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とある狩人の追憶記  作者: 白眉万丈
第4章
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第64話

■2015/09/05 誤字脱字の修正、及び表現の一部変更を行いました。

第64話




 俺はレナートと一緒に深淵の森の浅い領域で大トビトカゲや大クモを狩っている最中に、『探査』の魔法を聴覚と共感覚させる聴覚モードでも感知出来ない気配の存在を感知した。


「レナート!」


レナートに声をかけた後、俺がハンドサインで不審者の存在を告げると、それを見ていたヘルガも臨戦態勢につこうとしている。


ヴォウジェを構えながら奥の方へ進んでいくと、上半身が人型の巨大な蜘蛛が大きなゴキブリを捕獲する光景が眼に入ってきた。


十分対処可能な距離が確保出来ているので、俺はこの生物のステータスを読み取ってみる。



【名称】

 節足動物 クモ科 アラクネ

【レベル】

 60



見た目からしてアラクネという名称なのは分かるが、節足動物クモ科って事は亜人じゃないのか?


相変わらずこのステータスという能力は、どんな仕分け方をされたのか良く分からない名称を示す。


 人型部分の体長は約5フィート、足を広げた大きさは恐らく約25フィートに達するであろう巨大なアラクネが小さな口を開いたと思ったら、口裂け女みたいに頬に亀裂が入り、口内から大きな牙が出てきた。


その瞬間、突然動き出したアラクネは、接近してきた全長約2フィートのゴキブリを前脚で抑えてひっくり返し、胸部裏面に牙を差し込む。


続いてアラクネは牙を動かしてゴキブリの甲殻を引き裂き、裂け目に口をつけ消化液をかけ始めた。


暫くしてからアラクネは、ドロドロに溶けたゴキブリを吸い出す。


恐らくこのアラクネも、獲物を消化してから口に入れるという体外消化方法を用いるのであろう。


 ステータスの事が気になったので『探査』の魔法を望遠モードにして良く観察してみると、その意味が分かってきた。


一見するとアラクネは目鼻口耳に見える存在があるため上半身が人型にしか見えない。


しかし、真黒で大きな2つの眼には白目部分がなくてワニみたいな垂直のスリット型瞳孔をしているし、その他にも眉毛やシワだと勘違いしそうなくらいに細い6つの眼がある。


鼻にも耳にも穴が開いていないので、これらは模様でしか無いし、口だけが動く能面みたいに表情も一切変化しない。


8本の脚とは別に上半身にも両腕らしきものが存在するが、この腕はずっと胴体の両側にくっついたままの状態だし、先ほどの捕食時にも一切動かしていなかった事からすると、単なる模様なのかもしれない。


地球の蜘蛛もほぼ半数の種は網を張らずに獲物を捕まえるので、アラクネがゴキブリを捕食する際に糸を使っていないのは分かる。


もしもアラクネが下半身を樹の枝などで隠して上半身だけを出していた場合、遠目からは褐色の肌をした美女に見えるので、勘違いした男性が下手に近寄った際に網が張ってあったりしたら、こんな巨大な蜘蛛の糸など人間の腕力では切れないだろう。


 ゴキブリを食ったような生物を食いたくはないし、ゴキブリを減らしてくれる益虫を殺したくはないので、レナートに向かってハンドサインで撤退を告げてからゆっくりと引き返していく。


と、そこへ足元にいたゴキブリが翅を広げて、レナートの顔面を目掛けて飛び上がった。


「くそったれめ!」


間髪入れずにレナートが悪態を吐きながら、ハルバートの柄でゴキブリを打ち飛ばしてしまった。


地球でもゴキブリは人類に嫌悪されていたし、俺も大嫌いだからレナートの気持ちは分かる。


当然ながら耳ではない聴覚器官によって、その声が聞こえたのだと思われるアラクネがレナートを見つめているのに気づいた。


「あっ。」


レナートがマヌケな声をあげて、アラクネと見つめ合う事になった。


数秒後、アラクネが身体を屈めて跳躍準備に入ったのが分かる。


「おっ、なかなかの美人じゃねぇか!来いよ!逝かせてやるぜ!」


レナートが嬉々としてハルバートを構えたが、アラクネが数十ヤードの距離をあっという間に詰めて襲い掛かった相手は、先程打ち飛ばされて転がって行き、ひっくり返ったまま足掻いているゴキブリであった。


