第75話
■2015/08/30 誤字脱字の修正、及び表現の一部変更を行いました。
第75話
◇
翌朝空腹感で目が覚めると、動甲冑を着たまま眠ったせいで俺の身体は凝り固まっていた。
狭い場所に長時間収まっていたのに、エコノミー症候群にならなかっただけマシであろう
取り敢えず、仮に気絶したままで空気のない場所へ放り込まれても動甲冑を着ていれば窒息死しない事は分かった。
出来れば、装着者が気絶したら警告音を発する機能などが動甲冑にも欲しいところである。
また、装着者が死んで魔力の供給が無くなるか、装甲が損壊でもしない限りは、人間程度の力では外部から動甲冑を脱がす事は出来ない仕様らしい。
敵中で気絶した装着者を守る事を優先した故みたいだが、過労で倒れた際には微妙な仕様である。
◇
俺も急激なレベルアップは今回で3度目だし、稀人たちから様々な対処法を学んできたジェーンのアドバイスに従って、飯を腹一杯食ったら只管眠るという事を繰り返したら、準使徒を討伐した3日後には異常な眠気が綺麗サッパリ無くなった。
ジェーンによると更に短縮する方法もあるらしいが、これが一番シンプルな方法なのだそうだ。
0900時頃に目を覚ますと丁度俺の様子を見に来たカールが通り掛かったので、この3日間の状況を改めて一通り尋ねてみた。
毎日食事中に一応聞いていたハズだが、何せ俺は眠気のせいで頭が回っていなかったので、聞き漏らしている事がある可能性が高い。
ヘルガたちはこの2日の間、使徒とゴーレムの攻撃の余波で負った火傷を治療しに専門の治癒魔法使いの元へ通っていたが、今日からは狩猟に出掛けたそうである。
この世界の治癒魔法使いには、切創を塞ぐ事や骨折を治す事が出来る者は割りと多いみたいだが、神経組織の修復や火傷痕の整形が出来る者はかなり少ないらしい。
そのため、ヘルガたちは初日に火傷自体の治癒をして貰い、2日目に火傷痕の回復をして貰う為に、わざわざ別の国に居る高名な治癒魔法使いを訪ねていたそうだ。
高額な治療費と転移門使用料を払っただけあって、彼女たちの身体は元通りになったみたいである。
ジェーンは今日も駐留軍と諸侯軍の元へ出向いているらしいが、尋問を受けている訳ではなく、動甲冑で準使徒と戦う方法について連日質問攻めに会っているみたいである。
また、軍からの懸賞金を受け取るには本人もしくは相続人が出向く必要があるので、俺の目が覚めたら軍本部へ来て欲しい、との言付けをジェーンが預かっているとの事だった。
ついでに俺は、今になって浮かんできた色々な疑問についてカールに尋ねてみる。
「カール。そう言えば、準使徒を1匹仕留めただけの俺がこれだけレベルアップしたという事は、それより格上の使徒を仕留めたゴーレムの操縦士はもっと急激なレベルアップをしているのか?」
使徒討伐後、保安隊が来るのを待つ間に駐留軍の士官から聞いた話しによると、準使徒のデミ・ケーファーノイド・タイプ4がレベル375、使徒のケーファーノイドがレベル490だったそうだ。
対して以前の俺がレベル162、操縦士はランク5らしいからレベル130以下のハズなので、彼らのレベル差は実に360以上にもなる。
「そうじゃ無いみたいだよ。
あのゴーレムは1人で動かしている訳じゃ無いからね。
魔力を供給していた兵士たちも含めた全員が、少しずつレベルアップしたらしいよ。
つまり、1体のゴーレムではなく、百人隊3個で同時に仕留めたと見做されているみたいだね。」
当たり前と言えば当たり前か。こんな方法でレベルアップするなら、今頃この国はランク7の兵士たちで溢れていてもおかしくない。
「なるほどな。
カール。じゃあ、パレードの時に台車に載せられてた使徒の死体はどうなったんだ?」
「行方不明みたいだよ。
当初は魔法攻撃による爆発などで飛び散って燃えたと考えられていたけど、ソードたちが取り抑えた狂信者が使徒の肉塊を所持していた事から、駐留軍は狂信者たちが持ち去ったと考えているらしいよ。」
