第71話
■2015/08/30 誤字脱字の修正、及び表現の一部変更を行いました。
第71話
◇
俺の左上腕部には、外人部隊時代に海兵隊との合同演習中に負った火傷の傷痕を隠すために、大剣の形状をしたトライバルタトゥーが入っている。
しかも、その加害者である友人が俺と同じタトゥーを胸元に入れたのを切っ掛けにして、他の友人たちまで真似をしてしまい、いつの間にか仲間の証みたいなモノになっていた。但し、殆どの奴らは、クールなデザインの十字架だと勘違いしていたらしいが。
弾薬が切れるまでぶっ放した直後の機関銃の銃架が壊れた際に、高温となっている銃身ごと俺に倒れかかってきたのはカラミティ・ジェーンという愛称で呼ばれていた女性兵士である。
彼女は、妹の手術費を稼ぐために海兵隊を退役して傭兵となり、妹が完治して暫くした頃に麻薬カルテルとの戦闘中に行方不明となってしまった。
そもそも、日本へ帰国する予定だった俺が、急遽傭兵となったのは彼女の代わりである。
◇
アラクランノイドどもから逃げ帰った翌日の早朝、昨日と同じメンバーと一緒に早目にギルドへ赴いた俺の眼に、受付嬢と話している短髪の女性ハンターの横顔が映った。
それは、初めて出会った頃のカラミティ・ジェーンに瓜二つである。
もしかしたら4人目のそっくりさんかも知れないが、同じ任地に居たのだから、彼女が同じ世界に飛ばされていた可能性もある。
いや、金髪に青色の瞳の白人種、自己主張の激しい釣鐘形の巨乳と、引き締まったウエストだけでなく、大きく開いた胸元に見える大剣の形状をしたトライバルタトゥーからして、本人に間違いあるまい。
しかし、本当に本人だとしたら俺やケイと同じ年齢のハズなのに、二十代前半くらいに若返った様に見える。
という事は、こいつもレベル100を超えているハズだ。
「知り合いを見つけた。先に会議室へ行っててくれ。」
「あいよ。」
一瞬だけ呆然としてしまったが、ヘルガたちにそう言うと俺はそのまま彼女に近づいていく。
「へい、お前は、カラミティ・ジェーンか?」
「違う!私の名前は、タイラ・リサだ!!」
俺の英語での問いかけに振り返りながら英語で答えた彼女は、俺の顔を見るなり驚いた表情をして固まった。
そして数秒後、彼女は以前同様に流暢な日本語で俺に話しかけてきた。
「お前、シングル・ソードか?」
「やっぱり、カラミティ・ジェーンじゃないか!」
「私の本名は、平理沙だって何度も言ってんだろ!」
彼女の両親はともにアメリカ生まれのアメリカ人だったし、ジェーン本人も生粋のアメリカ人だが子供の頃から日本のカトゥーンが大好きで、ハイスクールに上がる頃には日本人と遜色無いほど日本語が話せる様になっていたくらいのギーグである。
それが高じて、彼女は普段から堂々と日本人を騙っていた。
もっとも、ガキの頃から友人にはカラミティ・ジェーンとかジェーンと呼ばれており、偽名の「平理沙」どころか本名の「リサ・タイラー」と呼ぶ者も誰一人いなかったらしい。
「ジェーン。お前も南米からこの世界に飛ばされたのか?」
「ああ、その通りだ!
しかし、異世界からマレビトが来たなんて噂は、この10年間ほど聞いた事が無かったんだがな。
ソードはいつ来たんだ?」
俺がこの大陸の公用語で尋ねると、彼女も同じ言語に切り替えて会話を続けた。
「10年?俺は今日で416日目だが、お前はどれだけの期間いるんだ?」
「相変わらず細かい奴だな。
ステータスを読めば分かると思うが、私は今年で26年目だ。
もう直ぐランク7ハンターになるぞ。」
「26年?ランク7?」
地球から持ち込んだ腕時計とこの世界で入手した懐中時計とで比べると、時間は数十年間で1日間程度の差異になるくらいしか違わないが、1年間の日数は7日間ほど違うので、地球だともっと経過している可能性もある。
「ああ、そうだ!