「え?」


呆然としているレナートから僅か十ヤードも離れていない場所で、アラクネがゴキブリの黒光りする甲殻を引き裂いている。


「レナート、お前は振られたんだ。それもゴキブリに負けてな。分かるか?」


「はあ?おれは・・・」


俺はアラクネから眼を離さないまま、レナートの肩に手を置いてゆっくり後退させながら小声でからかう。


「認めろ。お前は負けたんだ。」


「何を言って・・・」


「帰るぞ。」


「ちょっと待て。」


俺はアラクネからある程度離れると駆け足で撤退を始める。


 ヘルガたちがいる場所まで戻った所で、駆け寄ってきたヴェラが尋ねてきた。


「ソード、楽しそうだね。何が居たの?」


「全長25フィートくらいのアラクネだ。」


「凄い。私も見たかった~。」


「ソード、余計なことを言うなよ。」


レナートが顰めっ面しながら釘を差してくる。


「余計な事って何?ソード、教えて。」


「レナートの名誉がかかっているからな、貢物がないと教えられないな。」


「じゃあ、取って置きの干し肉を提供するよ。それで―――」


ヴェラが喋っている横から、近寄ってきたヘルガが緊張した面持ちで質問してくる。


「ソード!そのアラクネは蜘蛛型かい?人型かい?」


「ヘルガ。何だ、その蜘蛛型か人型かってのは?」


「名称がクモ科なら蜘蛛型で、アラクノノイドなら人型ってことさね。」


「それなら、あそこに居たのは蜘蛛型だ。」


「それなら、一安心だね。」


ヘルガから明らかに緊張感が消えるのが分かった。


「アラクノノイドというのは何だ?ヤバいヤツなのか?」


「ドラゴニュートと同じ様な特殊な魔獣なんだよ。しかも群れで行動するのさ。」


「それって勿論、亜種じゃない方のドラゴニュートの事だよな?」


「この前の極彩色をしたデミドラゴニュートの事を言ってるのかい?違うよ。

第2形態に変化出来るオリジナルの方のドラゴニュートだよ。」


「第2形態に変化?」


「知らないのかい?

オリジナルのドラゴニュートは、即死せずに生命の危機に瀕すると、レベル290くらいの下等竜みたいな第2形態に変化するんだよ。

下等竜はレベル260からレベル510くらいまで色んなのが居るから、弱い部類ではあるけど、それでも私たちでは太刀打ちするのが難しい怪物さね。」


「獣人みたいだな。」


「アドルファ王国のキメラの事かい?逆だよ。

人間と亜人を融合させるためにドラゴニュートの体細胞が使われているから、あいつらは変異出来るらしいよ。」


「なるほど、そういう事か。

取り敢えず、オリジナルのドラゴニュートとも戦った事はあるが、あれが群れで襲ってきたら逃げるしか無いな。」


「その通りだよ。まあ、今回は違うみたいだから大丈夫だけどね。」


「ヘルガ、ソード。そろそろ引き上げようぜ。」


「了解だ、レナート。」


シルヴェストル辺境伯領は、城壁都市と深淵の森との間に10マイルほどの草原地帯が存在するので、行き来に時間を要する。


シグブリット辺境伯領の岩石地帯に比べれば移動は圧倒的に楽だが、ジルヴェスター辺境伯領みたいに城門から3マイルのところに深淵の森があるのと比較するとやはり面倒である。


しかも、深淵の森と草原地帯を隔てるように境目には川が流れているせいで地味に手間取る。


とは言え、ここからでもギルドまで駆け足なら片道2時間ほどの道程でしかない。



 俺たちは、本日狩ってきた獲物の買い取りをギルドで済ませると、借りたばかりのマンスリーアパートに帰ってきた。


俺とヘルガとレナートの3人で資金を出し、建物を1件まるごと借りて全員でここに住んでいる。


一般市民の平均的な支出額が月間約6百ドルくらいの世界なのに対して、ここの家賃は1ヶ月間で小金貨5枚、約5千ドルである。


ここは各部屋はメゾネットタイプなのに、全体としてはペンションみたいな構造をしており、建物の出入口が2箇所しか無いし、食堂として使える広い共有スペースがあるので集団生活がしやすい。


