16話 「Assasination:Owen」
「ああ、いらっしゃいませ」
手をこすり合わせながら、小太りした商人が、彼らを出迎える。
「ねぇフォンスさん。ちょっと人への誕生日プレゼントを考えているんだけど」
「ほう、それはそれは…その様な物をご所望で? できる限りの物は揃えさせていただきますぞ」
「えーとね……」
そこまで考えて、千瀬は言葉に詰まった。
オーエンの誕生日を覚えるのに必死で、プレゼントの内容について、あまり考えていなかったのである。
「な、何かおすすめとかはあるかな?」
「それはその方の性格にもよりますからな。私からは何とも……」
御尤もな話である。今度は、助けを求めるような目線を、ACの方に向けてみる。
「俺が口出ししたら、ヤツには一発でそれが分かっちまう。長い付き合いだからな」
はぁ、とため息をつき、額に手を当てるAC。
「それによ、こう言うのはプレゼントするヤツが自分で考える事に、意味があるんじゃねぇか?」
「—―どーしよ」
ACからも助言を得られないとわかると、いよいよ頭を抱える千瀬。
「…その方は、どういう性格なのでしょう」
「えーとね…なんというか、研究好きで理屈好きで…頑固で話が通じにくいんだけど…」
「はぁ」
「それも仲間の安全を考えての事で…仲間の為に無理してすごく頑張って……」
(「よく見てるもんだぜ…。ん?こりゃひょっとして…?」)
意味を理解したACの口角に笑みが浮かぶ。
「どうしたんですか、ACさん。にやにやして」
「なんでもねぇよ。ただ、オーエンも意外とやるもんだなぁ、って思ってた所だぜ」
「はぁ、そういうものですかねぇ」
まだ『ウルフパック』に参入して日が浅いサラはギルド内の人間関係を把握できておらず、ACの笑みの意味を理解できなかったのが、千瀬にとっての救いだったのかもしれない。
「その方の性格は理解致しました。それでは、何点か好みに合いそうな物を見繕って参りましょう」
しばらくして、奥の部屋に案内された千瀬たちの目の前に広がっていたのは、質素だが実用的な品々。
「うーん…?」
しばらく品物を見て回る千瀬。だがそれらは、彼女の考える『オーエン』のイメージとは、いささか違っていた。
(「どれも合わないかなぁ」)
そう考え、部屋を立ち去ろうとしたその刹那。
彼女の目に、一つのアイテムが映った。
(「あれ…これは?」)
そのアイテムは、一見、普通の眼鏡にしか見えなかった。
だが、この世界に於いては、千瀬たちにとっての『普通の品物』は珍しかったのである。
実際、今まで、彼女らが見てきた視力補正器具は、商人や義勇ギルドの書類作業員が、細かい文字を見るために使っていたモノクルのような物だけであった。このように両目に掛かる眼鏡は、この世界では見られなかったのである。
(「これでいいかな。いつまでも同じデザインじゃ、つまんないだろうし」)
眼鏡の色合いは、現在オーエンが使っている物とは違っていた。
「おお、お嬢様、お目が高いですなぁ。それは西の職人による新商品でして、両目を保護するために――」
まくし立てる商人――フォンス・ヴォーを尻目に、ACの方に目配せする。
「んあ?いいんじゃねぇの?あいつには飾り気のあるもんは好きじゃねぇしな」
「…うん、じゃあこれにする!他にもほしい物資があるから、まとめて貰えるかな?」
「かしこまりました。毎度ご贔屓いただき、ありがとうございます。物資を揃えるのにしばらく時間がかかりますので、なんなら直接、ご指定の場所へと送っても――」
「いや、それには及ばねぇ。しばらく街を回ってから取りに来るぜ」
「分かりました。それでは、お待ちしております」
「やはり、物資は直接送ってもらった方が良かったのでは?」
「んや、あいつには、『ベオウルフ』の存在は知られたくねぇ。こっちの世界の人間だし、何より、商人って人種は、金の為に何をするか分からねぇからな。……多少、用心するに越したことはない…ってこった」
そう話しながら、サラと共に、フォンスの屋敷を離れるACたち。
