14話「The New Members」
「えーと…これで良かったかな? 今引き上げるよ」
『ベオウルフ』が引力ビームを発射し、タクマ機『紫狼牙』を艦内へと引き上げる。
オーエンとACは、アレクシアと共に街へ依頼達成の報告へと向かったが、タクマだけは救出した少女の体調チェックの為、先にその少女を連れて帰らされたのだ。
直ぐにメディカルルームのカプセルに入れられる少女。プライバシーの配慮もあり、各種チェックは千瀬が行い、タクマは戦闘の疲労を癒す為にも先に大浴場へと向かった。
「えーっと、打撲がいくつか…擦り傷、と、ここまでは軽傷で……軽い栄養失調……」
順にチェックを行っていく千瀬。彼女は医師ではないが、山の中で負傷した際の対処の為、簡単な医療知識はあった。
「顔には特に負傷はなし……ん……」
一番気になったのは、性的な被害を少女が受けていないか、と言う事だった。
――無法地帯に入った際、女性が最も目標とされる被害が、性的な侵害である。人の三大欲求は性欲、食欲、睡眠欲であり……睡眠欲は他者とは関係がなく、食欲(つまり物資への需要)は男女から共に得られる。だが山賊の大半を占める「男」の性欲だけは……女性を目標とするのだ。
「……傾向、なし。…よかったぁ――」
はぁぁぁ、と長い溜息をつく。千瀬もまた女性である。もしも性的な被害を少女が受けていた場合、如何なる精神状態にあるのかは想像できていた。
少女の傷は全体的に浅い。栄養失調のみはメディカルルームで今すぐに補給できる物ではなく、実際に食事等によって整える必要があるので、カプセルでの傷の修復の時間は、以前アルタン村での際よりずっと短い。
――治療完了を知らせるアラームと共に、カプセルの液体が引いていく。
「ん…んっ…」
「大丈夫?体冷しちゃいけないからちょっとこれ――」
裸の少女を迎えようと、タオルを持って千瀬が前に出た瞬間。
「治療はどんな感じ?」
扉を開け、半裸にタオルを巻いただけ――風呂上りのタクマが、メディカルルームに入ってくる。
「……っ」
それを目の当たりにした少女の顔が歪み――
「ごめん、こうも早く治療が終わると――」
「きゃぁぁぁああぁぁぁあああ!?」
「あたた……」
少女の悲鳴と共に、千瀬の飛び蹴りによってメディカルルームから叩き出され、廊下の壁に顔から激突する事になったタクマが、痛む鼻をさする。
その僅か後に、扉がカシュッと音を立てて開き、申し訳なさそうな表情をした少女と、怒りをあらわにしたままの千瀬が出てくる。
「あ、あの…すみません……助けていただいたのに」
「いいのよ!タクマがデリカシーないのが悪い!」
対照的な態度を見せる二人の女性に、
「ははは、ごめんごめん。でも、無事かどうかを確かめたくてね」
タクマはただ、苦笑いを返すだけであった。
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「……報酬はなし、と言うのは?」
「当たり前だろう。街は火災によってボロボロだ。その修理にいくら掛かったと思っておる」
街の有力者らしき男は、渋い顔でそう告げた。
「それに…正式な契約を行ったのは私ではない。そこの女じゃないか」
アレクシアを指さす男。その後ろには、ギルドに依頼したらしき青年の姿もある。
馬を急がせて首都ラールから必死に戻ってきたが、着くなり有力者の男に「お前はだまっとれ! 全く、なんて事をしてくれたんだ……」と叱られ、申し訳なさそうに男の後ろから『ウルフパック』の面々を見ている。恐らくは有力者の息子、或いは親類なのだろう。
「……お前さんの言い分も間違ってはいない。契約と言う観点からはな」
口を開いたのはオーエン。軽く眼鏡を押し上げ、
「但し覚えておくといい。……俺たちはこの一件を『事実通り』ギルドに報告し、ギルドに居る人間にも流そう。……次に何かあった際に、果たしてどれだけの人間が、お前さんたちの事を助けようと思うのだろうな?」
