第9話 テラ・クローン
※パトラー視点です。
【クロント城 内部廊下】
クロント城の内部は外部よりも不気味ではなく、明るい雰囲気の場所だった。明かりが灯され、壁は黄緑色の明るい色を下地に、オレンジ色の水玉模様が散りばめられている。
壁にちょこちょこと一定の距離を置いて、絵画が飾られている。どれもサファティやサファシアの絵だ(この国の支配者はオーダー=ファンタジアじゃなかったか?)。
「侵入者だ!」
「敵襲、敵襲っ!」
廊下の先から、エメラルドグリーン色のヘッド・アーマーを被った女性兵士たちが次々と出てくる。ビリオン=レナトゥスから購入したクローン兵だ。
出来れば殺したくない。でも、戦わないと先には進めない。私はそっとサブマシンガンを取り出す。人を殺したのは、これが始めてでもない――。
そのとき、大きな音が城中に響き渡り、辺りが激しく揺れる。私の後ろ――出入り口付近の天井が崩れ、何か銀色をした棺桶のような物が落ちてくる。
「…………?」
「トラップ?」
「さぁ?」
ファンタジアのクローン兵たちは、みんな首をかしげている。あの様子だと、これは自分たちも知らないらしい。当然、私も知らない。
私は警戒しながら、そっと棺桶らしき物体に近づく。そこには大きくビリオン=レナトゥス社のロゴ・マークがペイントされている。
しばらくすると、中から激しく叩くような音が聞こえてきた。内部からこの棺桶の扉を強い力で叩いているような音だ。まさか、棺桶を破壊して出て来る気か!?
「えっ、なになに?」
「アレってビリオン=レナトゥスのマーク……」
「なにが入っているんだろう?」
しばらくすると、鋼の棺桶の扉は奇妙なカタチで膨らむ。マズイ、ホントに内部から叩き壊す気だ! 何が入って――!
扉が勢いよく吹き飛ぶ。と同時に私は横に飛び、飛んでくる鋼の扉を避ける。だが、クローン兵の2人が吹っ飛んできた扉を正面から喰らい、押し倒される。血が灰色の石床に広がる。
「ひぃ!」
「え、ええっ……?」
私は立ち上がりながら、扉の吹き飛んだ棺桶を見る。中から、何かが出てくる。クソ、どんな化物が――!?
「…………?」
「あ、あれ?」
私の予測に反して中から出て来たのは、女性だった。赤茶色の髪の毛に同色の瞳をした背の高い女性。ファンタジアのクローン兵と同じクローン体だ。
ただ、服装は今まで見た事のない服装だった。ビリオン=レナトゥスが送り込んだクローンは紫色の装甲服を着ていた。
「……私たちと同じクローン?」
「…………。――私は“ナイトメア”。正式名称はテラ・クローン」
そう言うと、彼女は無表情でファンタジアのクローン兵に歩み寄って行く。クローン兵たちは怯えつつも、なんの警戒もしていない。仲間かどうかの判断が出来ていないらしい。
テラ・クローンとやらは、クローン兵の1人に歩み寄ると、ニヤリと笑う。そこにあったのは、殺意――!
「愚かな劣等兵――」
「えっ?」
テラ・クローンは、クローン兵に拳を繰り出す。それは目にも止まらぬ速度だった。ファンタジアのクローン兵は一瞬で、その場から消される。遥か後ろのガラス窓が砕け散る。そこにはべっとりと血が滴っていた。
「ひぃ、し、死にたく、いやだぁっ……!」
最後のクローン兵はその場で腰を抜かし、震えながら助けを求める。額に汗が滲み、その目は怯えきっていた。
紫色の装甲服を着る驚異的なクローン兵は、そのクローン兵を無理やり立たせる。そして、軽くその背を押す。その途端、クローン兵は悲鳴を上げ、その場に倒れる。床に伏せって泣いている。さっきのように吹き飛ばされると思ったのだろう。
「ハハハハハ! 安心しろ、お前はあんな殺し方しないさ!」
そう言うと、彼女はそっと、丸まって泣いているクローン兵に手をかざす。その途端、彼女の身体はバラバラに吹き飛ぶ。おびただしい鮮血が一帯に飛び散る。ナイトメアの笑い声が廊下にこだます。
私はそれだけ見ると、素早い動きでその場から離れる。近くの廊下を曲がり、すぐに階段を駆け上り、また廊下へと出る。
あんなに強いクローンは見たことがない。そもそも、あんな細腕でどうやったら人を殴り吹き飛ばせるのか。どうやったら、棺桶の扉を砕けるのか――!