でも、お前以外の男とは1渡も寝てないから安心しろ!」
俺はケイ以外とも女性経験がそれなりにあるが、ケイも含めて全員に俺は酔い潰れたところを襲われて関係を持つ事になった。
特にジェーンとは、男性兵士だけで飲みに行ったハズなのに気が付くと2人で褥を共にしていた事が何度もある。
しかも、合同演習期間中の休暇には毎回一緒に出かけていたくらいに、ジェーンは俺の嫁のケイとも仲が良い。
それなのにジェーンは、ケイの目の前でも平気で俺に粉をかけてくるという図太さだ。
そんなジェーンの態度に、ケイは怒るどころか面白がっている始末であった。
何かする度に周囲が慌てふためく様子や周囲を混乱に陥れる様な行為を平然と行う様子など、「彼女がいる場所には惨事が起こる」といわれたジェーンと、「悪意のない愉快犯」といわれたケイは非常に気が合ったのだろう。
恐らく、ケイと同じ様な性格をしているヘレナともジェーンは気が合いそうである。
「そりゃあ嬉しいね。」
「丁度良いや。ケイはこっちに来てないんだろ?今度は堂々とヤりまくろうぜ!」
恥ずかしくなった俺が英語で答えると、彼女も英語に切り替えた。
「残念だな。ケイは居ないが、ケイにそっくりな女と暮らしているし、子供も出来たんだ。」
「相変わらず、手の早い野郎だな!」
「いやいやいやいや、俺から手を出したことは一度もないぞ!」
「何言ってやがる。お前は結局、私の部隊の乳のデカい女全員と寝たじゃねえか!
まあ、良いや。その女の次は私と子作りだからな!」
この大陸の婚姻は地球の先進国と形態が大きく異なり、基本的に子供が乳離れしたら離婚する事になるので、暫く待てば他の人間とも結婚する事が出来る。
その代わり、結婚中に番いの合意を得ずに他の異性と淫行を行ったりしたら、姦通罪が適用されて去勢刑が執行されることになるので、浮気する様な勇者は極少数しかいない。
勿論、番いの合意を得た上でハーレムにすれば問題にはならない。
「ジェーン。お前、レベル幾つだ?」
「レベル246だ!」
「俺は未だレベル161だぞ!レベル差が50以上もあったら子供は絶対に出来ないハズだろ?」
「2年間も経たずにそのレベルになったんなら、直ぐに追いつくさ!
私がレベル160くらいになったのは確か、この世界に来て5年目だったし、それから2~3年間ほどでレベル200くらいになった記憶がある。
その代わり、レベル200を越えると、それ以降はなかなかレベルアップしないけどな。
それに、お前もレベル100を超えてる様だから、レベル100毎に寿命が延びる事は知ってるだろ?時間ならたっぷりあるさ。」
受付嬢だけでなく、周囲に居る全員が俺たちに奇異な視線を向けているのに気付いたので、俺はジェーンを引き摺ってギルドビル入口横にある酒保のカウンター席へ向かった。
恐らく、ランク6ハンターが2人して、未知の言葉を使って話している事が原因で注目されたのだろう。
ウエイターに注文した炭酸水を受け取ると、俺たちはこの大陸の公用語に切り替えて会話を再開した。
「それにしてもジェーンは、相変わらず流暢に話すよな。感心するよ。」
「まあな、言葉は未踏の領域への架け橋である、って言うだろ!
言葉を覚えるのなんて、地道に続けさえすれば何とかなるもんだ。」
それって確かアドルフ・ヒトラーの言葉だった様な気がするが、まあ良いか。
ジェーンは言語学の才能が特にあるという訳でもないのに、純粋な努力だけで複数の言語をネイティブ並に話せるのだから驚きである。
この辺は『一点突破』こそが彼女の信条である事も影響していると思われる。
「それで、ジェーンは何しにこの街へ来たんだ?」
「聞いてないか?僭神の使徒が見つかったって話しを。」
「それは知っている、というか見つけたのは俺たちだからな。」
「そりゃあ、丁度良いや。そいつに風穴を開けるのに協力してくれ!」
「それは構わんが、何でそんなにランク7ハンターになりたいんだ?」
「ランク7ハンターになる事は序でだ!
