10話「Capital City:The New Quest」
「……」
――べオウルフ、オーエン個室。
オーエンは一人、周囲のスクリーンに先の戦闘データを映し出しながら、考えにふけっていた。
――先の戦いは、圧勝と言う他ない。
最初の雷撃で驚かされたと言え、煙幕の効果でその後『ウルフパック』の機体にほぼダメージは無いまま、『ブレイザー』に圧勝した。その後、「なんで最初にサーモビジョンとか、艦の操作の仕方を教えてくれないのよー!」と千瀬には相当文句を言われた物だが。
オフィスに戻った際に周囲の人間の態度が明らかに違うので、酒場に向かうついでに周りに聞いてみれば、どうやら『ブレイザー』は本当にギルドの中でも中の上の実力らしい。
それが真実ならば、この世界の敵のレベルは圧倒的に『Ardent Armada』の時の最上レベルの敵よりは低い。心配する事は何も無い筈だが…
「…やはり、細かい所に問題はあるか」
――オーエンは、常に最悪の事態を想定する。思ったより『中の上』が弱かったからと言って、それ即ち『トップ』も弱いと言う訳ではない。
――若しもそのトップが、『魔法』での戦術を極めており、彼が論拠とする世界の『理』すら完全に捻じ曲げられるとしたら? 魔法の魔法たる所以は、それが現代社会に生きる者たちの理を一部でも超越しているからに他ならない。――可能性は、十分にある。
「――結局は、情報か」
スクリーンを目の前から消去し、オーエンはそう結論づけた。
神秘は、その理を暴露されてしまえば、もはや神秘ではない。その『現象』が、如何なる『理論』の上に建てられているかさえ判ってしまえば、如何なる神秘とて対処方法は存在する――と言うのは、先の一戦で彼が実証した通りだ。
「おはようオーエン。相変わらず早いな」
自動ドアが開くと共に、艦橋に入ってきたのはタクマ。
「そちらこそいいのか?昨日も『圏制』を酷使したはずだろう?」
「そんなに長い時間じゃなかったからね。そこまで疲れては居ないよ」
冷蔵庫代わりにしている倉庫から取り出した飲み物のボトルを、軽く揺らす。
購入した飲み物は、自分たちの持つ容器に詰め替えてある。この世界のスタンダードである木樽や革の水袋に比べれば、こちらの方が丈夫で漏れにくく、持ち運びにも便利だからだ。
――昨日。戦いの後。情報収集の為に酒場に寄ったACとオーエンとは別に、タクマと千瀬は市場に向かっていた。
幾ら甲獣の肉の貯蓄があるとは言え、毎日それだけを食っていると胃がもたれるものだ。
他に食料や、或いは日用品の類がないか…探しに寄ったのもある。
例の小太りの商人に依頼する事も考えた物だが、前回訪れた時に見る限り、彼が扱う物は高級品がメインだ。こう言った一般雑貨、食品類があるか分からない。
もしあったとしても、現地の文化を知る為に市場は見ておくべきだし、何よりも補給を一人の商人だけに頼るのは危険すぎる。いざと言う時に補給を断たれるという事態は、できるだけ避けておきたい。
「ん…(くんくん)これは白菜に近い感じかな。おばさん、これ一つ!」
鼻を近づけ、しばらく匂いを嗅ぐと、丸い野菜に狙いを定めて店主を呼び寄せる。
寄ってきた中年のふくよかな女性は、千瀬が差し出した金貨に目を白黒させる。
「それ1枚でこの店ごと買えちまうよ。…すまんがお釣りが足りないのさ」
「あ、じゃあこれとこれと…これも! お釣りはいいよ、あたしたちもここに来たばっかりで、これ以外のお金を持ってないんだ」
「へーえ。来たばかりでそんなお金…あんたたちは傭兵か何かかい?」
「あたしたち、アーデンt――」
「僕たち機兵使いなんです」
千瀬が言葉を終える前にその口を手で塞ぐ様に遮り、タクマが代わりに答える。
その行動をの意を察し、こくこくと千瀬が頷くと、やっと手を離す。
「へーぇ、そりゃ納得だ。機兵使いは儲かるからねぇ」
