第50話
■2015/08/15 誤字脱字の修正、及び表現の一部変更を行いました。
第50話
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霧のような煙幕の中に突然、4本の触手が蠢いている光景が見えてきた。
俺とヘルガがハルバートを握って待ち構えているとそこに現れたのは、全長50フィート以上、恐竜のような胴体に直径2フィート以上のヘビみたいな首が4つ生えていて、4足歩行する5つ首のヒュドラーであった。
首の1つは反対方向を向いており付け根だけが見える。
確か、ヒュドラーには脚の無いタイプや首の数が違うタイプも存在するらしいが、そんな事は今、問題ではない。
「おいおい、こんなのが居るなんて聞いてないぞ。」
「これもミスター・ジョンドゥーの贈り物なんじゃなのかい?」
「こんな亜竜なんかに寄生生物が取り付いたりしたら、巨人と大して変わらん脅威だぞ!」
「ソード。それよりも、コイツは真っ直ぐ私たちに向かって来ている気がするよ。」
「まさか、認識阻害系の魔道具が効き難いタイプなのか?」
「取り敢えず、先程と同じ手で片付けておくれよ。」
「了解した。」
周囲の空気ごと固めて足止めしようとして、ヒュドラーを狙って『氷湖』の魔法を発動したのだが、具現化する前に魔力が霧散してしまった。
「な?!」
今まで力ずくや電磁バリヤーで無理矢理に解除されたことは何度かあったが、具現化前に魔法を解除されたのは初めてである。
「ひょっとして、コイツは今初めてあんたの存在に気づいたんじゃないのかい?」
ヘルガの言うとおり、先程までバラバラに動いていたヒュドラーの5つの首が全て俺の方を向いている。
「そう言えば、コイツは温度分布と魔力分布でしかモノを視ることが出来ないって聞いたことがあったねぇ。」
「巫山戯んな!ヘルガ!!」
俺はヘルガに怒鳴りつけるのと同時にヒュドラーの5つの首からの噛み付き攻撃を避けていく。
もしもコイツが下等竜みたいに近距離でブレスをぶっ放していれば、2人仲良く肉の沼となっていたところだ。
一応、亜竜と下等竜との最大の差異は、ブレス攻撃の有無らしいから助かった様なものである。
回避動作中に、ヒュドラーの首が通過した場所から煙幕が掻き消えているのが見えた。
ヒュドラーの首を掻い潜って胴体の下に潜り込み、ほふく前進で尻尾側へ辿り着くと、そこにはトンネルのように煙幕が無くなっている光景が目に映った。
ヒュドラーの尻尾にハルバートで斬りつけながら俺はヘルガに魔法攻撃を控えるように促す。
「ヘルガ。コイツは魔力を食ってやがるぞ。」
しかし、俺が言葉を言い切る前に、ヘルガが援護攻撃として『風の槍』の魔法を連投する姿が見えた。
『風の槍』はヒュドラーを傷つけること無く、掻き消えてしまい、代わりに俺が切開いた尻尾の傷が瞬く間に塞がっていく。
「そう言えば、コイツは魔力を食って自己治癒する事が出来るってのも聞いたことがあったねぇ。」
「巫山戯んな!!テメエ、ワザとやってるだろ?!」
「仕方ないんじゃないかい。私はコイツを狩ったことなんか1度も無いんだからね。」
俺はヒュドラーの後ろ脚蹴りや尻尾攻撃を避けながら、片足の大腿部にハルバートを叩き込んで、半ば切断してから、もう一度尻尾の切断に取り掛かる。
尻尾がなくなれば重心のバランスが取れなくなり、ヒュドラーは首を伸ばせなくなるはずだ。
だが、またしても俺がハルバートを叩き込んで切開いたヒュドラーの尻尾の傷が瞬く間に塞がっていく。
しかも、先程半ば切断しておいた大腿部の傷まで塞がっており、ヒュドラーが後ろ脚蹴りや尻尾攻撃で俺を追い払おうとする。