私の目的は、2年くらい前に私の右腕と相棒を食った下等竜に、確実に落とし前を付けさせるだけの力を得る事だ!」
「見たところジェーンの両腕は健在な様だがな。」
「これは、自分の細胞を使用して欠損部位を再生する医療技術の賜物だ。無茶苦茶高価だったがその価値があった。」
「それって失った腕も生えるのか?」
「脳ミソと心臓さえ無傷なら、丸ごと再生も可能らしいぞ。」
「脳ミソだけじゃ駄目なのか?」
「詳しくは知らないが、心臓が無いと人格がどうのこうのと言っていた。」
「そうか。まあ、良いや。
それで、ジェーンの標的はどんなヤツなんだ?」
「深淵の森の浅い領域で突然襲って来た下等竜だ。
番いの雄の方は相棒と協力して何とか仕留めたんだが、あいつは逃げたと見せかけて、深淵の森の端に先回りして待ち伏せしてたんだ。
私は片腕を食い千切られながらも、何とかあいつの首を半円形に斬り裂いてやったんだが、あいつは死んだふりしてやがった。
結局、私の手当てをしていた相棒の頭を食い千切って、あいつはまんまと逃げて行ってしまった。
多分そいつの頸部と胸部の境目には、月の輪熊みたいな三日月形の傷痕が残っているハズだ。」
「ん?」
「どうした?」
「もしかして、そいつの翼の付け根とか、太腿や脚の甲にも斬り付けたりしたか?」
「ああ。相棒がアイツの翼の付け根に斬りつけて地面に叩き落としたあと、ブレス攻撃を防ぐために私が脚の甲に槍を突き刺して地面に縫い止めたんだ。
そこへ相棒がアイツの太腿をぶった斬って転ばしてから、私が首を抉ってやったんだ。
それがどうかしたのか?」
「なあ、ジェーン。俺のステータスの称号は読み取れるか?」
「ああ、多分な。」
「じゃあ、読み取ってくれ。」
「ちょっと待ってろ。こういうのはあんまり得意じゃないんだ。」
「どうだ?」
「なっ?!お前はそのレベルで下等竜を仕留めた事があるのか?」
「ああ。しかも、頸部と胸部の境目に月の輪熊みたいな三日月形の白い斑紋が入っている下等竜だった。」
「マジか、それ?何時、何処で殺ったんだ?」
「この世界に来た当日で、アドルファ王国のジルヴェスター辺境伯領から、深淵の森へ約30マイルほど奥へ入った場所だった。
多分、骨くらいは未だ残っているハズだ。
俺は『転移』の魔法が使えるから、何なら連れて行っても構わんぞ。」
「是非頼む!」
今にも出掛ける気だった俺たちに、カトゥーンのナル○に出てきた写輪○みたいなコロボーマ眼を持つ神秘的な受付嬢、カーラが声を掛けてきた。
「ソード。既に皆さんが会議室でお待ちです。お急ぎ下さい。
それとタイラ・リサ。ギルドマスターがお会いするそうです。ご案内します。」
「了解した、カーラ。
悪いな、ジェーン。昨日やり残した仕事が残ってたんだ。日没には戻って来るから、出来ればここで待っててくれ。」
「分かった。どうせ今日は1日中、情報収集するつもりだったんだ。また、後でな。
カーラ、案内を頼む。」
ジェーンはカーラに付いて行き、俺は皆が待つ会議室へ向かった。
◇
0630時丁度に会議室に入ると、俺を待っていたのはヘルガたちだけでなく、駐留軍や諸侯軍の士官とハンターたちも昨日と同じ全く面子だった。
そのため、特に打ち合わせる事もなく、軽い雑談だけして0640時には直ぐに出発となる。
但し、合流した兵士たちの中には、流石に昨日醜態を晒した様な、如何にも研究職といった感じの虚弱そうな者の姿は無い。
今回、体力のない若い研究職は後から簡易転移門で呼び寄せる事にしたらしいが、そんな事が出来るなら昨日もそうして欲しかった。
◇
僭神の眷属を探し回っているのは、動甲冑を着込んだ強化人間の百人隊だけではなく、駐留軍の百人隊3個と諸侯軍の百人隊6個も動甲冑を着けて行動しているらしい。