「いいのか?」
街に背を向け歩き出したオーエンが、その境外へと出た時。
「今回の一件、報酬が出なかったのなら、貴公らは大損じゃないのかのう?」
アレクシアが彼に声をかけた。
「何なら私の方から、少ないながら報酬を――」
「それには及ばないさ」
オーエンの表情は、寧ろ笑っていた。
「……さっきのあの男は考えになかったようだが、山賊と言う事は無論、今までの略奪による金品が溜め込まれていると言う事だ。……あの男が報酬の支払いを拒み、契約はなかったと言う事を言い出した以上、我らが山賊から奪った物は我らの戦利品と言う事になるだろうな」
「然しそれは結局民の物じゃろう!?」
「領主としてあの男は報酬の支払いの拒否と共にその権限を放棄した。……民は『愚かな領主を持った』事を恨むべきだろうな。…それに、だ。あの男の様子を見て、金品を返還したとして、大人しく領民に返すような男だと思ったか?」
「っ……」
言葉に詰まるアレクシア。
「なら…私が要求するのじゃ!」
「…?」
一瞬、怪訝な顔をしたオーエンに、得意げにアレクシアは続ける。
「契約にサインしたのは私じゃからのう。今の理屈に沿えば、私が相応の代償を支払えば、金品は民に返してくれるのじゃろう?」
「一本取られたな、オーエン?」
にやにやと、ACがオーエンに目配せする。
「……お前さんが俺たちに出せる報酬はどのくらいだ?」
「残念ながら、私が持っている金品は僅かだ」
差し出されるのは、僅かな金貨。
「――じゃが、私とて戦える。足りない分は働いて補おう」
「戦力的に俺たちより上だと。役に立てるのだと、思うのか?」
ある意味、冷酷な宣告。言外に『アレクシアは圧倒的に弱い、或いは役に立たない』と言っている様な物だ。
それに対してアレクシアは言葉を返さなかった。共に見たタクマの戦いぶりから、機兵戦に於ける圧倒的な実力差を知っていたから。
「オーエン。てめぇ片面だけ見てねぇか?」
助け舟を出したのはAC。
「……確かにアーデント戦ではこいつは俺たちには勝てないかも知れねぇ。…けどよ、生身ならどうなる?」
「この女の格闘能力はお前より上だってのか?」
「ああ、歩き方から判る…互角かそれ以上だ。俺のは我流だが…こいつはきっちりとした型を鍛えられてる戦士だってな」
機体に乗り込む際、アレクシアは鎧を装着していた。その際の足音は、相当の重量がその鎧にある事を示していた。つまり彼女は……最低限でもその鎧を着ながらにして自在に動ける筋力があると言う事なのだ。
「ふーむ……」
確かに彼女の生身の戦闘力は魅力的だ。だが彼女は飽くまでも『現地』の人間。
『ウルフパック』の所有する技術力を、彼女に開示して良いのか。
「……悩む事態なら、タクマに決めてもらったらどうだ?」
それが『ウルフパック』のルール。メンバー間で致命的な意見の分岐がある場合、ギルドマスターであるタクマが決断権を持つ。
「……判った。聞いてみよう」
そう言って、オーエンはタクマへの通信回線を開いた。
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「――つまり、サラさんは『Ardent Armada』の初心者で、ログインして間もなくゲームに吸い込まれた訳ね?」
「その通りです」
状況が落ち着いた後。タクマは千瀬と共に、少女から事情を聞いていた。
――少女の名前――ゲーム内のそれは、サラ。どうやら他にもオンラインゲーム自体はプレイした事があるらしく、本名をそのままキャラクター名にするような事はしていない。
曰く、前日ゲームにログインし基本を整えたが、そのまま就寝時間になった為ログアウトし明日に備え、次の日帰宅した後にログインし、暫くした後にゲームに吸い込まれた、と言う事らしい。
「それで、ゲーム内のシャトルに入っていたのですが…操作が良くわからなくて、そのまま墜落してしまいました」