「あいつらは肉塊なんかをどうするつもりなんだ?」
「狂信者たちは準使徒になる方法を模索してるみたいなんだ。」
そう言えば、使徒の血肉を食うと低確率で準使徒に変わり果てるとジェーンが言っていたな。
「模索って事は、一般人を実験体にするって事か?」
「ところが、そうじゃ無いんだってさ。
何と驚いた事に、あの準使徒ってのは人間の言葉こそ話せないけど、人間だった頃の記憶があるから意志の疎通が可能らしいんだよ。
だから、仲間ではないモノに使徒の血肉を与える事は無いみたいなんだ。」
人間だった頃の記憶があるのに人間では無いというのは、強化人間に似ている気がするな。
「そうなのか。
結局、あいつらは何のために今回の騒動を起こしたんだ?」
「狂信者たちはゴーレムを破壊してから、使徒の死体を回収するつもりだったらしいよ。
但し、パレードで使徒の死体を見た狂信者たちの首領が、突然思い付きで始めたみたいなんだ。
だから、神託が降った神社の神官が、辺境伯に伝えた時には手遅れだったんだってさ。
でも狂信者たちは、訓練部隊の存在を知らなかったからゴーレムが2体しかいないと思い込んだ事と、トーマスたちが帰った事を知ってたからランク6ハンターが居なくなったと勘違いした事が原因で、失敗したみたいだけどね。」
「捕まった狂信者たちは、そんなにペラペラと喋ったのか?珍しいな。」
「喋ったのは一人だけで、他は全員黙秘してるよ。」
「拷問に耐えられない様な子供の狂信者でもいたのか?」
「違うよ。喋ったのはソードが放り投げたってヤツだよ。
ゴーレムが持ち上げただけで、尋問してない事まで洗いざらい白状したってさ。
ソードのせいで高所恐怖症になったらしいよ。」
ヒトは予想外の恐怖を突然感じた時に、例え些細な怪我でも肉体的ダメージを負ったりすると、以降はトラウマや恐怖症になると聞いた事がある。
狭い場所に入り込んで怖いと思っている時に壁にぶつかっただけで閉所恐怖症になった例があるらしいから、あいつは突然上空に放り投げられて恐怖を感じた直後に両足を骨折したから高所恐怖症になったのかもしれない。
俺の生まれ育った郷では恐怖症対策として、葉隠に書かれているのと同様に子供の頃から、毎朝起きたら自分が殺される様々な状況を想像させる。
これは、死を恐れるあまりに活路を見失ったり、判断を誤ったりする様な愚を冒さぬための教育であって、決して死を安易に選ぶ事を奨励している訳では無い。
「つまり、情報が手に入ったのは俺のお陰だな。懸賞金を上乗せ請求してやるか。」
「駐留軍も、次に捕まえる時には同じ手を使う、とか言っていたから多少は色を付けてくれるんじゃないかな。」
「カール。ところで、街の被害はどれくらいになったんだ?」
「半分近くの建物が倒壊したし、住民の2割以上が死傷したみたいだよ。」
「思っていたよりも死傷者が少ないな。」
「遅ればせながら、神託の内容を聞いた辺境伯が住民の避難を優先させたらしいよ。
そのせいで狂信者たちを逃しそうになった訳だけどね。
それと、殆どのハンターは無事だし、何よりも特産品である大トビトカゲに被害が無かったから、この街のハンターギルドは営業を継続する事になったんだ。
ギルドビルを再建するまでは、天幕を立てて仕事する事になりそうだけど。」
カールがこの街に残るという事は番いであるヘルミーネも残るので、娘のヒルダも当然残る。
すると、ヒルダを溺愛しているヘルガとヘレナも残るに決まっているので、ヘレナの保護者気取りのヴィクトリアも残る事になる。
つまり、ヘレナの番いである俺、ヘルガの弟子であるヴィクトルとヴェラ、ヴィクトリアの番いであるレナートも残らざるをえない。
そしてレナートにボディーガードを頼まれているジェーンも残るだろうから、結局は全員が残るという事か。
今まで俺は街の復興には携わって来なかったから、この世界のやり方を学ぶのも悪くは無い。
「そうか、分かった。ありがとう。」
