バレンタイン、ときどき魔法少女
あー、バレンタインデスね。
うん。
細かい話は昔の短編を参照ください。
「ふははははー!! 愚劣な市民共め!!」
「イーッ!!」
全身黒づくめのマント男がスーパーのレジ台の上に仁王立ちになって高笑いする。
その周囲には、同じく黒い全身タイツの怪人たちがウネウネと怪しいダンスを踊りながら、マント男に合わせて奇声を発している。
「どこぞのお菓子会社の陰謀に踊らされおって!!」
「イーッ!!」
ビシィッととある特設コーナーを指さすマント男。
そこにはこう書かれた垂れ幕が。
『バレンタインデーフェア』
そう。
今年もこの季節がやってきたのだ。
世の毒男たちを絶望と狂気の渦に叩き込む悪夢のようなイベントが。
「こんな愚劣なイベントなど、この『悪の組織』が台無しにしてくれるわ!!」
「イーッ!!」
絶好調で奇声を発する全身黒タイツ。
奴らはおそらくバレンタインを憎んでいる。
そんなオーラが全身から発せられているようだった。
「うぜえ……」
「別にチョコを買いに来たわけじゃないのに……」
偶然スーパーに居合わせた客たちはまたしてもそう思っていた。
「ふははっ! 私の胃袋のためにも、行けい、怪人共!」
「イーッ!!」
全身黒タイツが奇声を上げながら特設コーナーを滅茶苦茶にしていく。
ご丁寧に通常のお菓子売り場に置かれたチョコレートたちもだ。
「あああ、今日の売り上げが……」
店長ががっくりとうなだれていた。
かわいそうに。
「ふはは!! 行くぞ、怪人共。次だ!!」
「イーッ!!」
マント男を先頭にして、大量の全身黒タイツがウネウネと怪しい踊りを踊りながら目的は達成したとばかりにスーパーを出て行った。
偶然居合わせた客たちはこう思った。
「在庫はどうすんだ?」
「ふはは!! 皆殺しだ!!」
「や、やめてくれ! 私の子供たちに手を出さないでくれ!!」
先刻襲撃されたスーパーからほど近い、街の有名なケーキ屋さんが襲撃されていた。
「チョコレートなどバレンタインまでは無くなってしまえ!!」
「イーッ!!」
容赦ない破壊活動が行われていた。
偶然居合わせた客たちは、みな驚きのあまり呆然としていた。
全身黒タイツがいつになくノリノリだったからである。
「ふふふ。スーパーだけでは万全を期したとは言えない。街のお菓子屋さんを襲撃するのは気が引けるが仕方あるまい。私の胃の平穏のためだ」
大人しく、残されたチョコレートケーキで我慢してくれ。
切実な願いだった。
街の至るところで似たような光景が繰り広げられていた。
普段からこの街に出現して小さな悪事を働く『悪の組織』がこれほど大規模な破壊活動を繰り広げるのは非常に珍しい。
この街にとって『悪の組織』とは、ちょっと非常識な芸人集団みたいなもので、こんなテロリストでは無いのだが。
だが、市民はこう思った。
そろそろ来るはずだ、と。
その市民の期待に応えるかのように、街の各所に設置された公共放送用のスピーカーから女の子の声が。
それは、聞く者を「ドキドキ」させ、「萌え萌え」させる、美しく可憐な美少女の声だった。
え?
声だけで美少女だと分かるのはおかしいって?
そんなことは無い!!
断じてそんなことは無いのだ。
「天知る地知る私が知る!」
鈴を転がすような、小鳥が美しい声で囀るような。
「ここに悪がいることを!」
聞く者を魅了せずにはいられないヴォイス。
「こ、この声は!?」
「い、イーッ!?」
姿はまだ見えない。
マント男と全身黒タイツが狼狽えたように周囲をキョロキョロと見回している。
「愛と正義の魔法少女! 本気狩るミーシャ、ただいま参上!!」
放送ではこの字面は伝わらないはずなのだが、何故か客達にはそう聞こえた。
「現れたな、魔法少女ミーシャめ!!」
「イーッ!!」
「悪の組織め! 愛する二人のイベントを壊滅させようとするその所業! この私が決して許さない!」
キラーン☆ミと効果音を響かせながら、有名なケーキ屋さんの屋根からフリフリ純白にピンクをあしらった超ミニスカ魔女っ娘衣装にその細いつるぺたな肢体を包んだ超絶美少女が飛び降りる。
見えそうで見えないのは仕様だ!
