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とある狩人の追憶記  作者: 白眉万丈
第5章
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第77話

第77話




 使徒召喚事件から丸1年間経つ今日、街中では使徒討伐1周年記念及び慰霊式典が行われていた。


 この大陸の葬儀では、地球の先進国みたいに家族や個人で一個の墓を作るのでは無く、住民だろうが旅人だろうが身元不明者だろうが一律、神社にある一個の墓所へ埋葬される。

 この風習は、居住区の周囲に広大な墓地を確保出来ないという理由よりも、輪廻転生の存在が神々から告げられている事もあり、墓所は魂が迷わない為の黄泉路への入り口程度の意味しか持っていないからである。


 地球とは死生観が大きく異なり、死んだら天国や地獄などの別世界へ行く、とは誰も考えていないが、今生で悪事を働くと来生では被害者になる、と教えられて育つ。

 このため、犯罪の被害者は天罰を受けていると見做される風潮がある。

 遺体を火葬するのも、疫病を撒き散らさない為というよりも、グール化やアンデッド化を防ぐ為の意味合いが強い。


 葬儀自体は、早く生まれ変わって来れる様にと願って、欧米のキリスト教みたいに昇天を祝う明るいお祭りムードで行うのが普通である。

 日本の仏教みたいに死を悲しむ暗いムードで行ったりしたら死者が未練を残して生まれ変わりが遅くなる、と考えているらしい。


 そして、慰霊式典に参加している俺の腕の中では、生後8ヶ月間になる娘のソーニアが物珍しげにキョロキョロと周囲を見回しては小さな手を伸ばして何かを掴もうとしている。

 当然、俺の隣ではソーニアの母親であるヘレナが、娘のヨダレを拭いたり飲み物を与えたりと何かと面倒を見ていた。

 それと、俺たちの直ぐ近くにはレナートとヴィクトリアが娘のヴァルヴァラを抱いているし、カールとヘルミーネが息子のカミルを抱いている。


 この世界の赤子の肉体の成長は、地球よりも明らかに早い。

 ソーニアとヴァルヴァラとカミルだけでなく、彼女たちの同級生になる赤子たちも同様なので、俺たちの子供だけが特別という事はない。

 赤子たちは皆、あっという間に這い這いを始め、半年も経つとほぼ全員がヨチヨチと歩き出した。


 但し、ジェーンによると生後1年間の成長速度が2倍くらい速いだけで、その後は地球と同程度の速さで成長するらしい。

 俺は失念していたがこの世界では数え年で年齢を表すので、地球の5歳児と同じくらいに成長しているこの世界の5歳児の体格は、この1年間分の急成長がなければおかしいことになる。



 墓所の背後に見える真新しい街並みを眺めていると、この1年間の事が思い出される。


 使徒召喚事件から凡そ4ヶ月間が過ぎた頃には、建物の半分以上が倒壊していた街はほぼ復興を終えていた。

 こういった場合には、魔法は便利かつ偉大である。


 事件翌日までには、地下遺跡に保管されていた石材を用いて城壁が全て修復された。

 城壁が無ければ危険生物などに襲われて救助や復興どころでは無くなるので、最優先なのは当然と言える。


 事件後3日間が経過した頃には、全生存者の救助も終わって、亡骸の処分も粗方片付いた。

 大半の一般市民が熱分布探知や動体探知などが可能な『探査』の魔法を習得しているので、生存者を見つけ出すことは容易い。

 重機代わりになる『強化』の魔法も殆どの一般市民が使い熟せるので、近所の人たちが協力して瓦礫を押し退けて救い出していた。


 だが、爆風で木っ端微塵に吹き飛んだ死体が多いために臭気探知が難しかった事もあるが、年間平均気温30℃の街なので疫病の発生を恐れて、腐敗臭のする場所は焼却される事になった。

