18話 「The Leader's Obligations」
「…AC」
窓から外に降り立った千瀬の前に待ち構えていたのは、戦斧を構えた男であった。
然し地面に杖を衝くような構え。戦意がない事の表れ。
「……なぁ千瀬。どうしても『こうする』のか?」
「……うん。許せないから。 ……あんな手でオーエンが…オーエンが…!」
ギリッ、と唇を噛む。
「……そのオーエンが、お前に『そうして欲しい』。そう思うのか?」
「例えその答えがどうだろうと、今はオーエンの口からそれを聞く事はできないよね?」
「……」
「なら、あたしはあたしのやりたい事をするだけ。 タクマにも伝えておいて、邪魔しないでくれって」
「…ちっ。 この場で俺はおめぇを止めはしねぇ。探して来いって言われただけだからな。 …けど、タクマの決断次第じゃぁ――」
「それでいいよ。 …あたしを、捉えられるなら、の話だけどね」
一瞬にして、その姿が夜の闇へと消える。
「ちっ、面倒臭くなってきたぜ…」
額に手を当てる。
――狩人としての千瀬の潜伏能力がこれ程の物とは、ACは想像していなかった。
彼は知る由もなかったが、今までの千瀬の精神状態は、最初に生身で甲獣に襲われた時を除けば、異世界と言うこの異常事態に於いても尚、仲間と共にあると言う事実によって、所謂『リラックス状態』に近かった。
その『仲間』に直接危険が及んだこの事態が、彼女の精神状態を――完全なる『狩人』に戻した。
全てを『敵対者』と見做し、常時一寸の隙も見せない――その彼女の気配を捉えるのは至難の業だ。
「なら…あのおっさんが、何を『話した』のか、調べるしかねぇな」
軽く拳をボキボキと鳴らす。
――この状況は、『昔』を思い出させてくれる。
今では『稼業』をする事も少なくなったが、代わりに新たな生業を手に入れた。昔のやり方と組み合わせれば、特にこう言った『商人』には有効だろう。
要は、飴と鞭と言う物だ。
脳内で『支払える代償』を考慮しながら、ACは屋敷へと入っていった。
―――――
一方、『ベオウルフ』艦内。
「全て調べたのじゃ。他に侵入者はいないようじゃな」
何かしらの魔術によって暗殺者が隠蔽されている可能性も鑑みて、アレクシアは艦内全てを、隠蔽を暴く光の魔法で調べて回った。
「お疲れ様です。これでも飲んでゆっくりしてくださいな」
「おおぅ、感謝するのじゃ」
差し出された飲み物を一口。広がる香りが、精神を落ち着かせてくれる。
「テリアの葉っぱを飲み物に入れたのじゃな。…元々は料理の調味料に使われる物じゃが、こう言った使い方を思いつくとは」
「ええ、私たちの世界の『ミント』と言う香草に味や香りが似ていたので、ちょっと試してみました」
「サラはさぞかし良いメイドが務まるじゃろうな。無論、妻としても」
「あら、ありがとうございます」
聞きようによっては失礼とも取れる言葉だったが、サラはそれを気にする様子はなかった。
「元々、私はあまり戦いが好きではないのですよ。どちらかと言えば、物づくりとかの方が…」
出かける前に、オーエンにも問われた。ゲームのプレイスタイルはどのような物かと。
同じような回答を返した所、何かしら考え込んだ後に、「それもまた、面白いかもしれんな」と返されたものだ。
「タクマ。…状況はどうじゃ」
「…とりあえず物資類の損害はないよ。…どうやら、本当にオーエンを襲撃しただけで終わったみたい」
「オーエンの、賊の退治方法には驚いたがな。まさか壁や床が動いて賊を圧し潰すとは」
「この艦自体を最もよく知っているのは、オーエンだからね。他に何か秘密の機能があっても、僕らには分からないさ」
「…リーダーとしてそれで良いのか?」
アレクシアの問いは、暗に「万一オーエンが下剋上を企てた際はどうするのか」とタクマに問いていた。
「…いいのさ。若しもオーエンに『そのつもり』があるなら、いつでも僕はリーダーの座を譲るよ」
彼の方が、思考や方針の制定に際しては圧倒的に優れている。
寧ろ、何故自分をリーダーに据えたのか、タクマには不思議に思えていたくらいだ。
「…それで良いのか?」
「…?」
「今のお主は、オーエンに頼り切っておる。彼抜きでは、この艦すら完全には動かせぬ程度にのう」
そう語るアレクシアの表情には、何か――悲しみのような。諦めのような。そんな感情が、浮かんでいた。
「――私は王位継承権からは程遠いがのぅ。それでも、国の仕組みと言う物は、父様や叔父様たちの行動から把握しておる」
