第54話
■2015/08/15 誤字脱字の修正、及び表現の一部変更を行いました。
第54話
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漸く天駆ける『秘伝』の修得が終わったので、習熟訓練を兼ねて遠出でもするつもりだったのだが、ハンターギルドに到着した途端にカールに呼び止められた。
「ソード、おはよう。丁度良かった。」
「おはよう、カール。調子が悪そうだな。徹夜でもしたのか?」
「その通りだよ。」
「何かあったのか?」
「そう言えば、ソードは昨日、ギルドに顔を出してなかったね。
説明するから会議室へ来てくれるかな。」
会議室に入ると俺が着席する前にカールが説明を始めた。
「昨日未明に神託が降ったため、早朝から駐留軍と諸行軍の偵察隊が確認しに行ったんだ。
お告げ通りに、正体不明の巨大なムシの巣を発見したそうなんだけど、持ち帰った情報からするとどうやら例の蟲神の眷属である格率が高かったらしいんだ。
そこで昼頃には、駐留軍と諸行軍の工兵隊が爆破解体に向かったんだけど、結局駆除出来なかったみたいで、日没頃にボロボロの状態で撤退して来たんだよ。
そして昨日の深夜頃になってから辺境伯が協力を要請してきたという訳なんだ。」
「貴族や役人は、起こってはいけない事態を起こるはずの無い事にしようとする場合が多い。
失敗をひた隠しにされて手遅れになるよりは、即座に掌を返して助けを求めてくる方がマシだろ。」
「そうなんだけどね。街の外での対集団戦となると、街中での巨人単体への対策を折角作り上げたのが無駄になるからさ。」
「流石はミスター・ジョンドゥーだ。腐り切っていてもランク7ハンターだけの事はある。俺たちの準備を調査済みって事か。」
幾ら念入りに準備したところで、いざ戦いが始まれば相手も当然ながら裏を書いてくるので、巧く立ち回ろうとしても負傷や損耗は避けられないし、それでも状況は進行していくから、迷っている暇など無く、次の行動に移らなければならなくなるのが常識だ。
「ギルドでもそう考えているよ。」
「それにしても、そんなムシを良く見つけてくるよな。アイツは蟲神の眷属なのか?」
「確かにそうだね。巨人も今回のムシも標本なんか一切無いし、蟲神関係の資料でしか存在する事も知られていなかったからね。」
「カール。そのムシどもは手強いのか?」
「ランク4相当だから攻撃力はそれほどでもないみたいだけど、兎に角頑丈で数が多いから、十匹殺す間に百匹の増援が来るそうだよ。」
「そんな規模の群れが急に発生する訳がないよな?」
「あっ、そうだ。そいつらの巣にはこの辺りでは見た事のないタイプの食虫植物も生えてるらしくて、共生してるんじゃないかって見解も出ているみたいだよ。」
「じゃあ、環境ごとムシどもを移動させたって事か。」
「今のところ街への被害はないから緊急事態扱いにはなっていないけど、生態系への影響が心配だから、縄張りや個体数を調査するためにギルドでも威力偵察を行う事になったんだ。」
「俺もそれに参加すれば良いんだな?」
「頼むよ。ソード。
但し、緊急事態じゃないから予備役のヘルガを引っ張りだす訳にもいかないので、他のハンターたちと組んで貰うことになるけどね。
そろそろ、彼らもこの部屋にやって来る頃だと思うよ。」
その後、調査任務を得意とするランク4ハンターたちが集まったところで、ギルドの幹部職員から数時間かけて、詳細な状況説明と作戦内容についての説明があった。
◇
ムシどもが居たのは深淵の森ではなく、城壁都市の東方の岩石地帯を超えた森林地帯の中だった。