初心者に配給される艦である一人用艦『シャトル』は、ゲームだった時代には初心者救済として『地面に激突してもダメージを受けずそのまま体勢を立て直せる』と言う能力が備え付けられていた。
だが、どうやらその機能は、この世界では働かないようだ。
「シャトルと一緒に機体もバラバラになってしまい、その直後にあの人たちが来ました」
恐らく、爆発音を聞きつけたのだろう。調査に来た山賊たちは、そのまま機体やシャトルのパーツを回収し、サラを捕虜としたのだ。
「…その後は、どこかに売るとか、何かやるとか、色々聞こえてきましたけれども…何かされる前に皆様が来てくれました。…助けてくれて、ありがとうございます」
改めて頭を下げるサラ。
「顔を上げて。……人助けは当然だよ。ましてや僕たちと同じ境遇に居る人ならね」
――それこそが、ギルド『ウルフパック』創設時の願い。
タクマがオーエンに不相応とも言える艦を要求したのも。全ては『行く場を無くした者に、家を』と言うその願いの為。
一匹狼たちが肩を寄せ合い暖めあう『狼の群れ』。それが、タクマが望み、他の者が賛同した、『ウルフパック』の理想の姿。
故に。
「良かったら。…僕たちのギルドに入らないか?」
彼はサラに、その手を差し伸べた。
「本当に…いいんですか? 私、何も出来る事が――」
「シャトルが壊れている以上、移動手段もないんじゃないかな? 放っておけないよ。それにやる事なら多分オーエンが考えてくれる筈だから、心配する必要はないよ」
「オーエン…?」
小首をかしげたサラに、横から千瀬がフォローする。
「もう二人、うちのギルドのメンバーが居るんだ。今はちょっと出払ってるけど、帰ったら紹介するよ」
その時だった。通信呼び出し音が響き渡る。
「おっと、うわさをすれば、って感じかな」
呼び出しがオーエンからの物である事を確認し、タクマは空中に浮かんだコンソールの『受信』ボタンを叩く。
「オーエン、交渉は順調だったかい?」
『…詳しい結果は後で報告する。それよりタクマ。今相談したい事があるのだが――』
そうして、オーエンは現状をタクマに伝えた。アレクシアが報酬の代わりとして、ギルド加入を希望している事。彼女が現地の人間だと推測される為、技術漏洩を心配していると言う事。
「…オーエンの心配も最もだね。…分かった。ちょっと回答は保留してくれるかな? …直接アレクシアと話して見たいんだ」
『了解した。そう伝えよう』
通信を切ると、にこりと笑って。
「ちょっと言ってくるよ。……千瀬、サラさんに艦内を案内してくれるかな? 空き部屋はまだまだあったはずだし、適当にどれかをサラさんに」
「おっけ、任せて!」
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「――それで、報酬の代わりにギルドに入る、と言う話なんだけど」
生身のまま。正面から相手の目をしっかり見つめ、タクマは言葉を発していた。
普段はなぁなぁとした笑顔を浮かべている彼だが、こうやってギルドの代表として発言する際は、その堂々とした佇まいが、威厳を感じさせる。
「僕としては、報酬なしでも構わない。…僕たちは、既に山賊たちの機体残骸から、十分な資源を得ているからね」
タクマの回答は、アレクシアにとっては意外な物だった。
「ちょっと待つのじゃ。それで本当にいいのか!?」
故に彼女の言葉は、驚きと僅かな焦りが満ちていて。
「うん。僕はこれでいいよ。…オーエンとACもそれでいいよね?」
「…俺ぁ元からあんまり意見なかったかんな。いいぜ」
「…お前さんの決断ならば、それに従おう」
「待つのじゃ!」
話が纏まり掛けたその瞬間。またもやアレクシアが叫ぶ。
「…それならば、改めて申請させてもらうのじゃ。…私を、貴公らのギルドに入れてくれないかのう?」
「どうしてそんなにギルドに入りたいんだ?」
「……」
押し黙る。
