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Ardent Armada  作者: 剣崎 宗二
Chapter 1「異世界への合流」
2/20

1話「Survival」

「うー……んっ……」

 起き上がり、周りを見渡した千瀬が最初に見たのは、周りの森。

「あっれー、おかしいな。あたし寝ぼけたまま山に入ったのか?」

 覚えているのは、『Ardent Armada』内で自室に戻り、ログアウトプロセスを始めた所まで。

 まさかその後寝ぼけたまま動いたのだろうか。それにしては装備――猟銃、水筒等を持ってきていない。忘れたのだろうか。

「そもそも、あたしこんな服持ってたっけ?」

 手足の方を見渡すと、何か見覚えのある服。けど、少なくとも山に入るような服ではないし、家で着る様な服でもない。そもそも彼女は家では常に下着姿。

 下着姿のまま出てこなかった事に密かに感謝しつつ、立ち上がる。


「とりあえず、喉渇いた。水筒持って来てないから水源探さないとなぁ」

 この程度、山の中を熟知している彼女にはお手の物の筈だった。

「あれ…? けど、これ……いつも行ってる山じゃないな」

 生えている木は、自分の良く知る山とは違う。それでも、山と言う物自体への知識から、水源を見つけるのは難しくなかった。

 水は飲用に適さない物もある。けど、それは舌をつけた瞬間、分かる事だ。

 ――だが、彼女が池に手を付けようと、手を伸ばした瞬間。その動きが、固まる。

「何これ……!?」

 そこに映っていた姿は。彼女の現実世界の姿ではない。その顔は――彼女が『Ardent Armada』で使っていた姿その物。

 出来るだけ現実の姿に近づけたかったが、その様なキャラクターカスタマイズの技術がなかった。結果として――かなり、現実より綺麗な姿に出来上がってしまったのである。まぁそれもそれで、気に入っていない訳ではないが――


