第67話
■2015/08/15 誤字脱字の修正、及び表現の一部変更を行いました。
第67話
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俺とレナートが『倉庫』の魔法の中にある大陸間輸送船上の家に帰ると、玄関ホールで身長6フィート3インチのゴリラみたいに毛ムクジャラの大男が、身長3フィート5インチの幼児を追いかけている光景が目に入ってきた。
何の事はない、休暇だったカールがヒルダの機嫌を取ろうとして話しかけながら追い回しているだけである。
今では数日に1回くらいの恒例行事となっているので、ヒルダも笑いながら鬼ゴッコ気分で走り回っているが、これを始めた当初のヒルダは涙目になって本気で逃げ回っていた。
元々は、龍神の像の存在に憤ったカールの怒鳴り声に驚いたヒルダが、カールを怖がって避け始めたのが原因で、それを憂いたヘルミーネの監督の基で始められた仲直り策である。
母親のヘルミーネだけでなく、妊婦とはいえランク5ハンターのヘレナかヴィクトリアの何方かも事故が起きない様に見張っているので、安全には配慮しているらしい。
ルールは簡単で、カールからはヒルダの3フィート以内に近寄ってはならないし、俺かヘルガが帰って来たら終了なので、それまでにヒルダから歩み寄る様にカールが説得するだけである。
とは言え、大陸間輸送船内には幼児なら何とか入り込める通気口が沢山あるせいで、本来ならカールがヒルダに近寄る事自体が難しい隠れんぼみたいな遊びとなっている。
ヒルダが玄関ホールに居たのは、そろそろ俺かヘルガが帰宅する時間になったからであろう。
「カール、悪いな。タイムアップだ。」
「ソード!」
カールに俺が声をかけると、ヒルダが駆け寄って来た。
「ヒルダ、カールとの追い駆けっこは楽しかったか?」
「うん。楽しかった。」
俺がしゃがみこんで目線を合わせながら問いかけると、走り回っていたせいで未だ息が乱れているのに嬉しそうに笑いながらヒルダがそう答えた。
「だそうだ、カール。良かったな、大分打ち解けたみたいじゃないか。」
「そりゃあ、この前までに比べれば遥かに改善したけど、未だ昔の状態には戻って無いんだよ。」
「お姫様はそう簡単に微笑んだりしないさ。頑張れよ、カール。」
「分かってるよ。」
「ヒルダ、今日はどうやってカールを翻弄したんだ?」
「えっとね。―――」
ヒルダが屈託の無い笑顔をしながら、今日の出来事を何とか説明しようとして拙い言葉でマシンガントークの様に話す内容を聞いていると、郷にいた頃を思い出す。
俺が修めた武術も、ガキの頃は鬼ごっこや隠れんぼに似た遊びを積極的に行って、心肺能力の向上や地形を利用することを楽しんで覚えたモノだ。
浄化の炎で焼かれた土を『倉庫』の魔法で作った空間の中に敷き詰めてあるが、どういった原理かは分からないものの既に一面が芝生みたいな草で覆われているし、最初に土を運び込んだ場所では樹木が数インチほどに伸びている。
しかも、土を転送した際に均していなかった事が功を奏して丘や窪みが出来ているので、数年間も経れば自然公園みたいな場所になるはずである。
その頃には俺たちの子供も今のヒルダくらいには大きくなっているだろうから、この場所を元気に駆けまわっているだろう。
◇
夕食後の席でミュルミドネスの話しをすると、俺たちの後にギルドに寄ったヘルガが最新情報を教えてくれた。
「ヘルガ。何でそんなに大騒ぎになっているんだ?」
「ムシ系の僭神は、普通は蜘蛛系統である事が多いんだよ。
だけど、前回のシグブリット辺境伯領で関わった蟲神と、今回のミュルミドネスが仕える僭神の2柱に関しては、これらの僭神を崇拝する狂信者の討伐記録があるだけで、何のムシなのかも分からないタイプらしいんだよ。
つまり、有効な対策が全く分からないから不安って訳じゃないのかね。」
俺の問い掛けにヘルガが応える。
「なるほどな。
しかし、対策が分かってたら何とかなるモノなのか?」
「ソードの懸念通り、何方であっても大差ない厄災でしか有りません。
しかし、地震や噴火などの場合の避難計画と同じで、行動の指針となる過去のデータは重要です。」
俺の疑問に回答したのは、ヴィクトリアだった。
彼女は一度でも見た事のある書類の内容は全て覚えているらしいので、過去の事例を思い出しているのだろう。
「それよりも、国土が焦土と化したせいで隣国が作り出したクモ神が死んだのか否かも分かっていないんだ。
そして、この国では眷属が度々目撃されている事から、クモ神は死んでいないと考えているんだよ。
そこへ更に、別の僭神の眷属の死体が持ち込まれたから大騒ぎになっているんだと思うよ。」
「そういう事か!
