第31話
■2015/09/05 誤字脱字の修正、及び表現の一部変更を行いました。
第31話
◇
第三次調査が終了してから4か月後、俺とヘレナはシグブリット辺境伯領へ転居してきた。
ここは、アドルファ王国の北東に800マイルほど離れた場所に在る隣国、アンブロシウス王国の最南端に位置する街で、ヴィクトリアの新たな赴任地である。
以前と同様にマンスリーアパートを3ヶ月間契約で借りたが、ここは以前と同額なのにかなり広い代わりに、家具が一切備え付けられていない変わった物件なので、契約を済ますと直ぐに2人してベッドやテーブルセットなどの必要な家具を購入しに市場へと向かった。
◇
この碧翠大陸の面積は、日本の面積の110倍以上の約1652万平方マイルもあるので、アジア大陸に匹敵する広さである。
『深淵の森』というのは固有名詞ではなく、広い密林とか深い樹海みたいな意味でしかないらしく、深淵の森と呼ばれる場所は碧翠大陸に複数存在する。
その中でもアドルファ王国に隣接しているというか、半包囲する所まで広がった深淵の森は、大陸のど真ん中に位置している事と、外縁部の難易度が碧翠大陸にある深淵の森の中で最も低い事もあって狩猟場として重宝されており、5ヶ国8個の都市に囲まれていた。
因みに、固有名詞を伴わずに『深淵の森』とだけ呼ぶのは、碧翠大陸の中心部に存在するこの場所だけである。
しかし、アドルファ王国のミクローシュ辺境伯領はスタンピードにより壊滅状態で復旧に数年は要するし、ジルヴェスター辺境伯領は隣接している深淵の森から、その難易度の低い領域が消失してしまった。
しかも外周道路から12~13マイルほど深淵の森へ進んだ場所には、未だエアカーテンみたいなモノが存在しているのだが、亜竜はおろか昆虫類まで、これに触れようとするどころか一切近づこうとしない。
狩猟場もないし、警護も必要ないという状況なので、ランク4以上のハンター達はアドルファ王国から他の都市へ続々と転出して行った。
転移門を使った連中が何処の国へ行ったかは分からないが、アドルファ王国から馬や馬車で出て行ったハンターたちは、最も近い隣国の都市であるシグブリット辺境伯領へ1ヶ月間以上掛けて旅するらしい。
それに合わせて、常に人出不足であるハンターギルドも他の忙しい都市へ職員を異動させ、アドルファ王国内のギルドの規模を縮小してしまった。
ヴィクトリアも栄転する事になったのだが、ヘレナの希望もあってヴィクトリアと一緒に俺たちも転居する事にした。
マティアスやオリンピオは各ギルドのマスターなので当然ジルヴェスター辺境伯領に残るし、ヴェネッサは一族の孤児達の面倒を見ているので他の街へは転居しないそうだ。
◇
第三次調査が終了した翌日、ヘレナも俺と同じく『電撃』と『投影』の魔法の『秘伝』を購入した。
俺は地球にいる頃に、ディスカバリ○チャンネルの大ファンだったので、落雷などの自然現象だけでなく色々なスロー映像を何度も見た事がある。
しかし、ヘレナは静電気や蜃気楼を見知ってはいても確りと見た事が無いので、現象を明確に思い描く事が出来ず、再現するのに相当苦労していた。
この世界の魔法は、理屈を知らなくとも現象を明確に想像できるモノは比較的簡単に修得出来るのだが、下手に理屈を知っているモノは修得に手子摺る上に拙いままである場合が多い。
俺の銃火器系の魔法の威力は、火薬の製造方法などの知識があるせいで、かなり弱い。
その他の魔法は、どんな理屈で成り立っているのかは良く知らないが現象を映像で確りと記憶しているので、威力がかなり強い。
血族が代々研鑽してきた結晶なのだから当然と言えるが、『秘伝』の修得には通常3ヶ月間から2年間くらい掛かるらしく、俺のように5週間で3系統6個もの『秘伝』を修得した者など前代未聞なのだそうだ。
これは、ある意味でディスカバリ○チャンネルを見ていた事の恩恵といえる。
金銭のやり取りで『秘伝』を継承させる場合、一般的に2~3人程度しか対象にしないみたいで、俺たちに『電撃』と『投影』の魔法の『秘伝』を教えてくれた老人たちもヘレナを最後にすると言っていた。
彼らは地下隔離施設騒動の件で、研究者だった5人の子供や孫を一度に失ったらしく、憔悴しきっているのに『秘伝』だけは最低でも2人に継承させようと頑張ってきたみたいだが、傍目に見ていても限界みたいだった。
3ヶ月後にヘレナが『電撃』と『投影』の魔法の『秘伝』を修得出来た時には、俺も新たな『秘伝』を幾つか修得していた。
ヘレナは、俺みたいに修得するまで連日12時間の講義を受けるような真似をせず、8時間の講義を2日間受けたら1日間休むといった感じだったが、『秘伝』1個を修得するまでの工数としては俺の3倍程度しか掛かっていない。
◇
3日に1度は俺とヘレナとヴィクトリアとでスリーマンセルを組んで、深淵の森の浅い領域にて調査を兼ねて習熟訓練を行っていた。
