第42話
■2015/08/15 誤字脱字の修正、及び表現の一部変更を行いました。
第42話
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ヴィクトリアからの助言に従って翌日から、激痛が優っている時は只管に槍を振るい続け、睡魔が優っている時は只管に眠り続けるという事を繰り返したお陰かどうかは分からないが、9日目の朝、目が覚めると激痛が唐突に一切なくなっていた。
10日間も激痛に苛まれ続けていたせいで、目覚めた直後は痛みが喪失した事に酷い違和感を感じたが、数時間後にそれは治まった。
しかし、今度は別の異常な違和感に付きまとわれている。
例えるなら、30ポンド程度の鉄アレイを持ち上げようとしたら、3オンスくらいのプラスチック製のハリボテだった時の様な感覚である。
自分の体重が羽根のように軽く感じられるので、ホンの少し踏み込んだだけでトランポリンを使ったかの様に身体が浮き上がる。
総金属製のハルバートが竹ひごの様に軽く感じるが、質量まで実際に軽くなった訳ではないので、踏ん張ってないとモーメントで身体が流れる。
外人部隊に入る前の俺なら日本刀で、2枚重ねにした和紙の一枚目だけを切断したり、凧糸を縦に真っ二つにしたり出来たのだが、今や単に斬り下ろすだけでも狙った場所に当たらないし、刃を垂直に立てる事さえ出来ない。
まるで、脳移植手術とかサイボーグ化手術とかをされて別の身体になったみたいで、自分の身体を自分の思うように動かす事が出来なくなっている。
ここまでパワーアップすれば明らかだが、以前のレベルアップ時にも軽度だがこういった状態になっていたせいで、刃筋が微妙に立っていなかったり、太刀筋が微妙にズレたりなどしていた可能性が高い。
しかも、全身の筋肉が均等にパワーアップしている訳ではなく、恐らく各箇所の潜在能力に応じているのではないかと思われる。
この世界の戦闘技術が、俺の修めた武術とは全く異なる術理で成り立っているのは、こういった身体能力が突然上がる事が前提条件として盛り込まれている故なのかもしれない。
その証拠に威力こそ以前と段違いだが、20種の基本魔法や12個の『秘伝』は、思い通りに操ることが出来た。
レベルの高いハンターほど、『秘伝』や魔法に頼った戦い方をしていた理由が、この期に及んで漸く理解出来るとは、自分に呆れてしまう。
意図的な問題行動には体裁を繕った理由とは別に必ず切実な問題が存在する、という事くらい知っていた筈なのに全く気付く事が出来なかった。
俺もヒトの事など言えなくなったが、ヘルガたちランク6ハンターの身体能力というのは、ビデオゲームのプロトタイ○に出てくる主人公が変身していない状態と大差ない怪物といえる。
しかし、何か根本的な対策を見つけないと、今後もレベルアップする度に同じ目に合う事になる。
今のところ、体術系の『秘伝』を幾つか購入して何か応用する手段を見つけるくらしか対策案は浮かばないが、数千年に渡る叡智に人間1人如きの知恵が及ぶべくもないのは当然といえば当然である。
考えてみれば、第二次駆除作戦の時に寄生生物が操っていたドラゴニュートも、今の俺と同じ状態だった訳だ。
あの時は戦闘技術の高さにばかり目がいっていたが、最近のデミドラゴニュートどもよりも戦闘技術は優れていたのに、身体能力の違いを実感させられた記憶が無い。
