第59話
■2015/09/05 誤字脱字の修正、及び表現の一部変更を行いました。
第59話
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駆除作戦7日目、誰でも3回目ともなれば手慣れたもので、特に意識しなくても滞り無く作戦を進める事は出来るが、却って油断が生じ易く一番危ない状態でもある。
だが、日を追うごとにムシどもは約千匹近くずつ増えて行っているらしいので、研究者の想定だと本日相手にする事になるムシの数は最大1万3千匹ほどにも登る。
生きたままのクイーンを未だ1匹も捕獲出来ていないので、最後の1匹は何とかしたいが、ムシの親衛隊も今までより増えているだろうから、更に難しくなっている。
また、本日未明に「災が袂を分かつ。」との神託が降った事で、油断する者は誰一人いなくなった。
例によって内容が抽象的過ぎて、この街の神官では神託の真意を読み取れてはいない。
元より、兵士たちにはもう少しでこの作戦も終わるとの安堵感があるし、慣れた事で油断が生じている上に、何より疲労が溜まっているので、敵が奇襲を仕掛けるには本日が最適である事は俺たちも想定していた。
何度もやり直せるような都合の良い人生など存在する訳がないのだから、単なる勘や気のせいだと片付けるより、囮や陽動など敵からの妨害工作が常にあると考えて備えていた方が合理的である。
仮にもしも何度もやり直せるような人生が在ったとしても、俺はリセットなどしたくもないし、されたくもないが。
駐留軍や諸行軍、そしてハンターたちが続々と東門と南門から分かれて街を出ていき、南東方向に存在する最後の巣穴である標的2の駆除を行うべく、整然と進軍している。
俺たちもその最後尾付近を駆け足で付いて行った。
各百人長が所定の配置につくと、その周囲を巣穴を中心にして直径約1マイルの円を描くようにして、約千5百人の兵士が等間隔で整然と並んでいく。
俺たちが今回同行した諸侯軍の百人隊は、街に最も近い場所に位置する最後尾の部隊なので、兵士が所定の配置についた直後に、諸侯軍の百人長がハンターたちにも聞こえるように出発を命令した。
「包囲完了。標的2を目指して前進!」
「動け、動け、動け!」
十人長や五人長たちが怒鳴りながら命令を伝達し、それに従って兵士たちが進軍を再開する。
「俺たちも行くぞ!」
この部隊唯一のランク5ハンターであるレナートの指示で、兵士たちの後をハンターたちが進んでいく。
俺とヘルガの2人は、ギルドマスター直轄の完全に独立した遊軍扱いなので、この部隊に同行してはいるが誰の指示も受ける必要はないし、誰にも指示する必要はない。
斥候たちは未だ戻って来ていないが、十数分近くが経過した頃に百人長が進軍の停止を命令した。
「全隊止まれ!」
「止まれ、止まれ、止まれ!」
下士官たちが怒鳴りながら兵士たちに伝達していくのが止むと、百人長が振り返って俺たちハンターを見回しながら状況説明を始めようとする。
恐らく斥候から無線の魔法で何らかの報告があったのだろう。
行軍しているのが兵士だけであったら百人長もこんな事はしないだろうが、兵士の大半はランク3以下相当なのに対し、本作戦での主戦力となるランク4以上の人材の大半はハンターたちなので仕方がない。
「斥候15から区画4―4でデミ・ケーファーノイド・タイプ1、通称青色の巨人を目撃したとの報告があった後、別の区画でも同様の報告があった。
情報を総合すると計4匹の青色の巨人の存在が確認された。
また、青色の巨人は甲殻毒アリを襲っているとの事である。
漁夫の利を狙いたいところだが、青色の巨人が勝つのは分かり切っている。