「――約束通り、『アレ』を物資の中に差し込んでくれたか?」
「……ええ。でもあれは一体何です?」
「君が知る必要はない。その為の手数料は十分、支払ったはずだ」
「従わなければ、この街ならず、この国で商売をできなくしてやる……等と言う脅しがついてこなければ、尚良かったのですけどねぇ……」
苦々しい表情をしたその男。先ほどまでウルフパックの面々と話していた、フォンス・ヴォーであった。
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「ずいぶんと活気のある市場ですね。今の現実世界ではもうあまり見られませんわ」
「まぁ、スーパーとか、便利さや効率を重視したやつに取って代わられてるからな」
客寄せの声が響き渡る市場の中を歩きながら、サラは物珍しそうに様々な物を観察していた。
「食器とかはあちらとあまり変わりませんね。金属加工の物が少ないし、質も低いようですけど…」
「加工コストがうちらの世界よりはずっと高いかんな。何せ加工に魔法を使わなきゃならねぇから、大量生産はできねぇ」
「やはり、科学じゃないとできない事もあるのですね…」
「ねぇ、そろそろ……」
「んあ? …ああ、そろそろできたかも知れねぇな?」
千瀬に呼び止められたACが、踵を返し、フォンスの館へと向かう。
そわそわする千瀬を見るのが、楽しくないといえば嘘になる。が、果たしてこの様子で、無事にプレゼントが渡せるかどうか――
「まぁいいや。さっさと引き取って帰ろうぜ」
「そうですね…」
僅かな不満が、サラの目には浮かんでいた。
ある程度この世界で暮らしてきたACたちは兎も角。こちらに飛ばされて以来、ずっと監禁されていた彼女にとっては、この世界は新鮮なものであった。
「あ、あたし一人で良いよ」
それを察したのか。千瀬の提案に、ACは眉をしかめる。
「おめぇ一人で大丈夫かぁ?」
「まっすぐ帰るから大丈夫だよ。ほら、荷車も持ってきてるし。…それよりせっかくのチャンスなんだから、もう少しサラちゃんに街を見させてあげてよ」
「……分かった。だが気をつけろよ?いざとなったら荷物を捨てて人ごみに入れ。荷物は金で買えるが、命は無理だかんな?」
「分かってますよー」
手を振って、フォンスの所へと向かう千瀬。
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「機体の速度だけに頼って、動きが直線的じゃ。それでは読まれるぞ!」
「……っ」
振るわれるランスを、急激な逆噴射で回避する。
機体性能の差がなければ、幾度も叩き伏せられていただろう。タクマは、己とアレクシアの間にある圧倒的な『技』の差を痛感していた。
機体性能を見ずとも、アレクシアの得物――突撃槍は、それほど取り回しが良い物ではない。近接戦で見れば、タクマ機のほうが圧倒的に小回りは利く筈なのだ。にも拘らず、アレクシアは巧みに槍の重量を生かして遠心力でそれを加速させ、巧妙な軌道を描いて振り回してくる。
「っと、ここまでにしようかのう。私も疲れたのじゃ」
その声に安堵したタクマが、構えを解いた瞬間
「――油断したの」
機体の首元に、槍が突きつけられた。
「とまぁ、戦場では、こういう事もありうる。仲間にこれをやるのは、ちょっと意地悪じゃったかもしれんがのう」
「あれ?まだやってたの?」
伝わってきたのは、千瀬の声。
見れば、機体の手に大きな荷物を持った彼女が、ベオウルフの方へと向かっていたのだ。
「お帰り。……ACとサラちゃんは?」
「もうちょっと街を見回ってるよ。ねぇオーエン、開けてー?」
照射される引力ビームに、千瀬機が引き上げられていく。
「僕たちも行くとしようか。運動したから、シャワーを浴びたい」
「シャワー?それは何じゃ?」
「ああ、そういえば体験させてなかったね。…千瀬と一緒に、お風呂はいってくるといいよ」
「ただいまー」
「お帰り。…物資をずいぶん買い込んできたな」
