第23部 姫ちゃん、甘えるっ!
4章です。
午後9時前。
姫ちゃんは、とっても怒っていた。
「デザートだよ、姫ちゃ~ん♪」
夕食後、近所のおばさんからもらったスイカをリビングの彼女に持っていく。
等分したつもりだが、あのケチくさい王女さまは大きさを見比べて「そっちの方が大きい!」などとイチャモンをつけるから、最初から姫ちゃんのスイカは一切れ多い。
「姫ちゃん?」
いつもならデザートという前に「デ」と言った時点で抱き付いてくる彼女が、今日は怖いくらいに大人しい。
テレビをじっと見て――いや、すごく恨めしげに睨んでいる。
「こーすけなんて大嫌い!!」
「ええ!? なんで!!?」
姫ちゃんはリビングを飛び出すと、二階の僕の部屋からタオルケットを持ってきて、しくしく泣き始めた。
「今日は一体どうしたの?」
「……アレ」
姫ちゃんはべそをかきながらテレビを指差した。
画面には野球のヒーローインタビューが中継されている。
「また阪神が巨人に負けたの?」
「サヨナラ負けですわ!!」
最近思うのだが、ここに来て姫ちゃんはすっかり生活に慣れ、極度にオヤジ化が進んでいる気がする。
いや、オヤジ化というよりプチ切れしやすくなったと言った方が妥当だろう。
阪神が負けた時、バスで先に誰かに下車ボタンを押された時、ドラ○もんを見逃してしまった時など、姫ちゃんは些細なことでぷんぷんするようになった。
カルシウムを多く摂らせた方がいいな。
彼女には野球とは何かが分からないものの、個人的に応援している球団が負けると姫ちゃんの機嫌も悪くなる。
そのとばっちりを受けるのは必然的に僕になるんだからたまったもんじゃない。
また暴れられる前に慰めとくか。
「まあまあ落ち着いて姫ちゃん。 そりゃ阪神だって負ける日もあるよ」
「わたくしの辞書に『負け』という言葉は存在しませんの」
「なんて都合の良い辞書なの!?」
「ほら、ご覧になって。 広○苑にも『負け』という言葉は存在しなくてよ?」
「あっ、ホントだ――って何勝手に辞書に墨塗ってくれちゃってんだ!!」
何としてでも阪神が巨人に敗れたことを否定したい王女さまにより、彼女に都合の悪い文字は墨塗りされた。
姫ちゃんの屋内統治が始まっているとはいえ、ついに言論統制に手を出すとは。
いつか革命を起こしてやらねば。
「今日負けたのは、こーすけが応援しなかったせいでしてよ!」
「理不尽過ぎるっ!!」
「んもう! 罰としてスイカは全部没収ですわっ」
「昨日阪神勝ったけど『戦勝祝いですわ』とか言って僕のアイス食べちゃったよね!? ねえ!?」
「あら、このスイカおいしいのね」
「無視か!!!」
王女さまは僕の憤りなど無視しまくって、シャクシャクとスイカを頬張っている。
皿を抱え込む彼女から一切れ奪おうものなら、パンチとキックが容赦なく飛んでくる。
デザートの件は残念だが諦めるしかないようだ。
僕をそっちのけでスイカ2分の1をペロリと平らげると、姫ちゃんはお決まりの格好をしてみせる。
「んっ」
僕の方に唇を差し出すのだ。
事情を知らない男子が見たらキスのことかと思いがちだが、現実はそうスイカのように甘くない。
「んっ!」
「口を拭けって?」
「(コクン)」
「そこにティッシュあるからセルフで頼むよ」
スイカで口を薄赤色に染めた姫ちゃん。
口だけならまだしも、両手もベトベト。まるで子供を扱っているかのよう。
僕がティッシュを差し出すと、王女さまは赤い顔をし、
「げ、下僕ならわたくしの口をお拭きなさい!」
と一喝。
仕方なくお口の方を拭き拭き。
「こーすけ、手が汚れたわ」
「それくらい自分で――って、そんな手でそこらじゅう触られても困るな」
むぅ。
やむを得ず、周りをペタペタ触られる前に王女さまを洗面所に連行。
今日も平和といえば平和だが、こんなハードな日々が今後も続くのか、とため息をついた時だった。
ドバーンっ!!
「うわっ!!」
「きゃっ!!」
突然玄関のドアが開き、僕と姫ちゃんは同時に飛び上がった。
急いで玄関に向かうと、そこには激しく息切れする魔王がいた。
まるでドラゴンと殴り合いをした後のようにマントもブーツもボロボロ。鼻からは血が垂れている。
「どったの!?」
いくら礼儀知らずの魔王とはいえ、こんな夜分にチャイム無しに押し掛けるとは珍しい。
いつも連れている愛馬はいないようだし、この慌てようだと「ひひーん」とセルフ鳴きする暇もなかったようだ。
「奴が……」
玄関にぐったりと寝転び、震える声で言う。
「奴?」
「逃げろ康介!! 奴が来る!!!」
「だから奴って誰!?」
「奴は―――」
ぴんぽーん。
血だらけの魔王は、我が家のチャイムが鳴ると同時に戦慄した。
「遅かった!!」
「なにが遅かったわけ? 誰か来たみたいだけど」
「ならぬ!! 絶対に出てはならぬぞ康介!!」
僕が「はーい」と返事を返す前に鍵を閉めてチェーンをし、ドアに背中を張り付けてブロック。
一体何をそこまでムキになる必要があるんだろうか。
魔王に阻まれて出られないでいると、ドアの向こうから若い女性の怒声が流れてきた。
『ポポ君! 観念しいやっ!!』
「わ、我は帰らぬからなッ!!」
「ポポ君って誰!?」
『……そう。 そない言うんやったら―――』
ん?
静かになったぞ。
一体外に誰がい―――
ズッドォォォオオンッッ!!!!!
玄関、大爆発なう。
「「のああああああ!!!!」」
大穴が開いた我が家の玄関に、バズーカ砲を携帯した武装お姉さんが登場。
姫ちゃんより数歳上と見え、ショートの赤髪で背の高い美女。
スラッとした美脚とこぼれんばかりの爆乳に目を奪われるが、肩の上で黒煙をあげるバズーカ砲が凄まじいほどの幻滅対象。
「見つけたで、ポポ君!!!」
「ぎょわああ!! 助けてくれ康介!!!」
「何で僕なのッ!? てか玄関に大穴が開いてるんだけど!?」
「ちょっと、邪魔すんで!」
ズカズカと武装姉ちゃんが我が家に上陸。
玄関を大破された時点で「ちょっと」どころではない。
「康介! 我と共に遠いどこかに逃げ――」
「捕まえた!!」
女性は逃げ遅れた魔王をガシッと掴むと、不気味に笑った。
「えっと……どちら様で?」
壊れた玄関と正面の武装OLとを交互に見ながら問う。
するとバズーカ砲の狂女は、僕の方を見てニコッと微笑んで言った。
「魔王の嫁や!」
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