13話「Night Raid:Hunting Wolves」
「それで……タクマは無事か」
『うん。機体に損傷は無くて、小太刀を一本失っただけみたい』
ベオウルフに居る千瀬と通信するオーエン。その機体の周りには、無数の機体が、動けないまま放置されていた。
セメントのような物質で固められた物。機体各所の関節部を打ち抜かれたような物。両断された物。そして、まるで業火に焼かれたかのように、黒こげた物。その中から、立ち上がる影一つ。
「ちっ。威勢よく襲ってきた割にゃ、手応えがねぇな。先日戦ったあのブレイなんとかってのがよっぽどマシだぜ」
愚痴りながら、地面に杖の様に斧を突き立てるAC機――グレイヴン。
「まぁ。まだ後続が来る可能性があるからな。油断だけはするな。……千瀬。タクマから戦闘データの方は自動的に転送されているな?」
「えーと、多分そうだと思う」
「それをパーサーに掛けろ。解析プログラムだ。それで俺が帰る時までには…色々分かるだろう」
「えっ、どうやって使うの?それ!?」
考えてみれば当然か。今まで、このプログラムを運用するのは、もっぱらオーエンの仕事だった。恐らくACとてこれの存在を知らないだろう。
このプログラムは『ゲーム時代では成立しない物』だ。故に、解析プログラムは、この状況になってから、彼が一から作り上げた物だ。
「パネル左下、『応用プログラム』から『パーサー』を選択したまえ」
『えーと……これ、っと。……『ロードするファイルを選んでください』って出るけど』
「表示されたリストに各員の名前のついたフォルダがあるはずだ。タクマのフォルダを選んで、一番下のファイルを選べばいい」
『これを…こう、っと。あ、処理始まったよー』
「よし、それでいい」
「お取り込み中の所悪いけどよ、来たみたいだぜ」
ACの声にはっとして確認してみれば、確かに機械音が響いており、それも段々と接近してきている。
千瀬との会話に集中しすぎて『オーバーシアー』の確認が疎かになっていた自身に猛省しながら、周囲の状況を確認する。
「機体数5……昼に指揮を執っていたあの機体も来ているな」
岩陰に隠したオーバーシアーを通して、敵の動きはオーエンには丸見えであった。
本来はオーエンたちが騒ぎを起こしている間にタクマが頭を襲う手はずだったのだが、既に来てしまった物は仕方ない。
「オーバーシアーを怪物のように恐れていたからな。あからさまに偵察すると攻撃されて面倒――ん?」
何かを思いついたかのようの表情になるオーエン。
「成る程。そういう手も面白いか」
「おめぇがそう言う台詞吐く時はろくな話じゃねぇんだよなぁ」
「とりあえず隠れておけ。奇襲の用意だ」
やや呆れた様なACに対して、さも面白そうな笑みを浮かべるオーエン。
「ここにゃ隠れる場所ねぇぞ?」
「ここじゃない。もう一個、横道にそれた部屋だ」
「そっちだと来るとは限らねぇ――まさか」
「……そう言う事だ」
にやりと邪悪な笑みを浮かべ、オーエンはACに行動を促した。
「あそこを曲がって逃げたっ! 待ちやがれぇ!!」
叫びながら、山賊たちの駆る機体は『一つ目の怪物』――オーエンが放った偵察用ビット『オーバーシアー』を追っていた。
「仕掛けはどうなってる?」
「後二つだぜ。もうちっと時間稼いでくれ」
「あまり時間が無いぞ。攻撃が全く効いていないと見れば、ヤツ等は諦めて逃走に転じる可能性があるからな」
その為に、後ろからも念のために『オーバーシアー』を一体送り込み、挟み撃ちの様な形にしているのだが――とは言わないでおいた。その様な事態にならないに越した事は無いからだ。
「よし、これで設置完了だぜ」
「隣に潜伏したまえ。逃げ切れる者が出るかも知れん」
「了解だぜ。しっかし、毎度ながらおめぇはえげつねぇな……」
そう、呆れたような、感嘆するような言葉と共にAC機が所定の位置についたのを見ると、オーエンは『オーバーシアー』を操作し、この部屋に逃げるように仕向けた。
「――あの部屋は他の出口がねぇ。野郎ども、押し込んで袋叩きにすっぞ!」
部下たちが一斉に部屋内へと雪崩れ込むのを見ながら、部屋の入り口を固めるように立ちはだかるヘイガン。流石は盗賊たちを纏める頭と言う事なのだろう。これは逃げ道を封じると共に、万一、『怪物』から何かしら常軌を超えた反撃を受けても、部下を盾にして逃げられるという寸法だ。