 そのため、瓦礫などにこびりついた死体の破片は身元確認どころか回収も出来ず、まとめて火炎放射器みたいな魔法で処分されている。


 但し、この大陸では成人になるか、見習いを含めて各ギルドに登録すると身分証を携帯する義務があるので、回収された身分証から誰が亡くなったかは確認が可能との事だった。

 この身分証は、一定以上の大きさのインゴットにすると剥離する性質のある謎の金属で出来ているが、特殊な薬液を使わなければ加工も不可能であり、鋼鉄が融解するほどの高温でも変形しないし、上等竜ドラゴンでも噛み砕けないほど頑丈なので、使徒が相手の災害なら無傷らしい。


 事件後1週間が経過した頃には、他の街から建売の家屋を丸ごと移築させた事で、貴族街と高級住宅街は元の様相を取り戻していた。

 この他の場所にもヘルガみたいに家屋を移築したモノは居たが、こういった上級層は全市民の1%にも満たないので、街全体の景観としては大して代わり映えしない。

 また、流通を確保するためにメインストリートだけは他の街から建材を再優先で輸入して、貴族街と同時期に修復を終えている。


 事件後2ヶ月間が経過した頃には、撤去し終えた瓦礫などの廃材を再利用して下級層向けの家屋の用意も終えていた。

 深淵の森を有するこの辺境伯領にはスラムや貧民街などは無いが、低所得でも重要な研究者などは其れなりに居るので、彼ら向けの住居は辺境伯が安価で貸し出している。

 土木系ギルドが俺の知らない魔法を使って、瓦礫などの廃材を粉砕した粉末から素材ごとに分別していたが、まるで混ぜ合わせる様子をフィルムの逆回し再生で見ているかのようであった。


 事件後4ヶ月が経過した頃に、やっと中級層の家屋の再建が全て完了した。

 中級層が最も多いので、他の街から輸入して来る建材の量が中々追いつかなかった事もあって復興を終えたのは最後になったが、爆撃された街を地球で幾つも見て来た俺からすれば脅威の復興速度である。


 そして、城壁都市の南門付近にある神社には、破壊された墓石の代わりに新たに慰霊碑が建造された。



 この街が狂信者によって破壊されてから復興を終えるまでの4ヶ月間、レナートはジェーンの護衛によって順調にレベリングを行ってきた事で、事件後3ヶ月間が過ぎた頃にはレベル130を超えていたし、4ヶ月目には無事にランク6ハンターの仲間入りを果たした。

 レナートとジェーンは今も平穏無事に狩猟生活を過ごしているらしい。


 しかし俺はこの1年間、新たに購入した『秘伝』を習得するのと並行し、傭兵ギルド『エスパダニャ』の一員として、この国だけでなく近隣諸国に至るまで、子供を誘拐する組織や小児性愛者どもの賞金首を虱潰しに狩って来た。


 この大陸では小児性愛者は人間扱いされない。

 大人相手の強姦罪なら刑罰は去勢と数年間の強制労働だけで済むが、子供相手の強姦罪の場合の刑罰は犯人だけの死刑でなく、犯人の血を引く子供や孫に至るまで去勢され、遺伝子を残す事すら許されない。

 幸いな事に俺たちのクランからは、誘拐組織や小児性愛者に関わっている者は一人も出なかった。

 しかし、捕まった賞金首を拷問した結果、幾つかのギルド職員の血縁者にも小児性愛者がいる事が判明し、カールの同僚からも退職者が出たみたいである。


 ちなみに、殺人や強盗などの殆どの犯罪については日本とは異なり、この世界では身内が犯人というだけでは責められたりはしない。

 しかし、小児性愛者についてだけはアメリカの刑務所内以上に厳しく、去勢後は速やかに他の大陸へでも逃げないと、犯人の血を引いているという理由だけで皆殺しにされる事も多々あるらしい。