「現れたな、マジカルミーシャめ!」
「この街のあらゆるところからチョコレートを無くしてしまおうなんて、一体どういうつもりなの!」
マジカルステッキでビシィッっとマント男をさすミーシャ。
魔法少女ミーシャこと丸鹿美紗(26歳、新婚)は本気で怒っていた。
「知れたこと! バレンタインなんて無くなればいい。手作りチョコなんて無くなればいいんだあっ!!」
マント男の魂の叫びであった。
その魂に呼応するかのように、全身黒タイツがいっそう激しく身体をくねらせて謎の踊りを披露している。
カオス。
実にカオス。
「そんなことされたら、私の愛しい旦那様に…ごにょごにょ」
マジカルミーシャはうっすらと顔を赤らめながら小声で何やら呟いている。
「本気狩るミーシャ! 何をやってるんだ! 早く悪の組織を撲殺魔法だ!」
ミーシャの肩に乗っていた猫のぬいぐるみが喋った。
この猫こそが、丸鹿美紗(26歳、新婚)を魔法少女へと変身させた元凶なのだ。
詳しい話は昔の短編を読んで欲しい。
ついでに評価もしてくれたら嬉しい。
「魔法なのに撲殺って変じゃないか!?」
「分かったわ! えい!!」
マント男のツッコミは完全スルーで、ミーシャが巨大化したマジカルステッキという名の撲殺兵器『本気狩るハンマー』を軽々と一振りする。
ミーシャに襲いかかろうとしていた全身黒タイツがお空の星となった。
さすが魔法少女である。
「な、何という打撃力!?」
「魔法のパワーはすごいんだからっ☆ミ」
魔法じゃねえ。
その場にいた全員がそう心の中でツッコんだ。
「こ、この場を制圧したとてもはや手遅れだ! 他の場所にも戦闘員が現れて破壊の限りを尽くしているんだ! ふはははは!!」
高笑いするマント男。
「ミーシャ! 本気狩るパゥワーで分身だ!」
「分かったわ! えいっ☆ミ」
無数のマジカルミーシャが出現したかと思うと、街中に散らばっていく。
街の各所で打撃音が聞こえてくる。
「ばっ、馬鹿な!?」
「魔法の力に不可能は無いんだからっ!」
大きく本気狩るハンマーを振りかぶるミーシャ。
見事なまでの一本足打法だ。
「ミーシャの後ろに伝説のホームラン王が見える!!」
「すごいぞ、マジカルミーシャ!」
ギャラリーがざわめく。
「ま、まて! 私を倒したところでチョコレートは……」
「もう間に合わないんでしょう! だったらせめて憂さ晴らしを!」
ギラリと目を光らせるミーシャ。
「憂さ晴らしかよ!!」
誰もがそう思った。
「お星様にな~あれっ!!」
フルスイング。
叫び声を残しながら、マント男は空の星と消えた。
「悪は去った!!」
「そうだね、ミーシャ!!」
ミーシャは笑顔を残して去って行った。
こうして街の平和を脅かした悪の組織は滅びたのだった。
後に残されたのは呆然と佇む市民。
「だが、いずれ第二、第三の悪の組織が……」
「放射能のブレス吐きそうな怪獣が出そうだからそれはやめろ」
フラグはへし折っておくべきである。
「ごめんね……。悪の組織が街中のチョコをダメにしちゃったの」
「仕方ないさ、美沙。心がこもってれば十分だよ」
「ありがとう、あなた」
美沙から手渡された有名なお菓子屋さんのチョコムースを食べながら丸鹿美紗(26歳、新婚)の愛しい旦那様が微笑む。
「来年こそは愛のい~っぱい詰まった手作りチョコをプレゼントするね!」
「は、ははは。楽しみにしてるよ」
「うん。楽しみにしててね!」
ぱたぱたとスリッパの音を立てながら美沙がキッチンへと消えていった。
「……手作りチョコは破壊力が高すぎるからね。愛が痛いよ」
愛する新妻の最終兵器手作りチョコによる身の破滅を回避した旦那様は一人呟きながら、とても美味しいチョコムースを堪能するのであった。
頑張れ、本気狩るミーシャ!
頑張れ、美沙!
とりあえず調理学校に通うのが勝利の鍵だ!!
すみません、出来心なんです。