この辺りにもあの寄生生物を開発した研究者の『秘伝』が関係している気がする。
取り敢えずは、俺の郷では全員が物心が付く前から武術を叩き込まれるので一番最初に何を教わったのかは記憶にないが、それでも思い出せる限りの最初歩から槍術の訓練をし直す事にした。
◇
そんな地道な訓練によって漸く思い通りに身体が動かせる様になったある日の事、いつもの様に俺たちがヘルミーネの家に集まって談笑している所へ、早番の勤務を終えたヴィクトリアが情報を持って来た。
「あの巨人の手掛りが見つかりました。」
「アイツは今、何処にいるんだ?」
「行方は未だ分かっておりません。
分かったのは、別の国での過去の討伐記録の中にあの緑色の肌をした巨人に似た僭神の像を崇めていた狂人どもが存在した事です。」
この世界には絵空事ではなく、神々や精霊などが実在するし、神々への深い信仰も当然ある。
その反面、神々や精霊などの声を聞くことも出来ない人間が教えを説く事は禁忌とされている世界なので、神官や巫女が祭祀を行う聖域としての神社は存在するが、宗教や教会といったモノの存在は許されていない。
ましてや、神々や精霊などでもない存在を崇める様な者は狂人として扱われる。
しかし、リヴァイアサンやベヒーモスなど、人間からしたら神々と大差ないと思えるほどに強大な力を持つモノが数多存在するのも事実だ。
因みに僭神とは、知的生命体が力を得て神のごとく振舞うようになったモノを指す呼称であるが、基本的に人類が勝手にそう呼んでいるだけであり、そいつは別に自分が神様だと名乗っていないし、思ってもいないだろう。
何にしても『狂人』という単語は、単に狂っているだけの人間との区別が付かないので、僭神を崇める人間の事を今後は『狂信者』と翻訳した方が良さそうだな。
「そいつらは何を崇めていたんだ?」
「資料に拠りますと、あの巨人を『使徒』と呼び、使徒よりも更に大きな人型の虫を『蟲神』と呼んで崇めていたみたいです。
それと、紫色と青色の肌をした人型の生物の姿を直接目撃した諸行軍の連絡員が、資料に記載されている複数の使徒の画像の内、2つがアレらにソックリだった、と証言したそうです。」
「おいおい、あの巨人みたいなヤツが後2匹どころか複数いるっていうのか?
一体何体いるんだ?」
「資料には、蟲神についてはある程度の情報が記載されていましたが、それに従属しているだけの使徒については画像しか残っていないので、個体数も名称も分かりません。」
「狂信者どもの子孫から話しを聞く事は出来ないのか?」
地球だと邪神教団とでもなるのだが、この世界では他人に存在を知られるだけでも問題なので、親族関係だけで偽神を崇めている場合が殆どである。
しかも、狂信者と天才の境目など腐敗と発酵の境目よりも曖昧らしく、大身の貴族並みの財力を有している狂信者が多い。
「少しでも関係のあった狂信者は、一族郎党まで既に死刑に処されています。」
「皆殺しになるほど深く関わっていた奴らばかりなのに何故、虫好きがバレたんだ?」
「資料に拠りますと、同じ時期に海神を崇める狂信者どもが、生け贄を海神の祭壇に捧げる為に人間狩りを行っていたらしく、その捜査中に踏み込んだのが蟲神を崇める狂信者の隠れ家だったみたいです。」
「祭壇ってのは遺跡にあった龍神の像みたいなヤツの事か?」
「遺跡というのは鍾乳洞の地底湖にある遺跡の事ですよね。
まさか、あそこに龍神の像を祀る祭壇があったんですか?
