仮面夫婦
私は愛する人と一緒になれない。
そういう性質なのだ。
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「お前さ、そろそろ結婚して欲しいんだけど」
「は?」
此処はイベリス王国軍総本部棟。その一角にある大将室に私は呼び出されこんな事を言われていた。
惚ける私に大将は態とらしく長いため息をつく。
「わかってねえの?二番隊の隊長--お前の妹まで結婚してんだぞ。そろそろお前もしろ、ってか命令。国王も憂いてる」
「……結婚なら何度もしてますけど」
「離婚しない結婚をしろ!」
ばんっ、と机を叩かれる。それに肩を跳ね上げる私。その光景を見て大将は鼻で笑った。
「いいかよく聞け。お前はこの軍隊の一番隊隊長で、しかもムカつくが国の軍事力の中枢だ。そんなお前に色恋で話題になるのが離婚離婚離婚---!お前の隣の席を狙ってる奴は五万と居るんだぞ!いい加減落ち着け!この殺人狂が!」
「は!?殺人狂って何で大将までそれ言うんですか⁉︎っていうか大将はご存知の筈です。私が--」
「好きな奴と結婚してもすぐ離婚する癖だろう」
「…そうです、だから私一生独身でいるって決めてるんです。独り身万歳、孤高の殺人狂としてこの国を守ってみせますよ!」
「世間体を考えろお前の行動で国が一喜一憂するんだよ!」
「そんなの可笑しいですよ国王のスキャンダルより私ですか⁉︎」
「そうだよ!!!」
「まじかよ!」
文字通り頭を抱えた。簡単に結婚結婚言ってくれるが、そんな簡単に結婚出来るわけがない。っていうか、相手がいない。そりゃあ、さっき言われたように募集でも掛ければ殺到するだろう、地位や金欲しさの化物共が。そいつらとキス出来る?いくらイケメンでも…まあキスは良いとしてもそいつとの子供を愛せる自信がない。
「……先程、命令と仰られましたが流石に冗談ですよね」
「勅令だ。誉だな、喜ぶがいい」
「国王からの⁉︎ああ---なんで……ええ---」
「心配するな、国王と俺が話し合って全て決めてある。ほれ、これ。熟読するように」
紙束を渡される。何これ。
私が眉を顰めていると、電話のコールが鳴り響いた。受話器を大将が取ると、私は空気を読んで一礼してその場を出た。
とある、カフェにて。私はマル秘の書類を角のスペースで読んでいた。
何々……?
対象者:ニーナ=テレル
目的:対象者の地位的保護と社会的安定のため
執行日:10月9日
結婚相手:イザヤ=フランシス
「……-----はあああああ!?」
カフェ内に私の声が木霊した。
頭が痛い。何で、よりによって私よりステータス値の低い奴と……。
「それを言っては誰もニーナ殿と結婚できなくなりますわ」
「ひっぐううう、キツイ!止めて!」
「耐えて下さいませ、ほらっ!」
「があああああああああああ」
コルセットつええええ……。殺人狂と言われる私を此処まで苦しめる何てすげええ……。
ぎゅむっ、と私の口から出かけていた魂を部下であるイリスが戻してくれた。お腹を摩る私などお構いなしに、ぱぱぱぱぱっと私を仕上げていく。
告白しよう、今日は結婚式だ。わーースゴーーイ!何て言えるものか。結婚相手である貴公子イザヤ殿には今日まで面会謝絶だった。大将曰く「恋に落ちられたら敵わん」何だとくたばれさっさと私にその地位を譲れ糞野郎。
と毒づいている間にも……式が始まった様だ。
何度目かの結婚式。両親が既に居ない私の隣を歩いているのは大将だ。ヴァージンロードを幾度も歩かせていたが、きっと大将は此れが最後だという思いからだろうか微かに瞳に涙を浮かべている様に感じられた。
新郎を見る。わたしより三つ年上のイザヤ殿。その誉れは勇ましく、彼の隣を望む女子は数知れず。しかし彼は番い要らずで有名だった。美化されているであろう理由の一つは、いつ死ぬか分からない己の為に独り身にされる者を作るのが嫌、だったか。
そう、この結婚は両者にとって利害一致の契約だ。