更に、後ろ脚蹴りや尻尾攻撃が周囲の煙幕を食ってしまった為に認識阻害効果が突然消失したので、俺はヒュドラーの右側へ避けようとしたつもりだったが真っ直ぐコイツに向かって突っ込んでしまい、顔面で胴体に体当たりして後頭部から着地してしまった。
「何やってんだい、ソード。あっはははは―――」
今作戦では、なるべく煙幕を吸い込まないようにと、面頬みたいな簡易ガスマスクを支給されているので顔面で直接殴りつけた訳ではないし、兜をかぶっているので後頭部で直接ヘッドバットをかました訳ではないが、精神的なダメージはそれ以上にあった。
なお、認識阻害の効果は、例えるなら方位磁石を狂わせる磁気みたいなモノで、煙幕を吸入したか否かは関係ないらしい。面頬はあくまでも健康上の予防措置である。
ヘルガは笑いながらもヒュドラーの側面に回り込んでハルバートを振るって援護はしてくれた。
「コイツの周りは煙幕がないから、今までよりも簡単に当たるんじゃないのかい。」
「クソッタレ!チークダンスでここまでの醜態を晒したのは初めてだ。」
普通なら、敵の手足や首が増えて攻撃が多少変わっても想定される攻撃方法ならば対処は不可能ではない。
繰り返し訓練すれば、攻撃の全体を見なくても、初動動作だけで攻撃が予想出来るからだ。
そして、油断する様な未熟な真似さえしなければ確実に後の先を取る事が可能となる。
しかし、この方向感覚の認識を阻害する煙幕が晴れた筈の空間に、俺たちやヒュドラーが動く風圧でまた煙幕が流れ込んで来て、自分が意図せぬ方向へ突然向かってしまい、カウンター攻撃をするどころかピエロを演じる事になってしまった。
「何なんだいこれは?!」
先ほどまで俺の醜態を笑っていたヘルガが今度は、ハルバートを空振りして石畳に叩き込んだり、ヒュドラーの噛み付き攻撃を避けようとして胴体に顔面から体当たりをしている。
「ヘルガ。見事な道化っぷりだ。これならヒルダも喜ぶだろう。」
「冗談じゃないよ。こんな事を話したら私の威厳がなくなっちまうだろ!」
亜竜の中でレベルが最も高いだけあって、ヒュドラーの再生能力はドラゴニュートどもよりも遥かに優れており、どれだけ連続で傷を負わせても、3発目の攻撃が当たった頃には1発目の攻撃は無かったかの様に塞がっている。
ヒュドラーの表皮や筋肉が、ワイバーンと大差ない程度の硬さしかないのが救いだが、流石に骨は巨人並に硬いので切断する事も傷付ける事も出来ない。
暫く攻防を繰り返していると、見覚えのある標識が目に入った。
「ヘルガ。そこの角を曲がれば亜竜対策用の転移門があった筈だ。そこへ誘いこむぞ。」
「あいよ。」
ヒュドラーは巨人と違って素直に真っ直ぐ俺たちを追い掛けて来たので、転移門の上を通って逃げるだけで簡単に罠にハメることが出来た。
ここの転移門は、標識によるとクラベル山の火口から溶岩の中へ落とす仕掛けになっているので、飛行型ではなく歩行型のヒュドラーでは逃げることも出来ない筈だ。
「あれだけ散々踊っておいて、金も払わせずに帰らせるのは割にあわないな。」
「全くだよ。全身血塗れだし、槍の穂先だって欠けてるからね。」
こういった緊急事態やスタンピード関連の仕事は基本的にボランティアなので、経費は自分たちで狩った獲物を売っ払って捻出する事になるのだが、仕方がなかったとはいえその獲物を転移門で放り出してしまったので、槍の修理費用などの補填が出来なくなってしまった。
「次の時には、煙幕が晴れる前に全ての首を纏めて叩き落とすとするか。」
「そうだね。これほど厄介な魔道具だとは思わなかったよ。」
一番厄介だったのが、煙幕が晴れた筈の空間に俺たちやヒュドラーが動く風圧でまた煙幕が流れ込んで来て、煙幕の散布状況が刻一刻と変わる事だった。
