11話「Silverio」
「…そういう事か」
べオウルフに帰還するなり、『艦を東に向けて出してくれ』と言われたオーエンは、そのままタクマの言葉の通り、艦を発進させた。
その移動中、依頼の詳細を聞いたオーエンは、頷き、
「お前さんの決断だ。俺に反対する理由もない。…金にならない、とは感じたがな」
「それはそれ! 困った人を放ってはおけないでしょ?」
ポカ、と千瀬に頭を叩かれる。
「……まぁ、現実的に、俺たちはこの世界に慣れていない部分も多い。そういう面では、こう言う中規模の町を訪れてみるのも、悪くない経験だと思う」
そこで、表情が僅かに曇る。
「しかし、今回の相手は山賊――人間だ。しかも前回のような『闘技』ではなく、最悪殺し合いだ。…その覚悟は出来てるか?」
――訪れる、暫しの沈黙。
彼らは殆どが元の世界では普通の社会に生きる人間だった。その彼らに『それ』を迫るのは少し酷か――そうオーエンが考え、口を開こうとする瞬間。
「俺は、出来れば人の命を取りたくはない」
先に言葉を発したのは、タクマ。
「…けど、これがもう『ゲーム』じゃなくて『現実』なのは、この何日かで分かった。現実世界にだって…『正当防衛』ってのはある。そうならないように努力はしたい。けど、いざとなれば――」
その言葉に込められたのは、苦渋の末の…決断、そして覚悟。
「あたしも…それに賛成」
頷く千瀬。
「山に入る時、無用な殺生はしたくはないんだ。…けど、獣に襲われて、足掻きもせずに黙って殺される猟師もいない。皆生きるか死ぬかの境になったら、反撃する。…だから、あたしもタクマと同じ方針で行くよ」
ふむ。と満足げに頷くオーエン。ACに問う必要はない。長い付き合い故に、彼がどう回答するかは…既に分かっている。…それにやつは、元より『そっち側』の人間だ。
「なら…出撃準備を。今回は俺が操艦を担当する。いざと言う時は精密砲撃も視野に入れなければならんからな」
「もう直ぐ村の上空だ。後はいい投下地点を探して……む?」
――二日掛かる。そう言われていた距離を、『べオウルフ』は三時間で駆け抜けていた。
しかし、彼らも予想できなかった事はある。――既に村に、火の手が上がっていた事だ。
「まだ三日の期限は過ぎていない筈だぞ!?」
「――そう言う、空気の読めねぇ…義理も人情もねぇヤツが相手って事だ」
通信越しにギリッと、ACの歯軋りする音が聞こえた。
「オーエン…先に出る!」
「タクマ!? 待て…!!」
『べオウルフ』の下方ハッチが開いたかと思うと、そこからタクマの『紫狼牙』が投下される。
――戦場のど真ん中へと、一直線に。
「ちっ…慌てすぎだ…! 千瀬、東側の山の斜面に投下する! 狙撃でタクマを援護してくれ! 斜度きつめだから…落ちないように、注意してな!」
「はいはーい!」
ドン。続いて、千瀬の『アルティア』が斜めに、山の斜面に向けて発射される。
タクマは自分でハッチを開いた為に補正が受けられなかったものの、本来、艦橋から、ユニットを投下する方向はある程度コントロールできるのである。
「オーエン、遅ぇよ! 俺も早く出せ!」
「まぁ待て…コーティングはもう直ぐで終わる」
――カメラからは、燃える村が映し出されていたのに……盗賊たちらしき機体の本隊はまだ村の中に進入はしていない。それは即ち…彼らが何かしら『遠隔で火をつける手段』を有していると言う事。
(「念には念を…だな」)
