は中量機である。反応神経に自信がある彼が敢えてこのタイプを選んだのは、本人曰く「避けるのが面倒くせぇ。…んな暇あったら、全力で殴ってさっさと終わらせちまえばいいんだよ」と言う事らしい。
戦斧の威力にも怯まず、小型の甲獣たちは、その数に任せて次々と飛び掛る。
「おっと、こりゃちっとやべぇな?」
『グレイヴン』の戦斧の破壊力は驚異的だが、それは攻撃速度を代償にした物。一度戦斧を振りぬいた後はそう簡単に立て直せる物ではない。
「……ふん」
放たれたワイヤーが、甲獣たちを絡め取り、その攻撃を阻む。
「さて……暫し、そこで止まっていてもらおうか」
ワイヤーを伝う猛烈な電撃。それが終わり、甲獣たちが崩れ落ちた後に、ワイヤーを巻き取るオーエン機。
――彼の機体、『ロウメイカー』は、オーエン自身がベオウルフの操艦に忙殺される事が多いため、あまり日の目を見る事はない。
だが、それは決して、彼が機体戦に弱いと言うわけではない。
「おーおー。相変わらずようやるぜ。お前とだけはやりあいたくねぇな、面倒くせぇから」
「そうか」
そう答えながら、背後から飛び掛った甲獣に向けて、『ロウメイカー』のバックパックが開き大量の円形の弾丸が排出される。
ショットガンのような粘着ペイント弾に視界を完全に塗りつぶされた甲獣はそのままつんのめり、地に転がって足掻く。それを更に、粘着弾で掃射する。
「…ったく、えげつねぇな」
「命は取っていないだろう?」
ぼそりと漏らしたACに、笑って返すオーエン。
「っと、大物のお出ましだ」
地響きが、少しずつ接近する。その姿を『オーバーシアー』のカメラによって捉えていたオーエンが、ACにマップデータを転送する。
次の瞬間、指し示されたその方向から、四足歩行するトカゲのような物が出現する。
――果たして、それをトカゲと読んでよい物か。そのサイズは、彼らの機体の四倍以上はあったのである。
「昔を思い出すねぇ。なぁオーエン?」
「いつの事か分からんな。…この程度ならば、百体以上倒して来たと思うぞ?」
自身を無視して談笑している彼らに怒ったかのように、トカゲ型の甲獣はその尾を大きく振り回す。
無論、甲獣が人語を解する事はない。単なるタイミングだろう。
ACはその瞬間、ブースターを全開にして空中へと推進。衝撃波を纏った尾は、『グレイヴン』の足下を通過したのみ。
だが、オーエンにはその様な芸当は出来ない。彼はそもそも、それほど反応神経には優れない。おまけに使用する機体のタイプは…最も動きが遅い『重装』。咄嗟に横からの攻撃をガードするのがやっとであった。
だが、これはゲームではない。ガードしたからと言って、ダメージは0にはならない。
甲獣の尾は、その巨体に比例した力を以って、オーエン機に激突した。
「ぐおぉ!」
「おいおい、大丈夫かよ!?」
心配するようなACの声が、通信システムから伝わる。
「問題ない。前に集中しろ…!」
――とは答えた物の、実はそれほど大丈夫、とは言えない。
ずきずきと痛む右腹部。ゲームだった頃の『Ardent Armada』には、無論痛みをプレイヤーに伝える機能等なかった。