「さて、次の相手を探しに行くぞ。」
「あいよ。」
俺たちは担当エリアである元の道路に戻って、捜索を開始した。
◇
ヒュドラーのお陰でトンネルのように煙幕が無くなっている空間を進んで暫く経った頃、獣人が同じ様にトンネルの中を通りながらこちらに向かってくる姿が見えた。
どうやら俺たちの方が先に発見したみたいなので、ハンドサインで待ち伏せ攻撃を行う事を合図としてから、煙幕の中へ入っていった。
しかし、これは囮だったらしく、煙幕の中に入った途端に俺たちは3匹の亜人に加えて、十数匹の危険生物から奇襲を受けた。
未だ地球に居た頃、ビデオゲームの中の世界でしか人間ではない敵と戦った経験の無い新兵に限って、PVEなんか大したこと無いとか、PVPの方が駆け引きで頭を使うなどと良くほざいていたのを思い出す。
しかし、それは野生動物の群れに襲われた事もない人間や野生動物の生態もロクに知らない人間が作ったビデオゲームだから言える事だ、というのを新兵どもは分かっていない場合が多かった。
訓練期間が終わり、実際にアサルトライフルを装備してジャングルの中で野生の動物を相手にする段階になって初めて実感するのだが、嗅覚や聴覚による索敵能力の差異や瞬発力による驚異的な攻撃力などよりも、トラやヒョウといった野生動物が平気で人間を欺いてくる事に新兵どもは翻弄される。
野生動物は自分の足跡を正確に踏んで後退し、足跡を追ってきた人間を背後から襲う事を当たり前に行うし、1匹が囮となって人間を群れに誘い込んだり、数匹で陽動を行って人間の背後から群れで襲うなども当然のように行う。
人間が触った臭いが着いている様な単純な罠に掛かる事もないし、弱い兵隊ほど放っている殺気を、野生の動物が欠片ほども放つ事などない。
野生動物は殺そうとしているのではなく、食おうとしているのだから殺気など無いのが当然だ。
人間に対して遠吠えを行うのも威嚇する場合や陽動の場合くらいで、捕食する際には基本的に無音で接近し、無音で襲いかかる。
野生動物が火を怖がるというのも、熊の前で死んだふりをすれば助かるというのと同じくらいに出鱈目である。
ワニなどの一部の動物だけが火や煙を嫌がるくらいで、トラやヒョウといった野生動物は夜間に焚き火をしていると却って積極的に襲ってくる。
ジャングルに配属となった新兵の半数は、敵兵の襲撃よりも暗闇での野生動物の襲撃がトラウマになる場合が多い。
あれだけ野生動物を相手にするのに苦労してきたのに、俺はいつの間に野生動物をナメていたのだろうか。
最近はあのアホなドラゴニュートどもや巨人が、単独で正面から挑んでくるという異常な状況に慣れてしまっていて、集団での不意打ちが戦いの基本である事を俺の方こそが忘れており、対動物戦を大したものでは無いと勘違いしていたのかもしれない。
単独同士で戦えば、俺たちはここいる生物ならどれでも確実に仕留めることが出来る。
しかし、ワーライノセラスが盾役となって前衛を勤め、その背後からスネークピープルなどの変異体が槍で攻撃してくるし、更には脚の無いタイプのヒュドラーまでが俺たちの背後から襲ってきた。
「クソッタレ!オージー・パーティーなんか好みじゃねぇ!」
「こりゃあ、マズいねぇ。」
「一時撤退するぞ!」
「この状況じゃ、仕方ないね。」
俺がヒュドラーの相手をしていると、数の猛攻を捌き切れなくなったヘルガが槍で串刺しにされそうになっている姿が見えた。
即座に俺は、バレーボールの様に盛り上がっているヘルガの肩を掴み、ギルドの中庭へ向かって『転移』の魔法で移動した筈だった。
「何処だい、ここは?」
「さあ?煙幕のせいで、座標がズレたのかもしれん。」
