9話「Capital City:The Duel」
「千瀬。各システムに問題はないか」
『問題あるわけないでしょー?』
言葉端から、明らかな不満が聞き取れる。一応納得はしてくれたが、やはりあの男たちを直接叩けないのが、不満なようだ。
「まぁまぁ。お前さんは直接で艦を操作した事はないだろう? この機に慣れておくのも悪くはない。俺やACが常に操縦できるとは限らんからな」
『はーい』
不承不承ながらも答え、通信を切った千瀬が、カメラを切り替えて、地上の様子を見ようとする。
「えーっと、こっちはもうちょっと左…あーもう、何で届かないのよ!」
ベオウルフに備え付けられたカメラの数は、かなり多い。どのカメラに、目標の場所が写っているのか……
「オーエンはいつもこんな感じでやってたの!? …面倒くさー」
十つほど、カメラを切り替え、やっと下の様子が映し出される。
「…っと、相手が来たようだ」
タクマ、オーエン、ACの三機が待つ反対側に、相手のチーム…『ブレイザー』の機体が現れる。
「…ほう、律儀な物だ」
現れたのは、ウルフパック側と同じ、三機。その機体は…やはりタクマたちの乗る『アーデント』とは構造レベルで違う物だと思えた。
「わざわざ同じ人数で来るったぁ、いい度胸だ。てっきり、仲間でも呼んでくんのかと思ったぜ」
「てめぇらみたいな無名に人数で勝っても面白くねぇ。…てか、ここら辺ではみねぇタイプのマシンだな。自分で組んだジャンク品か?」
挑発の応酬。事前に、ウルフパック側は機体の表面をある程度土と泥で汚している。――オーエンの指示だ。
相手が見事に、術中に嵌っているのを見て、オーエンはほくそ笑む。
「AC、タクマ。ギルドの人間が見ているのもある。……『見えるような』奥の手は使うなよ」
最初から自分たちの手札が知れ渡るのは、余り良い事ではない。何かしら隠し手がある方が、後々役に立つ。
「それでは、公認戦…開始致しますが、両者よろしいですか!」
周囲に轟く大声で、城壁の上から、ギルドの職員が叫ぶ。
「ちょっと待ってくれ」
「ん、どうした、『ウルフパック』」
「ここに一般人は通りかからないよな?使ってるのは実弾だから、怪我をする可能性がある」
「ああ、そう言えばお前たち、公認戦は初めてだったな」
職員が、閉まりかかっている城門を指差す。
「公認戦が起こっている間は、城門は閉鎖される。市民にも告示される。…それでも若しも入った人が居る場合――」
「どうするんですか?」
「気づいた時点で、試合を一時中断する。一般人の退避後、再開だ」
「…分かりました」
外部スピーカーを切るタクマ。
「ふむ。城門封鎖までコントロールできるとは…この街に於けるギルドの権力は相当、あるようだな」
「どうしてそんな権力を持っているのだろうね?オーエン」
「恐らく、富を司る商人達の依頼も受けているからだろうな。…権力は常に、金と共にある故に」
「それでは、今度こそ始めてよろしいですね」
「ああ」
「さっさと始めろ、ぶっつぶしてやるからよ!」
お互いの了承を確認し、ギルド職員が、手を縦に振る。その瞬間、彼の手から、光が放出され、空中に軌跡を描いた。
(「!? なんだ……?」)
手に何かしらの装置をつけているようには見えなかった。ではあの光は一体何処から――
「戦闘、開始してください」
オーエンがそれを確かめる前に。戦端は、開かれたのであった。
「先手必勝だぜぇ!」
両手剣を構えた、ブレイザー側の機体が、一気に突進する。準備が出来る前に、一撃を与えて圧倒するつもりなのだろう。
「奇遇だね。僕もそう思う」
だが、それを上回る速度を以って、タクマの『紫狼牙』が、彼の後ろを取る。
――スラスターの差だ。
両手剣の機体は、比較的に重装備。それなのに一気に距離を詰められたのは、機体の重心を前に倒し――重量をも加速に利用する、その独特な走法による物だ。
――だが、その『技』は、圧倒的な『技術』の差の前には意味を成さない。
猛烈なジェット噴射による加速の前に、重心移動による加速などは――児戯にも等しい。
――一閃。
金属と金属が、ぶつかり合う音。
背後からタクマ機が振り下ろした刀が、急激に大剣を背中に回した大剣機の大剣と激突する。
(「押し切れないか」)
