第36話
■2015/09/05 誤字脱字の修正、及び表現の一部変更を行いました。
第36話
◇
ヒルダが疲れて眠ってしまったので、妖精の園を去る事にした。
まあ、幼児があれだけ長時間、追い駆けっこをしたり燥いだりして妖精と戯れていれば当然と言える。
ヒルダの安全のために、『氷湖』の魔法で周囲の空気をドーム状に固めて無色透明な障壁を作っておいたのだが、それを解除した際には障壁の周りに集っていた全長3.3フィートほどの大きさのサソリやムカデやヤスデなどが、数十匹で一斉に襲いかかってきた。
しかし、俺がサーベルを振るう必要もなく、ヘルガとヘルミーネが嬉々として全て狩っていった。
地球ではサソリやムカデの料理を食った事はあるが、ヤスデは食えるのか?
それにあんなに分厚い外殻に身を包んでいるサソリやムカデでは、食うところがあまり無い気がする。
どうせ、こいつらの肉も屋台で串焼きとして売っているだろうから、帰りに買い食いでもしてみる事にした。
◇
妖精たちに別れを告げてから今度は、蒼く輝く地底湖のある鍾乳洞を見に行った。
地底湖には、全長8フィートほどの細長いカブトガニみたいな節足動物 などが優雅に揺蕩っているし、湖底にはピラミッドみたいな建造物まで存在している。
「おお!」
感嘆の声を上げているのが俺一人なのは癪に障るが、他の者達は何度か来た事があるらしいので仕方がない。
「なあ、ヴィクトリア。この湖には潜る事が可能なのか?」
「意味にもよりますが、許可が必要かという意味なら自由です。
水質は安全かという意味なら、飲んだ者がいないので断言は出来ませんが、少なくとも毒は検出されておりません。
危険はないかという意味なら、水温が摂氏4度ほどですし、少なくともランク5の水生生物の存在が確認されておりますので、私では不可能ですが、ソードなら一泳ぎするくらい可能だと思います。」
「でも、摂氏4度の水の中を素潜りして、あの建造物に辿り着くなんて不可能だろ。」
「そうですね。この湖は透明度が高いのでそうは見えませんが、あの建造物はかなり深い場所にあるらしいので、潜水系の秘伝魔法でも修得していないと、あそこまで辿り着く事はまず不可能です。」
「そうか。ありがとう、ヴィクトリア。」
その後、薄っすらとオレンジ色の光の点線が見える鍾乳洞も少しだけ見物出来たので家路に着いた。
次回は独りでこの鍾乳洞へ探検に来るつもりである。
是非、あの湖底の建造物に入ってみたい。
その前に、現在修得している12個の『秘伝』の中に潜水系の魔法などないので、新たに購入する必要があるが、ジルヴェスター辺境伯領の商業系ギルドにそんなモノが売り出されていた記憶が無い。
シグブリット辺境伯領の商業系ギルドで探しても潜水系の『秘伝』が無かったら、ミクローシュ辺境伯領へ探しに行って、それでもなければ残念だが当分の間は諦めるしか無い。
◇
翌朝、ハンターギルドに行くと、諸行軍の百人隊が入口近くに整列していた。
それを横目に見ながら俺たちが受付に向かって行くと、コソコソと近寄ってきたヴィクトリアに応接室へ連れていかれた。
現在、シグブリット辺境伯本人がギルドマスターの元に直接出向いて来ているらしい。
それも、シグブリット辺境伯自身の要請で先日凍結となった、ヒトデみたいな触手を持つ寄生生物の駆除を依頼しているみたいである。
ギルドマスターの要請で俺たちは待機となったのだが、ヴィクトリアが応接室から出来て行ったあと、昨晩ヘレナが寝かせてくれなかった事もあって、俺はついウトウトと居眠りしていたらしい。
30分間くらい経過した頃にヘルガとヘルミーネも応接室へ通されてきたのだが、同じく待機らしいので雑談を始めた。
ギルドの職員はギルドマスターの部下だが、俺たちハンターはあくまでも個人事業主としてハンターギルドとビジネスをしているだけだから、命令を受ける義務がある訳では無い。
だが、取引先からの要請は損失を出さない範囲内なら出来るだけ聞く必要がある。
「そう言えば、君たちが仕事中、ヒルダはどうしてるんだ?」
「私たちが留守の時には常時2人の護衛兼子守り役を雇ってあるし、昼時には私の母親もヒルダに会いに来るから大丈夫だよ。」
俺の質問にヘルガがそう答えた。
「その護衛兼子守り役とやらは信頼できるのか?」
「エスパダニャ。」
「え?」
「この街にもエスパダニャの支部があるのですが、そこからクランが来ているから信頼できる、とヘレナは言っているんです。」
俺の疑問にヘレナが意味不明な一言を返してくれたが、ヴィクトリアが補足してくれたので漸く分かった。
クランというのは確か、ファミリーと婚姻を結んだ事のある者たちの集合体、と記載されているのを図書館で読んだ記憶がある。
つまり、ヘレナの祖父がジルヴェスター辺境伯領でギルドマスターを務める傭兵ギルド、エスパダニャの支部から一族みたいな者が来ているという事か。