先ずは甲殻毒アリと共闘して青色の巨人を追い払い、然る後に標的2を駆除する事になった。
ハンター諸君にも協力を要請する。」
「ランク7の化け物を4匹も相手に出来る訳ないだろ!」「くそっ!何で俺がこんな目に!」「嫌だ!死にたくない!」「―――」
「了解した。救援要請は勿論してあるんだろ?百人長殿。」
「当然だ!辺境伯閣下が既に手配をして下さっている!」
一部のランク4ハンターたちが喚いているが、レナートが冷静に百人長と応対している。
嘆いたり喚いているハンターは皆、一様に若いので大して場数を踏んでいない内に昇格した者たちなのだろう。
「静かにしろ、おまえら!先っちょが入ってんのに今更止めれる訳ないだろうが!おまえらそれでもハンターか?!相手がどれだけ増えようが覚悟を決めて全部食っちまえ!―――」
鬼軍曹としての才能があるレナートが鼓舞した事で、後ろ向きだったハンターたちが大人しくなり、代わりにベテラン勢が陽気に騒ぎ出し始めた。
「あんな奴ら、俺一人で楽勝だぜ!」「ケッ!テメエにばっか良い格好させられるかよ!」「―――」
そんな騒ぎを他所に、今回も見取り稽古のつもりで連れてきていたヴィクトルとヴェラを安全圏に退避させるため、ヘルガが簡易転移門を使用して俺の『倉庫』の魔法の中へ転移させた。
なお、簡易転移門を使おうとも俺が許可した人間しかこの空間には入れないし、緊急時に招待するゲストが自由に動き回れる領域も制限してあるので、大陸間輸送船のある中心領域へは一族の者しか入れない。
不満は漏らさないものの顔色が悪くなっていた若い兵士たちが、ハンターたちに触発されてヤル気に満ちた顔に変わっていった頃、百人長が進軍を命令した。
「全隊進め!」
「行け、行け、行け!」
数十分ほど進軍を続けたところで、数十ヤード先で斥候が前方を窺っている姿が見えてきた。
「全隊止まれ!ランク5以上の3人は付いて来てくれ。」
「止まれ、止まれ、止まれ!クソッタレどもをブチのめす準備をしろ!!」
百人長が進軍の停止を命令し、下士官たちが怒鳴りながら兵士たちに伝達していくのを尻目に、俺とヘルガとカールの3人は百人長に連れられて、屈みながら斥候の元まで歩いて行った。
作戦区画は南北9列、東西9列に区分けされており、ここは巣穴のある区画5―5の外周部分に位置している。
また、この部隊のコードネームは「殺虫剤15」なので、目の前に居るのは「斥候15」である。
「ご苦労。状況はどうなっている?」
無線の魔法で既に斥候から状況は聞いているだろうが、百人長は俺たちに説明するためにワザと口頭でやり取りを始めた。
「巣穴付近が崩落して縦穴になっておりますし、地中からムシが1匹も出て来ません。
恐らく、巨人は巣穴の中に居たムシを先に始末してから、地上に残っているムシを駆逐していると思われます。
また、巨人が掌で掴むとムシは溶け崩れたようになり、それを巨人が全て飲み込んでしまいますので、ムシの死体は1個も見つかっておりません。
それと、―――」
「あれを見てみなよ!」
未だ斥候が説明している途中だったが、肉眼だと米粒ほどの大きさにしか見えない巨人の1匹を指してヘルガが声を上げた。
俺も『探査』の魔法を最大望遠にしてそちらを見てみる。
「ちょっと!冗談じゃないよ!」
その巨人は突然立ち止まって痙攣を始めたのだが、次第に頭頂部から股間までが縦にクビレてきて2つに分裂してしまった。
「おいおい!マジかよ、全く。」
そして分裂した半身がそれぞれ1匹の巨人の姿に復元していく。
「(何処からあれだけの質量を持ってきたんだ?そもそも幾ら軽いとはいえ凡そ1万3千匹ものムシの質量は何処へ行ったんだ?
まさかムシを魔素に分解し、必要な魔素だけを抽出して半身を再生したのか?そんな事が可能なのか?
