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とあるわが家の王女さま!  作者: 華凜
2章:魔王、現る!
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第8部 魔王、侵攻を思い留まる!

『侵攻する』ではなく『思い留まる』というところが今回のミソでございます。


 一通り家の中で起きた災害を解決し終えると、数日前に御近所のおばさんから頂いた未開封の団子を手に魔王の住まうマンションの302号室に足を運んだ。


彼のように大胆にも道路を馬で突っ切るような真似をせず横断歩道を利用したため、流石に3分かかったが、無事に辿り着いた。


「高いな」


4階建てで決して高くはないはずのマンションを見上げ、改めてその高さを実感する。

特に、あの階に魔王がいるんだ、と思うと単なるマンションが魔王城のように見えてくる。


だが大抵のボスは最上階にいるはずなのにアレクサンポポス大王は3階という、なんとももどかしい現実だ。



 魔王のマンションは一階部分が無くてそこが駐車場になっており、僕は駐車場のミラーに繋がれている黒馬を尻目に横の階段を上がる。


ちなみに馬は魔王の所有物……らしきもの。


大小の車と一緒に並べられている馬が乗りものであることに変わりはないが、まさかこの大都会の駐車場にいるとは驚きだ。



 階段を2階分上がり切ると、すぐそこは301号室となっていて、奴の根城がそのすぐ隣であることは容易にうかがい知れた。


コンコン、



『まおー』と書かれた表札に失笑してから我が身を抓ってノックする。


「あ、あのー、大魔王さん?」


すぐに返事は返ってこなかった。


しばらくしてガサゴソ、という音がしたのち、ゆったりとした歩調で何者かがドアに近づいてくるのが分かった。


「今か今かと待っておったぞ、康介よ」


ドアを開いてくれたのは言うまでも無くアレクサンポポス大王。

……なのだが、改めてその姿を見るとあまりにもチビ。僕が173センチで男子では並みの身長であるのに対し、彼は僕より20~30センチも小さい。


おかげでドアノブが首元にある。


「さあ我が闇の宮殿に上がるがよい」

「マンションなのに壮大な設定だね」


お邪魔します、と決まり文句を言ってから何もない部屋にあがらせてもらう。

さっき引っ越し荷物の受け入れが終わったらしく、僕の家と比べると少々手狭なリビングにあるのは、ガムテープで十字に巻かれた段ボールくらい。

ここまで何もない部屋を見るのは初めてで正直驚きだが、もっと驚くことが身近にあった。


「ねえアレクサンポポス大王」

「魔王でよい。 どうした?」

「日本じゃね、家の中は土足厳禁なんだ」


よく見れば魔王は軍靴のようなブーツを履いたまま家に上がっている。雨の日じゃなくてよかったものの、今の内に今後を想ってしつけをしておくべきだろう。

やかましい!とか、我に抗するな!とか言われそうで少々身構えたけど、魔王は案外あっさりと受け入れ、「承知した」と言ってちゃんと靴を揃えてから出直した。


「郷に入っては郷に従うもの。 我が帝国では土足が解禁されておったが、この国で禁忌とされておるのなら、我もそれに従うまでよ」

たかが土足禁止の風習を教えるだけで重苦しい。


とりあえず今は荷物の整理が先と、山積みになった段ボールに手を掛ける。

宛先はこのマンション名の302号室なのだが、送り主が『闇の帝王』になっていて、所在地が『暗黒帝国ダークマター州中央区4丁目魔王の塔最上階』となっている。


よくこんなんで引越し屋も届けてくれたもんだ。

今の引っ越し業界は顧客の取り合いとも聞くが、その手はついに魔界にまで及んだのか。


「では康介よ。 そこにある段ボールをこっちに持ってきてはくれぬか」

「ああはいはい」


魔王に指差された通りに段ボールを動かす。

大きい箱の割に軽いな、と思っていると、魔王はメリメリとガムテープを剥がし、中に丸めてあった大きな地図を床に広げて見せた。


地図は驚くことにこのマンション周辺の拡大版だ。Go○gleのようにどこに何があるのかしっかり明記されている。


僕が段ボールを指示された場所に運んでいる間、彼はマーカーを持ちながらしげしげと地図を覗き込んでいた。


