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Ardent Armada  作者: 剣崎 宗二
Chapter5「妬みと、危機と」
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17話 「Rage, Decision」

「ちっ、しっつけぇなぁ……ほら、先に入っとけ」

 狭い路地を覗き込み、中の安全を確認すると、サラをそこに押し込む。

 すぐさま自らも、その中に潜り込み、サラを押すようにして、進んでいく。

「いたぞ! あそこだ!!」

 叫び声。足音共に、ならず者たちが追ってくる。

「くそくらえだぜ!」

 前に進むと共に、後ろ足を水桶に引っ掛け、思いっきり追手の方に蹴りつける。

「うわぁ!?」

 水が掛かって、それを振り払う為に僅かに追手の足が止まる。

(「やはりほぼ素人か…」)

 僅かに安堵する。プロの殺し屋であれば、桶を破壊しそのまま追ってきた可能性が高い。


「そら、もう直ぐ出口だ。そこを出たらすぐ、左に曲がって――」

「って訳にはいかないんだよね、兄さんたちよぉ」

 サラの足が止まった理由は、すぐにACにも分かった。路地の出口すぐ外を、男たちが取り囲んでいたからだ。

「よお兄さんたち。残念だけど、土地勘なら俺らの方が上なんだよなぁ」

 皆、武器を取り出している。

 火器の類はないようだ。しかしこの人数なら、ただの棒でも致命傷となりうる。数の暴力、と言うものである。

「ちっ……」

 自分一人ならば、この程度のチンピラの包囲、幾度も見て来た。刃物すらない素人だ。ACがこの場を脱するのは難しくない。だが、サラを引き連れてとなれば別。

 壁を背にし、サラを自身と壁の間に押しやる。さて、どれだけ耐えられるか――


「ふぎゃぁ!?」

 囲んでいた男たちの一人が、素っ頓狂な声を上げてその場に倒れ、痙攣した。

「なっ…!?」

 突如の異変に、囲いを構築していた男たちの間にざわめきが走る。


「うん、死んでないみたいだね」

「当たり前でしょ? オーエンがテストも確認もせずにあたしたちにこれを渡すはずがないじゃん」

 向けられた銃口。構えていたのは…千瀬。

「当たれば痺れて倒れる。それが分かれば…戦える」

 ヴン、と鈍い音共に、タクマの手に光の刃が出現する。

「なんだてめぇらは…やっちまえ!!」

 男たちが一斉に振り返り、タクマと千瀬に飛び掛かる。

「やれやれ…数に任せるしか能がない輩が…恥を知らんか!!」

 巨大な壁に激突したが如く、男たちが吹き飛ぶ。

 見れば、そこに立ちはだかっていたのは、盾を構えたアレクシア。

 振るわれる盾に、次々と後退する男たち。


「くっそ、こうなったら…!」

 リーダーらしき男が、懐に手を伸ばす。

「気をつけよ!」

「頭下げろ…!」

 即座に反応したのはアレクシアとACの二人。ACはサラを抑え込むと同時に千瀬を傍へと引き寄せ、アレクシアは覆い被さるようにしてタクマを庇う。

 ――取り出される物が『何であるか』は、彼らにも分からなかった。

 だが、こういう時に『奥の手』として出される物に、碌な物はない。それが分かっているからこそ、『経験豊富』な二人は、即座に反応した。

 ――だが、幸いにして、それが使用される事はなかった。

「てめぇら!何してやがる!!」

 叫び声が轟き、皆がそちらへ振りむく。

「チーム・『ブレイザー』。王都警備隊の依頼に応じて任務を執行している! 皆戦闘を止めろ!」


 ――それからは、流石と言うべきであった。

 『ブレイザー』は、驚くべき速さで両者からの事情聴取を済ませ…事前に『既に行っていた』周辺住民の目撃証言と併せて、暴れていた男たちを捕縛したのである。

「災難だったな、お前たちも」

「いや、助けてくれて、感謝してるよ」

「俺たちの仕事だからな。ま、奴らがどこの者かは、調べておくよ。ここら辺じゃ見ない顔だから、多分別のどっかから流れてきたギャングだと思うが」


 タクマと、『ブレイザー』のリーダーらしき男の会話を聞いて、一息つくAC。

 前の公式戦の関係で、恨まれている可能性もあると考え、彼らが到着したと聞いた時は警戒したものだが…どうやら、その心配はないようだ。

「『ブレイザー』の隊長をやってる、ボルト・アニウスだ。よろしくな。…前回のあれは、良い戦いだったぜ」

 まるで考えを見透かしてたかのように。