とは言え、たったの千人が十人隊ごとに別れて、この広大な深淵の森の中を効率よく規則的に動き回っているので、俺たちは道中で彼らの姿を全く見掛けなかった。
だが、俺たちが何体か見かけたアラクネやミュルミドネスなどを放置して先を急いでも、連絡を受けた彼らが始末してくれたらしい。
未だ、アラクランノイドや使徒は見つかっていないみたいだが、どうせジェーンたちランク6ハンターが参戦するのは早くても明日以降なので、今日は見つからない方が良いと思う。
今回はヴィクトルとヴェラの巡航速度で進んだ事もあって、城壁都市と深淵の森との間にある10マイルほどの草原地帯および、深淵の森の中を直線距離で13マイル弱ほどを、合わせて約6時間半くらいで駆け抜け、無事に縦穴に到着した。
昨日の8割ほどの時間しか掛かっていないし、最初にここへ来た時よりも早い時刻だったので大休憩とし、昼食として持参した弁当を地表でのんびりと食べる。
ここから未だ6マイルほど地下通路の中を進む必要はあるが、樹木の生い茂ったジャングルの中を蛇行しながら走り続けるのに比べれば、綺麗に成形された石道を真っ直ぐに駆け抜けるのは遥かに楽なハズだ。
昼食後、俺を先頭にしてトンネルに潜ると、地表を走っていた時とは比べ物にならない速さで疾走した。
先日と打って変わって、トンネル内には大量のムシや爬虫類が入り込んでいる。
暗視モードと音響モードで『探査』の魔法を使用しながら進んでいたら、先日ヘルガが穿った縦穴付近に何かが居る事が分かった。
俺たちは、そいつと接触するのに後300ヤードくらいまで近寄ってから、駆け足を止める。
ここから、そいつのステータスを読み取ってみるとレベル191で、亜竜の一種であるラミアである事が分かった。
俺たちがランク6の危険生物を相手にするのは、ヒュドラー以来久々である。
ラミアは亜竜以外にも大蛇など色々な種類がいるらしいが、今回の相手は上半身が見目麗しい乙女型という訳ではなく、単に細い2本の前脚が生えた巨大なコブラといった感じの姿をしていた。
俺は、先日購入したばかりの総金属製のヴォウジェを構える。
そして、ラミアまで十ヤードほどの距離まで『飛翔』の魔法を使って一気に接近し、ヴォウジェで斬り掛かった。
ラミアは亜竜だけあって同程度のレベルのドラゴニュートよりも再生能力が高いが、魔獣と呼ばれるほどの知性はない危険生物でしかないので、所詮は俺の敵ではない。
ラミアの動きが鈍った所で、俺はヴォウジェを相手の心臓付近で横一文字に振り抜いて真っ二つにした。
周囲に脅威がいなくなった事で、槍を担いだレナートが俺に近寄ってきて声をかけてくる。
「亜竜のラミアなんて、初めて見たぞ。」
「長年ハンターをやってきたけど、亜竜のラミアを見るのは私も初めてだよ。
標本も記録も存在するらしいけど、実物を狩ったなんて話しすら聞いたことがないからね。」
「少なくともシルヴェストル辺境伯領では、過去1度も亜竜のラミアの目撃例はないな。」
27年以上もハンターをしているヘルガも見た事がないと強調し、この中で最年長の駐留軍の百人長も同意する。
「別に僭神の眷属という訳でもないだろ?」
「今のところ、そういった報告例は一切ない。」
俺の問いかけにプロレスラーみたいな体格をした研究職の兵士が断言した。
「じゃあ、問題ないよな?」
「そうだね。亜竜だから高値で買い取ってくれるハズだよ。」
俺が尋ねながら『収納』の魔法の中にラミアを格納すると、ヘルガが嬉しい返事をしてくれた。
◇
ラミアの死体があった場所から数ヤードも進むとトンネルが終わり、広大な空間が広がっている。