 だが、俺だけでも千人近い誘拐犯や小児性愛者を捕まえたり殺してきたのに、傭兵ギルドだけでなく駐留軍や諸侯軍も未だ狂信者の残党を一人も見つける事は出来ていない。



 この大陸に住むそれぞれの血族ファミリーの間で伝えられる『秘伝』については、4歳までは誰に対しても隠す様にと教えられる。

 だが、5歳になると一族クランの前だけは使っても良いとされ、成人になったら人前での使用も許されるらしい。

 但し、幾つになろうとも継承者ではない者へ伝授する事は許されていない。


 そして、5歳になって学び舎へ通うと、同年代の子供たちとの遊びの中で実践する事で、自分の『秘伝』を自慢しつつも他人の『秘伝』を羨ましく思い、長所を伸ばすだけでなく、短所の活かし方を意識するようになる。

 また、4歳までは隠れて訓練していたのでヤル気が無かった子供もいたのかも知れないが、5歳からは自慢出来るだけでなく、競争心も芽生えるので、熱心に訓練する様になるらしい。


 ヘルガの屋敷で預かっている16人の幼児たちも、本来なら5歳となる年度の新年初日から『秘伝』の披露が解禁されるハズだった。

 だが、既に学び舎にいるのと同じような状態なので、長老たちの判断で前倒しされる事になり、預った翌々日からは幼児たちが、天井を駆け回ったり、短距離転移したり、空を飛んだりして遊び始める。

 俺には、小熊や虎の子が兄弟とじゃれ合いながら力加減を覚えていく様子に良く似ている気がした。


 因みに、ヒルダも5歳になったばかりなのに、ヘルガやヘルミーネの『秘伝』を受け継いでいるだけあって、小さな手で胡桃を簡単に握り潰す事が出来る。

 大した戦闘技術を身につけてない子供の内は、接近戦での腕力は絶対的なアドバンテージになるので、いつの間にかヒルダは幼児たちのボスみたいになっていた。

 ヘルガやへルミーネも子供の頃はヒルダと同様だったみたいなので、このファミリーはガキ大将の系譜なのであろう。



 ヴィクトルとヴェラも正式にヘルガの新人教育から卒業し、事件の翌月からは一族クランの幼馴染みたちと8名でチームを組んで活動を始めた。


 それぞれ血族ファミリーの年長者や一族クランのベテランから、狩猟に関する一通りの知識を教育されているが、指導者同伴の場合と自分たちだけで行う場合とでは大違いなので、危険生物の群れに誘い込まれたり、陽動に引っ掛かって不意打ちを食らったりして、何度か追い詰められた事もあるらしい。

 こういった事を繰り返していく事で、単なる知識が本当に身についていくのだろう。


 ヴィクトルとヴェラは、新人狩人の中では実力が抜きん出ているから、暫くしたら中堅狩人のチームに移籍するみたいである。

 二人は天性の才能に加えて、未だハンター見習いだった頃からファミリー同伴で行ってきた狩猟によって既に同年齢の者たちよりもかなりレベルが高くなっていたし、更にヘルガのスパルタ教育で強敵とばかり戦ってきた事で戦闘技術も磨き上げられたのだから当然かも知れない。



 事件後3ヶ月ほどが過ぎたある日、ヘルガがこの街に居る一族クランの長老役の一人に就いた。

 未だ正式にクラン入りしてない俺やレナートなどは知らなかったが、クランの重鎮の何名かが今回の事件で亡くなったため、冬至である新年初日をもってヘルガを長老役に据える事は、事件後直ぐに決まっていたみたいである。

 長老役に就くには、血族ファミリーが健在な事、クランから預かった弟子が健在な事、レベル100を超えている事など、数十に及ぶ条件を全て満たす必要があるので、簡単になれるモノでは無いらしい。


 そして、長老役に就いたヘルガの最初の仕事は子弟育成の一翼を担う事だったので、彼女の家は本格的にクランの学び舎と化してしまった。

 しかも、5歳から7歳までの低学年全てを担当するので、彼女の家には事件直後に預かっていた幼児たちの3倍もの子供が通って来る事になった。

 全部でたったの40人ほどだが、面倒を見るのは並大抵の事ではない。


 幸いな事にヘルガの屋敷は下級貴族の私邸だった建物だから、部屋の広さにも部屋数にも十分な余裕がある。

 教職や雑用などの大半はクランの者が交代で請け負うが、不足分を用意する必要があるので、ヘルガはヴァレットギルドから家庭教師ガヴァネスを3名と厨房係コックを1名と雑役婦メイドを3名雇い入れた。