ヒルダが5歳になると一族クランの学び舎へ通う事になるので、その建物の隣の物件にしたというのが最大の理由であった。


勿論、メインで住んでいるのは『倉庫』の魔法の中に格納してある大陸間輸送船上の家屋の方なので、ここは偶に過ごす別宅程度の認識である。


そのアパートの食堂で、未だ本格的な業務を引き継いでいないカールも交えて全員で夕食を取っている。


下級のギルド職員は全員がギルドの寮に入る規則なので、カールだけは通ってくるが、ここから徒歩1分間くらいしかかからない場所なので大した手間でもない。


 大陸間輸送船の食堂と同じく、4人用のテーブルを2つ並べて誕生日席にヒルダを座らせ、その左右をヘレナとヘルミーネが固めている。


ヘレナ側の席は俺・ヴィクトリア・レナート、ヘルミーネ側の席はヘルガ・ヴェラ・ヴィクトル、ヒルダの正面にはカールが座っているが、席順は日によって変わることもある。


 ヒルダが小さな手で器用にフォークやスプーンを使うのを眺めながら、いつも通り今日の出来事を尋ねてみた。


とは言え、毎日午前中はヘルミーネからファミリーの秘伝を学んでいる事は分かっているので、午後に何をしていたのかについてお喋りするだけである。


「ヒルダ。今日は何してたんだ?」


「このお家の探検してたの。」


「ヒルダは探検が好きだな。」


「うん。大きくなったらね、とえだーハンターになるの。」


「そうか。トレジャーハンターになるのか。」


「うん。金銀だいほうを発見するの。」


「遺跡にでも行ってみるか?」


「いせき?」


「遺跡というのは、えっと・・・」


「お宝があるかもしれない場所だよ。」


俺がどうやって幼児に説明しようかと迷っていたら、ヴェラが助け舟を出してくれた。


勉強でもないのに難しいことを言っても仕方ない。


「うん。いせきも行ってみたい。」


「遺跡にはね、こんなのも―――」


「見てみたい。―――」


途中からヴェラがヒルダの相手をしてくれる様になったので、彼女たちが会話する光景を肴にして、早々に食事を終えた俺とヘルガは酒を飲んでいた。


 全員の食事が終わった頃、レナートとヴィクトリアやカールが会話している声が聞こえてきた。


「なあ、ヴィクトリア。大トビトカゲは一体何れ位の数が生息しているんだ?」


「過去の記録だと、飢餓の際には約百万匹の大トビトカゲが城壁都市を覆ったそうですよ。

但し、普段生息しているのはその半分くらいみたいですね。」


酔い覚ましに俺もその会話に参加する。


とは言っても、別にこれから出撃する訳ではない。


酔い潰された場合は仕方ないが、俺は基本的に酔いを覚ましてから眠る事にしている。


酔っ払ったまま眠りにつくと気配を察知する能力が大幅に落ちる、というのが郷の教えの一つであるからだ。


「ランク4の生物とはいえ、それだけの数の大トビトカゲに襲われたらどうするんだ?飛行能力があるから下手なスタンピードよりも始末に負えないぞ。」


「それに、この街はランク5以上のハンターが俺たちしかいないしな。」


「レナート。本来ならランク5ハンターは約百万人に1人くらいしかいないから、これが普通だよ。」


「カール。そうかもしれんが、深淵の森に隣接している街では珍しいだろ?」


「確かにそうだね。」


「ソード。この街では大トビトカゲが群れで襲ってきた際には、動甲冑を着込んで片っ端から始末するみたいですよ。」


「ヴィクトリア、動甲冑ってなんだ?」


「着込んで使うゴーレムみたいなものです。魔力を供給している限りは重装鎧のように動かせるそうです。」


出力増幅機能パワーブーストとかもあるのか?」


「それは自前の『強化』の魔法で行う必要があります。

元々は半身不随となった将兵のための義体として作られたモノらしいので、負傷などで生身の肉体が動かなくなっても、魔力さえ供給出来れば負担軽減機能パワーアシストのお陰で動甲冑自体は動かせます。