――タクマが飛び降りたその先には、片手に長槍、もう片方の手に大盾を持った機体。
白銀の装甲とそこにある装飾が、どことなく高貴な雰囲気を醸し出すその機体は、しかし傷つき、片膝をついていた。
「てこずらせやがって……こんな街の一つの為に半日も掛かったんじゃ、割りに合わねぇな…!」
盗賊たちらしき、土に汚れた機体の先頭に出た男がそう声を掛ける。頭目と言うわけか。
「それだけ面倒掛けてくれたんだから、少しくらいは補償がねぇと、割りにあわねぇよな!?」
「くっ…野盗どもが…!」
白銀の機体から響いた声は、女性のそれ。だからこそ、盗賊頭目の声にゲスな響きがあったのだろう。
「その紋章……ルフォンス国軍の物じゃろう…! 国を守る軍人が民間人を手を出す等、恥を知らんか!」
「へーぇ、意外と物知りだなぁおい? ま、ひん剥いた後ならどんなヤツだろうが関係ねぇけどな!」
その言葉と同時にゲスな笑いが後ろの盗賊たちの間に巻き起こる。
「おいおめぇ、あいつの機兵バラして丸裸にしてやりな!」
命令に従い、盗賊たちの中から一体が歩み出て、その手に持った手斧を振り上げる。
――キン。
振り下ろした瞬間、その腕ごと、斧が弾き飛ばされる。
返す刃で、腰部分から両断され、機兵の上半身が地面へと落下する。
「動けるなら街の中に逃げて! ここは僕が止める…!」
目の前に立ち上がるのは、『紫狼牙』。銀に光る大太刀を横に構え、盗賊の群れを威嚇するように、僅かにそれを傾ける。
奇襲に恐れをなしたのか、盗賊たちの動きが止まる。だが、それはたったの一瞬。
「何やってんだてめぇら!さっさと叩き潰して――」
バン。
弾丸が、頭目機の腰部を貫く。
「な……! 長距離魔法か…!?」
被弾するのを確認するや否や、盗賊たちの群れの中に逃げ込む頭目。
「あっちゃー、機体構造が違うみたい。今の一発でジェネレーター打ち抜いたはずなのになぁ」
「むう。群れの中に逃げ込まれると分析も出来ん」
「おのれぇ……野郎ども、あいつらを火の海に放り込んでしまいな!」
号令と共に一斉にボウガンを構える盗賊共。その矢の前方に火が点いている。
「くっ……!私の後ろに入るのじゃ!」
しゃがんだまま手を伸ばし、白銀の機体がタクマの機体を引き寄せ、同時に盾を構えてその前に立ちはだかる。
無数の矢が飛来し、周囲に着火する。直接タクマたちを狙った物は白銀の機体の大盾によって阻まれるが、周囲に着弾した物から、炎が燃え広がり、彼らの周囲を包む。
「まずい…街が…!」
機体自体のダメージをさて置くとしても、燃え広がる炎は周囲の建物にも容赦のないダメージを与えていく。
「へっ、このまま丸焼きだぜ!」
ドン。
まるで隕石が落ちたかのように、衝撃音が盗賊たちの真ん中に起き、同時に土煙が巻き上がる。
土煙の中から、巨大な斧が振り上げられ、一振りで付近の盗賊機5機ほどを、一斉になぎ払った。
「…待たせたなぁ?」
その声は紛れもなく、ACの物。
「てめぇら…退きやがれぇ!」
竜巻のごとく振り回される戦斧に、風に巻かれる草の如く次々と吹き飛ぶ盗賊機兵。
「撃て撃てぇ! 囲んで撃ち殺せ!」
その声に盗賊たちが統制を取り戻し、周囲の機体が一斉にボウガンに点火し、ACを狙う。
「へっ…面白ぇ。撃ってみな」
地面に斧を突き立て、『来いよ』とでも言うかのように、挑発するように指を曲げるAC機――『グレイヴン』。
風切り音を立て、迫る火矢。それは命中した瞬間、『グレイヴン』を炎に包む!