という事は、今回はホントに僭神との連戦の可能性があるかも知れないのか?」
カールがギルド職員として得てきた情報を披露したが、認識が改善する所か悪化しただけであった。
「そう言えば、アドルファ王国が売り出した強化人間への改造技術をこの国が購入していたらしいよ。」
「アドルファ王国はやっぱり軍事技術を販売しているのか?」
雰囲気が悪くなった事から、話題を無理矢理変えたカールにレナートが尋ねた。
「旧兵器を売り払って開発費を少しでも獲得しようとしているんです。
強化人間は獣人の前にアドルファ王国で実戦配備されていた生体兵器なので、獣人の開発が順調ということですね。」
「シグブリット辺境伯領に居たワーライノセラスは獣人じゃないのかい?」
ヴィクトリアの説明にヘルガが疑問を述べた。
「機密の売買を行う者は後を絶ちませんからね。
それにワーライノセラスは、廃棄されていたモノでした。
仮に発売されても、ワーライノセラスはワータイガー2よりもレベルが低い上に重いので、競争相手になりません。」
多少頑丈であろうとも機動力の低い肉達磨など、高速で動ける上に高い攻撃力を持つ敵の前では単なる的でしか無い。
「ヴィクトリア。強化人間というのはどの程度の性能があるんだ?」
「ランク6相当が限界だったハズなので、売りに出されたのはランク5相当の性能しか無いと思います。
当初の強化人間は、神経伝達速度や身体能力などの大幅な向上を図って人工的にランク8にレベルアップさせる事を目指したモノですが、そこまでは不可能でした。
そして、手術に成功しても失敗しても、それ以上のレベルアップが不可能になるという大きなデメリットが存在します。」
俺の問い掛けにヴィクトリアが回答してくれた。
「レベルアップが出来なくなるのは何故だ?」
「他の生物を殺してレベルアップするのは、ドラゴンを除く、自然発生した生物だけです。」
「つまり、彼らは人間ではなくなったという事か?」
「はい。人間との交配も不可能になりますし、ステータス上の名称もキメラに変わります。」
「ホントに生体兵器になるという訳か。」
「その為、アドルファ王国では死刑囚となった元兵士を改造していました。
しかし、性能は申し分ないのですが、ホンの少し強化し過ぎるだけで精神に異常が生じるそうで、正式に配備された数は少なかったハズです。」
「費用対効果が低かったのか?」
「はい。獣人など比較にならないほどコストパフォーマンスが悪かったそうです。」
確か人間と亜人から獣人を作り出す際の成功率は1%未満だと聞いた記憶がある。
「この国は何で、そんなのを高い金を払ってまで採用したんだ?」
「動甲冑には、魔法攻撃を防ぐエネルギー・シールドと、物理的な攻撃を防ぐ粒子シールドの2種類の偏向シールドを発生させるデフレクターシールドという魔道具が全身を覆うように搭載されています。
しかし、これらは放射線や磁場もかなり発生させるため、使用するだけでもかなりの危険が伴います。
それにデフレクターシールドを使用するのに必要な魔力量が多過ぎて、ランク3の兵士では僅か数秒間、ランク4の兵士でもたった数分間しか維持出来ないそうです。
そのため、今までは緊急時を除いて使用された事がない装備となっていました。
そこで、死刑囚をランク5の強化人間に改造し、制御装置を埋め込めば、長時間の運用が可能になると考えたのではないかと思います。」
「なるほどな、動甲冑の使い捨てパーツの改修キットとして購入した訳か。」
相変わらず、この世界は死刑囚に対する慈悲など欠片ほども存在しないな。
何処の国を探しても個人用の偏向シールド関連の『秘伝』が発売されていないのは、放射線や磁場による被曝の危険性があったからなのか。
それじゃあ、仕方がないから『爆破』の魔法と同じ師匠が発売しているリアクティブアーマーみたいな『装甲』の魔法を代わりに購入しておくとしよう。
俺たちはその後もこの国の装備についての話しを夜半まで続けた。
◇
翌朝、俺とレナート、ヘルガとヴィクトルとヴェラの5人でハンターギルドに赴く途中、ギルドビルの向かえ側にある衛兵の詰所横の公園に、全長8フィートくらいのゴーレムが100体ほど整列しているのが見えた。
あのゴーレムが、ヴィクトリアの言っていた動甲冑というヤツか?
動甲冑は、手足に魔法陣みたいな模様が描かれてはいるものの全身はほぼ紺色で、カトゥーンのジャイアントゴー○みたいな重装鎧といった形状だが、武装は左手のタワー・シールドと右手のハルバートだけのようだ。
想像していた四角いゴーレムと違ってかなり格好良いので、あの動甲冑を購入するか掻っ払って来てカスタマイズしてみるのも面白そうである。
デフレクターシールドを全身にではなく、カトゥーンの機動戦士ガンダ○SEEDに出てきたフォビドゥンガンダ○の様に身体から離して設置すれば、放射線による被曝も遥かに少なくなるハズだ。
ギルドで受付嬢に動甲冑について尋ねてみた。
「あの動甲冑部隊は何をする予定なのか知っているか?」
「青銅騎士の事ですね?