特に『探査』の魔法を使う必要もなく発見出来たのだが、ムシどもは全身鈍色で体長約6フィート、ダンゴムシみたいな甲殻を背負っているが、腹側からみるとアリみたいな身体をしている。
俺にはムシどもの姿がどう見てもハチには見えないのだが、ステータス上の名称は俺の翻訳能力だと『甲殻スズメバチ』となっていた。
確かスズメバチは、ミツバチよりもアリに近い種類の生物だと聞いた事があったが、こいつらには翅がないし、甲殻を剥ぎ取っても精々アリに似ている程度の様な気がする。
何れにしても、珍しい生物の姿を見る事が出来たのは嬉しいし、アジアの大国でアリやダンゴムシの料理を食った記憶があるので食用にもなる筈だ。
将来的には街の危機になる可能性がある存在とはいえ、未だ無害な生物を無駄に駆除する事には抵抗があったが、狩猟であれば心置きなく仕留めることが出来る。
巣穴の外側には複数の蟻塚みたいなモノが建っており、その中心部には数本の大きな草木が生えている。
甲殻スズメバチどもが狩ってきた動物を肉団子にして、ラフレシアに少し似ている食虫植物に与えているのが見えた。
食虫植物の幹から滲み出ている蜜らしき滴をムシどもが食しているみたいなので、どうやら共生関係にある様だ。
俺は勝手に、地球の図鑑などで見た事もない系統の動物の事を「幻想生物」として分類しているが、この幻想生物どもには遠距離攻撃が殆ど効かない。
こいつらに対して遠距離から物理的攻撃を仕掛けると、運動エネルギーが急速に減衰するだけでなく、軌道も偏向されてしまう。
また、こいつらに対して遠距離から魔法攻撃を仕掛けると、まるで炎天下に置かれた氷柱が解ける様子を高速再生したかのように、標的に近づくほどに魔法が急速に霧散していく。
更に、こいつらは首を切断するか、脳ミソか心臓を潰すかしないと死なない。
そういった訳で、威力偵察を行うには接近戦を仕掛ける必要がある。
予定では先ず、ムシから攻撃を受けるまで接近する事で警戒範囲を確認し、出来れば蟻塚や食虫植物の一部をサンプルとして削り取ってから、次に撤収しながら攻撃を続けて総数を測る事になっていた。
普段なら直ぐにでも調査を開始するのだが、噂を聞き付けたヘルガが後学のためと言って教え子2人を連れて来てしまったし、レナートも護衛として同行していたので、カールは念のためにヘルガに注意している。
「ヘルガ。危なくなる前に必ず退いてよ。」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。
この子たちはハンターに成り立てとはいえ、レベル28のランク3ハンターなんだよ。
ヘレナやヴィクトリア以来の天才なんだからさ。」
「先日飛び級したばかりだから余計に心配なんだよ。」
「分かった、分かった。さっさと行ってきな。」
「それじゃ、調査開始するよ!」
俺をポイントマンとして、カールの合図で全員が進み始める。
ストーン・サークルみたいに並んでいる蟻塚を中心にして、時計回りに周囲を回りながら数時間かけて近づいて行く間、甲殻スズメバチどもは特に何の反応も示さなかった。
だが、蟻塚から数ヤードほどの距離に差し掛かった瞬間、警報機でも仕掛けられていたかの様に、地上にいる数十匹のムシどもが一斉に俺たちに襲いかかってきた。
俺は直ぐ様ダッシュして直径3フィートほどの蟻塚の1本にハルバートを叩き込んで壊し、続けて食虫植物も1本たたっ斬ってから、何方も『収納』の魔法で格納した。
「撤収!」
俺がサンプルを回収したのを確認したカールが、次の段階へ移行する事を告げる声が聞こえてきた。