「まぁ、食料とか、アレクシアとサラの分も考えなきゃいけないからね。 あ、夜にあたしが片付けるまで、その荷物は開けちゃだめだよ!」
「何故かね?」
「そ、それは…その、下着とか、男の人が見ちゃだめな物も入ってるからよ! とにかく開けちゃだめだからね!」
それだけ言って、千瀬は風呂場の方へと向かっていった。
「で、ここで服を脱いで、そ。こっちから入るのよ」
「ややこしいのう。水浴び一つに……」
シャワーヘッドの下にアレクシアを座らせ、蛇口に手を掛ける千瀬。
事前に水温は確かめてある。火傷はしないはずだ。
「いっくよー!」
思いっきり、蛇口をひねると。
「うきゃぁぁぁぁ!」
アレクシアの悲鳴が、風呂場に響き渡った。
「いやー、あそこまでびっくりしてくれると、仕掛け甲斐があるわー」
「人を驚かすのは、良い趣味とはいえんぞ」
ちょっとムスッとしているアレクシアの機嫌を取るように、その背中をボディソープで擦る千瀬。
「しかし、ある程度聞かされたとは言え、科学は本当に便利なものじゃな。水が無限に湧き出る物体、熱を出す箱…驚く物ばかりじゃ」
「あたしたちの元いた世界には、もっと色々な物があったんだけどね…」
「ほう、それは是非とも見てみたい物じゃ」
「…もう帰れるか、分からないんだけどね」
「……」
暫しの沈黙。
「ま、まぁ、こっちの世界も十分に楽しいし、これはこれで…ね!」
顔を上げると、ちょうど目線が、肩越しにアレクシアの胸へ。
ぽよん。
一方、自分のを見ると。
ふにゅん。
何故か分からないけど、無性にいたずらしたくなった。
「えい」
水圧を小さくして、アレクシアの背中を撫でるようにシャワーでスーッと――
「まったく、酷い目にあったわい」
ぷぅーっと頬を膨らませるアレクシアに、苦笑いしながら「ごめんごめん」と謝る千瀬。
彼女らが着替えて風呂場から出た直後。
「すまんな、アレクシア、千瀬。ちょっとホールまで来てくれないか」
――そこには、既にタクマがいた。
オーエンの表情は、いつもに増して厳しい。こう言う時は大体何かしら面倒ごとが起こっている時だ――と、千瀬は静かにため息をつく。
「――街を出ようとしたACとサラが、襲撃された」
「――!」
「大丈夫なの!?」
「ああ、とりあえずはな。だが、どうやら敵は相応の準備をしてきたらしい。人数と、武器を揃えてきたようだな。――AC一人ならばまだ何とか逃げ切れる可能性はあるが、生身での戦いに慣れていないサラを連れた状態では…難しい。そこで、皆には迎えに行って貰いたい」
「あたしたちも生身の戦い方は分からないんだけど……武器もないしね」
「それは問題ない」
テーブルの上に現れたのは、銃と…小さな、手の平サイズの筒のような物。
「これの製造が間に合ったのは幸運と言うべきか。千瀬はその銃を。タクマはその筒を握ってくれ」
タクマが、言われたとおりに筒を握った瞬間。
『生体情報認証。――ボルテージブレード・起動』
青い刀身が、筒の先端から形成される。
「電流の剣だ。……人を切っても命をとらない程度には出力は抑えてある。相当痺れるだろうがな。千瀬、その銃も同じだ」
「ありがとう、オーエン」
「すまんな、タクマ。風呂も入ってないのに、こう言った事に駆り出してしまって」
「いいさ。仲間以上に大切な事はないんだ」
タクマのその言葉に、オーエンは、ギルド『ウルフパック』設立時に、タクマが彼に語った言葉を思い出す。
『行き場を無くした者の行き場となるように』
そして
『狼の群れががお互いを助けるが如く、仲間の結束を重視する事』――
タクマたちが出発した直後。オーエンは一人、静かになったベオウルフ艦内で、思いにふける。
――そもそも何故、ACとサラが襲撃されたのか?
またどこかでチンピラを怒らせてしまい、その腹いせで…と言うのは、十分に考えられる。だが、戦闘能力のないサラを連れていると言う事は、ACも十分に注意を払って、トラブルを避けようとしていたはず。楽観的に『それが原因だった』と断じるのは早計だ。
ならば、何者かが、何らかの目的を持って襲撃を行ったとする。その目的とは何か?
