第13話 怨みなき戦い
※前半はクラスタ視点です。
※後半はパトラー視点です。
【クロント州 草原都市メートルシティ】
メートル平原から南東に草原都市メートルシティという都市がある。ファンタジア軍との戦いの後、私たちはこのメートルシティに入っていた。
バケット、スネイム、トトール、ランドゲートの4中将を降伏させ、ファンタジア一般軍の将兵50万人はことごとく降伏した。
しかし、この50万人全員を引き連れていくワケにもいかない。そこで、彼らを全員、出身地に送り返していた。
そもそも、降伏した50万人の兵士は全員が徴兵された軍人だった。私たち臨時政府軍に素直に降伏したのも、すぐに出身地に帰れると思っていたからだ。
「クラスタ将軍、降伏した4中将や将兵たちの協力で、ファンタジア州南部と、クロント州北部・西部・南部の諸郡はほとんど降伏しました」
ライポートが私に報告する。
ファンタジア州南部とクロント州北部・西部・南部は降伏。これでサファティとサファシアは分断された。サファティはファンタジア北部にある首都ファンタジアシティにいる。一方、サファシアはクロントシティにいる。
「クロント州東部を攻撃している我が軍のルーシー将軍は、ダムテムシティにまで到達したそうです。ここを落とせば、州都クロントシティ以外の全域を制圧したことになります」
「そうか、これでクロント制圧戦の終わりも近いな」
私はシールド・スクリーンに移される勢力図を見ながら言う。
ファンタジア州の北にあるホープ州はスロイディア将軍に、プレリア州はクディラス将軍とホーガム将軍に、ファンタジア州南部はジェルクス将軍に守らせていた。完全にファンタジア州北部とファンタジアシティは包囲されていた。
「しかし、ダムテムシティには、メートル平原から逃げたキャルア中将が入ったそうです」
「…………」
元々、首都から一番遠いクロント州東部は、守りの薄い地域だった。それに反ファンタジア王国派も強かった。だから、ルーシーは5000の兵でクロント州東部をあっという間に制圧できた。
しかし、最後の郡都であるダムテムシティには、キャルア中将率いる10万人のファンタジア軍がいる(残りの15万人は逃げ出した)。これまでのようにはいかないだろう。
「ルーシー将軍の部隊は5000人程度です。援軍を送られてはどうでしょうか……?」
「いや、援軍は難しいな。こっちの兵を少なくすれば、ファンタジア軍の残党が反乱を起こすかも知れない。また、どさくさに紛れた動乱も起こるかも知れない」
「むむっ……」
「だから、私が僅かな兵を率いてダムテムシティへ向かおう。……だが、その前に制圧した地域の治安平定と降伏したファンタジア軍の処理もあるから、すぐには行けない」
ファンタジア軍の軍人を出身地に帰しているとはいっても(志願して来る兵は自軍に組み込んでいるが)、まだ半数近くがいる。その手続きに追われていた。
それに、まだ治安も不安定だ。これを完全に安定させるまでは、私はここを離れることが出来ない。
「それと、パトラーは……」
「パトラー長官でしたら、1時間ほど前にクロント城に入ったそうです」
「そうか……」
パトラーがサファシアを捕まえ、クロントシティを制圧できれば、なんの問題もない。私がダムテムシティに向かい、ルーシーと一緒にキャルアを捕まえ、ダムテムシティを制圧する。そうすれば、クロント州は完全に制圧される。
私は窓から、すでに日の落ちた大地を見る。パトラーは無事だろうか? サファシアは大したことはないが、彼女を守るのは、クローン兵だ……。
◆◇◆
【クロント州中部 クロント城 武器庫】
私はそっと物陰から部屋を見渡す。薄暗い武器庫。武器が所狭しと並べられたこの部屋に、テラ・クローンは……いない。
よしっ、大丈夫だ。私はそっと物陰から扉に近づいて行く。いい雰囲気をかもし出している木の扉だ。その扉のドアノブに手を触れる。
そのとき、私の後ろかぎゅっと服を掴んでくる。一緒に逃げてきたクローン兵だ。その手は震えていた。
「怖いよっ……」
「大丈夫だ(たぶん)」
なんの保証もないケド、そう答え、ドアノブを捻り、扉を開ける。重苦しい木の音を立てながら、扉は開いて行く。
「…………」
誰もいないようだ。薄暗い廊下は、静まり返っている。窓から射し込む月明かりが不気味さをかもし出す。
私は周囲の状況を確かめながら、廊下に出る。……この大きな城でテラ・クローンと再び出会う確率は低い。だが、ゼロじゃない。
「あ、あれ? ここっていつも明かりがついているハズじゃ……」
「なにっ?」
クローン兵の言葉に、私ははっと気が付く。私たちがこの武器庫に入ったときは、廊下には明かりが灯っていた。なのに、なぜ今は消えていいるのか……
「今は進むしかない」
「進む……?」
「……私はサファシアを捕まえにきた」
そう、私はサファシアを捕まえるために、ここにいる。……このクローン兵とは敵対する関係だ。
「そう、ですか……」
「付いて来ない方がいい」
私はそう言って、そのクローン兵を置いて、先に進んでいく。あのクローン兵も、1人じゃ私に勝てないことぐらい分かっているらしい。
そもそも、クローン兵もサファシアに恩があるワケではなく、ただ単にビリオン=レナトゥスの商品としてファンタジア王国に買われた。
私とクローン兵の間に特別な憎悪があるワケじゃない。それは臨時政府軍の軍人とファンタジア王国の軍人の関係でも同じことが言えるだろう。
憎しみもないのに、殺し合う。リーダーの命令で。ファンタジア王国のリーダーはサファティだ。臨時政府のリーダーは、私だ……。
私は“正義の人間”ではない――。