ここら辺の地理を覚える為に使っているのだろうけど、何故かこの周辺にある溜池や川ばかりにマーカーで赤く塗っては「むう」と唸っている。


「時に康介よ」

「はい」

「この国に存する軍とは如何様なるものか」


すみません、おっしゃっている意味が解りません。


段ボールを落としそうになってポカンとしていると、魔王は言葉を変えて軍の数を聞いてきた。

当初は自衛隊のことかと思ったけど、この街の端には他市に跨る米軍基地が存在する。


そっちも合わせるとどうなんだろう。


「僕はそういうのに門外漢だから詳しく言えないけど、1000は超えるよ」

「1000か」


魔王はその数を聞いて嗤笑した。


「なんだ、臆するほどのものでもないな」

「でも米軍基地に戦闘機とかあるからね」

「せんとーき? 噂には聞いたことがあるが、確か服を洗浄するものであるはず」

「それは洗濯機」


姫ちゃんと全く同じボケをまさか1日に二度も喰らわされるとは。


「ではその呼称は如何なるものを指していうのか」


戦闘機と言っても空を飛ぶ機械、つまりは飛行機と言おうとしたけど、彼の反応からして異世界には飛行機なんてありそうにない。


せいぜい気球程度だろうな。


「簡単に言うとね、飛行艇みたいなもの」

「なぬっ」

「爆弾とかミサイルとか積んでるから、無理して戦わない方が良いと思うよ」


あたかも戦闘機とサシで決闘を挑もうとする男を制止する言い方なのは自分でも分かっている。

だがこの男は下手すると特殊部隊を出動させかねない風貌をしているだけに、過剰にでも知識を埋め込んでおく。


彼にミサイルと言っても意味不明の単語としか受け取られていないんだろうけど、魔王はなおも食い下がる。


「して、その飛行艇は爆弾を落とすことも可能か」

「可能も何も、狙い撃ちできるし一発でこのマンションどころか僕の家までドカンだよ」

「ぬぅ」


魔王は勝機に満ち溢れていた顔を一気に曇らせ、気難しい顔をして「あーでもない」、「こーでもない」と頭を掻いた。


「思ったんだけどさ、なんでそんなこと訊くの? 溜池とか赤マークする理由とかも分かんないし」

「ふむ。 本来外部の者に教えぬことだが、親切なおぬしには我の野望を特別に教示してやろう」

やけに大袈裟になってきたぞ。


「人は水が無ければ生きれぬように、我も水が無くては生きれぬ。 ゆえに明日にでもこの地域に侵攻し、水を確保する」

「侵攻ッ!」

なんてこった。えらいこっちゃだ。


ということはどうやらこの地図は作戦に使うらしい。

よく見ればダークソードとかそういう武器らしき荷物が沢山あるし、うーむ、あながちこの男の言うことは真実かもしれないぞ。


「ど、どうして侵攻しなくちゃいけないの!?」

「まずは領土交渉の方がよいか?」

「そういう問題じゃなくて!」


危うく警官隊のみならず自衛隊が出動するところだった。

というかこの地域には米軍の基地があるから下手したら国際問題になりかねない。


「水はこの蛇口を捻ったら出るから!!」


魔王を連れて台所の蛇口を捻る。

当たり前だがジャバジャバと出る水に彼は感動し、「こはいかに」などと抜かす始末だ。


さらには風呂場の水や洗面台のことについても説明し、最後はガスについて20分説教した。



「水が勝手に出るとは、この世は何と善良なるものか」


蛇口を開けたり閉めたりして感動に浸る魔王。


平和な我が国での軍事侵攻は諦めてくれたようで助かった。世界の平和は守れたかな。


「ちゃんと金も払わなくちゃいけないけどね」

「金なら余るほどある。 ほれ、前払いだ」


魔王はマントのポケットからバイト代を取り出し、何の躊躇いもなく僕に手渡した。

この世界では流通していないような通貨で。


「これってメッキじゃないよね?」

「我が偽り物を手渡すわけがなかろう。 磁石に引っ付けてみれば分かる話だ」


まあそこまで言うなら信じるか。

あとでショップに行って換金してもらおう。


「うーむ、侵攻する手間が省けたとなると、おぬしに頼むのは荷物の整理くらいか」

「侵攻まで僕にやらせる気だったの!?」

「おぬしは見た目からして弱そうゆえ、参謀にでも据えようかと思っておったところだ」

「僕は善良な高校生だからね!?」

「コーコーセー?」


はて、という顔をして首を傾げる。「それも飛行艇の一種か?」などと言うようだから本当に知らないらしい。