街中、しかも王宮のある街である以上、騒ぎの鎮圧のため何らかしらの治安部隊が派遣されるのは想像に容易い。故に誘拐の類が目的なのであれば、ひたすら防戦に徹していればいずれ勝利できる。――だが、若しもそうではないとしたら?
「……!」
そこまで考えて、オーエンは一つの可能性に思い至る。それを確かめる為、彼は格納庫へと急ぐ。
――そこにあったのは、先程千瀬が運んできた荷物。
それを慎重に、彼は開ける。
「……なるほど」
そこにあったのは、金ふちのメガネ。
……ウルフパック内に於いて、メガネを使うのはオーエンのみであるからして、それが誰に宛てられた物なのかは――一目瞭然であった。
「ふふっ……」
僅かな、微笑み。
だが、それこそが、心の警戒が緩んだ、一瞬の『隙』。彼が注意を荷物全体から逸らした、僅かな時間。
「…貰ったぁ!」
銀刃の煌きが、彼の首を狙う。
「ぐっ!?」
僅かな反応の遅れ。右手での防御は間に合わず、首を刃が掠める。
吹き出る鮮血。それをとりあえず布で抑えると、即座に付近の部屋に逃げ込み、ロックを掛ける。
追ってくる暗殺者は、扉にその刃を突き立てるが、素材の差からか、びくともしない。
室内から、艦内の監視カメラでその姿を見ながら、オーエンは薄れ行く意識の中、必死に思考を巡らせる。
――出た3人を呼び戻す? 駄目だ、その場合待ち伏せの地の利は相手側へと移る。仲間たちまで危険を晒すわけにはいかない。
――このまま開けて戦闘を挑む?駄目だ。既に負傷している今、勝てるはずはない。手元に武器もない以上――
「…!」
――手元の、ベオウルフ内のマップに目をやった時、オーエンは気づいたのだ。この状態を打開できる、唯一の『武器』に。
――荷物の影に身を潜めた暗殺者。先程出てきたこの男を一撃で仕留める事には失敗したものの、あの傷ならば心配は要るまい。
情報によれば、このギルドの乗員に、生身の戦闘に長けた者はほぼ居ない。唯一多少その心得がある大男は、今街で足止めを受けているはず。ならば、しばらく物陰から周囲の様子を伺いながら、機兵の居る場所を探せばいい。
――彼の目的は、機兵の奪取。
先のギルド公認戦の一件以降、ウルフパックが所有する機兵の強さは、噂として各チームの間を伝わるようになっていた。それ故に、その「力」を欲する輩もまた、少なくはないのだ。
(「しっかし、ここはどこだ…?どこかの遺跡の中か?」)
ウルフパックの本拠地だと言う事は分かる。しかし、四方を見た事のない材質の壁に囲まれている。遺跡だとしたら、何故こんな所に本拠地を構えているのか――
そんな彼の思考は、金属の軋む音によって中断される事となる。
(「やべ、何か罠でも踏んだか?」)
最初に浮かんだ考えは、しかし即座に否定される。足元で何かが動いた形跡も、魔力の形跡もない。だが、音がどんどんと大きくなっているのは確か。
この場から離れなければ――そう彼が考えた時には、もう全てが遅かった。
「な――っ!?!?」
哀れな暗殺者が最後に見たのは、天井が高速で彼に迫ってくる様子であった。
「――やったか」
深く、ため息をつく。
オーエンの目の前に映し出されたコンソールは、『模様替え』。
そして、ベオウルフ内部を示したそのマップの、暗殺者が居た場所には、今は『ミーティングルーム』が置かれていた。
「…想像通りだったな。また一つ、この艦の仕組みが理解できた」
仲間たちへの危険の排除。それこそが、彼がこの瞬間、もっとも気にしていた物。
だが、安心感は、即ち緊張感によって維持されていた物をも、崩す事となる。
(「…タクマ。後は…頼むぞ」)
そうして、オーエンは、静かに目を閉じた。