他にも危険生物が入り込んでいないかを調べたが、縦穴付近に亜竜がいたお陰で、色々なモードの『探査』の魔法を駆使しても、他にはネズミ一匹見つからなかった。
ヘルガが苦心して穿った縦穴の外にも出て一応周辺の確認をした後、駐留軍の兵士たちが爆薬と魔法で縦穴を塞いでしまう。
ランク6の危険生物がいつ潜り込んでくるか分からないと言って、彼らはトンネルとの境界も埋めてしまった。
諸侯軍の兵士が『収納』の魔法の中から十数個の簡易転移門を取り出して設置しており、今後はこれを使って出入りするつもりらしい。
俺たちは遺跡の内部を一通り案内した後、龍神像の残骸を埋めた場所へ研究職たちを連れて行った。
これで、やっと一仕事が終わった事になる。
俺たちは彼らに起動して貰った簡易転移門を使用して軍本部へ移動し、そこからギルドへ戻って処理を行い、報酬を受け取って状況終了となった。
単なるお使い程度の気軽な仕事だったハズなのに、2日間に渡る大変な仕事になってしまったのは遺憾である。
◇
俺たちが報告のためにギルドへ戻ってきた時には、ジェーンは未だ外出中だった。
未だ1700時になったばかりだから仕方がない。
そのため、他の皆を先に帰宅させ、俺一人でジェーンの帰還を待つことにする。
この街に転居する直前に俺は工業系ギルドで、斧刃や鉤爪だけでなく柄まで金属製のヴォウジェを2本購入したのだが、これがまた高価で、量産品のハルバートの十数本分もの値段に当たる大金貨10枚、約10万ドルにもなった。
工業系ギルドのウリ文句に「折れず、曲がらず、切れるハズ」と書かれていたのを気に入って、衝動買いしてしまったモノだ。
この世界にきてから、俺は何本もの槍や剣を駄目にしてきたが、レベル150を超えてから一番多い不具合は柄が折れるか、曲がる事だった。
木製の柄だけでなく、木製の柄の中心に鉄心が入っているモノや木製の柄を鉄パイプで被覆したモノも同様で、俺の異常な膂力に耐えられず、木製バットみたいに簡単に壊れてしまう。
重装兵用の総金属製のハルバートなら普通に発売されているが、ヴォウジェに慣れた今となっては使い難い。
そこでワザワザ、こういった変わり種を探していたのだが、値段だけの価値があり、今のところ非常に重宝している。
俺は、ハンターギルドから徒歩数分間ほどの場所にある工業系ギルドに赴いてみた。
この街にも少数ながら傾奇者が居るので、変わり種の武器を探しに来たのだが、期待したようなモノはなかった。
ハンターギルドに戻ると俺は酒保でビールを飲みながら、ジェーンの帰還を待つことにした。
日没直前、俺が2杯目のビールを飲み干したところでジェーンが戻ってくる。
ジェーンも晩飯を未だ取っていないらしいので、俺は彼女を連れて借家へ帰宅した。
玄関脇の洗面所で手洗いを終えて、ダイニングルームに入ろうとした所で、駆け足で近づいてきたヒルダが俺に飛びつきながら名前を呼ぶ。
「ソード!」
「ヒルダ。今日は何をしてたんだ?」
俺はしゃがみ込んでヒルダを受け止めてから、抱きしめながら声をかけた。
「あのね。きょ・・・」
「おぉ!可愛い!!ソードの娘か?」
ヒルダの返事を遮って、ジェーンが大声を出したので、俺は苦笑しながら説明する。
「違う。姪っ子みたいなモノだ。」
しかし、ジェーンは俺の返事を聞かず、ヒルダの後を付いて来たヘルミーネを凝視していた。
「あっ!ヘルガじゃないか!!久しぶりだな。私の事を覚えているか?」
ジェーンはヘルミーネを見てそう言った。
「タイラ・リサかい?二十何年ぶりだってのに、あんたは変わらないね。」
ヘルミーネの後ろから皆と一緒に出てきたヘルガがジェーンに話かけた。
「ん?ヒラリー!元気だったか?」