「そうなんですか? 僕たちもなって日が浅いので、あまり良く分かりませんが…」
「君たちが居た所じゃどうだか知らないけどね、ここら辺じゃ機兵使いはあまり数が多くないのさ。だから、権力やお金を持ってるやつらが色んな事の為に依頼する。あたしら庶民は、依頼しても誰も受けないのさ。金も名声も得られないからね」
思い出してみるとその通りだ。ギルドの依頼版には、沢山の依頼が貼り付けてあったのだが…通りすがるメンバーが取っていくのは、板の一番上の依頼だけ。下の殆どの依頼は、見向きもされなかった。アレは報酬順に並んでいたと言うのか。
「何と言うか…気分が良くないね」
見上げる千瀬の目はどこか悲しげだった。
――その後も色々な店を回り、彼らは山積みの食料や日用品を持って、帰途に着こうとしていた。
その時。
「…どういうつもりかな?」
街を出る、直ぐ近くの通り。人気が少なくなったこの場所で、突如として彼らは、多くの男たちに取り囲まれていた。
「へっへ、あんちゃんたち、金持ってるんだろ? ……出せよ」
言葉と共に、手の内に滑り出したのは、銀に光るナイフ。
(「失敗したな。オーエンの忠告を聞いとくべきだった」)
『金を持っている事を他者に知られるな』とは、彼ら二人を送り出す前にオーエンが幾度も言って聞かせた点である。
恐らく先ほど、野菜を買う際に金貨を見られたのであろう。もう少し慎重になるべきだったと後悔するタクマだが、今では既に後の祭り。――ACが酒場に行ったのも痛手だ。流石に『得物が無い』この状況では――
「――てめぇら、そこで何をやってんだ?」
そこに現れた男を、周囲の強盗どもが一斉に睨み付ける。
「命が惜しかったら、大人しく見なかったことにしてUターンして帰るんだな」
「そうもいかねぇんだな。一応顔見知りだしな」
そう言われて、目を凝らして相手の顔を見るタクマ。
――確かに顔見知りだった。その顔は、先ほど戦ったばかりの『ブレイザー』のリーダー、あの大剣の機体の操者であったからだ。
「大丈夫かおめぇら。…こっちの道は危ねぇから、次からは気をつけな」
――拳で周囲の男を叩き潰した後、男がタクマたちの方を振り返る。
「助けてくれてありがとう。…そう言えば、名前も聞いていなかったね」
「ボルト・バルトだ。ま、同業者になるんだから、よろしく頼むぜ。――それに嬢ちゃん、さっきはすまなかったな」
ギルドで先に千瀬に手を出した手前、タクマの彼に対する印象は悪い。だが、それでも、何も言わずに助けてもらったと言う事は事実だ。それ故に、頭を下げて、感謝を述べる。
そして、タクマたちは改めて、郊外の空中に泊めてある、『べオウルフ』への帰途についた。
「――そんな事があったのか」
タクマの話が終わって、投げ渡されたボトルに入っていた液体を一口、飲み込むオーエン。
冷たくて、甘い。恐らくは果物類のジュースだろうか。
「やはりお前さんたちにも護身用の武器は持たせなければならんか」
幾らアーデントに乗った状態でこの世界の殆どの者に勝てると言えども、機体を降りている間に襲撃されたら元も子もない。
そう考えている内に、ピコン、と言うアラーム音が彼の腕のデバイスから響く。
「おっと、実験が完了したか」
「何を試してたんだ?」
「――『オリジンレシピ』だ」
――艦の設備によって製造が行われる、『工場区画』。
オーエンが装置の扉を開ける、そこにあったのは、銀に光る指輪。
「…まさか、本当に――」
『Ardent Armada』がゲームだった頃、こういったアクセサリー類は、そもそもゲームに実装されていない。他に優先すべき物が多いと言う事で、後回しになっていた。故に――当然ながら、レシピが存在する筈は無い。それが作られたと言う事は――
「何やってんの?」
そこに、起きたばかりとでも言うかのように、ぼさぼさの髪を掻きながら、千瀬が現れる。
「オリジンレシピの実験をしていた」