 千瀬は、今自分が居るのが、現実なのかゲームの世界か分からなくなった。

 確かに自身の姿は、ゲーム内のキャラクターそのままだ。だが、触れる木の、草の感触は、普段山で触っている物と全く同じで。

 風の匂いすら同じだ。現実世界と一寸も変わらない。


「だぁぁ!考えるのはやめやめ!」

 ログアウトもコンソールも効かない。それを確認した千瀬は、とりあえず水を飲み干す。

 ここが現実世界であろうとゲーム内の世界であろうと関係ない。先ずは、人の居る場所にたどり着かなければならない。

 その為の水分補給。然しその瞬間、水面に、巨大な黒い影が映った。


「……嘘、だよね?」

 彼女がその光景を信じたくないのも理解は出来る。何故ならば彼女の後ろに居たのは、巨大な怪物だったからである。

 その姿形は、ネット上で見た『恐竜』の予想図に近い。それも『ティラノザウルス』と。だが、細所は異なる。

 唯一つ確かなのは、その口にある牙の鋭さは、明らかに肉食獣のそれだ。

「うはっ……!?」

 ガチッ。牙がさっきまで千瀬が居た空間を通過する。明らかな敵意を持った攻撃だ。

 それが殺害を意図とするのか、食す事を目的とするのかはこの際重要ではない。

 重要なのは、それが千瀬の命を脅かしている事である。


 手を池の淵に全力で叩きつけ、その反動で立ち上がる。そして恐竜の牙が彼女の居た場所を再度襲う前に、千瀬は駆け出す。

 ガチン、と歯と歯がぶつかる音。

 食事にありつけなかった事に腹を立てた恐竜のような生物は、大きな咆哮を上げると、地を揺らすような大きなステップで彼女の後を追う。


 千瀬は、このような山の中を走り慣れている。しかし、だからと言って、恐竜と競走した事があるかと言えば別の話となる。

「ったく、何よこれ……!!」

 猟師である以上。千瀬もまた、危険な獣に相対した事はあった。

 だが、その相手は何れもこれほど巨大ではないし、その時には十分な準備をし、武器や、逃げる為の道具を用意していた。ほぼ裸一貫に近い今とは違う。

 敵の歩幅は大きい。千瀬が木々を迂回しながら走らなければいけないのに対し、恐竜は突進でそれをなぎ倒していけるのも大きな違いだ。

 距離は、少しずつ――縮まっていく。

 今度こそ必殺の自信を持って、口を開けた恐竜が、千瀬の背中を狙って頭を伸ばし――


「――大丈夫か!?」

 ――伸ばした頭を、4m程の大型ロボットに蹴り飛ばされた。

 巨体が木をなぎ倒しながら、滑っていく。顔を上げた千瀬が見たのは、見慣れたロボットの姿。

「タクマ!!」

「こいつは俺が相手する。『ベオウルフ』がもうすぐ来る筈だ! 北西に走れ!」

 機体外部のオープンスピーカー…ゲーム時代では「普通」のチャットと呼ばれていただろう、声が聞こえる。

 頷き、巨大ロボットが指差した方向に、千瀬は駆け出す。

「後、腕につけてるそのデバイスをタッチして起動させて! それで通信ができる筈だ!」


 ――森の中を駆け抜けながら、千瀬は腕につけた時計のような物にタッチする。

 そして、目の前に浮かび上がったのは、懐かしき『Ardent Armada』のコンソール――メニュースクリーン。

 表示されたのは、『オーエン』からの呼び出し。

「よっ、オーエン」

「全く……オンライン表示になっているのに繋がらないから、どういうことかと思ったぞ……? 単なる電源の入れ忘れとはな」

 安堵したような。呆れているような。そんな声が伝わってくる。

「あっはは、ごめんごめん。『Ardent Armada』じゃいつも自動でつくからさ、何か触らないとオンにならないってのは思いつかなかったんだ」

「まぁ…それは確かに、すぐには分かりづらかったかも知れんな」

 暫しの沈黙。

「……とりあえず、現状を話す。落ち着いて聞いてくれ。

 ……俺たちが討論した結果では、俺たちはゲーム内に引き込まれたか、ゲームに良く似た別世界に引きずり込まれた可能性が高い」

「………………………ふぇ?」

 素っ頓狂な声が出る。

 でも、考えてみれば、確かにそれなら今まであった事は納得が行く。自分の姿がゲームキャラクターそのままになってしまっているのも。現実世界には存在しない筈の恐竜のような怪物が出現したのも、納得がいく。

「……他の可能性もあるかもしれないが、現状で思いつく中では、これが一番可能性が高い」

 走りながら、暫し千瀬は考え込み、そして――

「んー、あんたがそういうのなら、多分そうなんだろうね、オーエン」

「……」

「だって、あんたが今まで完全に予想を外した状況は少ないじゃん。……何回かは、あったけど」

 通信の向こうから、苦笑いが聞こえる。

「けど、圧倒的に当たってる事の方が多かった。それも、あたしたちが思いつかないような事で」

 言葉から伝わるのは、通信の向こうに居る男性への、圧倒的信頼。

「あんたは口うるさいけど、こういう時には頼りになる。だからあたしは、あんたの言ってる事を信じるよ。で、どうすればいい?」


「改めて感謝する、千瀬。とりあえず、一旦艦に戻って相談を――」

「ちょっと待って!」

 千瀬が、オーエンの言葉を遮る。


 彼女が見つけたのは、木の陰に隠れている少女。それにゆっくりと近づくと、少女は怯えた素振りを見せる。

「大丈夫だよ。どっか怪我してるのかな? 脚? ちょっとお姉ちゃんに見せて?」

 少女の体の僅かな震え。脚を庇う様な素振り。日々森の中で動物を相手にしていた千瀬は、少女の状態を、一瞬で察知した。

 震えながら、脚から手を離す少女。そこには、何かに抉られたような傷。

(「とりあえず、止血しないと――」)

 付近を見渡す。救急パックを持っていればよかったのだが、さっきも確認したように、山に入るための装備品は一切身につけていない。

 仕方なく、自分の服の一部を破り取る。それを持ったまま、先ずは少女の傷を一舐めする。

「…っ」

 痛みか、それともくすぐったさか。恐らく前者なのだろう。少女の体が、ビクン、と跳ねる。

(「異常な味はない……毒はないみたいだ」)

 血をペッと吐き出し、安堵したような溜息をつく。そして、てきぱきと、布を少女の脚に巻きつけていく。


「これで止血はよしっと。歩けはしないだろうけど、しばらくは失血の心配はしなくていいかな」

「あ……ありがと――」

「ん、どうしたの?」

 礼を言おうとした少女の表情が、恐怖に固まるのを見て、千瀬は突如、ある事に気づく。

 少女の傷は、明らかに何か、動物の類に抉られた物だ。

 ――では、それをつけた動物は、どこに居るのだろうか?


 一方。

「ふんっ!」

 カキン、と音を立て。恐竜の牙をタクマの機体――『紫狼牙』の右の大太刀が受け流す。

 左の小太刀で受けなかったのは、相手の力を確かめる為。小太刀だと重量の差で、相手の方が圧倒的に力が上回っていた場合、押し切られる可能性があったのだ。手応えからは、それが杞憂だと知れたのだが。

「……こんなもんか。僕らに襲い掛かってきた割には、大した事ないんだな」

 ブースターを全力で下に向けて吹かせる。それだけで機敏に機体が反応、上昇し、突進した恐竜は彼の足元を潜り抜け、後ろにあった巨木に激突する。

「パワーはそれなりにあるけど受け切れないほどじゃない。そして技術はほぼなし…か。簡単な相手だ」

 空中から垂直に降下し、そのまま大太刀を縦に一閃。ギャァ、と悲鳴を上げ、恐竜は二歩ほど、後ろにたたらを踏む。

「…っ」

 思った以上に、皮が硬い。そして、斬ったとたん傷口から噴き出すぬるりとした粘液のような物が、刃を阻んだのか。太刀は表皮を切り裂いたのみで、大きなダメージを与えたようには思えない。そのまま怒りに任せて突進してきたそれを太刀の腹で受け止めた物の、速度を重視した軽量機であるタクマの機体では重量の差は如何ともし難く。大きく吹き飛ばされる。