「フィードバック感度を上げるとこうなるのか…無駄に凝った機能だな…全く…!」
パラメーターにあった『フィードバック感度』と言うのは、どうやら、アーデントへのダメージを操縦者にも伝える機能と言う事らしい。ダメージの程が良く分かると言う利点の反面、痛いのは誰だって嫌なのだ。
巨大甲獣の目は、オーエン機の方へと向けられる。それなりに動けるAC機よりも、先に食べ易い方を食べてしまおうと言う魂胆らしい。
だが、その巨大甲獣の目に映ったのは、『ロウメイカー』の下腕部から散布された、大量のペイント散弾。咄嗟に目を閉じるが、大量のペイントが瞼ごと塗りつぶし、その視界を塗りつぶす。
「AC、離れろ!」
視覚を奪われた巨大甲獣。今まで悠々と捕食を行い、このような反撃を受けた事のないこの獣には、異例の事態。その事態に面して、恐怖と焦りによってそれが取った行動は――
「ガァァァァァ!」
四方に四肢を振り回すように暴れる。これには運よく周囲に居る敵に当たるのを期待する意味と、視界が奪われている間に敵が近づいてこないようにする意味合いがあるのだろう。
『オーエン。砲撃援護は必要か?』
周囲に浮かぶ『オーバーシアー』の視点から一部始終を見ていたタクマが通信で呼びかける。暴れ出した敵にACが近づけず、オーエンもまた敵に致命打を与える手段を持たない以上、この状況を打開するにはもう一手、何かが必要だ。
「いや、いい。砲撃手が居ない今の状態ではこれに当てるのは無理だろう。それに――」
パン。小さな銃声が響く。
大暴れしている甲獣が起こしている騒動の中では、殆ど聞き取れない銃声。だが、次の瞬間、甲獣の頭部横には、小さな穴が開き、血が流れ出ていた。
『――あたしが、居るからね』
遥か先。村の中に立つ千瀬機――『アルティア』が、しゃがみ込んだまま、スナイパーライフルを構えていた。
「ガァァ!」
痛みのあまりに咆哮を挙げた甲獣は、動き出す。弾を受けた方向を頼りに、そちらへ全力で突進を始める。
「っ、すっごい元気だねぇ!」
次々とトリガーとボルトを引き、弾丸を撃ち込んだ千瀬。
だが、一カートリッジ分打ち込んでも、尚突進を止めない甲獣。
「進む方向さえ分かれば…後は簡単だ」
巨大甲獣の進行方向にばら撒かれる液体弾。出来た水溜りに甲獣が足を踏み入れた瞬間、その足が思いっきり後方へ滑り、頭からそれは地面に突っ込む事になる。
「潤滑油弾。……用意しておいた甲斐があったな。ブースター噴射ができるアーデント同士の戦いも多く、生物系の敵も比較的に小型で敏捷だったゲーム時代じゃ余り出番がなかったが、こういう敵もいつかは出てくるのではないかとな」
「まーた妙なもんを作りやがって……」
呆れたようにコックピットで額に手を当てるAC。
「でもまぁ、動きさえ止まればこっちのもんだぜ!」
手を引き下げると、その表情は凶悪な微笑み。ブーストで接近し、一気に推進方向を変更させ機体を上昇。上段から斧の重量を乗せて、叩き割るように切り下ろす!