朝食には遅く、昼食には未だ早い時間だったので、俺はヘレナたちと軽く雑談をすると直ぐに出掛ける事にする。
ヒルダとヘルミーネは秘伝の修業中だったので会えなかったが、昼食前には戻ってくるつもりなので、わざわざ会いに行く事はしなかった。
◇
賞金を貰うために1000時頃に軍本部へ赴いたが、俺とは一足違いでジェーンはヘルガたちと一緒に狩猟を行う為に深淵の森へ向かった後だった。
駐留軍と諸侯軍が急遽出撃する事になったために、ジェーンの講演会は中止になったらしい。
次に俺は、ギルドビルの跡地で営業しているハンターギルドへ出向いて、完治したので復帰すると伝えたのだが、そこで懐かしいヤツと会う事になった。
「ヘイ!お前はソードじゃないか?」
帰宅ししようとしていた俺にそう声を掛けてきたのは、黒髪と濃褐色の瞳の黒人種で、短距離走選手の様に引き締まった身体をしている。
美女と呼んでも差し支えのない顔立ちに何となく見覚えはあるのだが、ド派手な服装と化粧のせいで俺は彼女の名前を思い出せない。
顔の輪郭や耳の形状、目鼻口の配置から判断する限りでは、今までに敵対した勢力に該当する人物はいないと断言出来る。
俺は敵か、一族の者か、抱いた事のある女かの何れかでないと関心が低くなるので、その他の人間の顔は見れば思い出す程度にしか覚えていないが、同じ部隊にいた仲間だとしてもこんな化粧をされたら誰か分からない。
そう言えば、人種こそ違うがこんな感じの格好をした関西人のオバちゃんが、大声を出しながら海外旅行している姿を見た事があるのを思い出した。
「ああ、そうだが、お前は誰だ?」
「昔の女を忘れるとは呆れたヤツだな!」
「女?」
「地球で最後に一緒に居た、と言えば分かるだろ?」
「お前、ブラッディ・マリーか?
なんつーケバい化粧をしてるんだよ。」
マリーは、緑色のアイシャドウと紫色の頬紅にオレンジ色の口紅をしているし、着ている黒地のトーガのそこら中に白虎が描かれている。
俺とマリーはプライベートの付き合いが全く無いので、彼女の趣味や嗜好は知らなかった。
勿論、俺と彼女の間に肉体関係は無い。
ジェーンと違ってマリーは乳房が小さいから、クスリでも使わないと俺が彼女に欲情する事は有り得ない。
それでも僅か1ヶ月間とはいえ、俺と彼女は命を預け合った相棒なので、友情は感じている。
「五月蝿いな!仕事中じゃないんだから良いだろ。」
「フン。久しぶりだな。俺としては2年振りだ。」
「私は13年振りになるな。」
「化粧のせいで断言は出来ないが、マリーはあまり昔と変わってないな。」
「お世辞じゃ無くて、レベル100を超えた際の若返りの事だよな?
それなら一応若返ったんだが、ソードと組んでた頃に戻っただけだから、分からないのも無理はない。
それにしても、私がこの世界にいる事に驚いてないみたいだが?」
「ジェーンから、マリーもこの世界に来ている事は聞いていたんだ。」
「タイラーに会ったのか?
以前、あいつは隣の大陸に居るという噂を聞いた事があったが、何処で会ったんだ?」
「ジェーンも今はこの街に居るぞ。」
「そうか。」
「何にしても無事なジェーンやお前に会えて良かった。
MIA《戦闘中行方不明》とは言っても実際には死んでいる事が多いからな。」
「ん?お前は何を言っているんだ?
私たちが何処で初めて会ったのか思い出せよ。
タイラーの葬儀だぞ!」
「え?ジェーンはMIAだったハズじゃ・・・
いや、確かに軍曹からお前を紹介されたのはジェーンの遺体を墓地へ埋葬して散会した直後だったし、彼女の妹のリラに招待されてジェーンの死を悼むホームパーティーに参加した記憶があるな。」
ジェーンの遺体は下半身しか残っていなかったらしいが、上半身は彼女そっくりに整形した人形で修復されていたので、葬儀ミサの前に対面した時には単に眠っているかの様だった。
それにしても、俺はいつの間にジェーンがMIAだと思い込んでいたんだ?