「俺たちの腕がお前たちに劣ってた、ただそれだけの事だ」

 爽やかな笑顔で、握手を求める男。前回の戦いでの大剣を持った機体のパイロットだったと、ACは思い出す。

「あの後事情を聴いてな。お前たちに無礼を働いた奴らは、しっかりお灸を据えておいた。何なら今度直接謝りに行かせるが」

「んや、それには及ばねぇ」

 流石にそれは、今度こそ個人的に恨みを買いかねない。それは避けたい。

 ――だが、相手が思ったより「話の分かる」者だったと言うのは、喜ぶべき情報ではある。

「こちとら買い物中に絡まれたんでな。そろそろ帰りたいんだが…」

「ああ、返してあげたいのは山々なのだが…一応こちらも王都守備隊からの公式の仕事なんでな。調書は作成しなきゃならん。代表者だけでもいいので付き合ってくれないか?」

 仕方ない、と言った感じでACは頭を掻く。

「千瀬。サラを連れて先に戻っててくれ。アレクシアは護衛してやってくれ」

「機体さえ乗っちゃえば、あたしたちは大丈夫だよ。…いざと言う時の為に、アレクシアさんはこっちにのこった方がいいんじゃないかな?」

 千瀬が言う「いざと言う時」は、無論物理的な戦闘ではなく政治的な話になった時だ。

 アレクシアは他国の王族。何かあった際は、最悪それを盾にできる。無論本人はそれをあまり好まないのだが…

「あい分かった。ならば私は、町の出口までお前たちを送ろう。その後に戻れば良いじゃろう?」


「それでね、思いっきり桶を蹴りつけたんですよ」

 先ほどのACとの経験を、興奮しながら語るサラに、僅かに安堵を覚える千瀬。

 ――異世界への召喚後の初の経験が、墜落、そして監禁なのだ。トラウマになっていてもおかしくはない。

 だが、サラはその素振りを見せなかった。それは良い事なのか、それとも――

 千瀬には判断がつかなかった。

「まぁ、ACとオーエンは昔馴染みだからか、考え方が似ているからね。どっちも慎重と言うか、心配性と言うか…とにかく、最悪の場合を常に考えている感じ。偶にそれがウザいって考えるんだけどさ――」

「ふふっ、千瀬さん、オーエンさんの事がお好きなんですね」

 ガクン、と機体が揺れた。

「き、急に何を言い出すのよ!驚いちゃったじゃない!」

「あら。ふふっ」

「(その反応が、図星って事を示してるのに気が付いてないんでしょうかね?)」

 にやにやしながらも、それ以上の言葉は発さない。

 やりすぎてムキになられてもまた面倒だ。人の恋路は――ニヤニヤしながら観察するに限る。触ってはいけないのである。


「オーエン、帰ったよ!」

 機体回収の為の重力波ビームを出してもらおうと連絡するが、返事がない。

「寝てるのかな……」

「オーエンさん、結構な激務をこなしていらしたですものね…」

「あ、やっぱサラさんもそう思う?」

「ええ。あれでは体に悪いと思います。何とかして休んでもらった方が宜しいかと…」

「あたしたちもそう言ってるんだけどね……」

 ため息をつきながら、自動回収システムのキーを押し、腕のデバイスを翳す。

 元々これは、ゲームだった頃には「他のメンバーが誰もログインしていない状態で、外に居るキャラクターが回収してもらう」為に使っていた物だ。最近まで、「セキュリティの都合」と言ってオーエンがその使用を禁止していたが、2日前に改修が完了したらしく、解禁されたばかりの機能だ。

 重力波ビームが照射され、格納庫に機体が引き上げられる。

「さーて、お風呂にでも入りなおそうかな――

 ――っ!?」

 機体からストレッチしながら降りた千瀬の顔色が、一瞬にして変わる。

 狩人であった彼女が察知したのは、見知った…然し、「この場」にあってはいけない匂い。血の匂いだ。


 ――地面にぽつぽつと落ちる血の跡を辿り、閉まった扉の前に辿り付く。

 腕のデバイスを翳し、認証すると…

「う…そ……」

 目の前に広がっていた光景に、足の力が抜け、尻餅をつく。

 口を開けるが、叫び声すら出ない。

 ――そこではオーエンが、血溜まりの中に、倒れていたのだから。


「……っ、これは…!」

 後についてきたサラが、状況を見るなり、即座にオーエンに駆け寄った。指を首に当て脈を計ると同時に、首の血で赤くなったタオルをさらにきつく押さえつける。

(「弱まっている…けど、まだ心停止はしていないですね…なら…!」

 周りを見回し、担架になるような物がないかを探す。同時に、自らのスカートの一部を引きちぎり、首が完全に絞まらない程度に、タオルをきつく、出血箇所へと押し付けるように縛る。