大将の手を離れ、新郎の手を取る。私が彼を見ると、彼も私を見た。そして頷き合い――神父の元へ歩みを進めた。
金の髪の新郎と、漆黒の髪の新婦。しかし、二人の二つ名は同じ‘殺人狂'
「はあ、疲れた」
「俺も同意見だよ、疲れた」
お互い向かい合いのソファに座って溜息を吐く。もう日は落ちた――後はあれか。めんどくさいな。
「――よし、お風呂入ってくるね」
「うん、寝ないように気を付けるよ」
「寝るなよ」
「頑張る」
何かイメージと違うんだよね。
深夜。その部屋に差し込むのは月の光だけで。イザヤ殿は私の手を取ると、甲に口付けた。
「これは、契約だ」
次に私の髪束を一つ取って、また口付ける。
「俺たち何方かが生きている限り、俺たちの間には義務が発生する」
「うん、そしてこれも義務の一つ」
「そう」
緩やかに私は押し倒された。イザヤ殿の蒼い瞳に私が映る。
私の色んな所にキスを落とすイザヤ殿に、私は意を決して口を開いた。
「あのね、あの……私、初めてなの」
「何が?」
「……えっち、」
「――は?」
イザヤ殿の動きが止まる。私は上昇する頬に気付き乍顔をぷいっと背けて言った。
「だだだだから初めてなの!今までの旦那ともしたことないの!」
「仕方ないじゃない!そういうのは、もっとこう流れみたいな雰囲気みたいな!とりあえずお互いにもっと落ち着いてから厳かにやりたかったの!」
「何よその顔は馬鹿にしてんでしょ!」
「いや別に」
「笑ってんじゃん!何よイザヤ殿だって――」
「イザヤでいいよ」
「え」
「イザヤでいい」
沿う云って、無事初夜が始まった。
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「大佐!ニーナ大佐!緊急要請です、直ぐに出撃の準備を!」
「了解」
部下の一人が持ってきた愛刀を腰に挿し、私は席を発った。我が陣から戦場を観察する。決して此方が不利になったわけでもないが――どうやら彼奴が応援を要請したらしい。なら仕方ない、それが妻の仕事なら応えようじゃないか。
私は軽やかに、戦場へ躍り出た。
「――ニーナ。早く同調して」
「わかったよ、でも待って。ほっぺ怪我してる」
「ん、いたっ。……有難う、やっぱり俺の妻は優秀だよね」
「ふざけないで――行くぞ!」
「うん!」
国内には、ニーナ大佐やっと真実結婚!とかいう題名で新聞が配られていた。馬鹿か!と激怒したらイザヤは「仮面結婚だけどね」と笑っていた。
戦場には二人の軍人が互いに笑い合い乍ら血で染まっていく。彼らの味方陣営は歓喜に沸いたが、敵は背水の陣へ追いつめられる。
そしてふいにイザヤがニーナの手を取りその身体を抱いた。ニーナは別段驚きもせずにイザヤの背後に刀を振りかざす。倒れた二人は異国の甲冑。
二人は僅かに見つめ合い、お互いの二つ名を囁きあった。
△
「本当に、俺がニーナ殿と挙式するんですか?」
俺は大将に内心を悟られぬ様必死に顔面を緊張させながら上記を述べた。大将は何度も頷く。
本当に。本当に俺が彼女と結婚出来るの?――それは、諦めていた願望だった。この生において叶うはずもないと切り捨てた願いだった。
ニーナが一度目の式を誰かと挙げた時、俺も密かに彼女を想う男の一人だった。幸せそうに微笑み合う二人に俺は目を閉じた。そして離婚を知らされ喜んだ男の一人。けれど、何度か其れが続くうちに俺はニーナの可笑しな所に気付いた。そして彼女は誰とも歩まなくなった。道は違えど、彼女が誰とも歩まぬ道を一人で行くなら、俺もその道に平行しようと思った。だからこその、俺の声明だったのだ。
道は違えど何時か交じり合え。
彼女が仮面を剥ぐ時は、俺から剥ぐことをこの夜に誓う。
イザヤの名前に突っ込んだら負け。因みに作者はその小説を読んだこと無いので関係あるはずがない()
ふと、他人から見たららぶらぶバカップル夫婦なのに当の本人たちは仮面夫婦っていうバカップルを描いてみたくてかきました(矛盾)
此処まで御読みくださり、ありがとうございました!