しかし、本来なら外周道路から12マイルほど深淵の森へ進んだ場所から奥は、ランク6ハンターの推奨狩猟場である。
現在では、外周道路から13マイルほど深淵の森へ進んだ場所が外縁部に成ってしまっているので、初っ端からランク6の生物とのダンスを強要される事になる。
強力な攻撃力を誇る『投影』の魔法を修得したとはいえ、ヘレナは未だ他の魔法との並列起動も出来ない程度なので、『投影』の魔法に意識を割き過ぎて周囲への警戒も疎かになり、単独でランク6の生物と戦ったら必ず負傷していた。
周囲の状況を把握しながら戦えない様では、話しながら自動車を運転出来ないヒトと同様に、技能が身に付いていない証拠でもある。
ヴィクトリアはランク5ハンターとしてはこの街で最も弱い部類だったので、単独でランク6の生物を相手にするのは相当厳しそうで、毎回長時間の戦いを強いられていた。
チャンスがドアをノックしても殆どの人間がそうだと気づかないのは、チャンスがたいてい骨の折れる仕事のように見えるからだ。
万が一の際には俺が助けると分かっているので、二人とも限界近い格上相手に戦う手段を模索するチャンスだと割りきって、果敢に挑んでいく。
苦労した甲斐があって、異動前の最後に狩猟した日には、ヘレナはレベル87、ヴィクトリアはレベル71になっていた。
◇
このシグブリット辺境伯領に移って来て4日目の今日、ハンターギルドへ赴いてホームタウンの変更手続きを行う事にした。
建物の中にいるハンターたちの人数は、ジルヴェスター辺境伯領のギルドよりもかなり少ない。
しかも、ジルヴェスター辺境伯領で馴染みとなった何人かのハンターが酒保で食事をしながら挨拶してきた。
俺は一番手前の唯一空いてる受付へ向かって進み、受付の男性に要件を告げた。
「ホームタウンの変更手続きを頼む。」
「はい、分かりました。そちらに座ってお待ち下さい。」
俺たちが受付の横にあるテーブル席に座って暫く待っていると、メガネをかけた20代後半くらいに見える褐色の肌をした女性が話しかけてきた。
「やっと、来ましたね。」
「やあ、ヴィクトリア。」
この街のハンターギルドの契約業務の責任者として赴任してきたヴィクトリアが、声を掛けてきたので俺は挨拶を返した。
「この3日間はどうしていたんですか?」
「買い物。」
「何を買ったんですか?」
「ヘレナがベッドに煩くってな。この3日間は殆どベッド探しをしていたんだが、結局昨日の夕刻にジルヴェスター辺境伯領に行って買ってきた。」
「珍しいですね、ヘレナが物に拘るなんて。」
「必要。」
「そんな訳で、今からホームタウンの変更手続きを頼む。」
「既に手続きを進めておきましたので、後はこの書類に署名すれば完了です。」
「流石はヴィクトリア。ありがとう。」
署名を終えると俺たちは、第2郭の南門から深淵の森へ向かって出発した。
◇
シグブリット辺境伯領から最寄りの深淵の森まで10マイルほど離れており、その間は岩石地帯となっている。
遠くから眺めると一面が緑色に見えるほど草木が生えてはいるものの、全長4フィートほどの岩石を上空からバラ撒いたのではないかと思えるほど岩石が敷き詰められている。
この存在の御蔭で、他の都市に比べてスタンピードの被害に合う確率は圧倒的に低いのだが、その代わりにかなり不便でもある。
また、此処には深淵の森とは異なる体系の動植物が繁殖している。
白地に黒い模様をした大型のネコ科の生物やイヌ科の生物が、そこら中に潜んでいるのを感知できる。
<続く>
【人物紹介】
ソード……主人公。本名は、惣田真悟。ステータス上の名前が、シングル・ソード。
ケイ……主人公の嫁。本名は、惣田恵子。
ヘレナ……傭兵ギルドの教育担当。ヴィクトリアの従姉妹。ソードと同棲中。
ヴィクトリア……ハンターギルドの契約担当。ヘレナの従姉妹。
マティアス……ハンターギルド、ジルヴェスター辺境伯領支部のマスター。ヴィクトリアの父方の祖父。
オリンピオ……傭兵ギルド、エスパダニャのマスター。ヘレナの母方の祖父。
ヴェネッサ……ヴィクトリアの母親。ヘレナの叔母。
【魔法紹介】
『電撃』……静電気の放電を再現したものだが、秘伝により実質的には雷撃。距離や威力は個人の力量に比例するが、距離に比例して照準精度が下がる。発動までにタイムラグがある。
『投影』……蜃気楼を再現したものだが、秘伝と裏ワザにより実質的には荷電粒子砲。距離や威力は個人の力量に比例するが、数ヤードほどしか直進しない。発動までにタイムラグがある。
【その他】
ジルヴェスター辺境伯領……主人公が最初に辿り着いた街。アドルファ王国の最南東に存在する。
ミクローシュ辺境伯領……アドルファ王国の最北東に存在する。
アドルファ王国……ジルヴェスター辺境伯領が所属する国。碧翠大陸の中央辺りに存在する。
碧翠大陸……アドルファ王国が存在している大陸。