武器の重量には差がある。そして、日本刀系の兵装は、無骨な西洋大剣と比べ壊れやすく、つばぜり合いには向いていない。無論タクマはそれを熟知しており、無理押しはせずにスラスターを吹かせ、距離を取る。
後方に居たブレイザー側の機体二体は、すぐさま前衛の援護をしようとする。だが、弩を持った方が、己が武器を構えたその瞬間。
「邪魔はさせねぇよ……!」
ドン。まるで地面が爆発したかのように、土煙が巻き上がる。
何が起こったのか、弩の機体には分からなかった。ただ、彼の戦士としての本能が、危険を知らせ、とっさにその場から飛びのく。
「!?」
次の瞬間、斧が空を裂き、彼の機体の左腕を切り飛ばす。
「ちっ、今の一撃決まったと思ったんだがなぁ。素人じゃねぇ、って事か」
そこに居たのは、ACの『グレイヴン』。飛び込んでの大上段からの一撃を地面に叩きこんで土煙を起こし、視界が悪化したその隙を突いて横に薙ぎ払う一撃を繰り出したのである。
「やっぱ、俺も『圏制』とっときゃ良かったかなぁ」
後悔は何の役にも立たない。故に今のは、単なる愚痴。
「さーて、さっさと終わらせるかな」
その目線の先には、片腕を失った機体。
その瞬間。
「避けろ、AC!」
頭が理解するよりも先に、身体が反応する。それは余りにも聞き慣れた、オーエンからの警告。
彼の機体がその場を退いた直後。雷撃が空より降り注ぎ、その場に直撃した。
「っ…っぶねぇ……」
体勢を立て直したAC機が、周囲を見回す。弩の機体の後ろには、両肩のクリスタルが光り輝く一機が。
(「天候操作か…? しかしそんな大掛かりな装置が搭載されているようには見えないが」)
オーエンが相手の能力を推測しようと思いを巡らせた次の瞬間。轟音と共に、彼の機体を雷撃が直撃する。
「っ……!!」
視界が大きく揺れる。全身が、痺れる。フィードバックシステムはこんなダメージまで、ダイレクトに伝えてくると言うのか。
『雷撃魔法食らっても、まだ機能停止しねぇとは……』
相手の、賞賛と驚きが含まれた台詞が、外部スピーカーから伝えられる。
だが、オーエンの驚愕は、彼らの比ではなかった。
「魔法……だと!?」
『Ardent Armada』は、基本的にSFに分類されるゲームだ。そこにはファンタジー要素は一切含まれておらず、無論、魔法等と言う物は存在しない。
相手が魔法と言う物を運用してきた、と言う事は、一気に相手側の戦略が広がった事になる。今までの読みは通用せず、どんな手を発動してくるのか――
「……次の手はどうする?オーエン」
タクマの一言が、オーエンの思考を引き戻した。
「……」
沈黙。余りにも相手の手の可能性が多すぎる。催眠術は?風は?氷結は?どう対応すればいい?
「――慌ててんじゃねぇよ。たかが魔法じゃねぇか」
冷たい、叱る様なACの声。
「おめぇらしくもねぇ。何繰り出してくるかわかんねぇなら、牽制して相手の手札を見りゃいいじゃねぇか。理屈さえわかりゃ対応できねぇって事はねぇって、おめぇいつも言ってたよなぁ!?」
――頭を、切り替える。
そうだ。どうと言う事はない。単に、SFゲームが、ファンタジーSFゲームになった。それだけだ。
寧ろ、これで色々な事が説明しやすくなった。さっきのギルド職員の光のサインも。技術が発展していないのに、外部からの視覚を遮断するシステムがあったのも。
(「ん?視界の、遮断…?」)
あるアイデアが、脳裏を過ぎる。
「そうか、そうすればいいのだな」
笑みが浮かぶ。如何に正体不明の超越的な能力であろうと。それに少しでも『理の内』にある部分があれば、そこを攻めればいいのだ。
「AC、千瀬、サーモビジョンに切り替えろ」
「あいよ」
「え、ちょっと!?」
直後、オーエン機…『ロウメイカー』の背中から、二門のカタパルトの様な物が伸ばされ、そこから巨大なカプセルのような物が発射される。
空中でその後方のスラスターから炎が噴射され、軌道を変更したそれは、そのまま戦場の中央目掛けて飛翔する。
「何だあれは…!? 離れろ!」
『ブレイザー』側隊長の命令と共に、三機が散開する。
――着弾するその瞬間。広がる閃光と、爆発。一瞬にして戦場は白煙に包まれる。
「どういうつもりだ…!?」
これでは全員が視界を奪われる。お互い見えなくなっているこの状態で、どう戦うつもりなのか?