それと、空中へ持ちあげられないように相当重いみたいですし、仮に上空から落とされても壊れない様にかなり頑丈らしいですよ。」


「あくまでも重装鎧の強化版でしか無いという訳か。」


対集団戦においては、身を守る頑丈な鎧や盾よりも、敵の攻撃を掻い潜る機動力の方が重要である。


鎧や盾が絶対に壊れないという事はあり得ないし、体勢を立て直すためには一時的にであっても、敵を振りきって安全圏に移動出来なければならない。


「そうですね。この国は生体兵器の開発を行っていない代わりに、こういった一般兵向けの強化兵装の開発に力を入れていますから、珍しい思想で作られた武装はないと思いますよ。」


「なるほどな。ありがとう、ヴィクトリア。

ところで、カール。何故、この街には俺たち以外のランク5ハンターが居ないんだ?」


「ああ、この街は本来、深淵の森まで100マイルほど離れていたんだよ。

それが、百数十年ほど前の駆除作戦時に草原地帯を焼き払ってしまったらしくて、その後に川の手前まで深淵の森が侵食してきたみたいなんだよ。

そのため、かなり奥の領域までランク4以下の生物しかいないらしいよ。」


「でもヘルガが、ドラゴニュート並みのアラクネの存在を心配していたぞ。」


「ああ、十数年前に隣国が滅びた件の残党だね。

クモ神っていうのを祀っていたみたいなんだけど、その眷属として大量のアラクノノイドが発生したらしくて、その生き残りがこの国の深淵の森でハンターと何度か交戦してるみたいだよ。」


「街へ被害はないのか?」


「今のところは、無謀なハンターがアラクノノイドに挑んで、十数匹の群れに返り討ちにあっただけみたいだよ。」


「そうか。ありがとう、カール。」


ヒルダと妊婦は途中でベッドルームへ向かったが、俺たちは深夜近くまでこの辺境伯特有の生物について話し続けた。



<続く>

【人物紹介】

ソード……主人公。本名は、惣田真悟。ステータス上の名前が、シングル・ソード。ランク6ハンター。


ヘレナ……ソードと同棲中。傭兵ギルドの教育担当。ランク5ハンター。


ヴェラ……ヘレナの父方の又従姉妹。ランク3ハンター。


ヴィクトリア……ヘレナの父方の従姉妹。ハンターギルドの契約責任者。ランク5ハンター。


レナート……ヴィクトリアの同棲相手。ランク5ハンター。


ヘルガ……ヘレナの叔母。元ランク6ハンター。


ヘルミーネ……ヘレナの母方の従姉妹。ヘルガの娘。ランク3ハンター。


ヒルダ……ヘルミーネの娘。4歳。


カール……ヘルミーネの同棲相手。ハンターギルドの渉外担当。ランク4ハンター。


ヴィクトル……ヘルミーネの母方の又従姉弟。ランク3ハンター。



【基本魔法紹介】

『探査』……亜人の視力や視覚を再現したもの。実際に視力を強化している訳ではなく、周囲へ魔素を放って反響する魔素を知覚し、視覚と共感覚を引き起こしているだけなので、可視光線以外の映像を視ることも出来る。



【秘伝魔法紹介】

『倉庫』……倉庫に居る光景を再現したもの。容量は個人の力量に比例し、一度構築すれば状態の維持に魔力は消費しないが、出入り時には質量に応じた魔力を消費する。床が存在する正方体の空間で、人間が居住可能。



【その他】

シルヴェストル辺境伯領……主人公が転居してきた街。アロイジウス王国の最北端に存在する。


アロイジウス王国……アドルファ王国と深淵の森を挟んで真南に500マイルほど離れた所に在る隣国。


シグブリット辺境伯領……主人公が住んでいた街。アンブロシウス王国の最南端に存在する。


アンブロシウス王国……アドルファ王国の北東に800マイルほど離れた所に在る隣国。


ジルヴェスター辺境伯領……主人公が最初に辿り着いた街。アドルファ王国の最南東に存在する。


アドルファ王国……ジルヴェスター辺境伯領が所属する国。碧翠大陸の中央辺りに存在する。


碧翠大陸……アドルファ王国が存在している大陸。

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