「どうやら思い出したようだな。
因みに私は地球での最後の瞬間、自分の腕が手榴弾の爆発で引き裂かれる様子をスローモーションで見たんだが、この世界で目覚めた時には無傷の状態に戻っていた。
だから多分、私たちは地球ではMIAでは無く、戦死した事になっているハズだ。」
「それはマジか?
つまり、俺たちはこの世界で蘇生術とかによって生き返ったという事か?
でも俺はかすり傷を負ってたし、特に死ぬ様な攻撃を受けた記憶はないんだがな。
だが、蘇生したんだとするとステータス上の年齢がリセットされている事と、意味記憶の一部が簡単に思い出せなくなっている事の説明がつくな。」
「ソード、難しく考えるな。
死んで天国や地獄に来たと思えば良いだけだろ。」
「確かにな。地球に帰れない以上はここがあの世でも、他の惑星で黄泉がえったとしても大差ないな。」
「そう言えば、ソードが死んだのは恐らく私がブービートラップに引っ掛かったのが原因だよな。
あの時はホントに申し訳ない。地球にいた頃の私は恐怖というものを感じたくて仕方がなかったんだ。
でも今はもう大丈夫だ。こちらの世界でレベル100を超えて身体が作り変わってからは、恐怖を感じることが出来るようになったからな。」
「済んだ事だ。
今度会った時に酒でも御馳走してくれればチャラにしてやるよ。但し、高級品をな。」
「それくらい何時でも良いとも。と言いたいところだが、この街を離れたら次はいつ会えるか分からんから、今週中にしてくれ。
但し、今日はこの後、商談があるから無理だがな。」
「ん?マリーはこの街に転居して来たんじゃないのか?」
「違う違う。私はハンターではなく、傭兵だからな。
この街の復興に必要な資材を他の国から売り込みに来た商業系ギルドの幹部の護衛だよ。
雇い主は今、あそこでハンターギルドのマスターと挨拶している最中だ。」
マリーが指差したのは大きな天幕で、その近くには十名ほどの人間が手持ち無沙汰で喫煙していた。
この大陸の殆どのハンターは煙草を吸わないし、ロングスピアーとレイピアを所持している事からして彼らは傭兵だろう。
「え?ギルドカードにはランク6って刻印されてるけど、ランク6の傭兵なんて聞いた事がないぞ。
マリーはレベル幾つなんだ?」
「私はレベル198だ。そういうソードもランク6と刻印されてるが、たった2年間でレベル幾つになったんだ?」
「俺は3日前に、レベル162から194に上がったばかりだ。」
「ソード。お前はどうやら大丈夫の様だが、急激にレベルアップした人間は壊れる事が多いんだ。
出来るだけ、急激なレベルアップをする事になる相手とは戦わない方が良いぞ。」
「急激に身体能力が上昇すると心臓も急に強靱になるから、運が悪いと脳の血管が破裂して植物人間になる場合がある事は知っている。」
「そういった問題だけじゃ無いんだ。
レベルアップした事で身体能力や形質が変化しても、総体としては以前と同じ人間でしかない。
だが、唯でさえ地球と違って、五感だけでなく魔法でも周囲の情報を得られる事や、手足以外にも魔力を操る事で、この世界の人間の脳ミソには常に過負荷が掛かっている。
そこへ更に、突然発達し過ぎた身体能力を制御しなければならなくなるし、魔力が上昇した事で得られる感覚情報も膨大に増えるので、本能が生き残る事を優先するあまりに思考部分が真っ先に壊れる者も多いんだ。
但し、感情的になるとか本能的になるのではなく、逆に効率優先の冷徹非情な論理の塊になるんだ。
こうなったら一切の感情論は通じなくなるから、目的の為なら赤ん坊相手でも何の躊躇いもなく引き金を落とすターミネーターと変わらない。」
「何か実感が篭ってるな。知り合いにそうなったヤツがいたのか?」
「以前組んでいた相棒が急激なレベルアップ後に、突然おかしくなったんだ。
そしてアイツらは、レベル差が30以上開いた私を役不足だと言って置き去りにして、何処かへ行ってしまった。
それが3度もあったから、私はレベルアップする事が恐くなって1年ほど前にハンターを辞めたんだ。」
「そうか・・・」
そこへ丁度、マリーの仲間が呼びに来たので、俺たちは翌日の再会を約束して別れた。
◇
