第66話
■2015/08/30 誤字脱字の修正、及び表現の一部変更を行いました。
第66話
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研究者が最もやりたい実験というのは、地球の場合だと禁止されているからこそ「人体実験」と相場が決っている。
だが、それが許容されているこの世界の場合だと更なる禁忌を侵す様なモノとなり、「僭神を倒す為の僭神を創り出す実験」となってしまう。
勿論、建前上は僭神を倒せるほどの能力を持つ生体兵器の製造である。
但し、公表されている研究資料を読む限りでもアドルファ王国以外が目指しているのは、制御出来る強力な生物を作る事ではなく、強大な生物を制御する技術の開発だとしか思えない。
転居直前に僭神対策専門の研究者たちが漏らした言葉から、アンブロシウス王国が寄生生物によってドラゴンの制御を夢見ている事は俺たちも知っている。
また、ここアロイジウス王国の隣国は数十年前に、変異を繰り返す事で神を僭称出来るほどの生体兵器を生み出した結果、制御技術が追い付かずに滅亡してしまったのは有名らしい。
そのせいで被害の及んだこの国は、生体兵器の開発を諦めて通常兵器の開発に力を入れているみたいである。
但し、あくまでも製造しないだけで、既に正規採用していた生体兵器はメンテナンスだけ行って補充無しで運用しているそうだ。
十数ヤード先で二本足で立ち上がって威嚇している大イタチという名称のキメラの外見は、グリズリーみたいな大きなクマにしか見えない。
これは確か、アロイジウス王国が正規採用していた生体兵器のはずだが、戦闘中に行方不明になった個体が野生化したモノかもしれない。
俺が幾ら珍しいもの好きとはいえ、レジデントエビ○に出てきた擬態マーカ○みたいなヒルであるリーチコロニーなんか現実で見てもあまり嬉しくないし、サイズこそ違えど大イタチは動物園で見慣れたヒグマにしか見えないので、これもガッカリ感がある。
どうせならクイーンリー○みたいに巨大なヒルなら見てみたいとは思うが、過去の経験からすると要らんことを考えると実際に、クイーンリー○の第2形態に似た様なモノも出て来てしまいそうな気がする。
だが、俺たちと大イタチとでリーチコロニーを挟むような位置取りになっていたところへ乱入してきたのは、シネマのエイリア○出てきたビッグチャッ○に良く似たミュルミドネスという生物だった。
蟻人は全身真っ黒で、口にアリの様な大顎はあるが、後頭部が胴体ほどの長さがあって目が見当たらないし、背中に小さな脚みたいな突起物が4本生えており、サソリみたいな長い尻尾があって4足歩行しているので、何処ら辺が蟻人なのかとツッコミたい所である。
3匹ともレベル60程度なので、この深淵の森なら縄張りが重なっている可能性は高いが、視線が俺たちにしか向いていないのが気になる。
テイマー能力を持つモノが操っている場合、もしくは僭神の眷属である場合を除き、種類の全く異なる生物が連携をとる事など有り得ないハズだと言われている。
まあ、目の前の現実に机上の空論がついて行けないという事は頻繁に起こり得る事なので、気にしても仕方ない。
「レナート。レディーが増えたみたいだぞ。」
「ソードは何方が好みだ?」
レナートにそう言われた俺は、改めて3匹のステータスを読み取ってみた。
【名称】
環形動物門 ヒルニデニア科 リーチコロニー
【レベル】
60
【名称】
哺乳類 キメラ型ネコ科 大イタチ
【レベル】
58
【名称】
ヒト型昆虫類 インセクトノイド科 ミュルミドネス
【レベル】
59
仮に3匹全てが俺以上の戦闘技術を持つ魔獣であったとしても、所詮はレベル60程度の身体能力しか無い生物なので、正面切って戦った場合だとレベル161の身体能力を持つこの俺に勝つことは絶対にない。
但し、レベル88のレナートを相手にするなら、レベル60程度の魔獣でも戦闘技術次第では逆転も可能となる。
特にヒルの群体であるリーチコロニーは関節がないどころか体格が不定形でもあるので、一般的な生物を相手にするのとは訳が違って厄介といえる。
とは言え、唯一興味が有るのは外見がビッグチャッ○に似ているミュルミドネスだけだ。
「この中なら、アリンコがキュートだな。」
「そうか。おまけに子猫ちゃんも付けてやるよ。」
「お前はまた、パーティークイーン狙いか?」
「お姫様が月に帰る前に満足させてやらないとな。」
レナートはそう言ってハルバートの柄を握りしめた。
地球でも竹取物語みたいな話しは日本だけでなく、チベットにもあったらしいから、この世界にも似たような物語が伝わっているのであろう。
「メルヘンチックな野郎だな。」
「3Pの礼は結構だ!」
そう言いいながらレナートは、体長5フィートほどで服を着た老婆みたいな外見をしたリーチコロニーに躍りかかった。