「一般に言う学生。 僕の学校は共学って云って、男女が一か所に集まって高等な教育を受けるんだ」

「ほう。 おぬしは何でも知っている様相を呈しておるのに意外だな」

「なんかありがとう」


素直に喜べないが褒め文句と受け取っておこう。




 その後はしばらく段ボールの処分やら本棚の組み立て&設置作業などで数時間を費やした。


段ボールから出てくるのは甲冑やら「だぁくそぉど」と彫られた魔剣やらで、世に言う一般的な引っ越しの荷物はほとんど見当たらなかった。


5箱に1箱の割合で分厚い本が詰め込まれたものが見つかるが、大抵は戦闘系の武具ばかり。


そもそも銃刀法に引っ掛からないのが不思議なお荷物だ。


「ところでさ、何で魔王はここに引っ越して来たの?」



それは好奇心から出た何気ない質問だった。



悪気はなかったけど、ダークソードを布で大切そうに手入れしていた魔王はその瞬間、ピタリと動きを止めた。


訊いちゃいけない地雷を踏んじまったらしい。


彼はギギギとぎこちない動きで僕の方を見ると、恥ずかしそうに小声で告げた。


「絶対に……口外しないと誓えるか?」

「う、うん」

「まことか? 嘘偽りないか?」

「うん」


やけに慎重な魔王。

何を警戒してそこまで躊躇う必要があるんだろう。気さくに語ってくれればいいのに。


「……実は、勇者が怖いのだ」

「ほえ?」

「な、何度も言わせるでない!」


身長以外は明らかに相手を威圧する風貌の彼が発した言葉が、僕の空耳であったことを切に願いたい。


しかし現実は変わらず彼は「勇者が怖いから」と繰り返した。


「勇者が怖いって……どゆこと?」

「それ以上言ってくれるなっ!」


顔を赤らめながら吠える。

闇の帝王とかいうくせに勇者が怖いとはどういうことなんだろう。


「こんなに武器持ってるならむしろ怖くないんじゃない?」

「……考えても見ろ。 もし闇の帝王が勇者に負けたあと、その帝王はどうなる?」


詰問口調で問われ、咄嗟に某RPGゲームのラスボス戦を想起する。


たしか主人公が何ちゃらソードで敵の魔王を倒し、捕らわれていたヒロインを助けてお城で生涯幸せに暮らす定番エピソード。

だがよく考えると倒した側は明るいが、倒された側は……


「殺される?」

「いえす!!!」


ビシッとポーズを決める魔王。「その通りだ」とか「分かっておるではないか」とか言いそうな外見と口調であっただけに、外来語での応答は意外だった。


「勇者は残機の限り何度でも生き返るが、我には残機の『ざ』の字も無い。 つまり、我はおぬしと同様、一度倒されてしまえば死んだも同然!!」

「要は死にたくないから、倒される前に逃げてきたと」

「如何にも」


…………姫ちゃんと同じ下りだ……。


魔王や姫にさえ忌避される勇者とやらはどんなのだろう。


「絶対に口外するでないぞ!!」

「しないよ。 つか、今晩のご飯どうするの?」

「夕食のことか」


うむむ、と唸り、辺りをキョロキョロし始める魔王。


武具は見つかるが食物が見つからない。水を確保することに躍起になり過ぎるあまり、これには迂闊だったらしい。


「一日くらい無しでもよかろう」

「何も無いんだったらさ、今日はウチで食べてく?」

「むぅ、かたじけない」


世話になるな、と律儀に頭を下げる。魔王なのに随分礼儀をわきまえているところが何とも言えない。


「じゃあ今夜はカレーでいいかな」

「その料理が如何様(いかよう)なるものかは察しかねるが、謝礼はいくら支払えばよい」

「い、要らないよそんなもん。 もっと肩の力を抜いておいでよ」

「なぬっ、無料か」

「うん」

「仮にも異世界の大王なる我にタダ飯を食わせてくれるとは。 この恩、死んでも忘れぬぞ!!」

「はあ……」


たかが1000円以内に収まるカレー如きにそこまで感謝していただけるなんて光栄だ。



 一通り荷物を整理して本棚やクローゼットらしき黒い箱を組み立てた後、僕は皿とかの買い出しにも行こうと一旦家に戻った。





そう、姫ちゃんに何も言わず家を出たことを忘れて。




姫ちゃんは放置プレイにされたので激おこぷんぷん丸状態です。

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