忘れそうになる事もあった。だが、今タクマの目の前にいるのは、『ルフォンス国王女』であるアレクシアだ。
「…国と言う物は、誰かが亡くなったからと言って廃業になる物ではないのじゃ」
確かな重みを以って、彼女は語る。
「例え国王が亡くなろうと、生き残った国民は生活せねばならぬ。…若しもお主に何かあれば、オーエンは、悲しみながらも組織を再編するのであろう」
――まるで、その場を見たかのように。
「誰を失おうと、組織は動き続けねばならぬ。残された者たちは、生きなければならんのじゃ…っ!」
「オーエンが死ぬってのか!?」
バンッ、と強く机を叩く。
穏やかな彼らしからぬ行動に、サラがびくっと反応する。
「勝手な事を言うな…オーエンは、オーエンは…っ!!」
「現実を見よ、タクマ!」
語気を強めたのは、アレクシアもまた然り。
「オーエンが回復するかは五分五分と、先ほどサラも言ったではないか…! おぬしもギルドの主ならば、最悪の準備もしておくべきじゃ…!」
「お二人とも…」
間に入ろうとするサラ。だが、掛ける言葉は見つからない。
――医療現場でもこのような事はある。患者に『現実』を伝えても、彼らが受け入れるとは限らない。それは人の情として理解できる事だ。
だが、現実を認めて解決策を探さねばならぬのも、また一つの真理。
「――おいおい、てめぇら、何してんだ? あ?」
会議室の扉が開くと共に入ってきたのは、帰還したAC。
「喧嘩するのもいいだろ。人ぁ他人と違う意見、持ってるもんだ。…けどよ、先によぉ…目の前の問題を解決すべきなんじゃねぇか?」
訪れる沈黙。
ぐうの音も出ないほどの正論である。
「…すまぬな。おぬしの気持ちも汲むべきじゃったが…」
己に非があれば先に謝るのは、さすがに王家の者らしいふるまいと言うべきか。
「いや、僕も悪かった。冷静に、アレクシアの言い分もきっちり考えるべきだった……ごめん」
頭を下げるタクマ。
「それで…AC、状況はどうだった?」
「フォンスに依頼したのは、『コール伯爵』ってやつの執事だった。どうやら国の権力者と繋がりがあるらしくてな。…結構フォンスも贔屓にしてくれてたんで、断れなかったってさ。…暗殺者ではなく、単なる『プレゼント』って言って忍び込ませたみてぇだがな」
「……アレクシア、その『コール伯爵』って名前に聞き覚えはある?」
「確か、貿易で財を成した伯爵の筈じゃな。…伯爵と言っても、血筋で貴族になったわけではない。国への貢献…主に国庫への納入で、と言われておる」
少し考え込む。
「…だとしたら、早く千瀬を止めなきゃね」
「暴れられると、俺たちが今度はお尋ね者になるかも知れない、って事か」
ACの言葉に、思い出すのはブレイザーの者たちが、ACとサラを襲ったならず者をを捕らえていた時。
――国と敵対すれば、商業的に補給は受けられなくなり、義勇ギルドに所属する各チームに討伐依頼が出されるかも知れない。
これ自体は戦力差を考えれば、怖くはない。……だが、このリスクを冒してまで、「コール伯爵」とやらを潰す必要があるかどうかと言えば……
――感情的にはあるのだろう。何せ、仲間が死ぬかもしれないのだ。
だが、アレクシアの言葉を思い出す。
(「誰を失おうと、組織は動き続けねばならぬ。残された者たちは、生きなければならんのじゃ…っ!」)
「…サラ。オーエンの容体は、具体的にはどんな感じ?」
「出血が多すぎました。カプセルに入れてからは、自動的に人工血液を輸血しているようなのですけれども……脳にダメージが行っていると……」
「本当に運任せ、って事か…」
何もできないのが、恨めしい。
「…とりあえず、千瀬を止めなきゃならないね。…多分コール伯爵の屋敷を襲うつもりなんだろう。
AC、『ベオウルフ』を屋敷の上空へ。レーダーを範囲を縮めてもいいから、対ステルス重視で」
「はいよ」
「アレクシアは僕と出撃の準備。……千瀬を見つけて降りたら、攻撃しようとせず…光の魔法で千瀬の位置を確認し続ける事ってできるかな?」
「問題ないぞい。じゃが、それだと千瀬と戦うのはタクマ、お前さん一人じゃ。…いいのか?」
「うん、千瀬の戦い方はある程度知ってるし、ギルド内の練習戦でも、勝率は僕の方が高かったから」
元より千瀬のアーデント、『アルティア』は近距離戦に長けない。故に高速で接近でき近接戦を仕掛けられるタクマは、相性がいいのだ。
――最も、それは千瀬が、狩人としての全力を出していない状態の話なのだが。
「サラ、オーエンは任せたよ。僕たちは――彼が起きた時のため、千瀬を止めてくるよ。」