 ――だが、空中機動もまた、軽量機ならではの長所。コックピット内で操作するタクマが素早く、いくつかのパネルを触ると、機体全身に備え付けられた推進システム――スラスターノズルが、一斉に炎を吹き。その推進力によって、機体の姿勢を立て直す。

「重装甲機ともそれなりに遣り合ってきたからな。――そういう時には、これを使う!」

 パッと手に持った刀を裏返し、峰の部分を前に向ける。

 機体の肩から、二門のガトリング砲がせり出し、一斉に弾幕を展開して『恐竜』を怯ませるのと同時に、太刀の峰の部分に、青い光のような物が流れる。背部ブースターを全開、殺人的な加速を以って、一気にタクマは恐竜に迫る!

 機体を出来るだけ上下に縮めるように手足を動かして空気抵抗を減らし、最大限まで更に加速。そのまま一気に腕を伸ばし、太刀の青い光を纏った側で、袈裟斬りに一閃する!


 ――硬いはずのその皮膚は、青き刃の前にいとも簡単に引き裂かれる。

 ――噴き出す粘液は、青の刃に触れた瞬間、蒸発する。

 ――高温のプラズマによって形成された、実体無きエネルギーの刃。それこそが、タクマの太刀の裏に出来た、青い光の正体だった。


 ――倒れ込み、物言わぬ屍と化した恐竜の横で、鞘に大太刀を戻す。

「オーエン。とりあえずこっちは片付いた。暫くエネルギー切れで動けないけど……千瀬は回収出来た?」

 ――返事は、ない。

 最悪の状況が、一時頭を過ぎる。


「次から次へと…最悪だねこれ」

 悪態をつきながら、少女を抱きかかえ。千瀬が走る。

 その後ろには、無数の中型の『恐竜』。先ほどの巨大な一体の子供かとも思ったが、よく観察すると細かい骨格特徴が違う。恐らくは違う種だろう。

(『だとしたら同じ日にこれだけ出会うなんて、運が悪すぎるよ』)

 その事を考えた事が、一瞬の隙を生む。

「っぁ!?」

 木の根に躓き、思いっきり転倒する。抱えていた少女は投げ出され、地に叩き付けられる。

「ごめん、大丈夫!?」

 う…ん… と言うようなうめき声が聞こえる。ほっとする千瀬。声がまだ出ると言う事は、命に即座に関わる事は無い。

 ――だが、寧ろ後ろの状況の方が、問題と言える。

 追い縋る中型恐竜たちが、このチャンスを逃さず、一気に距離を詰めて来たのだ。

 何とか立ち上がり、少女だけでも守ろうとその上に覆いかぶさった瞬間。

「……間に合ったようだな。これを使いたまえ」

 ドン、と壁のように敵の前に立ちはだかったのは、空中から投下された鉄の巨人の、その背中。

 千瀬と少女に向けられている巨人の胸には、大きな穴が開いている。まるで――この中に入る『心臓』を待っているかのように。

「サンキューオーエン!!さすが気が利くね!」

 少女をその場に安置すると、地を蹴って跳躍。そのまま千瀬の体が、巨人の胸にある穴の中に飲み込まれていく。


 ――目の前に、外の景色が浮かび上がる。丸で、自分の体が、機体と一体に成ったような感覚。

 ゲームだった時の『Ardent Armada』はこのような感じではなかった。デバイスの制約から、どうしても一部はキーボードでの操作に頼りざるを得なかった。それを千瀬は不満に思っていた。

 『若しも自分の手で銃を操作できていたら、今の一発は外さなかった』そう思う事も、度々あった。

「…いいね…!」

 肌に触れる感触までもが、丸で外気にさらされている時と同じように感じる。

 空に浮かぶようにして表示されたパネルを操作し、武装のロックを解除する。

 そうして開いた腰のホルダーに装着された拳銃を抜き放ち、振り向きざまに三連射。これだけで三体の中型恐竜が倒れていく。

「弱肉強食こそが自然の理、だよね?」

 そのまま次々と、近づく端から拳銃を以って、恐竜たちを撃ち殺していく。

「ん?」

 異様な気配を感じて、右上を見上げると。やや高くなっていた岩の上から、こちらに飛びかかろうとする恐竜の姿が見える。

 拳銃をホルダーに戻し、今度は背後にあるスナイパーライフルに手を掛ける。それを片腕で持ち、もう片方の二の腕を支え台のようにして、構える。

「一度やってみたかったんだよね。現実じゃあ、反動が強すぎて無理だけど」

 足元、ガンと言う鈍い音と共に、ふくらはぎの部分から、姿勢固定用のアンカーが土に打ち込まれる。そのままスコープを覗き込み、狙いをつけ――

 バン。破裂音のような銃声と共に、飛び掛ろうとした恐竜の動きが止まる。

 ――その額から、一筋の液体が流れ出し、そして、どさりと倒れる。

「さて、次は誰?」

 スコープを覗き込んだまま、コックピットの中で、千瀬は笑みを浮かべた。

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