甲殻スズメバチは、同じくらいの大きさの亜人などに比べれば遥かに軽い上に硬いので、俺以外のハンターがハルバートで横一文字に斬り付けてもバッティングセンターでボールを打っているみたいな感じで、切断されることもなく吹き飛んで転がって行く。
ピッチャーゴロといった感じで転がっていった甲殻スズメバチがまた戻ってくる頃には、巣穴の中から出来てきた増援を引き連れてくるので、ハンターたちが10匹ほどを始末した頃には100匹近くと対峙する事になった。
それでも俺が甲殻スズメバチの群れに飛び込んで、蹂躙しながら死体の回収を続けていたのでハンターたちは包囲されてはいない。
しかし、背後にいたハンターから悲鳴が上ったので、そちらを振り返るとムシどもが口から液体を吐き掛けている光景が見えた。
即座に防壁代わりとして『氷湖』の魔法で周囲の空気をドーム状に固めて無色透明な障壁を作ったのだが、その液体が数滴振り掛かっただけなのに、俺の鎧の胸当部分が嫌な臭いの煙を発しながら幾つか穴が開いてしまった。
俺とカールの被害は鎧だけだったので脱ぎ捨てるだけで済んだが、恐らく強酸だと思われる液体を顔や腕にも浴びてしまったハンターたちは、肉体が焼け溶ける痛さに転げ回り始める。
「カール。ムシどもを消し去っても良いか?」
「仕方ないね。頼むよ。」
俺は水筒の水をハンターたちの傷口にぶっかけながらカールに確認した。
俺の能力だと『転移』の魔法で運べるのは自分を含めて3名が限界なので、ハンターたちを『倉庫』の魔法の中へ一旦撤退しようとしたが、そうすると甲殻スズメバチどもが、未だそんなに離れていないヘルガやレナートたちを標的にする可能性が高くなる。
ヘルガやレナートは何とかするだろうが、ヘルガの教え子たちを危険には晒したくない。
「レッドカードだ、クソッタレ!退場しろ!」
『氷湖』の魔法の障壁に群がっていた数百匹の甲殻スズメバチどもの内、正面にいた数匹が『気化』の魔法で昇華した瞬間、想定外の凄まじい空気爆発が発生した。
「一体何をしたんだ?ソード!!」
「分からん。この魔法は、今まで水と煙幕とワーライノセラスに対してしか使った事がないんだ。」
慌てふためいているカールが怒鳴り声を上げながら問いただしてくるが、俺にも状況が良く分からない。
今の爆発で周囲はクレーター状態となっており、先ほどまで群がっていた甲殻スズメバチどもだけでなく、蟻塚も食虫植物も吹き飛んでしまったが、巣穴から増援が続々と吹き出して来るのが見えた。
「カール。検証は後だ。ハンターたちは俺が『倉庫』の魔法の中で匿うから、ヘルガたちを追いかけるぞ。」
「了解。」
ヘルガの教え子が幾ら天才とはいえ所詮はランク3ハンターだし、俺が巻き上げたのであろう土煙を茫然と眺めていたので、俺とカールは程なくヘルガたちに追い付いた。
◇
カールとほぼ同じ速さで追い掛けて来ていた甲殻スズメバチどもは、岩石地帯直前で突然立ち止まり、暫くすると俺たちを追うのを諦めて引き返し始める。
「カール。どうやらムシどもは岩石地帯に進入しないみたいだぞ。」
「そうみたいだね。」
「縄張りのせいなのかどうかは分からないが、これなら今のところ街に向かってくる事はないな。」
「そうだね。
ソード、もしかするとさっきの魔法は、対象の組成物質によって分解する際に放出するエネルギーが違うんじゃないのかな?!」
「分解?師匠からは昇華だと教わったんだがな。
でも確かに、もしも分解なら標的が金属を含む生物だと爆発するほどの熱が発生しても不思議ではないな。」
「これも考慮してミスター・ジョンドゥーは、あのムシを用意したのかもしれないね。」
「その可能性はあるな。俺たちだって巨人対策はしてるからな。」
◇