そのレナートを側面から襲おうとしていた大イタチとミュルミドネスの頭部に向けて、俺は『突撃』の魔法を最大出力で放つ。
少なくともレベル81のグリフォンが一撃で即死する程度の威力を持つので、俺はこれで終わったと思ったのだが、ヘッドショットが決まって頭部に穴が穿たれたのは、体長約13フィートの大イタチだけであった。
ミュルミドネスが俺の攻撃を避けた事でレナートを援護するという目的は達しているが、大イタチに対して放った魔法の霧散スピードが予想の3倍以上だった事に驚いた。
こういった幻想生物を相手にした場合、遠距離から魔法攻撃を仕掛けると各生物の固有領域によって、まるで炎天下に置かれた氷柱が解ける様子を高速再生したかのように、標的に近づくほどに魔法が急速に霧散していく事は知っている。
しかし、このフィールドの性能とレベルの高さには相関関係がないみたいで、グリフォンよりも大イタチの方が、魔法の霧散スピードが圧倒的に速かったのは想定外だった。
そう言えば、カトゥーンのダンバイ○の舞台であるバイストンウェ○では、兵器の威力がオーラ力の作用で大幅に抑えられていたが、この世界の幻想生物どもはそれを個体単位で強力に行っているかのように見える。
魔法攻撃を避けられた直後に俺は『強化』の魔法を発動し、金属製のボーラを振り回してミュルミドネスに投げ付けた。
こういった幻想生物に対して10フィート以上離れた場所から一定以上の運動エネルギーを持つ物理攻撃を行った場合、各生物の固有領域によって運動エネルギーが急速に減衰するだけでなく、軌道も偏向される。
但し、今回投げ付けた金属製のボーラは巨人向けのモノと違って遥かに軽いし、スピードも時速百マイル程度なので、大して反れること無くミュルミドネスに向かって飛んで行く。
だが、これもミュルミドネスに命中する直前で避けられてしまった。
やはり、運動エネルギーの減衰率や軌道の偏向率が最も低い弓矢に比べると圧倒的にスピードが遅いし、距離も中途半端に離れているせいで、デッドボールを避けるようなモノになってしまっているので想定内の事である。
即座に俺はヴォウジェを構えながら縮地で距離一気に詰めて、ミュルミドネスに斬り掛かる。
ミュルミドネスが口から液体を飛ばしてきたが、予想範囲内の動きしかしなかった事もあって、槍の穂先みたいな尻尾の攻撃をヴォウジェの石突きで弾き飛ばして、真っ向斬り下しで真っ二つに分断して葬る事が出来た。
やはり、こういった不思議な現象を見ると、魔法攻撃だろうが物理攻撃だろうが接近戦でなければ真価を発揮出来ない様に制限するのが、幻想生物の共通した能力の様に思えてくる。
2匹の死体を『収納』の魔法の中に格納してから、視線をレナートに向けると想像以上に苦戦しているのが分かった。
リーチコロニーが頭部からショットガンで打ち出した散弾のように吐き掛けてくる粘液を、レナートがハルバートで払い除けながら接近し、斬り掛かろうとするとハルバートに引っ付いている粘液が爆発して強制的に太刀筋を変えられてしまい、空振りをしてしまう。
粘液が爆発する前にハルバートを叩き込んでも、リーチコロニーはあくまでも群体なので切断された数匹だけを排除して、元の状態に復元する。
但し、個体数が減る度にリーチコロニーのレベルが少しずつ落ちているので、殲滅戦を行い続ければ、何れはレナートが勝つだろう。
しかし、ハルバートで払い除ける事が出来なかった粘液が手足で爆発したらしく、レナートは結構な出血をしている。
「レナート!こっちのレディーたちは眠っちまった。俺にもパーティークイーンとヤラしてくれ!」
「仕方ねえな。ケツなら貸してやるよ!」
「了解だ。サンドイッチ・ファッ○と行こうか!」
俺が背後に回り込むと今まで忙しなく動きまわっていたリーチコロニーが足を止め、身体を屈めて跳躍準備に入ったので、即座に『氷湖』の魔法を使ってリーチコロニーを周囲の空気ごと固めて拘束する。
しかし、コイツも魔法の霧散速度がグリフォンなどよりも遥かに速い。
ヒュドラーみたいに魔法が具現化する前に魔力が霧散してしまう事はないが、注いだハズの魔力の3割ほどが霧散し、7割程度の効果しか無い。
それでも、動きを封じることは出来たので、『凍結』の魔法を並列発動して、『氷湖』の魔法で固めた空気ごとリーチコロニーを凍らせる。
リーチコロニーの表面を流れる液化した空気が、俺の差し出したヴォウジェの穂先の根本に飾ってある強い磁石に引き寄せられているところからすると液体酸素である可能性が高いので、マイナス183℃以下にまで冷やされた事になる。
真っ青な顔色をしたレナートが止血帯で手足を縛っている最中に、俺はリーチコロニーを素速く『収納』の魔法の中に格納した。
「レナート!ギルドへ転移するぞ。」