ザン。斧は巨大甲獣の首筋に食い込む。然し、その巨大さから、完全に断ち切るには至らない。
「ったく、でけぇだけあって、ほんと硬ぇなこいつ……」
もう一度斧を振るおうにも、深く食い込みすぎているのか、直ぐには抜けないらしい。
その間に、甲獣の尾がAC機を襲う。
「しつけぇんだよ…!」
斧から手を離し、拳で尾を迎撃する。激突の瞬間、下腕部から杭が射出され、甲獣の尾に穴を穿つ。衝撃により尾を弾き飛ばす事には成功したが、その反動で『グレイヴン』もまた、近くの木に叩きつけられる事になる。
「……大丈夫か?」
「ああ、スキルが効いたみてぇだ」
ACの所有するスキルは、『パワーカライド』以外にもいくつかあった。
その一つが、『紙一重』。各パーツの中心点に攻撃が命中――つまり、直撃しなければ、大幅に被ダメージを減らすと言う物だ。爆風等の面の攻撃に対しては効果がない上、完全にダメージを回避する訳ではない故使いにくい面もあるが、ACの動体視力との組み合わせにより強力な効果を発揮する。
さっきの巨大甲獣の尾の一撃も、腕部のパイルバンカーを打ち込む事で軌道をずらし、直撃を回避したのである。
「しっかし、またこれか…」
またもや暴れ出した甲獣には、並みの方法では近づけない。
「もう一発…!」
精密極まりない千瀬の狙撃は、然し先ほどよりも激しく不規則に暴れまわる甲獣の頭部を捉えるには至らない。尻尾に弾かれた弾丸が近くの倒れ木を貫く。
「どうしたもんかねぇ……」
「AC。打ち上げてくれ」
「まーた『アレ』をやるのかぁ?」
「上ががら空きだろう?」
「なら俺がやりゃいいんじゃね?」
「重量が足りん」
「……ちっ、そういう事か。しゃあねぇ。来い」
一つ頷くと、拳を打ち合わせ、構える。
ACの『グレイヴン』に向かって、跳躍するオーエンの『ロウメイカー』。
衝突の瞬間、『グレイヴン』の腕からパイルバンカーが打ち出され、その推力に絶妙な角度で脚部装甲の一番厚い場所を合わせる様に、反動力で跳躍。巨大甲獣の上方で、全身のスラスターによって微妙に位置を調整。四方から戻した『オーバーシアー』で甲獣の動きを観察しながら、落下する。――その首に突き刺さった、『グレイヴン』の斧に向かって。
「……この重量、そして推力だ。――押し切る!」
足が斧の刃に掛かった瞬間、全推力を上空に向ける。重装機である『ロウメイカー』の重量と、その機体を動かす為の推進力が合わさって、巨大な鉄槌が如く斧を甲獣の首に向けて叩き込む。
「ギャァァ――」
そこで、甲獣の咆哮は途切れる。喉にある発声器官が、その首と共に、体から切り落とされた為だ。
「――ふう。これで最後かな」
周囲の小型甲獣が掃討された事を確認した千瀬が、深く息を吐き出す。
巨大甲獣が倒された後も、小型の甲獣が散発的な襲撃を仕掛けて来ていたのだが、その全ては再度周辺に展開されたオーエンの『オーバーシアー』により探知され、千瀬の狙撃によって撃殺された。
「うむ。周囲に他の甲獣種は探知できない。一応暫く警戒は続けてくれ」
「どこ行くの?何か村長さんが祝勝会を開くそうだけど」
後退する素振りを見せたオーエンに、千瀬が問いかける。
「――先ほどの一戦で『ロウメイカー』は結構なダメージを受けたのでな。修理しに『ベオウルフ』へ帰還する…それにそう言ったパーティーは、俺も余り得意じゃないしな」
フッ、とAC機の方から失笑が聞こえた気もするが、きっと聞き間違いだろう。
「とりあえず、パーティ会場ではそれとなく村人たちから情報収集をしてくれ。本格的な村長との交渉は明日以降だろうが、事前情報を持っておくに越した事はない」
「試してみるけど、余り期待しないでね?」
「お前さんがこう言うのを得意としないのは良く分かってる。……AC、やる事は分かってるな?」
「はいよ。まぁ、任せとけって。うまくやるって」
苦手なのは自分でも分かっているが、それでも他人から『期待していない』とも取れる言葉を貰うのは、気分が良いものではない。少しむっとして、千瀬は彼らに背を向けた。
「何か仕掛けるんだろう?」
プライベート通信で話しかけてきたACに、オーエンは短く「ああ」とだけ返した。
「まぁ…あんまりひでぇ事はすんなよ?千瀬にバレた時はやべぇ」
「分かっているさ」
そう、通信を切り。オーエンはベオウルフに向けて移動すると共に、艦への通信回線を開く。
「――タクマ、交代だ。あの村の後顧の憂いを断つ」
(一話に収めるつもりだったのですが、後に続く事に…)