俺たちの目の前には、アマゾン川みたいに巨大な川が流れている。
「もう一度転移するぞ。」
そう言って俺はヘルガの肩に触れようとしたのだが、急に力が抜けてしまい、地面に向かってダイブしかかった所をヘルガに助けられた。
「どうしたんだい?ソード」
「力が入らない。」
「まさか、ヒュドラーに咬まれたのかい?」
「いいや。スネークピープルかなんかの槍で刺されたみたいだ。」
「この毒消しを飲みな!何の毒か分からないから何処まで効くか分からないけどね。」
「スマン。助かる。」
「ソード。何か見たことのない生物どもが押し寄せてきたよ。転移は出来そうかい?」
渡された丸薬を俺がかじっていると、ヘルガが上擦った声を出しながら立ち上がった。
「感触からすると無理だな。精々が『倉庫』の魔法の中に入るのが限界だと思う。」
ヘルガの視線の先に俺も顔を向けてみると、魚頭人身の生物などが大勢で俺たちを包囲している光景が目に入ってきた。
「取り敢えず、そこへ避難しようじゃないか。流石に知らない生物を相手にこの数は厳しいからね。」
「了解だ。」
何処かへ向かう訳ではないからかもしれないが、『倉庫』の魔法の中には上手く入れた様である。
目の前には、大陸間輸送船の広大な甲板が見える。
船内に備え付けの医療設備で回復したらギルドへ戻ることにするか、などと考えていたら、ヘルガの怒鳴り声が聞こえた様な気がしたが、俺の意識は急速に暗転していった。
<続く>
【人物紹介】
ソード……主人公。本名は、惣田真悟。ステータス上の名前が、シングル・ソード。ランク6ハンター。
ヘレナ……ソードと同棲中。傭兵ギルドの教育担当。ランク5ハンター。
ヴィクトリア……ヘレナの父方の従姉妹。ハンターギルドの契約責任者。ランク5ハンター。
ヘルガ……ヘレナの叔母。元ランク6ハンター。
ヘルミーネ……ヘレナの母方の従姉妹。ヘルガの娘。ランク3ハンター。
ヒルダ……ヘルミーネの娘。4歳。
レナート……ヴィクトリアの同棲相手。ランク5ハンター。
カール……ヘルミーネの同棲相手。ハンターギルドの渉外担当。ランク4ハンター。
【基本魔法紹介】
『探査』……亜人の視力や視覚を再現したもの。実際に視力を強化している訳ではなく、周囲へ魔素を放って反響する魔素を知覚し、視覚と共感覚を引き起こしているだけなので、可視光線以外の映像を視ることも出来る。
『風の槍』……空気を固めて投げ槍の一種であるピルム・ムルスを再現したもの。軽いので威力が弱い。空気を圧縮したのに凍結しないし冷たくもない。質量は個人の力量に比例し、コンクリートくらいの強度を有するが、手元を離れると10秒程で霧散する。
『突撃』……カノン砲での砲撃の着弾を再現したもの。対象を吹き飛ばす。威力は個人の力量に比例し、火の玉を投擲後に対象との接触で無音発動するが、手元を離れると10秒程で霧散する。
『氷湖』……物体が湖の氷に閉じ込められている光景を再現したもの。対象を凍らせる訳ではなく、指定位置周辺の動きを止める。距離や範囲や威力は個人の力量に比例し、任意の場所で発動するが、距離に比例して発動時間が遅くなる。
『収納』……麻袋などに物体を放り込むという光景を再現したもの。自由に出し入れできる収納空間。容量や時間の流れは個人の力量に比例し、一度構築すれば状態の維持に魔力は消費しないが、出し入れ時には質量に応じた魔力を消費する。生きているモノも入れられるが、消失する事がある。
『転移』……転移門の機能を再現したもの。自身だけでなく接触している任意の物体にも作用し、距離や容量は完全に個人の力量に比例する。
【その他】
シグブリット辺境伯領……主人公が転居してきた街。アンブロシウス王国の最南端に存在する。