あれは、ソードたちが先日持ち込んだミュルミドネスが他にも居ないかを捜索し、発見次第殲滅を行う予定である事が通知されております。」
「あれは青銅騎士というのか。」
「俺たちは手伝わなくて良いのか?」
レナートが、是非参加したいと言わんばかりに受付嬢に質問した。
「この国には、レナート達が来るまでランク4以下のハンターしか居りませんでした。
そのため、駐留軍や諸行軍がハンターギルドに協力を求めるのは、基本的にスタンピードの時くらいしかありません。」
「そりゃあ楽で良いな。」
がっかりした様子のレナートを見て受付嬢が苦笑していた。
「それに、あのゴーレムに乗り込むのはランク5相当に改造した強化人間みたいですから、少なくともランク5ハンターのレナートの手を煩わせる事はないと思いますよ。」
「強化人間をもう実戦投入するのか?」
「はい。導入評価の結果も満足の行くものだったそうです。」
「レナート。国を守るのが兵士の仕事で、俺たちの仕事は狩猟だ。これが正しい状態といえる。」
下手に張り合われても困るので、受付嬢の説明を聞いた俺はレナートに話しかけた。
「分かってるさ!」
「さあ、狩猟に行くぞ。今日はゴーレムとミュルミドネスのオージーパーティーに巻き込まれない様に昨日とは反対方向へ行ってみるか。」
レナートの秘伝は、浄化の炎を真似た火炎旋風みたいな強力過ぎる魔法攻撃なので、森林地帯や都市部では全く本領を発揮できないが、その気になれば大災害を引き起こせるほどの威力がある。
それこそゴーレムを着込んでいなければ、強化人間など何人居ても瞬殺できるくらいの高温となる。
『倉庫』の魔法で作ったもう一つの空間で試した際には、レナートの放った火災旋風の中に総鋼鉄製のハルバートを放り込んだら瞬く間に蒸発したので、恐らく2750℃以上の温度になっていたハズだ。
但し、この魔法は範囲を更に広げる事は出来ても、限定範囲に抑える事も任意で消火する事も全く出来ないらしいので、使われでもしたら只管迷惑でしかない。
俺たちは、カトゥーンのナル○に出てきた写輪○みたいなコロボーマ眼を持つ神秘的な受付嬢に別れを告げて深淵の森へ向かった。
<続く>
【人物紹介】
ソード……主人公。本名は、惣田真悟。ステータス上の名前が、シングル・ソード。ランク6ハンター。
ヘレナ……ソードと同棲中。傭兵ギルドの教育担当。ランク5ハンター。
ヴェラ……ヘレナの父方の又従姉妹。ランク3ハンター。
ヴィクトリア……ヘレナの父方の従姉妹。ハンターギルドの契約責任者。ランク5ハンター。
レナート……ヴィクトリアの同棲相手。ランク5ハンター。
ヘルガ……ヘレナの叔母。元ランク6ハンター。
ヘルミーネ……ヘレナの母方の従姉妹。ヘルガの娘。ランク3ハンター。
ヒルダ……ヘルミーネの娘。4歳。
カール……ヘルミーネの同棲相手。ハンターギルドの渉外担当。ランク4ハンター。
ヴィクトル……ヘルミーネの母方の又従姉弟。ランク3ハンター。
【基本魔法紹介】
『探査』……亜人の視力や視覚を再現したもの。実際に視力を強化している訳ではなく、周囲へ魔素を放って反響する魔素を知覚し、視覚と共感覚を引き起こしているだけなので、可視光線以外の映像を視ることも出来る。
『強化』……亜人の頑丈さとパワーやスピードを再現したもの。実際に筋力や筋肉を強化している訳ではない。
『収納』……麻袋などに物体を放り込むという光景を再現したもの。自由に出し入れできる収納空間。容量や時間の流れは個人の力量に比例し、一度構築すれば状態の維持に魔力は消費しないが、出し入れ時には質量に応じた魔力を消費する。生きているモノも入れられるが、消失する事がある。
【秘伝魔法紹介】
『倉庫』……倉庫に居る光景を再現したもの。容量は個人の力量に比例し、一度構築すれば状態の維持に魔力は消費しないが、出入り時には質量に応じた魔力を消費する。床が存在する正方体の空間で、人間が居住可能。
『爆破』……建物解体用の時限爆弾を再現したもの。モンロー効果により穿孔を穿つ事や爆切が可能。 威力は個人の力量に比例し、任意の方向や時間で発動出来るが、手元を離れると10秒程で霧散する。
【その他】
シルヴェストル辺境伯領……主人公が転居してきた街。アロイジウス王国の最北端に存在する。
アロイジウス王国……アドルファ王国と深淵の森を挟んで真南に500マイルほど離れた所に在る隣国。
シグブリット辺境伯領……主人公が住んでいた街。アンブロシウス王国の最南端に存在する。
アンブロシウス王国……アドルファ王国の北東に800マイルほど離れた所に在る隣国。
ジルヴェスター辺境伯領……主人公が最初に辿り着いた街。アドルファ王国の最南東に存在する。
アドルファ王国……ジルヴェスター辺境伯領が所属する国。碧翠大陸の中央辺りに存在する。