「……理由を述べて貰えないならば、俺は反対票とさせてもらう。その様な考えの読めない人間を『ウルフパック』に入れるのは、リスクが高すぎるからな」
「……」
暫くの躊躇の後、アレクシアが、僅かに服の肩の部分をずらす。
そこにあったのは――山賊たちの機体にあった物と同じ。彼女が「ルフォンス国」の物と称した、その紋章。
「私の本当の名は、アレクシア・オウガ・ルフォンス。…ルフォンス国第三皇女じゃ」
「…その皇女が、何故、ギルドに入ろうとする?」
疑いの目を向けるオーエン。その疑いも尤もな物だろう。この世界に於いても皇族が相当のパワーを持つと言う事は、ラールにあったあの巨大な城、そして衛兵の態度からある程度の推測は出来る。
その皇族が、どこの馬の骨とも知らぬギルドに入りたいと言っているのならば、疑うのが当然だ。
「……私は、力が欲しいのじゃ。皇位継承権を持たぬ皇女が国の現状を変えたいならば、それしかないからのう」
そして彼女は、ルフォンス国の現状を語り始める。
――ルフォンス国。ライディア王国の遥か西、山脈地帯に位置する新興国家。
アレクシアの曽祖父に当たる初代国王『ガイ・ルフォンス』が傭兵業から引退する際、その時率いていた傭兵団をそのまま荒地だった山脈地帯まで引き連れ、開拓を行って国を成し、そこへ周辺の村が合流したとされている。
元が傭兵団から始まった国家だった事もあり、国民全体に武芸を習う傾向が強かったが、アレクシアの父――現国王『ヴァルト・オウガ・ルフォンス』は体が弱く多病だった為、武を尊ぶ国の傾向を変えようと平和政策を打ち出し、結果として建国時から続く武家たちの不満を招き、内部に不穏な動きを抱える事になる。
隣接していた『ゴヴォルト帝国』がこの機に乗じて山脈に位置する鉱山を奪取しようと襲撃を繰り返している事と合わせ、内乱外敵に挟まれたルフォンス軍は次第に疲弊し、ついに先に見たような脱走兵を生み出すようになった、と彼女は言うのだ。
「故に…私は強くなければならない。…強くあるのならば、先王ガイ・ルフォンスのように……この国を立て直せるはずじゃ」
「……具体的に、どうするつもりだ?」
「……先ずは国内の武家たちを納得させる。彼らは昔ながらの『強い者に従う』と言うタイプの人間じゃから、力があれば内乱を抑えるのはたやすいのじゃ」
得意げにふふん、と鼻を鳴らす。
「内乱さえ抑えてしまえば、ゴヴォルト帝国はそれほど怖くないのじゃ。以前にも何度か攻めてきたが、内乱の無かった頃は普通に撃退できていたからのう」
(「……国を治める、と言う事がそう簡単に行くとは思わんがな」)
だがそれは『今この場では』関係の無い事。それよりも――
「…タクマ、どうする?」
――アレクシアには、『帰る場所』がある。自分の所属する『組織』――国がある。故に、『ウルフパック』の理念には合致しない。
「……けど、今はそこには居ない。アレクシアは、自分の国を元の姿に『取り戻そう』としている。違うかい?」
「その通りじゃ。……私は王位につくつもりは無い。ただ、先王ガイ・ルフォンスの血筋に連なる者として、国が乱れていくのが許せないだけじゃな」
「……どうオーエン。これなら、僕たちの理念の通りじゃないかな?」
「決断権はお前さんにある。お前さんがそう決めたのなら、俺に異論はないさ」
「感謝じゃ。このチームに入ると決めた時から、私は皇女ではなく、チームの一員としてここに入るつもりじゃ。――故に、その過程で国と戦う事になろうとも、私は貴公らの側につこう」
「出来ればそうならないように、僕たちもがんばるさ。――いらっしゃい。アレクシア」
固い握手が交わされる。
「……それで、チーム…我らはギルドと呼んでいるが――に入ってもらったからには、我らも秘密をお前さんに明かさなければならんな」
――暫く歩いた後、空中を指差すオーエン。
そこに浮かぶのは、巨大戦艦『べオウルフ』。
「――我らは、こことは異なる場所から来た者たちだ」