夕方頃になってギルドに戻った俺たちは、負傷したハンターたちを医療施設に預けたあと、回収してきた蟻塚などのサンプルを解体スペースに並べた。
甲殻スズメバチや食虫植物は、標本が未だ存在しない生物なので、ハンターギルドの職員十名ほどが立ち会って検分を始める。
その光景を眺めていたら、幹部職員への報告が終わったカールが戻って来た。
「どうやら、僕たちが調査に出掛けた直後にまた神託が降ったらしくて、つい先ほど偵察隊によって他にも同じ様な巣の存在が確認されたそうだよ。
南門方面を除いて、全部で7個の巣が街の周囲を取り囲むように配置されているみたいだね。」
「1箇所でも厄介なのに包囲するとは。手間を惜しまないな。流石はミスター・ジョンドゥーとしか言い様がない。」
「この分だと南門方面は逃げ口に見せて実は罠だよね。」
「その可能性はあるな。どうするつもりなんだ?」
「その事について、明朝から辺境伯とギルドで打ち合わせの予定なんだ。
今夜中に資料を作る必要があるから、今日もまた徹夜になりそうだよ。」
「若い時の苦労は買ってでもしろ、ってな。おやすみ、カール。」
「おやすみ。」
カールに別れを告げると俺たちは帰路についた。
<続く>
【人物紹介】
ソード……主人公。本名は、惣田真悟。ステータス上の名前が、シングル・ソード。ランク6ハンター。
ヘレナ……ソードと同棲中。傭兵ギルドの教育担当。ランク5ハンター。
ヴィクトリア……ヘレナの父方の従姉妹。ハンターギルドの契約責任者。ランク5ハンター。
ヘルガ……ヘレナの叔母。元ランク6ハンター。
ヘルミーネ……ヘレナの母方の従姉妹。ヘルガの娘。ランク3ハンター。
ヒルダ……ヘルミーネの娘。4歳。
レナート……ヴィクトリアの同棲相手。ランク5ハンター。
カール……ヘルミーネの同棲相手。ハンターギルドの渉外担当。ランク4ハンター。
【基本魔法紹介】
『氷湖』……物体が湖の氷に閉じ込められている光景を再現したもの。対象を凍らせる訳ではなく、指定位置周辺の動きを止める。距離や範囲や威力は個人の力量に比例し、任意の場所で発動するが、距離に比例して発動時間が遅くなる。
『探査』……亜人の視力や視覚を再現したもの。実際に視力を強化している訳ではなく、周囲へ魔素を放って反響する魔素を知覚し、視覚と共感覚を引き起こしているだけなので、可視光線以外の映像を視ることも出来る。
『収納』……麻袋などに物体を放り込むという光景を再現したもの。自由に出し入れできる収納空間。容量や時間の流れは個人の力量に比例し、一度構築すれば状態の維持に魔力は消費しないが、出し入れ時には質量に応じた魔力を消費する。生きているモノも入れられるが、消失する事がある。
【秘伝魔法紹介】
『倉庫』……倉庫に居る光景を再現したもの。容量は個人の力量に比例し、一度構築すれば状態の維持に魔力は消費しないが、出入り時には質量に応じた魔力を消費する。床が存在する正方体の空間で、人間が居住可能。
『転移』……転移門の機能を再現したもの。自身だけでなく接触している任意の物体にも作用し、距離や容量は完全に個人の力量に比例する。
『気化』……水の蒸発を再現したもの。対象は液体に限らず、指定位置周辺の物質を昇華する。
距離や範囲や威力は個人の力量に比例し、任意の場所で発動するが、距離に比例して発動時間が遅くなる。
『飛翔』……グリフォンの飛翔を再現したもの。実際には空中に浮遊している訳ではなく、『落下』の魔法と似た様なモノで目標座標に向かって自身が落下しているだけである。
【その他】
シグブリット辺境伯領……主人公が転居してきた街。アンブロシウス王国の最南端に存在する。