そう考えたブレイザー側の隊長の考えは、然し見事に覆された。
「…残念だけど、僕にはこの程度の煙は、効果を成さない」
スキル『圏制』は、如何なる状況下に於いても、周囲の敵や味方の位置を、正確に使用者に伝えてくれる。
それを頼りに、タクマが、一番近い敵機へと、狙いを定める!
『ブースターは使うなよ、タクマ!』
「ああ、判ってる!」
その場に撒かれた煙は、戦闘用の物。普通の煙に比べて余り広がらない代わりに比重が高めで、軽い風程度で吹き飛ばされる事はない。それどころか、結構な質量を持つ『アーデント』が動いても飛ばされる事はない。
だがそれでも、ブースター噴射を全力で使えば、一瞬にして付近の煙を吹き飛ばし、それによるアドバンテージは失われてしまう。故に速力が落ちると知りながらも、飽くまでも通常走行で、タクマの『紫狼牙』は前進する。
「ちぃっ…そこか!!」
今動いているのは、生身の体ではなく、巨大な鉄の塊。故に、如何に注意していようと、そこに音は発生する。その僅かな音を頼りに、狙いを定めたのはさすがと言うべきか。だが、狙われた機体――先ほどAC機の強襲によって片腕を失った弩使いが放った三発の矢は、タクマ機の頭上の空を切り裂く。
――如何に音によって襲来する敵の位置を探知できようと、その体勢までは判らない。
然し、逆にタクマの『圏制』は、敵の体勢のみならず、発射された矢の飛行軌道までもが探知できる。それ故に頭を下げ、極端な前屈み姿勢で走行する事で、連射された矢を回避したのだ。
弩使いが矢を充填するまでの僅かな隙。幾らスラスターを使っていないとは言え、その隙は紫狼牙が敵機に肉薄するには十分。走るのに使った前屈みの姿勢そのままに、大太刀を抜刀。そして、横に――一閃。
一瞬にして両脚を断たれた弩使いの機体はバランスを崩し、宙を舞うが、
「この――っ!」
それでも諦めてはいない。動かせる上半身、片方の腕を動かし、近距離に近づいた紫狼牙に狙いをつける。
発射される一発の矢。この至近距離では、回避は至難の技だろう。だが――
「はぁっ!」
勢いを殺さずに敢えて利用して機体を回転させ、その勢いで横振りを縦振りに変えて――もう一閃。
大太刀が矢を破壊、それを発射した弩をも破壊し――そして、敵機体の残った片腕をも、粉砕した。
「さーて、あっちはタクマに譲るとして……」
ACの目の前に映し出されていたのは、赤く光る敵のシルエット。熱源探知によって映し出されたその手に当たる部分には、長く伸びる大剣のシルエット。先ほどの敵の反応から見れば、これが敵のリーダーなのだろう。
「さっさとぶっ潰しちまうに限るな」
拾い上げた戦斧を、もう一度構える。そして――目の前に見える敵のシルエットに目掛けて、全力で投擲する!