「違うよ。私がヘルガだよ。」
「え?じゃあ、この娘は?」
ジェーンはヘルミーネに視線を向けて、ヘルガに尋ねる。
「私の娘、ヘルミーネだよ。」
「へぇ、若い頃のヘルガにそっくりだな。それにヘルガ、お前もヒラリーに瓜二つだぞ。」
何やら、ジェーンとヘルガが盛り上がっているが、俺も含めて皆、状況が良く分からない様なので代表して尋ねてみる。
「ジェーン。ヘルガを知っているのか?」
「ああ。ランク5ハンターだった頃、ヘルガの母親のヒラリーと組んでた事があるんだ。
あの時はヘルガが妊婦だったけど、あのお腹の中にいた子がヘルミーネなのか。」
「ジェーン?ソード、あんたこそ何でタイラ・リサの事を知ってるんだい?」
俺がジェーンと呼ぶ事を訝しげにしながら、ヘルガが問いかけてきた。
ハンターギルドに登録してある名前は「タイラ・リサ」だが、ステータス上の名前は「カラミティ・ジェーン」である事をヘルガも知っているみたいである。
「こいつとは同郷なんだ。」
「あんた、やっぱりマレビトだったのかい?」
「え?」
ヘレナとヘルガを除く全員が大声を上げて驚いた顔をしているが、俺が抱きかかえているヒルダだけは周りが一斉に大声を出した事に驚いているだけの様で、珍しげに皆を見回している。
ジェーンは俺がマレビトだと告げていなかった事に驚いているみたいだ。
「ヘルガは気づいていたのか?」
「まあ、あれだけトンチンカンな事を尋ねてくるし、年齢がアレだから、タイラ・リサと似てるなとは思ってたんだよ。
でも、蘇生術で生き返った可能性も捨て切れなかったのさ。」
ステータスを読み取る能力にはかなりの個人差があるので、大半の者が読めるのは名称とレベルだけであり、称号や加護が読める者は専門職に就けるほど少なく、年齢が読める者に至っては稀有らしい。
更に、年齢まで読める者でも俺のように自分と大差ないレベル以下の者のステータスしか読めなかったり、ヘレナのように自分よりかなり上のレベルの者の称号や加護も読めるが年齢は一切読めなかったりするなど、千差万別である。
どうやら、ヘルガは年齢まで読めるみたいだ。
「蘇生すると年齢がリセットされるのか?」
「そうらしいよ。それと蘇生術を使うと大半のエピソード記憶は残るのに、意味記憶の大部分が失われるみたいだよ。」
「そうなのか。ありがとう。
話しを戻すが、俺がマレビトである事は、同棲する前にヘレナには話してあ・・・」
「ケイじゃないか!おまえもこの世界に来てたんだな?」
俺の言葉を途中で遮って、ジェーンがヘレナに近寄って声をかけた。
「違う!」
「え?何が?」
ヘレナがいつも通り要点だけ告げるが、ジェーンは分かっていない。
「だから、ケイは来てない、と言っただろ!彼女はヘレナだ。」
俺が説明したのに、またしてもジェーンは聞いておらず、今度はヴェラに近づいて話しかけている。
まるで初めて遊園地に遊びに来た子供みたいに浮かれているようだ。
「ミユ!おまえも来てたのか?それにしても綺麗に焼けてるな。」
「え?」
ケイは、ミユを夏休みの度にヨーロッパの官舎へ招いていたのだが、その最中に何度かジェーンも遊びに押し掛けて来ており、2人はカトゥーン談義で意気投合していた。
「彼女はミユじゃない!ヴェラだ。」
「そう言えば、サイコパ○2の続きがどうなったのかを教えてくれ!未だ本国でDVDが発売してないんだ。―――」
「え?え?え?」
俺の説明など全く聞いていないし、ヴェラが慌てふためいているのにも気づかず、ジェーンはカトゥーンの話しを始めてしまった。
「俺の話しを聞け!」
「ンキャー!!」
俺はジェーンのけしからん胸の突起物をワシ掴みにして、注意を喚起する。
「な、何をするんだ!ソード!」