「悪いな。頼む。」
今のところ『転移』の魔法は、俺を含めて3名分の質量を移動させるのが限界だし、復路での狩猟も収入源なので緊急時でもなければ使用しない。
しかし、出血多量で死なれては困るので、俺は『転移』の魔法を発動してレナートを連れてギルドの中庭に直接移動する。
直ぐ様、俺はギルド内の医療施設へレナートを担ぎ込む事で、戦友の遺体を見なくても済んだ様である。
その後、未確認生物の検証よりも獲物の買い取りに手間取ったお陰で、傷の治療と輸血を終えて元気になったレナートと合流する事が出来た。
しかし、またしても厄介事に関わってしまった事が発覚する。
リーチコロニーについては、他にも似たような群体生物がいる事から結局はその一種として片付いたし、MIA《戦闘中行方不明》になる生体兵器は珍しくないので大イタチも問題なく買い取って貰えた。
だが、ミュルミドネスが、シグブリット辺境伯領で関わった蟲神とは別の僭神の眷属である事が分かったため、ギルド内は大騒ぎである。
「ソードって疫病神に好かれてるんじゃねえのか?」
「巫山戯んな!一緒に居たお前だって似たようなもんだろ!」
ミュルミドネスは、同レベル程度までなら他の危険生物の標的をある程度誘導する事が出来るそうで、種類の異なる生物と共闘する点がレベル以上の脅威として認識されているらしい。
また、ミュルミドネスは群れで生息する上に、蠍頭人身の生物であるアラクランノイドと共生関係にあるみたいなので、何処かに巣があるのではないかとギルド職員は推測している。
このままここに居ると作戦会議に参加させられそうな雰囲気なので、真っ白な髪と肌をした受付嬢に退治する時には手伝うと一言告げて、俺はレナートと一緒にさっさと家路に着くことにした。
<続く>
【人物紹介】
ソード……主人公。本名は、惣田真悟。ステータス上の名前が、シングル・ソード。ランク6ハンター。
ヘレナ……ソードと同棲中。傭兵ギルドの教育担当。ランク5ハンター。
ヴェラ……ヘレナの父方の又従姉妹。ランク3ハンター。
ヴィクトリア……ヘレナの父方の従姉妹。ハンターギルドの契約責任者。ランク5ハンター。
レナート……ヴィクトリアの同棲相手。ランク5ハンター。
ヘルガ……ヘレナの叔母。元ランク6ハンター。
ヘルミーネ……ヘレナの母方の従姉妹。ヘルガの娘。ランク3ハンター。
ヒルダ……ヘルミーネの娘。4歳。
カール……ヘルミーネの同棲相手。ハンターギルドの渉外担当。ランク4ハンター。
ヴィクトル……ヘルミーネの母方の又従姉弟。ランク3ハンター。
【基本魔法紹介】
『突撃』……カノン砲での砲撃の着弾を再現したもの。対象を吹き飛ばす。威力は個人の力量に比例し、火の玉を投擲後に対象との接触で無音発動するが、手元を離れると10秒程で霧散する。
『凍結』……豪雪地帯で雪解け時に出てくる凍死体を再現したもの。対象を凍らせる。威力は個人の力量に比例し、接触している対象に発動する。
『氷湖』……物体が湖の氷に閉じ込められている光景を再現したもの。対象を凍らせる訳ではなく、指定位置周辺の動きを止める。距離や範囲や威力は個人の力量に比例し、任意の場所で発動するが、距離に比例して発動時間が遅くなる。
『強化』……亜人の頑丈さとパワーやスピードを再現したもの。実際に筋力や筋肉を強化している訳ではない。
『収納』……麻袋などに物体を放り込むという光景を再現したもの。自由に出し入れできる収納空間。容量や時間の流れは個人の力量に比例し、一度構築すれば状態の維持に魔力は消費しないが、出し入れ時には質量に応じた魔力を消費する。生きているモノも入れられるが、消失する事がある。
【秘伝魔法紹介】
『倉庫』……倉庫に居る光景を再現したもの。容量は個人の力量に比例し、一度構築すれば状態の維持に魔力は消費しないが、出入り時には質量に応じた魔力を消費する。床が存在する正方体の空間で、人間が居住可能。
『転移』……転移門の機能を再現したもの。自身だけでなく接触している任意の物体にも作用し、距離や容量は完全に個人の力量に比例する。
【その他】
シルヴェストル辺境伯領……主人公が転居してきた街。アロイジウス王国の最北端に存在する。
アロイジウス王国……アドルファ王国と深淵の森を挟んで真南に500マイルほど離れた所に在る隣国。
シグブリット辺境伯領……主人公が住んでいた街。アンブロシウス王国の最南端に存在する。
アンブロシウス王国……アドルファ王国の北東に800マイルほど離れた所に在る隣国。
ジルヴェスター辺境伯領……主人公が最初に辿り着いた街。アドルファ王国の最南東に存在する。
アドルファ王国……ジルヴェスター辺境伯領が所属する国。碧翠大陸の中央辺りに存在する。
碧翠大陸……アドルファ王国が存在している大陸。