俺は用事を済ませると直ぐに自宅へ戻り、ヒルダたちと一緒に昼食をとった後、動甲冑の仕様書やオプション品の確認を行なう事にした。
ヒルダはカールと隠れんぼをしながら大陸間輸送船内の探検をしてくる、と言ってヘレナやヴィクトリアを連れて嬉々として出掛けて行った。
俺が仕様書を読み終えて少しした頃に帰宅したジェーンが、日常的なメンテナンス方法を教えてくれるというので、大陸間輸送船の甲板上にブルーシートみたいなモノを広げて、その上に動甲冑を取り出す。
ジェーンはヘルガたちとは会えなかったらしい。
元々合流する予定でも無かったのだから仕方ないと言える。
繊細な電子部品などが無く、頑丈な部品の組み合わせにしか見えない事もあって動甲冑のメンテナンスは、イメージ的には自動車とかのメンテナンスよりは、重迫撃砲のメンテナンスの方が近い気がする。
俺は動甲冑をメンテナンスモードにしてから、ジェーンの指示に従ってパーツ毎に魔力が通っている事や、しっかり組み合っている事を確認していく。
動甲冑に標準装備されているバトルアックスは、ミスター・ジョンドゥーが使用していたのと同系統のモノらしく、生身の状態で持っても魔力を流し込むと、熱したナイフでバターを切るかのように鉄塊を容易くスライスする事が出来た。
バトルアックスの斧刃部分が赤熱している訳でも無いし、高周波振動している訳でも無いので俺には原理が全く分からないが、ジェーンによるとかなり高額な上に使用するには膨大な量の魔力が必要なだけで、武器としてはわりと有名な魔道具らしい。
動甲冑本体も、入手不能な部品は使用されていないみたいなので、専用機の開発が可能な工業系ギルドでなら何処でも、本格的な整備が出来るそうである。
作業が一段落したので、俺は仕様書を読んでも分からなかった動甲冑の機能についてジェーンに尋ねてみる。
というか、あれは仕様書などでは無く、製品を紹介したカタログみたいなモノとクイックマニュアルみたいなモノを合わせただけのモノでしか無かったのだが。
「なあ、ジェーン。
他の動甲冑と同じくコイツだって出力増幅機能は無いハズだが、高出力時の挙動とかが神経質になるというのはどういう意味なんだ?」
「う~ん、私も使い熟せる訳じゃ無いから、言葉で説明するのは難しいな。
動甲冑をパワードスーツみたいに使うには、自前の『強化』の魔法を発動する必要があるだろ?
ソードだって、それ以外にも動き易い様に色んな魔法を使ってると思うんだが、その全てがまるで水道のホースの先端を勝手に摘まれたみたいに、出力を上げるほど狙った方向へ流れない様な感じになっちまうんだ。」
「俺には、かなりの出力増幅機能が付いている様にしか感じなかったんだがな。」
「どうやらソードは、あの窮屈さやもどかしさを感じ無かったみたいだな。
工業系ギルドで聞いた説明は確かこんな感じだった。
複数の人間で動かすゴーレムと異なり、動甲冑の動力源はたった一人の装着者だから、専用機といえども出力増幅機能を搭載すると過負担となる。
そこでこの動甲冑を設計したエンジニアは、装着者が発動した『強化』の魔法の方向性を調整して、上等竜討伐に最適化する事にしたらしい。」
一部の秘伝は除くが、強化系統の魔法を使用していると、息を止めて走るのと同じくらいに魔力の消耗に苦しむ事になる。
だが、パワードスーツを装着したみたいになれる『強化』の魔法が手軽に使用出来ていたら、この世界の戦闘技術はここまで発達しなかったハズなので、俺はこれで良いと思う。
地球でも第一次世界大戦頃までは、腕力に優れた白人種には武術らしきモノは殆ど存在しなかったのに比べて、非力な黄色人種には世界各地に優れた武術が存在していた。
大半の白人種は全身金属鎧を着た上から大剣の一撃で人間を殺す事が可能だったのに対して、殆どの黄色人種は部分鎧しか着けてないのに剣撃での応酬が必要だったからこそ、非力さを補う為に武術を発達させる事が出来たとも言える。
「まさか、戦闘証明済でも無い、真新しい技術でも使ったのか?」
「いいや。カトゥーンやシネマに出てくる様な新型機じゃないんだから、信頼性や量産性が無く、整備が容易では無い技術を兵器で使う訳がないだろ?
