15話「The Soldier's Holidays」
「……まさか……いや、然し……」
『べオウルフ』を目の当たりにしたアレクシアの反応は、大体オーエンの予想通りではあった。
「…だが、それで貴公らの強さは説明がつく」
その理解の速さだけは、オーエンの予想を超えていたのだが。
「――千瀬。引き上げられるか?」
引力ビームが、アレクシアの機体に照射される。
異世界の機体故に無効であると言うオーエンの心配とは裏腹に、問題なく引き上げられ、アレクシア機が格納庫に収められる。
機体から降りた彼女は、物珍しそうに周囲を見回していた。
「詳しい技術の差異は後ほど説明する。こちらも聞きたい事があるしな」
「これだけの技術を持つ貴公らが、私に聞きたい事……?」
「――『魔法』の仕組みだ」
暫くして、アレクシアは『べオウルフ』ミーティングルームへと招待された。
艦橋でも各種情報の呼び出しはできるのにこのような部屋があるのは、将来的な事を考えての施策である。
――四人くらいならば艦橋でのミーティングでも良いが、人が増えると機器の関係から艦橋は手狭になってしまうのだ。
「先ほどはありがとうございました」
相変わらず回りの機器を興味深そうに見回していたアレクシアに、サラが声を掛ける。
「ああ、気にしないで欲しいのじゃ。……当然の事をしただけじゃからの」
彼女を救出したのは、タクマとアレクシアだ。改めて深く、一礼し、サラが先に着席する。
そこに、残りの四人も到着する。
「それでは、始めようか」
――一通り、オーエンが中心になり、機械や科学について、アレクシアへの説明が行われる。
「…ストップ、ストップじゃ!」
ん?と言わんばかりにオーエンが頭をかしげると…
「…大体は分かった。つまりこの空飛ぶ城自体が、機兵と同じような技術で作られていると言う事じゃな?」
「そうだ。『アーデント』…お前さんたちが『機兵』と呼ぶそれに応用されている技術を応用したのが、この戦艦だ」
「じゃが、機兵は空を飛べぬ。風の魔法を以ってしても、機兵飛べるのは有名な大魔法使いくらいの物じゃ。然し、貴公らは魔法使いではないと言っておる」
「我らは何れも、こちらの世界に来るまでは魔法という物が現実に存在するとは考えていなかったからな」
アレクシアが言わんとする事は、オーエンには分かっていた。
「魔法は使えんが、魔法の真似事は出来る」
――『Ardent Armada』に於いて、巨大戦艦の製造の際に必ず必要となるアイテムが一つある。『重力制御コア』だ。
ゲームの世界に於いては一部の特殊なドラゴン系モンスターから採取できる資源であり、より大型の物を獲得する為には、より強力なドラゴンを討伐する必要がある。
『べオウルフ』の素材となるレベルの『重力制御コア』を得られるドラゴンは、当時『ウルフパック』に居た四人だけでは時間的に討伐が不可能であり、それ故にオーエンがマーケットで稼いだお金を使い購入した物であった。
「…成る程、モンスターの力を使っておるのか」
「こちらの世界でも、甲獣の表皮を使っている機兵が居ただろう?」
「その様に『力を操って』空を飛ぶモンスターは聞いた事がないがのう。ドラゴンたちは飛行できるが、それは飽くまでも翼の力によるものじゃ。翼を射抜く事が出来れば落ちると聞いた事がある」
「成る程」
密かに心の中にその情報をメモするオーエン。
「……で、今度は君の番だ、アレクシア」
「――魔法の素養は、人に拠る物じゃ。素養がある者には、それに伴う属性が付与されておる」
アレクシアの掌の上に、小さな光の球体が浮かび上がる。
「…素養がある者は、鍛錬すればその術を様々な方式で使えるようになる」
光の球体が、形を変え、小さな剣、そして盾の形を取る。
「じゃが、素養の無い者は、如何に鍛えてもそれを発現させる事は不可能。街中で皆が魔術を使っている所を見た事はないじゃろう?」
その通りだ、と答えるオーエンに、ふふっと笑うアレクシア。
――アレクシアの戦い方を見れば、武術と魔術が両立できる事は理解できる。タクマが遭遇したと言う『ヤト』と言われる男もまた、体術と魔術を併用していたと聞く。
それなのに傭兵たちや山賊たちに何故その様な戦術を用いる者が居なかったのか、オーエンには不思議だったのだが、今のアレクシアの説明を以ってして、得心が行った。
「…ならば、その素養と言う物は、どうやって調べるのだ?」
「学び舎や、大きな国の兵士訓練施設には『魔光石』と言う物が併設されておる。それを用いれば、素養の有無のみならず、属性も調べられるのじゃよ。無論、我がルフォンスにも有るのじゃ」
ふふん、と自慢げに鼻を鳴らす。
「…了解した。ありがとう、アレクシア」
「これからどうする?」
説明が一通り終わった所で、タクマがオーエンに問いかける。
「…差し支えなければ、希望があるのじゃが」
横からアレクシアが入ってきた。
「そんなに遠慮しなくていいよ。もう仲間なんだから、遠慮なく言って」
「…少し、タクマ殿と手合わせしたいのじゃが」
へっ?と不思議そうな表情を浮かべるタクマに、言葉を続けるアレクシア。