「くっ……」
それを大剣で横に弾き、受け流す敵。
武器の重量の差にはそれなりの開きがあった筈だが…敵も素人ではない、と言う事か。
「迂闊だったな……これで貴様は武器を失ったっ!」
位置は斧が飛来した方向から、凡その検討はついている。斧を手放したAC機――グレイヴンに向かって、大剣を担ぐように猛然と突撃。
そのまま両断せんと、大上段に大剣を構えた彼が見たのは、然し拳を突き合わせ、ストレッチするように首を左右前後に動かす機体の姿。
「――こっちでやりあうのも、久しぶりだなぁ?」
衝撃。
構えを取らずに、ただ一直線に敵の顔面に拳をねじ込む為に放たれた一撃。
ほぼ、パイロットの動作をそのまま再現していた『アーデント』たちは……こう言った格闘技をも、可能としていた。
「なっ…!?」
想定していなかった行動に僅かに振り下ろしが遅れ、大剣がACの『グレイヴン』に届く前に彼は吹き飛ばされ、壁に叩き付けられる。
「なんてパワーだ…!」
起き上がろうとする。然しその前に既に、AC機の拳は、迫っていた。
「命をとるなってオーエンは言ってるが……きっちり、行動不能にはしねぇとな」
その拳は直撃せず、敵機頭部の一寸前に留まる。
「手加減のつもりか…戦場ではそれは命取りだ――!」
チャンスとばかりに、即座に大剣を下段から、立ち上がると同時に振り上げようとする。
だが――轟音と共に、その動きが止まる。
――杭が、彼の機体の頭部を貫いていた。
――AC機の手首から打ち出されたそれは、機体の頭部を貫き、壁に縫い付けていたのだ。
「俺が油断だぁ? ……降参する最後のチャンスをあげたんだが、どうやら必要なかったみてぇだな」
にやりと、コックピットで、ACと呼ばれるその男は笑った。
――彼に油断は決してない。油断があったのならば、彼は既に――この世に居ないはずなのだ。
最初から己の最高速を以ってして、相手の準備ができる前に打ち倒す。
それが、ACのやり方であった。
「くっそがぁ…!」
動かなくなった機体のコックピットが開き、操縦者の男が、降参のハンドサインをしながら、機体から降りる。
そして彼の目線は、未だに渦巻く煙の中へと。
「この、このぉぉ!」
連続で雷撃を落とす、杖を持った機体。
見えないならば、数撃てば当たる事に期待する――そういう事なのだろう。
実際、その作戦自体は正しい。オーエンの機体――『ロウメイカー』が鈍重な事、そして彼自身の反応神経が余りよくない事も相まって、何発か雷撃は命中していた。
(「……実際に落ち着いて食らって、分析してみると、それ程大きなダメージでもないな」)
元々、『Ardent Armada』の中でも、電撃を用いる武器や敵は居た。オーエンの『ロウメイカー』自身も、電撃ワイヤーを備えている。
それ故に、彼はそれに対する防備も整えていた。先ほどは魔法と言うものの存在に驚かされていたが、落ち着いてチェックしてみれば、大した物ではない。
(『飽くまでも普通の雷、電撃と言う事か。――ならば』)
既にオーエンの脳内には、この状態への『解』が、存在していた。
「こっちだ」
軽い機銃掃射。飽くまでも注意を引くための攻撃であったが、見えない中で極度の緊張状態にある杖の機体には、それだけで十分であった。
「そこぉぉぉ!」
連続で、何発もの雷撃が、銃弾の発されたその元へと一斉に降りかかる。
次々と巻き起こる、空気を高電圧が通過した事による轟音。
「そうだ。それでいい」
爆発により煙が晴れた時。そこにあった『ロウメイカー』は無傷であった。
代わりに黒焦げになっていたのは、雷の魔法を放った筈の、杖を持った機体。
その足元には、金属のワイヤー。そしてそれが繋がっている先は――『ロウメイカー』の隣にある、金属の支柱。
「避雷針の原理だ。……降って来るのが『ただの』雷だと分かれば、簡単な話だ」
「…そんな…物まで、搭載して…いるの…か」
コックピットが開き、操縦者が出てきて降参する。
「当たり前だ。……どんな状況があるか分からん。備えは大いに越した事はない」
その為に、機動力を捨ててまでも、オーエンは最も重く、積載量の多い『重型』の機体を選択しているのだから。
「勝者、ウルフパック!!」
城壁の上で見ていたギルド職員の声を以ってして、この『公式戦』は、決着を見たのであった。