「そういう事か。ありがとう、ヴィクトリア。」
「ヘレナとの間に子供が出来れば、あんたも一族だろ?」
「ソードは外国人。良く分かってない。」
「そうなのかい?」
「まあな。」
俺の半端な知識にヘルガが疑問を抱いたようだが、ヘレナからの援護で事なきを得た。
◇
暫くのあいだ雑談をしていたら、十名ほどの職員を連れて応接室にやってきたギルドマスターが今回の概要を説明した。
この街は周囲を岩石地帯に囲まれている上に地下遺跡が存在するので、スタンピードが起きても被害が少ない事もあって、この街の兵士の練度は他の街の兵士に比べるとかなり低い。
ダイヤモンドを輝かせる為には硬い物で磨く必要があるのと同様に、人間も優れた才能を秘めている者ほど、実力を発揮する為には才能に見合った強敵や過酷な環境が必要である、ということだ。
そして研究者たちも危機意識が低いので、危険生物を操って危険生物を狩れば楽だとの考えに至り、あのヒトデみたいな触手を持つ寄生生物を作りだした。
俺たちが前回遭遇したのは第一段階の生体兵器で、襲われた時にだけ反撃するタイプだった。
今回問題になっているのは第二段階の生体兵器で、危険生物を積極的に襲うタイプである。
どうやら第二段階の生体兵器は、危険生物の定義が巧く設定出来なかったみたいで、宿主となった生物が危険と判断した生物を襲うらしい。
貴族や研究者が襲われる可能性が出てきたので、第二段階の生体兵器を処分しようとしたが、逃げられてしまった。
駆除するにはランク5以上の実力が必要だが、この街の諸行軍や駐留軍には数名しかいないので、ハンターギルドに救援を要請してきた、という事だった。
俺がこの街に来る以前にもこういった方針の変換が頻繁にあったみたいで、ギルド職員たちからは「辺境伯には信念がないのか」などと、その無節操ぶりを非難する言葉が度々出ていたが、俺はそうは思わない。
俺が外人部隊時代に戦ってきたのは、戦争を起こす愛国者や、異教徒をヒトとは認めない狂信者など、何れも固い信念の持ち主ばかりだった。
自分の考えや行動を信じて疑わない信念は、過ちや愚行を正当化する為の化粧でしかなく、反省して改める事を躊躇する方が危険である、と俺は考えている。
また、ギルド職員たちからは、「この街の兵士たちは唯でさえ暇を持て余しているし、ランク4以下でも集団で挑めば対処出来る筈なのに、ハンターギルドにやらせるのは嫌がらせではないか」などといった非難の言葉も出ていたが、これも俺はそうは思わない。
俺が外人部隊時代に受けた下士官教育では、「物事を的確に済ませる方法は一番忙しい奴にやらせる事であり、成功するかどうかは成功するまでの所要時間を知っているかどうかにかかっている。」と教わった。
この街の兵士たちは、暇だから練度が低く、実戦経験が少ないから所要時間を予想することも出来ない。
つまり辺境伯は、この街の兵士では的確に済ますことも成功する可能性も低い、と判断したのだろう。
とは言え、前回の轍を踏む気はないので、要らんことを言ったりせずに俺は大人しく傍観していただけである。
ギルド職員たちが落ち着いた頃合いを見計らってギルドマスターは、ヴィクトリアとは別の幹部職員を今回の作戦の責任者に任命したあと、数名の職員を連れて応接室から出て行った。
その後、俺たちは会議室へ移動し、新たに数名の職員を加えて作戦立案会議を始めた。
前回と違い今回の件では、俺は作戦を立案する側ではなく、オブザーバーとして物言いをするだけの立場なので、気楽に会議に参加している。
俺と同じくランク6ハンターであるヘルガもオブザーバーとして参加している関係上、パートナーであるヘレナとヘルミーネも会議室には居るが、相変わらず我関せずといった感じで船を漕いでいただけだった。
<続く>
【人物紹介】
ソード……主人公。本名は、惣田真悟。ステータス上の名前が、シングル・ソード。ランク6ハンター。
ヘレナ……ソードと同棲中。ランク5ハンター。
ヴィクトリア……ヘレナの従姉妹。ハンターギルドの契約責任者。ランク5ハンター。
ヘルガ……ヘレナの叔母。ランク6ハンター。
ヘルミーネ……ヘレナの従姉妹。ヘルガの娘。ランク3ハンター。
ヒルダ……ヘルミーネの娘。
【魔法紹介】
『氷湖』……物体が湖の氷に閉じ込められている光景を再現したもの。対象を凍らせる訳ではなく、指定位置周辺の動きを止める。距離や範囲や威力は個人の力量に比例し、任意の場所で発動するが、距離に比例して発動時間が遅くなる。
【その他】
シグブリット辺境伯領……主人公が転居してきた街。アンブロシウス王国の最南端に存在する。
アンブロシウス王国……アドルファ王国の北東に800マイルほど離れた所に在る隣国。
ジルヴェスター辺境伯領……主人公が最初に辿り着いた街。アドルファ王国の最南東に存在する。
ミクローシュ辺境伯領……アドルファ王国の最北東に存在する。