どんなに高性能な兵器でも、実運用環境での技術の信用性が実証されていないシロモノや、既存のツールや技術体系に対応出来ないシロモノや、開発者にしかメンテナンス出来ない様なシロモノは失格だ。」
「じゃあ、あくまでも既存の技術を用いたって事か?」
「そうだ。この動甲冑には、レベル130を超えた人間にしか必要な魔力量を供給出来ない専用機向けの技術や、コスト削減のために量産機では搭載が見送られる事が多かった高価な技術などを盛り込んだだけで、実戦で有効だと証明された技術しか採用されていない。
だが、似通った技術を統合した事により突出した性能を有するに至ったらしい。」
「これも高価な技術か?」
動甲冑の背面上部にある懸架装置の間には、短いフィンノズルみたいなモノが複数存在するので、俺はそれを指差しながらジェーンに尋ねた。
「それはレベル150以上専用だ。
その魔素過給機は、魔力が霧散した直後の魔素を再利用して、無理やり装着者に魔素を供給する事で高速機動を可能にしている。
但し、これは装着者が強化系だけでなく、加速系の魔法も高いレベルで使用出来る事に特化したタイプだから、加速系の魔法の適正が低い私では安全装置が働いて魔素過給機は発動しない。
それに、使用済みの魔素が必要だから、魔力を使わないと殆ど加速しないのに、敵味方を問わず高出力の魔法が放たれるほど急加速するから扱い難いという訳らしい。」
「何かターボチャージャーみたいだな。」
「排気ガスを利用して加速する点では似ているな。
そうでもしなければ、目標とするスピードに足りなかったらしい。」
「分からん事は無いが、何でそんなにスピードに拘るんだ?」
「下等竜を相手にする時みたいに力押しの勝負をするなら、絶妙の角度で受け流す必要はあるが、相手の攻撃と同時にこちらのカウンター攻撃を叩き込めば、何とか出来ない事も無い。
だが、音速で動く上等竜と人間とではそもそも思考速度や反射速度が違うから、単純なスピード勝負に持ち込まれたら神経伝達速度の違いは決定的となる。
そこで、加速系の魔法で高速化している装着者の意識に合わせるために、強化系の魔法で既に高速化している装着者の身体を魔素過給機で更に無理やり高速化出来れば、上等竜とでも勝負になると考えたみたいだな。」
加速系の魔法は人間の意識も神経細胞内の電磁パルスでしかないと想定しているから、コンピューターのクロック周波数などを短時間だけ弄る様にかなりの負荷を脳ミソに与えるのだが、そこへ普段とは違うスピードで動く身体能力を制御するために脳ミソに更に負担が掛かる事になる訳か。
「つまりこの動甲冑は、結構なタイトロープ状態で成り立っているって事か?」
「そうだろうな。
人間が上等竜と戦うなんてのは、無理ゲーを通り越してるからな。フル装備の地上攻撃機を相手にエアガンで戦う方がマシなくらいだ。
それにしても、私は加速系の魔法を短時間しか使えないから、これが動かし易いというソードが羨ましいぞ。」
「爪先がギリギリ届いているせいで窒息死しない絞首刑囚と相性が良い、と言われてるみたいであまり嬉しくないな。」
「贅沢なヤツだ。」
俺たちが動甲冑を片付けていると、ヘルガたちが帰って来た。
いつの間にか日没時間になっていた様である。
◇
夕食後、皆でいつも通りにリビングで寛いでいると、ヒルダが船内の探検をしている時に変な所を通ったらしくて綿埃だらけになった、との話しを聞いたジェーンが予想外の提案をしてきた。
因みに、この大陸間輸送船には魔道具によって都市と同じ結界が張ってあるらしく、人間と馬を除くレベル64以下の生物は入り込めないので、クモの巣などはないハズである。
「ソード。これだけの広さの船舶だ。奴隷を購入して掃除などの保守を任せてはどうだ?」
「奴隷?流石はジェーン。アメリカ人だけの事はあるな。」
「違う!そうじゃない。
この世界の奴隷は、地球の現代人がイメージするアメリカの奴隷とは全くの別モノだぞ!