 次にヘルガは子供たちの護衛として、ランク4相当の戦闘力を持つ従者ヴァレット8名をヴァレットギルドで奴隷として購入した。

 人身を金銭で売買する事から奴隷と翻訳されているが、実際には生涯契約金を先払いして魔法的な誓約を課した家臣である。

 クランからも何名かは学び舎の警護に派遣されているが、専属では無く副業なので、いざという時に連携の問題がある事からヘルガは奴隷の購入に踏み切ったらしい。


 それに加えてヘルガは自分用だけでなく、従者用にも2体の動甲冑を用意した。

 動甲冑は出力増幅機能パワーブーストこそないが、修得してない魔法や秘伝でも魔法陣が刻印されていれば使用出来るし、戦車並に頑丈な装甲を全身に纏った上で攻撃機並のスピードで空を駆ける事も出来る。

 つまり、幼稚園の警備にV/STOL攻撃機を用いているのと大差ないので、過剰戦力としか言えない。


 しかも、駐留軍が現在使用している動甲冑と同程度の性能を有する量産機なのに、ヘルガは更に専用機向けの高価な兵装まで追加購入してきた。

 それも、ヘルガの家臣たちだけで5倍くらいの兵力の駐留軍を相手にしても絶対に負けない、といえるほどの重武装である。


 ヘルガの自宅で預かっていたクランの幼児の母親たちの家屋も、事件後3ヶ月間が過ぎる頃には再建を終えていたのだが、彼女たちは仕事に行く時に幼児たちをヘルガの学び舎に預けに来ていた。

 基本的に子供たちは、日の出直後に預けられて日没直後に引き取られる事になるが、泊まりがけで狩猟を行うハンターも多い。


 ヘルガの屋敷は、日中でも元ランク6ハンターのヘルガだけでなく、妊婦とは言えランク5ハンターのヘレナとヴィクトリアが居るので、この街で最も戦力が高い者が集まっている事から、子供を安心して預けられる場所だと認識されているらしい。

 そして夜になるとヘルガの屋敷には、俺とジェーンとレナートといったランク6ハンターが3人も戻って来るので、この国で最高の戦力が守る学び舎として有名になってしまっていた。



 そして、街が復興してから暫くした頃に俺とヘレナ、レナートとヴィクトリアの間に待望の第一子が生まれた。

 予定日ではヘレナはもう1週間前で、ヴィクトリアはもう1週間後のハズだったが、同じ日に生まれる事になった。

 無事に生まれて来てくれさえすれば多少日程がズレた所で俺は全く気にしないが、ヘレナとヴィクトリアも同じ誕生日なので、陣痛が始まった時に2人は微妙な表情をしていた。

 それに親子2代どころか親戚4人が同じ誕生日になったところで、実害なんて何もない。


 彼女たちの陣痛が始まった途端にクランから、産婆や治癒魔法使いや薬師など大勢が派遣されて来た。

 だが、二人とも産婆が呆れるくらいの安産で、俺とレナートがあたふたしている内に元気な産声の唱和が聞こえてきた。


 俺とヘレナの娘はソーニアで、黒髪ブラックヘア濃褐色ブラウンの瞳の黄色人種モンゴロイドなので、まるっきりミユの赤ん坊の頃にそっくりである。

 レナートとヴィクトリアの娘はヴァルヴァラで、黒髪ブラックヘア青色ブルーの瞳の黒人種ネグロイドだが、顔立ちは何故かヴィクトリアではなくヘレナやヴェラの赤ん坊の頃の写真にそっくりである。

 つまり、ソーニアとヴァルヴァラは色違いである事除けば、双子としか言えないほど似ていた。

 また、ソーニアとヴァルヴァラが生まれた事で、俺とレナートも正式なクランの一員となったが、それは些細な事だ。


 この世界の遺伝は特殊な制限があるみたいで、殆どの形質は地球と同じく両親の間で交じり合うのだが、体毛や瞳や肌などの各色調に関してだけは、必ず両親の何方かと同じになるみたいである。