そんな事、調査記録には記載されていなかった筈です!」
俺は何気なく尋ねたつもりだったが、ヴィクトリアだけでなく、ヒルダを除く全員が真青な顔色をして俺を凝視していた。
「ああ、この前見てきた。」
「バカな?!この街で育ったのにそんな話し、今まで一度も聞いた事がないぞ!」
俺が返事をした直後、普段は温和なカールが突然激昂した。
「カール。何か問題でもあるのか?」
「巫山戯るな、ソード!」
「ソードは外国人。良く分かってない。」
カールが俺に掴み掛かろうとした所へ、ヘレナが俺を擁護した。
「外国人?」
「ああ。」
俺の膝の上で妖精と遊んでいたヒルダが、カールの豹変に驚いて涙目になりながらしがみついて来たので、俺はヒルダをあやしながらそう答えた。
人見知りがちなヒルダが最近やっと、ゴリラみたいな見た目のカールに慣れてきたのに、また逆戻りである。
「そうだったのか。申し訳ない。」
カールは俺とヒルダに謝ったつもりだろうが、ヒルダは俺にしがみついたまま、カールを見ようとしない。
「カール。どうゆう事なのか教えてくれるか?」
俺の問い掛けに全員が沈黙する。
「ソードは、碧翠皇国が滅びた本当の原因を知っていますか?」
ヒルダが落ち着いた頃に、漸くヴィクトリアが口を開いた。
「いや。王統が途絶えたからだとしか知らない。
本当の、って事は一般的に知られている歴史は間違っているのか?」
「現在、碧翠大陸にある王国は全て、碧翠皇国の大貴族だった方々が興した国なんですが、その中に碧翠皇国の王族の血が入っている国は一つもありません。
初代碧翠皇国皇王の王妃一族が密かに龍神信仰に傾倒していたのですが、最後の皇王の時代に何らかの儀式に失敗したらしく、その血に繋がる全ての人間が一瞬で死に絶えたからです。
この龍神の像自体は先史文明のモノらしいのですが、王妃一族が王都に在る龍神を祀る祭壇の前で儀式を行った時期と、龍神を祀る祭壇が存在した8つの都市全てで住民が原因不明で突然大量に亡くなった時期とが一致する事が後になって判明しました。
そして、碧翠皇国が滅亡した後の詳しい調査でこの像が生け贄の祭壇である事が分かった為、龍神を祀る祭壇は全て破壊されて、正史は封印されました。
但し、何を求めて生け贄を捧げていたのかは未だに分かっておりません。」
「つまり、龍神の像を祀る祭壇が存在するこの街は、龍神を信仰する狂信者どもが儀式を行ったりすると、大量の死者が出るって事なのか?」
「その通りです。」
「この街は、その8つの都市には含まれてないのか?」
「はい。この街に龍神を祀る祭壇が存在する事は知られていなかったので、仮に碧翠皇国の頃に原因不明の大量死が発生していたとしても別件として扱われていた筈です。」
「マジかよ!?この大陸には千個以上の都市があるってのに!
あれ?
そう言えば、あの遺跡の調査記録は碧翠皇国以前のモノなのか?」
「そんな事はありません。初代辺境伯が着任した際の調査記録の筈です。
?!
以前調査した時に誰かが意図的に隠蔽したと云う事ですか?」
「そうだろうな。
ヴィクトリア。先に言っておくが、俺にはあの龍神の像を破壊する事は不可能だぞ。
調査記録に載って無かったから台座を破壊して持ち帰ろうとしたんだが、『投影』の魔法が撥じかれたから、何かでコーティングしてあるみたいだ。」
「何をやっているんですか、貴方は!?」
「そんな事より、ギルドへ報告しに行った方が良いんじゃないか?」
「そうですね。カール、ついてきなさい。」
予防線を張っておかないと、あの凍える様な地底湖にまた潜らされる羽目になりかねん。
未だ探検してない遺跡ならまだしも、探検済みのあそこへ行くためにあんな苦労はしたくない。
その日は結局、眠るまでヒルダにしがみつかれたままだった。
<続く>
【人物紹介】
ソード……主人公。本名は、惣田真悟。ステータス上の名前が、シングル・ソード。ランク6ハンター。
ヘレナ……ソードと同棲中。傭兵ギルドの教育担当。ランク5ハンター。
ヴィクトリア……ヘレナの父方の従姉妹。ハンターギルドの契約責任者。ランク5ハンター。
ヘルガ……ヘレナの叔母。元ランク6ハンター。
ヘルミーネ……ヘレナの母方の従姉妹。ヘルガの娘。ランク3ハンター。
ヒルダ……ヘルミーネの娘。4歳。
カール……ヘルミーネの同棲相手。ハンターギルドの渉外担当。ランク4ハンター。
【魔法紹介】
『投影』……蜃気楼を再現したものだが、秘伝と裏ワザにより実質的には荷電粒子砲。距離や威力は個人の力量に比例するが、数ヤードほどしか直進しない。発動までにタイムラグがある。
【その他】
シグブリット辺境伯領……主人公が転居してきた街。アンブロシウス王国の最南端に存在する。