「負けるだろうというのは分かっておる。じゃがそれでも――貴公らがどれだけ強いのか、その限界を見てみたいのじゃよ」
――山賊たちと戦う際。タクマは、機体にある全ての機能を使ってはいない。
その必要が無かったから、と言うのもあるし、屋内ではブースターの需要が少なかったと言うのもある。
ヤトと戦ったときも狭所だったのと、両者最初から猛攻を行って決着がつくのが速かったのがあり、全力を見たとは言いがたい。
「機体戦か?それとも生身か?」
一瞬、オーエンが警戒する。生身戦なら、恐らくタクマに勝機はない。――或いは、タクマに殺意を持った者か。オーエンが恐れたのはその一点。
「機体戦じゃ」
ほっとする。考えてみれば、若しもアレクシアがタクマに殺意があるのだったら、二人きりの際に仕掛ければ良かった事だ。今を待つ必要も無い。
「僕はそれでいいよ。オーエン、場所の探索をお願いしていい?」
「了解した」
「ねぇオーエン、ちょっと買出しに行きたいんだけど、いいかな? ほら、人が増えちゃったし、食料を再計算しなきゃいけないからね」
「いいと思うぞ。…ついでにサラを連れて行きたまえ。この世界に慣れなければならんからな」
「あの……別にお気になさらなくても……」
「いいのよ!オーエンがこう言う事言うの珍しいんだから、ここは言うとおりに、ね!」
あわあわと慌てるサラを引っ張っていく千瀬を見て、苦笑いする。
「……AC。お前も千瀬たちについていったまえ。女二人だけではこの世界は危険すぎる」
「はいよ。…って、おめぇはどうすんだ? 偶には遊びにでねぇのか?」
「……先の一件でやる事が増えたからな。また次の機会にするさ」
「いいけどよ、体には気をつけろよ? おめぇが倒れたら色んなもんが立ち行かなくなる」
「……十分、承知しているさ」
――投下されていく『グレイヴン』『アルティア』の二機の様子が、スクリーンに映し出される。
隣のスクリーンには、街付近、森の中の空き地で、お互い武器を構える『紫狼牙』と、アレクシアの機体が。
「……さて、俺も、仕事を進めないとな」
新たに開いたスクリーンに映し出されたのは、『べオウルフ』内部の製造ラインステータス。
四つあるラインの三つには、左から『可変光電剣』『ツインスタンマシンガン』『重型アルデントフレーム』と映し出されており、一番右側のラインは空白であった。
「……アレクシアの機体を分析したかったのだがな。仕方ないか」
そう言って、彼はメニューを開き、『重型アルデントフレーム』をもう一つ、そのラインにセットした。
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睨み合う二機。
――手合わせとは言え、両者には一寸の油断もなし。
両手それぞれを逆手に腰の刀に掛け、腰を低くする『紫狼牙』。隙あらば疾駆し、そのまま両手同時に逆手抜刀し、一閃する構え。
対するアレクシア機は、盾を前に構え、後ろ手で引きずるようにして長剣を持つ。盾で初手を受け流し、そのまま長剣で体勢を崩した相手を一閃するのが狙いだ。
パキッ。動物が付近で枝でも踏みつけた音だろうか。
その瞬間、タクマが動く。
一直線に『紫狼牙』が疾駆したかと思うと、盾の前で全力でスラスターを全開。砂塵を巻き上げ視界を覆いながら、斜めに動いてアレクシア機の後方へと回り込む。
「読めているのじゃよ!」
機体を回転させるその勢いで、引きずるように構えた剣を横になぎ払う。竜の尾が如く一撃は、タクマに回避を決断させるのには十分であり、彼は一旦後退。然し、アレクシアの攻撃はそこで終わらず、回転から繰り出される盾と剣による回転しながらの連続攻撃が襲い掛かる。
「…っ!」
『ゲーム』に慣れており、学校では武道系の部活に参加していて運動神経は悪くは無い。然しタクマの技術はそれでも、きっちりと系統的に『武術』と言う物を習ったアレクシアを上回るには至らない。
無論、機体の装甲、攻撃力差は圧倒的だ。軽装だと言っても、恐らくアレクシアの剣戟は、『紫狼牙』の装甲は貫けない。
だが、タクマの目標は、アレクシアの攻撃を受けずに倒す事。ヤトとの一戦で『魔法』の脅威を目の当たりにした以上、『装甲が貫かれない』との仮定の下で戦うのは余りにも危険。何かしらその装甲を貫通させられる魔法があるかもしれないからだ。
スラスターを噴かせ、離脱する。
「逃さんぞ! ――光鳥フェイよ!」
魔術で生み出された光の鳥たちが追い縋る。光で構成されているからか、飛行速度は『非常に速い』
(「けれど…反応できない程じゃない!」)
掌を向けると、下腕部のガトリング砲が作動し、無数の弾丸が吐き出され、光鳥と激突して爆発を起こす。
(「やっぱり接触反応か…なら!」)
急激にスラスターの方向を変更。猛烈な制動で進行方向をアレクシア機の方へと向ける。
飛来する光の鳥を、大太刀を抜刀し、横に一閃。全て切り落とす。
鳥が読まれていたと見るや、アレクシア機は即座に盾を構え、カウンターの姿勢を見せる。その瞬間、『紫狼牙』が再度猛制動。スラスターを下に向け、空中へと上昇する!