 ソーニアの場合だと、俺とヘレナは髪の色が同じなので、瞳の色が青色だったり、肌の色が褐色だったりして、何方かがヘレナと同じ色調になっていた可能性もあるらしい。


 まるで、色調だけが選択制であるかの様だが、両親の何方かに似る事に変わりはないので、こういう遺伝子が働いている世界だと考えれば大して気にならない。

 そして、この法則は片方が稀人マレビトなどの異邦人であっても適用されるらしく、仮にピンクやグリーンの髪をしていても混血を繰り返すと、この世界に無い色調は何れは消える。

 ジェーンによると、そんな色の髪の毛をしているマレビトもいたらしい。


 そしてヘレナたちの出産から遅れること2週間後には、カールとヘルミーネの間に第二子が生まれた。

 とは言っても、カールの第一子は別の街に居るし、ヘルミーネの第一子であるヒルダは、カールの子供ではない。

 カールとヘルミーネの息子の名前はカミルで、カールと同じく黒髪と濃褐色の瞳の黄色人種なのだが、顔立ちはヒルダに似ていて女の子みたいに可愛らしい。


 既に40人以上の幼児が居る上に3人の赤子が増えただけでなく、所謂ママ友みたいにヘレナたちと同時期に母親になったクランの女性たちが赤子を連れて遊びに来る様になったので、ヘルガの学び舎の賑やかさは凄まじい事になった。


 地球にいた頃の俺は忙しい義兄たちに代わって赤ん坊の頃からミユの世話をしてきた事もあって、ソーニアの面倒を見るのも大した手間ではなかったのだが、レナートが致命的に不器用だった。

 俺と一緒にクランの長老たちから父親講習を受けていた時も酷いモノだったが、何度ヴァルヴァラを腕から落としたか分からない。

 レナートも至近距離から放たれた弓矢を指先で摘めるランク6ハンターなので、ヴァルヴァラが数インチも動かない内に再度抱きかかえているのだが、俺もヴィクトリアもハラハラし通しである。


 そのため、業を煮やしたヴィクトリアが、ヴァレットギルドから雑役婦メイドだけでなく、乳母ナニーも雇い入れた。

 そして何故かヘレナまでもが、ヴィクトリアに対抗して乳母とメイドを雇い入れた事で、俺まで暇になってしまった。

 というか、俺がソーニアの世話をすると乳母の仕事を取り上げる事になるので、父親なのに遠慮せざるをえなくなった。


 へルミーネは、乳母を雇わずメイドだけ雇ったのでカミルの世話なら俺でも出来るのだが、ヒルダが率先して弟の面倒をみているのを邪魔したくはない。

 因みに、乳母とは呼んでいるものの、別途注文しなければ必ずしも母乳が出る者が来るとは限らないらしいので、呼称としてはベビーシッターの方が近いのだが、この世界では一緒くたにされている。


 いつまでも指を加えて子供たちを見ていても仕方ないので、ジェーンがこの4ヶ月間と同じくレナートをレベリングに連れて行き、俺も『秘伝』の習得と傭兵活動を再開する。


 だが、最近購入した2つの『秘伝』については、過去最悪の習得の困難さに大きなストレスを感じている。

 1つ目の『秘伝』は、爆発反応装甲みたいな障壁を身に纏う虫を真似た『甲殻』という魔法だが、自分の身体が存在する座標を常に把握していないと、自分で作った障壁に行く手を阻まれるという面倒臭い仕様な事もあって習得が難航していた。


 2つ目の『秘伝』は、一定以上のダメージを負うと負傷を無くす事が出来る上等竜の肉体復元力を真似た『復元』という魔法だが、自身の身体構造に詳しい必要があるので習得は難航している。

 自分の解剖図を覚えているヤツなんて滅多にいないと思うので、仕方あるまい。

 この魔法はラップトップPCのシステムの復元みたいな効果があるので、復元ポイントに因っては発動すると記憶は残るものの、負傷が癒えるだけでなくレベルまで以前の状態に復元してしまうという重大なデメリットがある。