「おい、どこへ行く?」
「…………!!?」
廊下を走る私の耳元で、不気味な声が囁かれる。驚きのあまりに床に倒れ込みながら、後ろを振り返る。そこにいたのは、テラ・クローンだった! 彼女はなんの機械も使わずに空中に浮かんでいた。
「うわああああああっ!」
私は軽いパニックに陥りながら、サブマシンガンの銃口をテラ・クローンに向け、連射する。小さな銃弾が彼女の身体を襲う。だが、銃弾が頭を貫いても、彼女は平気そうな顔をしていた。
そのとき、別方向から剣が回転しながら飛んでくる。それはテラ・クローンの後頭部から下顎と、頭部を大きく貫く。剣が刺さる。
「やったぁっ!」
「あと1人だ!」
どうやら、少し先にいるファンタジア・クローン兵が投げた剣らしい。たまたまテラ・クローンに当たったが、一歩間違えば、もしかしたら私だったかも知れない。
私はテラ・クローンをそのままにし、クローン兵と逆方向に走り去る。廊下の角を曲がるとき、後ろを振り返る。
「えっ、どうなってんの?」
「あれれ?」
「…………!?」
剣が深々と刺さったテラ・クローン。なんと、彼女は立ったままだった。まさか、生きているのか!?
私の予測は当たる。テラ・クローンはニヤリと笑い、そっと頭部の剣を引き抜く。血がべっとりと付いた剣を廊下に投げ捨てる。
「うそ……?」
ぼう然とするクローン兵たち。そんな彼女たちに、頭から血を垂れ流しながら近づくテラ・クローン。
不意に彼女の頭が裂ける。その中から、1本の巨大な触手が出てくる。木の実のように膨らんだ先端が食虫植物の捕食器官のようにくばっと避ける。
「い、いやああああっ!!」
逃げようとするクローン兵。触手が勢いよく動き、先端の捕食器官が彼女の頭に噛み付く。一撃で彼女は首の根本から頭部を食いちぎられてしまう。血を噴き散らしながら、首を食いちぎられた胴体は倒れる。吐き出されたのは、血まみれのヘッド・アーマーだけ。
首を食べた触手は、残りの胴体にも手をつける。鋭い牙で衣服を器用に破き、白い柔らかい肌を噛み千切っていく。内臓を引きずり出し、それを凄い勢いで食していく。
「…………!」
もう1人のクローン兵は、奇形のクローンに悟られぬように、そっとその場から離れる。……気が付いているのかどうかは知らないが、彼女が歩いているのは、私のいる場所の方向だ。
あと少しで私と接触する。そこで恐怖心が爆発したのか、真っ青な顔をした彼女は悲鳴を上げて走り出す。
「お、おいっ!」
当然のことながら、食事中のテラ・クローンもそれに気が付く。触手の先端が、こっちを振り返る。
私とそのクローン兵は一緒になって、その場から走り出す。廊下を走り抜け、階段を駆け上がって行く。だが、さっきは私のすぐ背後にいた。逃げ切ることなんて……。
「…………」
私は後ろを振り返る。そこには誰もいなかった。だが、さっきの光景は私の脳裏に刻みこまれていた。ナイトメアの異名を持つビリオン社の新型生物兵器。あれはただのクローンじゃない――。
<<クローンについて>>
クローンを最初に製造したのは連合政府。現在は連合政府軍、ビリオン=レナトゥス、ヒーラーズ・グループの3組織が製造している。
クローンの種類は下記参照。
◆デミ・クローン(DC)
◇能力
・身体:B
・一般魔法:×
・高度魔法:×
◇特徴
・臨時政府や国際政府の一般的な軍人とほぼ同程度の実力を持ったクローン兵。数は最も多い。
◆ノーマル・クローン(NC)
◇能力
・身体:B
・一般魔法:C
・高度魔法:×
◇特徴
・普通の魔法が使えるクローン兵。身体能力は一般的な軍人と同じレベル。
◆スーパー・クローン(SC)
◇能力
・身体:B
・魔法:B
・超能力:C
◇特徴
・高度魔法が使えるクローン兵。
◆テラ・クローン(TC)
◇能力
・身体:S
・魔法:S
・超能力:A
◇特徴
・SCを超える更に強いクローン兵として開発されたが、兵士というには、あまりに遠い存在となってしまった。まだ不明な点が多い。