「ふん……その程度――っ!」
大太刀を振り上げ、一直線に降下する『紫狼牙』に盾が向けられる。武器の素材の差で、正面から受ければ盾が切り割られるだろう。だが、アレクシアには受け流せる自信があった。
刀の切れ味はその刃先の直線のみ。故に、盾に少し『角度』をつければ、流せるのである。
ガン。
「…!」
衝撃の瞬間、その手応えから、アレクシアは自分の予測が間違っていた事を悟る。
――刃物特有の鋭さはなく、鈍器に打撃されたような衝撃。防御の為に盾で一瞬視界を覆ったが故に、命中の瞬間が見えなかった。
盾を手放さなかったのは流石に技ありと言った所か。――スラスターの推進力と、重力を全て乗せた空中からのドロップキックを受けたアレクシア機は、然しそれでも大きく体勢を崩す事になる。
逆手の構えから小太刀を抜刀。そのまま突き出す『紫狼牙』。刃先がアレクシア機に接触する直前――
「――っ、輝け!!」
アレクシアの叫びと共に、刃先が盾の裏から突き出される。そこには、光の球体が。
叫び声に呼応するように、球体がまばゆい光を放ち、一瞬タクマの視界を奪う。
盾を掲げたのは防御の為でもあったが…盾の裏に隠れ、この術式を唱える為でもあった。
何も見えない状態にありながら、最後に見えた位置を頼りに小太刀を振るうタクマ。盾でそれを弾こうとし、同時に剣を『紫狼牙』の腕に突き立てようとするアレクシア。
カン。
剣が装甲に弾かれる。同時に、小太刀が、アレクシア機の喉元に突きつけられる。
「――やはり、刃が通らぬか……」
「……流石だったよ。機動力と出力にここまで差があったのに、結局当てられちゃったしね」
「それでも、実戦であれば貴公の勝ちじゃ」
「それについては何とかなるかもしれないよ。今、オーエンが頑張ってるしね」
「それまでは…精々、技を盗ませてもらうよ」
「良い心構えじゃ」
再度立ち上がるアレクシア機。だが盾と共に持ったのは…新たなる獲物、其の大槍。
「今度はこちらで相手するのじゃ」
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「うわぁ、これがこの世界の街なんですね!」
ラールの街に入った瞬間、目を輝かせて周りを見渡し、あっちへふらふら、こっちへふらふらと、店を見回るサラ。
「おい。あんまり動き回るんじゃねぇ。……ここの治安を日本と同じだと思っちゃいけねぇ。攫われても知らんぞ」
ビクッとサラの肩が跳ねる。と同時に、『余計なこと言ったわね』とばかりに千瀬がACを睨みつける。
「あ、いや、すまん……」
「いいんです。一度監禁された事があるのですから、私ももう少し気をつけるべきでしたね」
にこっと笑って、今度はACの後ろに着く。
「いざと言う時は、守ってくれると言う事ですよね?」
「…まぁな」
「ったく、表情緩んじゃって……」
女性特有の『勘』で何かを察したのか、にやにやとそれを観察していた千瀬が、急に何かを思い出したかのように横からACをつつく。
「ねぇねぇ、そう言えばさ……」
「んぁ、どうした?」
「ん、その……オーエンの誕生日って、もう直ぐだったっけ?」
「ああ、そう言えばそうだな。…ってか明後日じゃねぇか! やっべぇ、この世界来てから時間感覚狂いすぎだぜ。…ったく」
「それなら、皆でプレゼントを買って用意したらどうでしょうか?」
「…んー、そうだね。それぞれ何か買いたいけど……どこの店でも用意できる物だとあれだしなぁ」
「ならあの商人のおっさんに相談してみたらどうだ?」
思い浮かべたのは、初めてこの街を訪れた際に尋ねた、あの小太りの商人。確かフォンス・ヴォーと言ったか――
「…まぁ、聞いてみるだけなら損も無いしね」
それなりに信頼の置ける人物だと、千瀬も認識していた。
故に、三人は彼の館へと向かったのだった。