高い教育を受けているから、古代ローマの奴隷みたいに、もの凄く大切に扱われているんだ。
生涯契約を結んだ傭兵や使用人と言った方が良いくらいだぞ。」
「なるほどな。家臣みたいな者という事か。」
「そういう事だ。
それにこの世界で自ら奴隷になる者には何故か、欲望や野心が無いだけで能力を持て余しているヤツが多い。
彼らは、自分の能力を認めて利用価値を見出してくれる人間を求めているから、主になるには彼らが力を発揮出来る環境や生き甲斐を与えられる事を示す必要がある。
だから、誰でも簡単に主に成れる訳じゃない。向こうにも選択権があるんだ。」
「まるで、仕える主君を探しをしてるみたいだな。」
「だろ?今度の休暇にでもヴァレットギルドへ見に行こうぜ。」
皆にも意見を聞いたが、ヴィクトリアやカールによると意外にも奴隷を所有しているのは貴族よりも、各ギルドマスターや高ランクハンターの方が多いみたいである。
この世界は基本的に、貴族を除くと血縁関係の無い男女は子作りが目的で無ければ一緒に暮さないので、専業主婦という概念も存在しない。
俺たちの様に、ハンターがチーム全員で1件の家に住んでいる事もあるが、その場合は部屋を個別にするのが当然らしい。
その代わりに大半の家庭では通いの使用人を雇っているので、家事一切をヴァレットギルドから派遣された者が請負っている事が多い。
召使や、雑役婦などの下級使用人や、家令、執事、家政婦長、侍女、厨房係、従者、乳母、家庭教師、後見人といった上級使用人の派遣を行なっているだけでなく、奴隷の販売や買取も行なっているみたいである。
俺たちの横でいつの間にかヘレナとヴィクトリアとへルミーネが、どの様な乳母や後見人を雇うかについての相談を始めてしまった
因みに、性交渉については両者の同意が無い状態で行なえば通常の強姦罪が適用されるし、床上手な娼婦や男娼の方が使用人よりも安価なので、そんなアホな事をするヤツはいないとジェーンがわざわざ力説していた。
俺もヘレナと同棲する前に調べたから知っているが、この大陸では個人での売春は税法上禁止されているものの売春自体は禁止されていないし、各店舗で競争しているので安価で性行為が楽しめる。
大概の酒場では2階が娼館になっているから、指名すれば女中が娼婦になったり、給仕が男娼になるし、ハンターギルド内の酒保でも専属の娼婦が女中を兼ねている。
地球とは異なり、この世界にはエイズや肝炎みたいな深刻な病気が存在しない事も、売春が正規のサービス業として成立つ要因に占める割合は大きい。
そう言えば、ヘルミーネの家を訪問した時にはヒルダの護衛をしている傭兵の他にも、通いの使用人が何人かいたのを思い出した。
ヘルミーネの家が壊れた後、ヒルダが俺の家で一緒に住む様になってからは、妊娠で休業中のヘレナたちが家事をやってくれていたから護衛や使用人の存在を忘れていた。
結局、ヴァレットギルドで人材を実際に見てから、値段と合わせて再度相談する事にして今夜はお開きとする。
なお、ギルドでマリーと出会った事も話したが、ジェーンすら無関心でスルーされてしまった。
ジェーンとマリーは単なる知り合いでしか無く、特に仲が良かった訳でも無いので仕方ない。
<続く>
【人物紹介】
ソード……主人公。本名は、惣田真悟。ギルド登録名が、ソード。ステータス上の名前と地球での愛称は、シングル・ソード。ランク6ハンター。黒髪、濃褐色の瞳、黄色人種、身長183cm。
ケイ……主人公の嫁。本名は、惣田恵子。黒髪、濃褐色の瞳、黄色人種、身長173cm、F。
ミユ……主人公の姪っ子。本名は、香田美幸。黒髪、濃褐色の瞳、黄色人種、身長168cm、C。