 その代わりに、面倒でも十数分間を要する復元ポイントの作成をこまめに行えば、死なない限りは魔力と引き換えに全快に出来るという大きなメリットを得られる。



 この世界の赤子の成長は、地球よりも明らかに早い。

 しかも肉体に合わせて知能の発達も早いので、却って面倒を見るのはかなり大変となり、大人がホンの少し他所見をしただけでも、赤子は興味を持った何かに惹かれて何処かへ行ってしまう。

 気配を探ろうにも一つの建物の中に40人以上の幼児が動き回っている上に10人ほどの赤子が居るし、大人と違って日々成長する小さな気配を区別するのは不可能に近い。


 とは言っても、学び舎を開校する前に危険な場所は全てヘルガが改修工事させてあるし、玄関や窓には警報装置だけでなく、複数の安全柵や安全ネットなども設置してあるので危険は殆ど無い。

 但し、クランから派遣された教職7名とヘルガの雇った家庭教師3名は、あくまでも40人の幼児の世話をするのが仕事なので、赤子の捜索は母親たちで行う事になる。


 大体の場合は、空腹やオムツなどで赤子が泣き出す事で居場所が判明する。

 だが、一人の赤子を探している最中に別の赤子が動き回るせいで、日中は幼児たちよりも母親たちが駆け回っている姿形を見る機会が多い。

 まるでカトゥーンに出てくるギャグみたいな日常だが、母親たちが真面目にやっているが故に、休日などでそれを見る俺やレナートの目には微笑ましく映っていた。



 それから数ヶ月間が過ぎた頃、翌日で事件から1年間経つので、街中では使徒討伐1周年記念及び慰霊式典の準備が進められていた。


 それが無くても現在の街中はベビーブームで賑わっているのだが、スタンピードなどの震災から1年間が経つ場合でも同様らしい。

 これは震災後に避難所で共同生活を過ごした際に今までに無い出会いが生まれ、2ヶ月後くらいから同棲を始めるために出産時期が似通うのである。

 禍福は糾える縄の如し、とは良く言ったものだ。


 そんなある日の夕食時、俺も漸く秘伝の修得と賞金首狩りが終わり、明日から本格的に狩猟に復帰すると皆に告げたところ、カールがギルドで聞いてきたばかりの厄介な話しを披露した。


「そう言えば今日の夕方頃にね、憎悪が災いを率いて街を襲う、という神託が神社に降ったらしいよ。」


 俺たちがカールに詳細を聞こうとした丁度その時、甲種神官が護衛を連れてヘルガの家に訪ねて来た、とメイドが知らせてきた。


 甲種神官や甲種巫女は、神楽や祈禱を行う事で神託を伺い、ある程度の問い掛けなら神々や精霊などから直接回答を得られる能力を持つので、王族並みに敬われている。

 百万人に一人くらいしか存在しない貴重な人材でもあるので、甲種神官や甲種巫女は通常、王都の神社に詰めていて、国王や大臣くらいしか外部の者とは顔を合わせないらしい。

 その甲種神官が態々王都から、俺とジェーンに会いに来たみたいである。


 俺たちは神官を応接間に通したのだが、彼は挨拶だけ済ませると未だお茶も出してないどころかソファーに座る前に慌てて本題に入ろうとした。


「早速ですが、神託が降ったのでお知らせしに来ました。」


「憎悪が災いを率いて街を襲う、という件ですか?」


 俺は手でソファーを薦めつつ先に座りながら、念の為に先程カールから聞いたばかりの事なのかを神官に確認した。


「いえ、違います。ソード個人に向けた神託です。」


「俺個人、ですか?」


 ギルドの下級職員に通知されている程度の事を、神官が訪問してまで知らせに来る事はないと俺も思っていたが、神官の回答は予想外であった。


「通常ですと神々や精霊は人間を個人で識別したりしません。

ですが、ドラゴンスレイヤーやデーモンスレイヤーなどの称号持ちについては名前を覚えておられる様でして、年に何度かこうした神託が神社に降る事があります。」


「ドラゴンスレイヤーとは竜種を殺した者の事だと思いますが、デーモンスレイヤーというのは何か教えて頂けますか?」


「デーモンスレイヤーというのは僭神の使徒を殺めた者の事です。

正確には元人間だった使徒を、ですが。」


 神社では、準使徒を魔人デーモンとでも呼称しているのだろうか?