「へっへ、追い詰めたぜ……覚悟しろ化け物野郎!!」
機体の装備――ハンドアックスを振り上げ、こちらを睨み付けるように振り向いた目の前の『目玉の化け物』に、盗賊の一人が斬りかかった。
ガン。
まるで岩にでも当ったような手応え。
だが、その盗賊がこの事実に対して驚愕を示す前に、もう一つの異変は起こった。
――爆音。彼らの頭上で響いたそれと、ほぼ同時に。その洞窟の一室は崩落を始めた。
無論、その一室だけに破壊が留まるはずも無く、通路からもぱらぱらと石が落ち始める。
「んな…なんだぁ!?」
ヘイガンには、何が起こったのかは分からなかった。彼が理解したのは、怪物を追いかけていった部下が、突如の部屋の崩落に巻き込まれたという事。
(「何かが…やべぇ。何かがおかしい。さっきの爆発音といい……」
彼はあまり頭のいい方ではない。だが、伊達に長い間盗賊の頭をやって来た訳ではなく、彼の『勘』が、危険を告げていた。それに従い、その場から逃げようとするが……
「よぉ。どこ行くんだ?」
そんな彼の後ろに、ACの『グレイヴン』が立ちはだかっていた。
「毎度思うけど、よーやるぜ。洞窟全体は崩れないんだろ?」
「ああ、オーバーシアーからの情報で構造は解析したし、耐久力に合わせた爆薬量を算出したからな」
――その瞬間、ヘイガンは全てを理解した。
この全てが、彼ら二人が仕掛けた罠だと言う事に。
「てめぇらぁぁぁぁ……!」
ヘイガン機の腰から、斧が射出され、それを殴りつけるように、『グレイヴン』に向かって飛ばす。
「おっと」
ガン。
横に薙ぐような裏拳によって斧は壁に叩き付けられ、そして『グレイヴン』が更に力を入れた瞬間、粉々に粉砕される。
「なんだ、元気いいんじゃねぇか。オーエン、ちょっと遊んでいってもいいよな?」
「良いだろう。……こちらはトラップの様子を見てくるとしよう。コックピット圧壊はしないように入り口のみを狙ったがはずだがな。……油断はするなよ?」
「へっ、誰に物言ってんだ」
戦斧を後ろの地面に突き立て、深く腰を落とす。
操縦者のモーションを忠実に反映する機体のシステムが、その構えを如実に機体で再現する。
「……圧倒的に強ぇやつが、一瞬の油断で噛まれて死ぬような状況、腐るほど見てきたからな――」
ドン。
後ろの壁をヒビが入る勢いで蹴り付け、反動を推進力に変換する。
獣のように飛び掛かるAC機に対し、ヘイガンは笑みを浮かべた。
「相手の手札も分かんねぇのに、んないきなり襲い掛かるアホがあるかよ!」
シャキン。
機体の全身から、鋭い棘が突き出される。その形相、まるでハリネズミかヤマアラシの如く。
このまま行けば、棘に体当たりする形になり蜂の巣だ。だが、ACもまた、慌てる様子はない。
「――そりゃ、どんなもんが出てきても対応できるっつー自信があるからよ」
ガン。
右腕を洞窟の壁に突き立て、パイルバンカーを打ち込み急停止。その右腕を支点に前進の勢いを回転に変え、推進力のベクトルを『上』に向ける。
パイルバンカーを引っ込めたAC機『グレイヴン』は、そのまま天井に向かって飛び、天井に足をつける。間髪入れずに天井を蹴り、ヘイガン機の背後へと跳躍して着地。そのまま拳を突きつける。
「面白ぇギミックだなおい」
さも楽しそうに、ACは笑う。
――機体の操作に於いて、筋力や、走る速さ等はあまり関係が無い。人間に於ける運動能力であるこれらは、操作する際には機体自体の機構により代替されてしまうからだ。
――だが、それでも、一つだけ、機体の操作にも影響する物がある。『反応神経』だ。
反応神経は即ち、『状況への対応速度』。何かしらの要因で状況が変化した時に、どれだけ早くそれに反応して対策を打ち立てられるか。
――そして、ACの反応速度は圧倒的だ。それ故に彼は、正確な反応が要求される『紙一重』のスキルを使いこなしているのだから。
然しヘイガンもまた、平然としている。棘は背中にも向けられている。後ろを取られたからといって状況は変わらない――彼はそう思ったのだろう。
機体の足を動かし、後ろに寄りかかる様に体当たりする。狙ったAC機、その更に後ろは壁。このまま挟み込んでしまえば、蜂の巣になるのは変わらない――!