ジェーン……主人公一家の友人。本名はリサ・タイラー。ギルド登録名が、タイラ・リサ。ステータス上の名前と地球での愛称は、カラミティ・ジェーン。ランク6ハンター。金髪、青色の瞳、白人種、身長178cm、G。
ヘレナ……ソードと同棲中。傭兵ギルドの教育担当。ランク5ハンター。黒髪、青色の瞳、黒人種、身長173cm、F。
ヴェラ……ヘレナの父方の又従姉妹。ランク3ハンター。黒髪、青色の瞳、黒人種、身長168cm、C。
ヴィクトリア……ヘレナの父方の従姉妹。ハンターギルドの契約責任者。ランク5ハンター。黒髪、青色の瞳、黒人種、身長173cm、F。
ヒラリー……ヘルガの母。元ランク5ハンター。赤毛、緑色の瞳、白人種。
ヘルガ……ヘレナの叔母。元ランク6ハンター。赤毛、緑色の瞳、白人種、身長194cm、A。
ヘルミーネ……ヘレナの母方の従姉妹。ヘルガの娘。ランク3ハンター。赤毛、緑色の瞳、白人種、身長192cm、AA。
ヴィクトル……ヘルミーネの母方の又従姉弟。ランク3ハンター。赤毛、緑色の瞳、白人種、身長184cm。
ヒルダ……ヘルミーネの娘。4歳。赤毛、緑色の瞳、白人種、身長104cm。
レナート……ヴィクトリアの同棲相手。ランク5ハンター。黒髪、青色の瞳、黒人種、身長184cm。
カール……ヘルミーネの同棲相手。ハンターギルドの渉外担当。ランク4ハンター。黒髪、濃褐色の瞳、黄色人種、身長190cm。
マリー……主人公の元相棒。本名はマリー・ムーア。ギルド登録名が、マリー。ステータス上の名前と地球での愛称は、ブラッディ・マリー。ランク6傭兵。黒髪、濃褐色の瞳、黒人種、身長173cm、B。
【基本魔法紹介】
『探査』……亜人の視力や視覚を再現したもの。実際に視力を強化している訳ではなく、周囲へ魔素を放って反響する魔素を知覚し、視覚と共感覚を引き起こしているだけなので、可視光線以外の映像を視ることも出来る。
『強化』……亜人の頑丈さとパワーやスピードを再現したもの。実際に筋力や筋肉を強化している訳ではない。
【秘伝魔法紹介】
『倉庫』……倉庫に居る光景を再現したもの。容量は個人の力量に比例し、一度構築すれば状態の維持に魔力は消費しないが、出入り時には質量に応じた魔力を消費する。床が存在する正方体の空間で、人間が居住可能。
『浮遊』……羽根が空中を舞う様子を再現したもの。高所から落ちた時に落下速度を抑える。減速出来る質量や速度は個人の力量に比例し、接触が無くなると10秒程で霧散する。
『飛翔』……グリフォンの飛翔を再現したもの。実際には空中に浮遊している訳ではなく、目標座標に向かって自身が落下しているだけである。
『加速』……吸血鬼のスピードを再現したもの。実際に筋力や筋肉を強化している訳ではなく、雷撃系統の魔法を用いて脳の処理能力や神経の伝達能力を増加させているだけである。
『必殺』……標的の体温や脳波を追尾して攻撃を誘導する中等竜の爪撃を再現したもの。ロックオン可能な標的の数は個人の力量に比例する。マーカーを付けるだけなら無限に可能だが、マーカーの識別は出来ない。
【その他】
シルヴェストル辺境伯領……主人公が転居してきた街。アロイジウス王国の最北端に存在する。
アロイジウス王国……アドルファ王国と深淵の森を挟んで真南に500マイルほど離れた所に在る隣国。
シグブリット辺境伯領……主人公が住んでいた街。アンブロシウス王国の最南端に存在する。
アンブロシウス王国……アドルファ王国の北東に800マイルほど離れた所に在る隣国。
ジルヴェスター辺境伯領……主人公が最初に辿り着いた街。アドルファ王国の最南東に存在する。
アドルファ王国……ジルヴェスター辺境伯領が所属する国。碧翠大陸の中央辺りに存在する。