「千瀬さん、医務室から担架を…!」

 だが、千瀬は動かない。精神的ショックから、完全に放心状態となっているのか。

「っ…失礼します!!」

 パァン。

 平手打ちが千瀬の頬を直撃した。その目に、光が戻る。

「急いでください…!オーエンさんの命が掛かっているのですよ!」

 その言葉に、千瀬は何とか起き上がり、医務室へと走っていった。


「――ふう……」

 何とか千瀬と二人がかりでオーエンを医務室の治療カプセルに運び込んだサラが、額の汗をぬぐいながら、一息つく。

「先ほどはごめんなさいね。強く叩いてしまって。…大丈夫?」

 そう言って、千瀬の頬を診るサラ。ちょっと赤くなってはいたが、大事無いようだ。

「ううん。…サラさん、相当手馴れていたね。若しかして元の世界では…」

「これでも研修医でしたから。…こういう状況は、流石に初めてでしたけれども」

 察して、先に答える。


「サラさん、先にお風呂に入ってきたら? 医療カプセルは全自動だから、お医者さんだろうと、やる事もないだろうし」

「それなら千瀬さんも入るべきではないですか?」

「あたしは先ほど出撃前に一度入ってるから、大丈夫。それにちょっと調べたい事もあるし」

 念のために一度機体に戻り、各種生命反応をチェックした為、まだ艦内に暗殺者が潜んでいる可能性は低いだろう。だがそれでも、どうしてこんな事になったのか。確認すべきだと、千瀬は感じていた。

 ――目の前の投影パネルに映し出されたのは、フォンス・ヴォーから届けられた荷物から暗殺者が這い出し、その刃がオーエンに襲い掛かるシーン。

 直後。静かに腰に二挺の電撃銃を挿し直し、千瀬は、格納庫に向かった。

「千瀬さん…?」

 風呂から上がったサラが、何が起こったのかに気づいたのは……そのしばらく後の事であった。

「どうしましょう……」


「何だって…!?」

 幸いにして、タクマたちが帰還するのに、それ程時間は掛からなかった。

 だが、彼らの状況は決して良くはない。いつもブレインとして意見を出してくれていたオーエンの不在は、彼らに思いの他重大な影響を与えていた。

「…オーエンが動けねぇ以上、全ての決断はてめぇがやるしかねぇ、タクマ」

「…ああ、分かってる。こういう時の為の、ギルマスだ……!」

 皆が見守る中、タクマは必死に頭を回転させ、思考を巡らせる。

 とは言え、状況の整理がそう「簡単」なはずもない。


「とりあえず、ベオウルフの高度を上げさせてくれ。以降陸上から機体を上げる時は警戒して。誰か「ついてきていないか」を」

「はいよ。とりあえず高度を上げておくぜ」

 取り急ぎの安全を確定させた後、面する問題を並べる。

(「オーエンは、いつも『問題は細かく切り分け、解決すべき』って言っていた。…僕一人で解決できる状態ではない以上、皆で分担するしかない」)

 沈黙。

 サラ、AC、そしてアレクシアが、タクマの言葉を待つ。

(眼前の問題は二つ。千瀬ちゃんがどこに行ったのか、探さなければいけないのと……ベオウルフの各所のチェック。何か「仕掛けられていた」ら面倒だ)

 目の前に居るメンバーに目をやり、それぞれが「何が出来て」「何が出来ないか」を、脳内に思い浮かべる。

「…こうしよう」

 何かを決めたかのように、頷く。


 夜闇の中。

 一日の帳簿を付けていたフォンス・ヴォーの後ろに、黒い影が現れる。

「動かないで」

 冷たい声。その主を確かめようと、僅かに振り向いた瞬間。

 ビュン。

 電撃音と共に、目の前の机に、黒い焦げ目が現れる。

「あんたの頭もこうしてもいいんだけど」

 動きが、固まる。


「…今日のお嬢様です…かな?」

 冷や汗を流しながらも、記憶から声の主を探り当てる。

「ど、どうしてこのような事を…? お金には困ってい、いないと思っておりましたが…」

「それはあんたが一番よく知ってるんじゃないかな?」

 声に含まれる明確な殺意。数々の交渉の場を踏んできた商人であるフォンスは、それを敏感に嗅ぎ取った。

「わ、私は単に、お渡しする荷物の中に追加であの箱を入れるようにと…!」

「そのせいで……仲間が、オーエンが死にかけているんだよ!?」

 ビュン。

 机の黒焦げが一つ増えた。

「…だれ。誰なの? あんたにそれを指示したのは」

「コール伯爵の執事でした。それ以上は私にも…」

「…そう。じゃあいいわ」


 気配が消える。

 恐る恐るフォンスが振り返ると、そこには、ただ開いた窓があっただけ。

 まるで、最初から誰もいなかったかのように。

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