 という事は、ジェーンを同席させたのも俺と同じく、デーモンスレイヤーの称号を持っているのが理由だろう。


「なるほど、そう呼ぶんですね。ありがとうございました。

それでは、神託の内容をご教示願います。」


「シングル・ソードの子供たちを狙う災いあり。」


「俺の子供、たち、ですか?」


「はい、そうです。

過去の例からすると、この場合の子供というのは実子や養子とは限らず、弟子や庇護下にある子供も含まれる事があります。」


 俺の実の娘であるソーニアだけでなく、俺が妖精語を教えた弟子であるヒルダや、色違いでなければソーニアと区別のつかないヴァルヴァラ、そしてカミルも対象ということだろう。

 カミルは、実の父親であるカールが抱き上げると何故か必ず泣き出すのだが、俺や女性陣が抱き上げても泣く事は滅多に無いし、ヒルダに良く似て可愛い。


「なるほど。」


「そして、同時期に降った神託と必ず何らかの関係があり、相乗効果で周囲に甚大な被害を齎します。」


「今回の場合だと、憎悪が災いを率いて街を襲う、という件ですか?」


「恐らくそうだと思います。

但し、仮にソード個人に降った神託に示されている災いを防いだとしても、もう一つの神託に示されている災いを防ぐことは出来ませんし、逆も然りです。

ですが、片方を防げば、もう一つの被害も必ず少なくなります。」


 つまり、神官は俺とジェーンに、両方とも何とかしろ、と言いたいのであろう。

 ヘルガが自由に動けない立場になったが、代わりにレナートがランク6になったので、戦力的には問題無い。


 それどころか、レナートがジェーンに言われるままに彼女のと同型の動甲冑を購入したので、もしも以前の街と同様に3匹の準使徒が現れたとしても余裕で殲滅出来る。

 因みに何故レナートがジェーンのと同型のモノにしたかというと、装着している本人には格好良く動く姿が見えない、とのジェーンのワガママを押し通されただけだった。


 オブジェモードのせいで、装着時に多少手間を食う事を除けば、高性能な機体なので選択が間違っている訳でもない。

 それに、レナート専用機なので、当然ながらジェーンとは異なる魔法陣が彫刻されている。

 レナートが素の状態だと使えない飛行系の魔法陣などが追加され、逆に素の状態でも使える火炎系の魔法陣などが削除された。


「分かりました。出来る限りの対策を行います。」


 その後、明らかに安堵した表情の神官と挨拶を交わしたが、彼は早々に王都へ戻っていった。

 どうやら王都では別の天災、竜巻ストームが発生する兆しがあるとの事だった。

 神託で告げられた災いは、直後に起こる場合もあれば、最長だと一ヶ月後に発生した場合も在るらしいので、長期戦になる覚悟をする必要がある。



<続く>

【人物紹介】

ソード……主人公。本名は、惣田真悟。ギルド登録名が、ソード。ステータス上の名前と地球での愛称は、シングル・ソード。ランク6ハンター。黒髪、濃褐色の瞳、黄色人種、身長183cm。


ケイ……主人公の嫁。本名は、惣田恵子。黒髪、濃褐色の瞳、黄色人種、身長173cm、F。


ミユ……主人公の姪っ子。本名は、香田美幸。黒髪、濃褐色の瞳、黄色人種、身長168cm、C。


ジェーン……主人公一家の友人。本名はリサ・タイラー。ギルド登録名が、タイラ・リサ。ステータス上の名前と地球での愛称は、カラミティ・ジェーン。ランク6ハンター。金髪、青色の瞳、白人種、身長178cm、G。