「――ってな訳で、無駄だっつー事が分かったか? ああん?」
――まるで何事も無かったかのように、炎に包まれながらもゆっくりと斧を拾い上げ、盗賊たちのほうへと歩み寄るAC機。
「ひ…ひぃっ!?」
恐れをなした声と共に、盗賊たちの戦陣は崩壊した。元より彼らの強さはその『数』による物。仲間がいると言う事は純粋な戦力以上に、精神的にも彼らを支えている。だが、それ故に誰かが逃げ出せば――その恐慌は伝染する事になる。
総崩れになり、逃走する盗賊たちの機体。それらを背後から銃弾が打ち抜く。狙ったのは足――飽くまでも行動不能にして捕縛するつもりか。
「いつまでそのままで居るつもりだAC。機体はコーティングで炎のダメージを殆ど受けなくとも、そのままでは酸素が尽きて窒息するぞ。水中用装備は積んでないのだぞ?」
「面倒くせぇな」
一振り。炎が斧の先に集約したかと思うと、地面に叩き付けられる斧の一撃で消える。
「先ほどは助かったのじゃ。礼を言おう」
皆機体から降りた後。白銀の機体から降りた少女が、恭しく一礼する。
千瀬よりも低いその身長と、顔の印象から、幼いイメージを漂わせる。が、黄金のロングヘアーを靡かせ、機体と同じ白銀の装甲が、身長の割りには豊満なその肉体を包んでいた。
「僕たちはラールの街の義勇ギルド所属…チーム『ウルフパック』です。依頼を受けて、街を襲う盗賊を退治するためにやってきました」
「何をやってるのだね君たち!?」
その言葉を聴いた瞬間、ずかずかと、巨体を揺らしながら、貴族らしき男が歩み寄る。
「助けてくれるからと言っておったから任せた物の…この惨劇はどうしたものかね!」
指差したその先は、燃え盛る建物。最後に火矢が撃たれた際、銀の機体は大盾の裏にタクマを引き込み直撃を防いだ物の、弾かれた火矢が流れ弾となり、付近の建物を着火させたのだ。
一気にまくし立てるその男の剣幕に、銀鎧の少女がうつむく。
「おっさん……そもそもこいつが防いで時間稼いでなきゃ、建物の2-3件じゃ済まなかったぜこいつぁ? よくやったと思うぜ?」
そんなACのフォローは、然し火に油を注いだようだ。
「何だね君たちは! 依頼者に口答えするのか!! ギルドに苦情を言ってやる!! 大体君たちがもっと早く来ていればこんな事には…!」
「お言葉ですが、貴方は僕たちの依頼人ではないはずです。彼はまだ帰ってきていないはずですよね?」
メンバーを後ろにかばう様に、タクマが前に出る。
「な、なんだと…!?」
「そう言えばあたしも聞いたなー。依頼人が現場に居ない場合は、依頼をキャンセルしてもいいってさ」
「そんなに俺たちが気に入らねぇなら、一旦帰るわ。その後新しいチームでも何でもギルドに依頼しな」
意を察したかのように千瀬とACが相槌を打つ。
それに、ぐぬぬと歯軋りする貴族らしき男。恐らくはこの街の責任者の類だろう。周囲にいた男たちが、彼に耳打ちする。
「……貴公らにこの者たちに付き合う義理がないのは重々承知しておる。先の一戦での手助けには感謝する」
口を開いたのは、銀鎧の少女。見た目の年齢に合わぬ、落ち着いた口調で、淡々と語っていく。
「じゃが、私一人では再度襲撃された時にこの街を守りきれる自信は無いのじゃ。…故に、無理を承知でお願いする。……私の依頼で、この街を守る事を手伝ってもらえぬじゃろうか」
「それはそこの貴族さんの態度次第かな。仕事中に邪魔されるといろいろ面倒な事になるからね」
しばらく耳打ちを受けながらも歯軋りしていた貴族の男であったが、やがて何かを諦めたかのように、深くため息をつき。
「分かった。君たちに協力を約束しよう」
「ありがとうございます。それでは協力の証に――僕たちも微力ながら、消火活動をお手伝いさせていただきます」
パチン。タクマが指を鳴らすと、その瞬間。
――ザアァァァ――
雨が、降り注ぎ始めた。
「なっ…!? 魔術師…しかも天候操作だと!? 無詠唱で…!?」
――無論。タクマに魔法は使えない。これは先ほど影でオーエンと打ち合わせた物だ。雲のさらに上空に待機している『ベオウルフ』から、元々は攻撃を受けた時の為の装備である煙幕散布装置を使って放水し、それが雨の如く降り注いでいるだけなのだ。
「おお、このような術が使えるのなら、襲い来る賊どもを撃退するのも簡単じゃな!」
「それはちょっと違うぜ、嬢ちゃん」
頭の上に『?』を浮かべる銀鎧の少女に対し、ACがにやりと笑った。
「――今夜の内に、盗賊団を壊滅させるんだよ」