「それはこっちのセリフだ。おまえはヒトの話しを聞かずに何をしてるんだ?」
ジェーンが真っ赤な顔をしながら胸を庇うように腕を交差させて抗議してくるが、俺は構うこと無く詰問した。
こいつは昔から、自分から攻める時には羞恥心の欠片もないが、自分が攻められると途端に羞恥心を露わにする。
「いつも通り、ミユとカトゥーンの話しをだな・・・」
「ケイもミユもこっちの世界には来ていない、と言っただろうが!」
「え?じゃあ、彼女たちは誰だ?」
「だから、ヘレナとヴェラだと説明しているだろう。」
「2人とも肌の色が違うくらいで、顔立ちだけでなく体格や仕草もそっくりだぞ!」
実際には瞳の色も違うのだが、ミユがジェーンと居る時にはカラコンを着けていたせいで、全く気にして無いみたいである。
「そんな事は俺の方が良く知ってるよ。」
ジェーンがヘレナとヴェラの顔を交互に凝視していると、気恥ずかしさに堪り兼ねたヴェラが俺に尋ねて来る。
「あの、ソード。ミユって誰の事かな?」
「ミユってのは俺の姪っ子だ。因みに故郷にいる俺の番いがケイで、この世界に来る前に結婚5年目だったが子供はいなかった。」
実際には避妊していただけだが、この世界だと結婚後2~3年間経っても子供が出来ない場合は離婚するのが一般的だから、この場では姦通罪だと思われない様に誘導出来ればそれで良い。
ヘレナには説明済みの事なので、彼女は全く気にした様子もなく、炭酸の抜けたソーダ水みたいな表情でジェーンとジーと見つめ合っている。
「姪っ子か~。そうなんだ。そんなに私に似てるのかな?」
「肌の色が違うくらいしか、見た目の違いはないな。」
何故かヴェラが照れながら俺に問い掛けてきた。
ヴェラには既に父母がいないので、俺が姪っ子の様に見ている事を喜んでくれているのなら良いのだが。
そこへヴィクトリアが進み出て来る。
「皆さん、夕食が冷めてしまいます。話しの続きは食後にしましょう。」
ヴィクトリアの提案を受け入れて、ジェーンを含めた全員で食堂へ行く。
今日はカールが遅番の日のために居ないので、ジェーンが彼の席に着いたのだが、ヘルガがヴィクトルと席を替わり、ジェーンの横に座った。
俺はヴェラとヴィクトリアから質問攻めに合ったが、ジェーンはヘルガと楽しげに思い出話しをしていた様である。
食後はリビングルームへ移り、ジェーンのトークショーとなっていたが、『猪突猛進』を信条とするヘルガファミリーと似たような気質の彼女は皆に受け入れられたようで、最後には人見知りするヒルダまで抱きついていた。
友人が家族や他の友人に受け入れられるのは嬉しいものだ。
逆に不安なのが、ジェーンがヘレナに耳打ちするくらいまで、2人が異様に打ち解けていたことだろうか。
地球でも俺はケイとジェーンのタッグに手を焼かされていたので、悪夢が再現しそうである。
◇
そして、ジェーンは風呂を浴びた後、客室へ引っ込む間際に意味深なセリフを吐いて行った。
「そう言えば、何人かのマレビトにも会ったんだが、お前の知ってる奴もいるぞ。じゃあな。お休み、良い夢を。」
地球から持ち込んだ腕時計の表記からしてもこの世界に来てから1年間以上が経過しているが、ジェーンと俺が南米から消えた間隔は1ヶ月間ほどなのに、この世界に現れた間隔は24年間以上も開いているので、時間の流れがリンクしていない可能性が高い。
自分に都合よく考えれば、仮に今すぐ地球に戻ることが出来れば、大して時間が経過していない、という事すらありえる。
だが、俺の知り合いで南米のあの場所にいた者の中で、行方不明者などジェーンしか思い浮かばない。
もしかして、俺の後に行方不明になった者が、俺より先にこの世界に来ていたのだろうか?