ヘレナ……ソードと同棲中。傭兵ギルドの教育担当。ランク5ハンター。黒髪、青色の瞳、黒人種、身長173cm、F。


ヴェラ……ヘレナの父方の又従姉妹。ランク3ハンター。黒髪、青色の瞳、黒人種、身長168cm、C。


ヴィクトリア……ヘレナの父方の従姉妹。ハンターギルドの契約責任者。ランク5ハンター。黒髪、青色の瞳、黒人種、身長173cm、F。



ヒラリー……ヘルガの母。元ランク5ハンター。赤毛、緑色の瞳、白人種。


ヘルガ……ヘレナの叔母。元ランク6ハンター。赤毛、緑色の瞳、白人種、身長194cm、A。


ヘルミーネ……ヘレナの母方の従姉妹。ヘルガの娘。ランク3ハンター。赤毛、緑色の瞳、白人種、身長192cm、AA。


ヴィクトル……ヘルミーネの母方の又従姉弟。ランク3ハンター。赤毛、緑色の瞳、白人種、身長184cm。


ヒルダ……ヘルミーネの娘。4歳。赤毛、緑色の瞳、白人種、身長104cm。



レナート……ヴィクトリアの同棲相手。ランク5ハンター。黒髪、青色の瞳、黒人種、身長184cm。


カール……ヘルミーネの同棲相手。ハンターギルドの渉外担当。ランク4ハンター。黒髪、濃褐色の瞳、黄色人種、身長190cm。


マリー……主人公の元相棒。本名はマリー・ムーア。ギルド登録名が、マリー。ステータス上の名前と地球での愛称は、ブラッディ・マリー。ランク6傭兵。黒髪、濃褐色の瞳、黒人種、身長173cm、B。



【基本魔法紹介】

『探査』……亜人の視力や視覚を再現したもの。実際に視力を強化している訳ではなく、周囲へ魔素を放って反響する魔素を知覚し、視覚と共感覚を引き起こしているだけなので、可視光線以外の映像を視ることも出来る。


『強化』……亜人の頑丈さとパワーやスピードを再現したもの。実際に筋力や筋肉を強化している訳ではない。



【秘伝魔法紹介】

『倉庫』……倉庫に居る光景を再現したもの。容量は個人の力量に比例し、一度構築すれば状態の維持に魔力は消費しないが、出入り時には質量に応じた魔力を消費する。床が存在する正方体の空間で、人間が居住可能。


『浮遊』……羽根が空中を舞う様子を再現したもの。高所から落ちた時に落下速度を抑える。減速出来る質量や速度は個人の力量に比例し、接触が無くなると10秒程で霧散する。


『飛翔』……グリフォンの飛翔を再現したもの。実際には空中に浮遊している訳ではなく、目標座標に向かって自身が落下しているだけである。


『加速』……吸血鬼のスピードを再現したもの。実際に筋力や筋肉を強化している訳ではなく、雷撃系統の魔法を用いて脳の処理能力や神経の伝達能力を増加させているだけである。


『必殺』……標的の体温や脳波を追尾して攻撃を誘導する中等竜の爪撃を再現したもの。ロックオン可能な標的の数は個人の力量に比例する。マーカーを付けるだけなら無限に可能だが、マーカーの識別は出来ない。



【その他】

シルヴェストル辺境伯領……主人公が転居してきた街。アロイジウス王国の最北端に存在する。


アロイジウス王国……アドルファ王国と深淵の森を挟んで真南に500マイルほど離れた所に在る隣国。


シグブリット辺境伯領……主人公が住んでいた街。アンブロシウス王国の最南端に存在する。


アンブロシウス王国……アドルファ王国の北東に800マイルほど離れた所に在る隣国。


ジルヴェスター辺境伯領……主人公が最初に辿り着いた街。アドルファ王国の最南東に存在する。


アドルファ王国……ジルヴェスター辺境伯領が所属する国。碧翠大陸の中央辺りに存在する。

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