「え!?あれ使えるようになったの?」
一気に眠気は消えたようだ。
「うわぁー!本当に作れたんだ」
「それにしても、どうして最初にこれを作ろうとしたんだ?オーエン」
「いや、そう言えばギルドを作ってから今の今まで、共同の『証』と言うのが無かったのを思い出してな。折角の機会だから――」
指輪を拾い上げ、タクマに差し出す。
「お前さんのだ。ギルドマスターとしての、な」
――目を凝らして、指輪の表面を見る。
裏面の刻印は「Tak-ma」。表の装飾は、月に向かって咆哮する狼。
「すごく…凝った設計だな」
「設計図があればその通りに作ってくれる。便利なものだ」
曰く、彫金職人だと、素材の強度などに影響され、『作れない』文様等がある。だが、この『オリジンアイテム』はそれを無視できるらしい。
「ねぇねぇ、あたしのは?」
指輪を見て、腕に縋ってくる千瀬に苦笑いを浮かべる。
「もう直ぐできる――ほれ」
ケースを開けて、渡す。
文様は、横を向いた狼。裏の刻印は「Chise」。
「あれ?タクマのと文様が違う…?」
「タクマのはギルドマスター用の特別製だからな。ほら、俺のはお前さんと同じ文様だ」
自らのを見せる。裏の刻印は「O-en」。文様は、千瀬の物と同じ、一匹の狼。
「そう言えば、ACは?まだ寝てる?」
今更気づいたらしく、周囲を見渡す千瀬。
「ヤツは朝早くからギルドに向かった。何か良い依頼がないか見繕うつもりらしいな」
「それなら僕も行こう。受ける時は代表者がいないと色々面倒になるからね」
頷くオーエン。タクマが、工場エリアを後にする。
「さーて、オーエン。今日は操艦の仕方をしっかり教えてもらうよ」
「やれやれ……」
千瀬に袖を引っ張られながら、ため息をつくオーエン。本来は自動迎撃プログラムを組むつもりだったのだが、と。
が、既に大半は完成している。後は細かい調整のみ故に、そんなに急がなくても良いだろう。
そう考えて、彼は千瀬と共に工場区を後にした。
「んあ、あんまり面白いもんはねぇな」
義勇ギルド、掲示板前。依頼の数々を見上げて、大きく欠伸をするAC。
「…ん?」
だが、口を閉じた直後、一枚の紙が、彼の注意を引いた。
「どうだった、AC? やれそうなのはあった?」
「丁度今それを見ていたとこだぜ」
目線の先には、『山賊からの防衛依頼』とある。
その目線を辿るように、タクマもまた、依頼の詳細を読み込み始める。
曰く。街が、正体不明の山賊に襲撃されている。
街にも駐留の治安維持官他、それなりの防備はあったが、山賊たちの中に『機兵使い』が含まれていたと言う。故に街の者達だけでは太刀打ち出来ず、こうして救援を求めてきたと言う。
それを見ながら、考え込むタクマ。ふと、ある事に気づく。
「ねぇお姉さん。…この人の街からここまで、何日くらい掛かるの?」
「そうですね。…馬車を使ったとして、二日程度ですけど、何か」
「…この依頼の日付、今日だけど、この人が来たのも今日?」
「はい。朝早くに来て依頼を提出し、直ぐに帰っていきましたので、皆様と顔を合わせていませんね。…慌しいことです」
他人事のように言うギルド職員に、僅かの苛立ちを覚えながら、タクマはACに、依頼文面のとある箇所を指差す。
「…盗賊団が、三日以内に降参しなければ村を焼き払うと通告を出している、と言ってるみたいだね。…どこかのチームがこれに気づいて向かったとして、間に合うと思う?」
「ちっ、そう言う事か…」
その事実に気づかない程に、気が動転していたのか。それとも、機兵を万能だと考え、即座に助けに来られると考えていたのか。どちらにしろ、依頼者の願いは、無理のある物だった。
だが、幸運だったのは――この場に、彼ら、『ウルフパック』が居た事。
「すみませんお姉さん。この依頼、受けます」
掲示板から依頼の紙を剥がし、タクマはそれを、職員の目の前の机に叩き付けた。