いや、良く見ればそこら中に水銀の粒が散らばっているじゃねえか!こんな広範囲を汚染したら大変な事になるぞ!)」
「嘘だろ!コイツらはプラナリアか?!」
続けて他の巨人どもも順次分裂していき、全部で8匹になってしまった。
「これはマズイな。巨人どもがこれ以上ムシを喰って増殖する前に追い払う必要がある。」
後方で待機していた百人隊が進軍を再開する気配が伝わってきた。
恐らく、百人長が無線の魔法で命令したのであろう。
「百人長殿。先行しても良いか?」
「申し訳ないが、宜しく頼む!」
俺たちは百人長の許可を得て、斥候よりも先行して先頭を疾走していく。
当然ながら共闘しているつもりなのは人間側だけなので、ムシどもは俺たちが近付くと襲い掛かってくる。
「押し売りは間に合ってるぜ!」
そう怒鳴りながら俺たちは、ムシどもをワザと切断せずに弾き飛ばしながら、巨人に迫って行く。
青色の巨人の体長は、緑色や紫色の巨人と同じくらいの約17フィートだし、眼が赤く丸裸で体毛が一切ないのも同様だが、緑色や紫色の巨人には生えていた背中のデカイ刺がなく、代わりに折り畳まれた翅が収納されている。
逆に巨人どもは俺たちに見向きもせずに、俺たちを追ってきたムシに襲い掛かっている。
「クソッタレ!折角誘ってやってるってのに逃げ出しやがって!」
数十分後、俺たちの努力も虚しく、全てのムシが巨人に食い尽くされてしまった。
幸い未だ分裂する兆しはないが、俺たち3人は8匹の巨人に囲まれ、その外側を6人のランク5ハンターが取り囲み、更に外側を2千人以上の兵士やハンターたちが包囲している。
「散々焦らされたからな。想像しただけで一発ぶち込んでやりたくなってくるぜ!」
「地獄への送料は無料にしてあげるよ!」
「ファ○クしてやるぜ、ベイベー!」
俺たち3人が巨人に踊り掛かる為に重心を前に傾けて膝から力を抜こうとした瞬間、上方に何かの気配を感じて飛び退いた。
一瞬前まで俺たちが居た場所に轟音をたてて、ランク7ハンターのミスター・ジョンドゥーが着地する姿が目に入る。
「やあ、お待たせ。今度こそ僕がみんなを助けてあげるからね。」
ワータイガー2やワーウルフ2といった獣人にも優るとも劣らない作り物の笑顔を見せながら、ミスター・ジョンドゥーが俺に話し掛けてきた。
一瞬前まで俺が居た場所には、モーニングスターが地面の中に完全に埋没しているし、ヘルガが居た場所には、足首まで地中に埋まっているコイツが立っているので、避けなければ俺たちは確実に死んでいたハズである。
<続く>
【人物紹介】
ソード……主人公。本名は、惣田真悟。ステータス上の名前が、シングル・ソード。ランク6ハンター。
ヘレナ……ソードと同棲中。傭兵ギルドの教育担当。ランク5ハンター。
ヴィクトリア……ヘレナの父方の従姉妹。ハンターギルドの契約責任者。ランク5ハンター。
ヘルガ……ヘレナの叔母。元ランク6ハンター。
ヘルミーネ……ヘレナの母方の従姉妹。ヘルガの娘。ランク3ハンター。
ヒルダ……ヘルミーネの娘。4歳。
レナート……ヴィクトリアの同棲相手。ランク5ハンター。
カール……ヘルミーネの同棲相手。ハンターギルドの渉外担当。ランク4ハンター。
ヴィクトル……ヘルミーネの母方の又従姉弟。ランク3ハンター。
ヴェラ……ヘレナの父方の又従姉妹。ランク3ハンター。
【基本魔法紹介】
『探査』……亜人の視力や視覚を再現したもの。実際に視力を強化している訳ではなく、周囲へ魔素を放って反響する魔素を知覚し、視覚と共感覚を引き起こしているだけなので、可視光線以外の映像を視ることも出来る。
【秘伝魔法紹介】
『倉庫』……倉庫に居る光景を再現したもの。容量は個人の力量に比例し、一度構築すれば状態の維持に魔力は消費しないが、出入り時には質量に応じた魔力を消費する。床が存在する正方体の空間で、人間が居住可能。
【その他】
シグブリット辺境伯領……主人公が転居してきた街。アンブロシウス王国の最南端に存在する。