「あん? ……何やってんだ?」
一寸たりとも、後ろに進めない。
『グレイヴン』の両腕が、太い棘を一本ずつ、掴んでいる。ただそれだけで、まるで固定されてしまったかのように、ヘイガン機は前後左右、一歩も動けなくなっていたのだ。
「ったく。もうちっと力入らねぇのか? 俺を串刺しにするんだろ?」
『グレイヴン』が、一歩踏み出す。
パキッ。
――それだけで、両手に掴んでいた棘は折れた。
「……すまねぇ……?」
予想外の出来事に、思わず謝ってしまうAC。
「なぁ…!?」
コックピットで驚愕に震えるヘイガン。
出したその棘は、一応『武器』なのである。それ故に、剣や斧と同じ材質で出来ており、それらと打ち合っても問題ない。その筈だった。
「どんな攻撃を使った!? 溶解液か? それとも腐食の魔法か!?」
「はぁん?何言ってんだてめぇ。まともに戦うつもりなら、もう少し頑丈な武器を使えよ。…山賊だから金もねぇってか?」
振るわれるグレイヴンの拳。先ほどの一件で『腕に触ったら危険』と言うイメージを持っていたヘイガンは、大きくそれを余裕を持って回避する。
が、反応速度で圧倒的に有利なACが、彼を逃がす筈はない。拳が空を切った瞬間、無理やりその軌道を変えて壁に手を付き、それを押すようにして背中から体当たりを仕掛ける。
「引っかかったな!串刺しになりやがれ!」
即座に振り向き、棘を『グレイヴン』の方に向けるヘイガン機。この速度ならば、たとえ超反応を以ってして軌道修正しようとも、慣性でその前に刺さると言う予測なのだろう。
「――どうやら、俺の方がてめぇより、『どう言う事』かが分かってるようだな」
ギラリと、牙を剥き出すような微笑。
それは、勝利を確信した捕食者の笑み。
ガン。
棘が、『グレイヴン』の装甲に接触した瞬間、まるで飴細工の如く砕け散った。
「オラァ!」
打ち付けられる杭。それがヘイガンの機体の両腕を、壁に縫いつけた。
「グッ…!!」
更に反撃を企図しようとしたのは、流石と元兵士言った所か。
――或いは、生存を目指した本能か。
突き出される一本の棘。狙うのは、コックピットのある箇所。
「――甘ぇよ!!」
しかしその一本もまた、『グレイヴン』の頭突きによって、砕け散る事となる。
機体から放り出されるヘイガン。見上げたその目は、突き付けられる巨大な拳。
「なぁオーエン。こいつどうする?」
「…放っておけ。兵を失った以上、何も出来んはずだ……ん?」
響く電子音。
「どうした、タクマ?」
「――盗賊団に囚われた女の子を救出したんだ。……『こっち側』の人間みたいだ」
その一言で、オーエンは全てを察した。
「前言撤回だ、AC。……叩き潰せ」
「いいのか?」
「――正当防衛だ。そいつは俺らを殺すつもりだったのだろう?」
口調は相変わらず平静極まりない。しかし、ACはその中から、オーエンの怒りを確かに感じ取っていた。
「やれやれ。仕方ねぇ」
その無機質な金属の目に睨み付けられたヘイガンは、「ひっ」と小さな溜息を漏らし、震え上がる。
「……人攫いなんてもんをやるから、バチがあたるんだよ。…ま、運が悪かったと思ってくれや」
『――おい賊ども、てめぇらの頭はどっかに逃げたようだぜ?』
――ヘイガンが『居なくなった』と言う事実は、AC機のスピーカーによって直ぐに洞窟全体にアナウンスされる。
「嘘だ! 負けたって言うのか!?」
『信じねぇって輩は連絡取ってみりゃいい。取れれば俺らの言ってる事が嘘なのが証明できるだろ?』
暫くして、千瀬から連絡が入る。
「どうやら皆、裏口から逃げたみたい。……どうする?」
「そっちは放っておけ。……それより、メディカルルームを準備してくれ」