そうすると仮に地球に戻れても、未来だったり過去だったりして、元の時代というか時間帯と同じとは限らなくなる。
それとも、南米以外の場所で行方不明になった奴が来ているのか?
その晩、俺は悶々として悩み続けて一睡も眠れなかった、という事は無く、そうそうに見切りをつけて眠りに入った。
数分間考えても結論が出ない場合には、判断材料や前提条件などが足りない事が多いので、それ以上考え続けても時間の無駄である。
後日、新たな情報を得てから考察を行う事にした。
勿論、緊急性や危険性が全く無いからこその後回しである。
<続く>
【人物紹介】
ソード……主人公。本名は惣田真悟。ステータス上の名前が、シングル・ソード。ランク6ハンター。
ケイ……主人公の嫁。本名は、惣田恵子。
ミユ……主人公の姪っ子。本名は、香田美幸。
ヘレナ……ソードと同棲中。傭兵ギルドの教育担当。ランク5ハンター。
ヴェラ……ヘレナの父方の又従姉妹。ランク3ハンター。
ヴィクトリア……ヘレナの父方の従姉妹。ハンターギルドの契約責任者。ランク5ハンター。
レナート……ヴィクトリアの同棲相手。ランク5ハンター。
ヘルガ……ヘレナの叔母。元ランク6ハンター。
ヘルミーネ……ヘレナの母方の従姉妹。ヘルガの娘。ランク3ハンター。
ヒルダ……ヘルミーネの娘。4歳。
カール……ヘルミーネの同棲相手。ハンターギルドの渉外担当。ランク4ハンター。
ヴィクトル……ヘルミーネの母方の又従姉弟。ランク3ハンター。
ジェーン……主人公の友人。本名はリサ・タイラー。ステータス上の名前が、カラミティ・ジェーン。ランク6ハンター。
【基本魔法紹介】
『探査』……亜人の視力や視覚を再現したもの。実際に視力を強化している訳ではなく、周囲へ魔素を放って反響する魔素を知覚し、視覚と共感覚を引き起こしているだけなので、可視光線以外の映像を視ることも出来る。
『収納』……麻袋などに物体を放り込むという光景を再現したもの。自由に出し入れできる収納空間。容量や時間の流れは個人の力量に比例し、一度構築すれば状態の維持に魔力は消費しないが、出し入れ時には質量に応じた魔力を消費する。生きているモノも入れられるが、消失する事がある。
【秘伝魔法紹介】
『転移』……転移門の機能を再現したもの。自身だけでなく接触している任意の物体にも作用し、距離や容量は完全に個人の力量に比例する。
『飛翔』……グリフォンの飛翔を再現したもの。実際には空中に浮遊している訳ではなく、『落下』の魔法と似た様なモノで目標座標に向かって自身が落下しているだけである。
【その他】
シルヴェストル辺境伯領……主人公が転居してきた街。アロイジウス王国の最北端に存在する。
アロイジウス王国……アドルファ王国と深淵の森を挟んで真南に500マイルほど離れた所に在る隣国。
シグブリット辺境伯領……主人公が住んでいた街。アンブロシウス王国の最南端に存在する。
アンブロシウス王国……アドルファ王国の北東に800マイルほど離れた所に在る隣国。
ジルヴェスター辺境伯領……主人公が最初に辿り着いた街。アドルファ王国の最南東に存在する。
アドルファ王国……ジルヴェスター辺境伯領が所属する国。碧翠大陸の中央辺りに存在する。




