第2部 姫ちゃん、お料理する!
勢いに乗せられてついリース王女を家にあがらせてしまったが、年に数回日本に帰ってくる母親にどう説明しようかと僕は終始悩んでいた。
連絡もよこさずに文字通り抜き打ちで家に帰って来ては僕の私生活にダメだしする母親。部屋が散らかっているとか服をクリーニングに出していないとかならまだしも、年頃の女性を連れ込んで同居していると知れたら大変なことになる。
もし今母親がアポなしで帰ってきたら確実にヤバい。
――でもそんなこと、この女にとってはどうでもいいようで、
「狭くて散らかった部屋だこと」
と姫ちゃんは我が家のリビングを見るなり、倦怠感Maxの声でそう言った。
うーん、確かにレジ袋やらオ○ニー用のエロ本が散らかってそう見えないことも……おっと、ソレは隠さないと。
姫ちゃんが入り口で立ち尽くしている間に素早くエロ本を回収する。
彼女はそれを清掃か何かと思ったらしく、
「あら、お片付け? するならさっさとして頂戴下僕さん」
「はいはい。 ただいま」
なんか立場が逆転してないか?
まあ今はそんなことに拘泥するより見られて恥ずかしいものを隠すのが先だ。
さきほどまで足の踏み場もないリビングだったが、“グッズ”を回収したおかげでできた空間に姫ちゃんは荷物を置くと、偉そうにテーブルの椅子にふんぞり返った。
「ま、こんなむさ苦しいところでも無いよりはマシですわ。 ……ねえ、お茶は出ないのかしら」
「お茶? 麦茶でいい?」
台所に行こうと踵を返すと、彼女はポカンとした顔で「麦茶?」と首を傾げた。
どうやら御存知でないらしい。これだから貴族は。
「紅茶を出して」
「紅茶ねえ。 あったかな……」
ガサゴソ。
とりあえず台所の棚を物色して「これじゃない」、「あれじゃない」と独り言を繰り返す。
「ねえ~まだぁ?」
ニャア~と可愛らしい猫のような声が聞こえてくる。
「紅茶は母さんしか飲まないからさ、切れちゃってるみたい」
「えー! じゃあ後で買って来ておいて。 下僕さん」
「さっきから下僕って……」
「だって名を知らないんですもの」
見知らぬ人=下僕らしい。
まあ王女ともなってくると大概の人間は格下か。
「お名前はなんていいますの?」
「僕は柴崎康介」
「こーすけ? 変わったお名前だこと」
そりゃあアンタに比べればねえ。
つか、名前も知らないで家に泊めてくれなんて言いに来たのか。
「そもそも何で姫ちゃんは僕の家に泊まりにきたの? 他の家ならいくらでもあるだろうにさ」
すると彼女はさらに度肝を抜くような回答を口にした。
「薄汚いからよ」
「はひ?」
「わたくしは仮にも王女ですわ。 だからこそ勇者さまもこんな汚い家に一国の王女がいるだなんて思わないでしょうし」
つまりはこうか。
もし勇者が異世界から追って来ても、僕の薄汚い家にまさか王女がいるだなんて想像できないだろうから、ってことか。
くそっ、なんて不名誉な理由なんだ。
「ああ、そうそう」
何かを思い出したかのような口調で、ポンッと手を叩いて言う。
「ディナーはまだですの?」
「晩御飯のこと?」
「そうよ」
あたかも僕が晩御飯を振る舞うことが当たり前のような受け応え。
食材はあるにはあるものの、作ることには無関心な僕ができる程度のものはカレーが最上級に位置する。
まさか異世界の王女とあろう姫ちゃんがカレーなどという庶民的料理に満足するわけないよな。
ん?待てよ。
「そういや姫ちゃん、さっき料理でも何でもするって言ってなかった?」
「記憶にございませんわ」
即答。
所詮女なんて手の平を反したらこんなもんだ。ちょっとでも希望を持った僕がバカだったよ。畜生。
仕方ない。オムレツなるものを作ってみるか。
「あら、作ってくださるの?」
台所に向かおうとする僕を見て意外そうに言う。
「どうせ姫ちゃんは晩御飯作れないんでしょ?」
「そんなことなくてよ。 料理には自信があるわ」
ほう。
「じゃあ作ってよ。 具材なら色々あるからさ」
「ど、どうしても、というなら作ってあげないこともありませんわね」
ぷいっとそっぽを向く姫ちゃん。
どこか高貴なお嬢様っぷりと一緒に見せるデレも中々可愛い。
「んじゃお願いします」
「し、しし、仕方ありませんわね!」
これだから下僕は、などとブツブツ文句を言いながらまんざらでもない様子で台所に向かう。
これは脈アリか。女子の手料理を食べられるなんて感動だよ。
使い方が分からないといけないので一応水道とガスの使い方だけは伝授してあとは見守る。
異世界から来たというからにはどんな料理ができるんだろう。
「ちょ、あんまりジロジロ見ないでくださる!?」
リビングからエプロン姿の王女さまを見守っていると、視線に気づいたらしく、恥ずかしそうに語気を強めて言った。
ちなみにエプロンは母さんが数年前に使っていたやつ。今では見るのも懐かしい代物だ。
最初は冷蔵庫の素晴らしさや蛇口を捻るだけで出てくる水に感動していた姫ちゃんも、だんだん要領を得た様子で個々の動作に頓着しなくなった。
およそ30分後。
何ができるのかな、と思っていたら出てきたのは予想を見事に裏切る食事だった。
白飯のみまともだが、焦げたギョーザは炭と化し、塩焼きの魚は見た目からして完全に生焼け。
コンソメスープに至ってはコーラのようなドス黒い色に変色してしまっているではないか。
「さ、召し上がれ」
「殺す気か!」
料理の品揃えのアンバランスさはともかく、灰色の煙がでている黒いギョーザを箸で取って「あーんして」などと言ってくるこの悪女をどうにかしなくてはならない。
「悪いけど、この炭みたいなのは食えないよ」
「そんな! 一生懸命作ったのに……」
一生懸命作ってこれか。
料理に自信があるとは言っても、料理が残飯になる自信があると解釈した方がいい。
まあでも折角僕に食べさせようとしてくれているんだし、一口くらいなら。
「はい、あーん」
「うん」
パクッ。
うむ、ギョーザなのにギョーザと感じさせない苦さと辛みがヤバくて、外はザクザクで中はゴリゴリ。
……ここでトイレに駆け込んだら間違いなく姫ちゃんが悲しむだろう。
今すぐリバースしたい。体が僕に警告のシグナルを送っているのがわかる。
だが、
「お味はいかが? 真心こめて作りましたのよ」
などと抜かす彼女を無下に否定できない。
困ったな。これはお世辞でも美味いとは言えないぞ。
さも「親の仇!」と言わんばかりの残飯にしか見えない件。
「お魚もどうぞ」
「う、うん」
なんとか理性を働かせて口直し程度に生焼けのサバを頬張る。
が、
「……ひ、姫ちゃん」
僕の横で正座するエプロン姿の王女さまを呼ぶ。
彼女は嬉々とした顔で「はい?」と健気に返した。
「サバに何入れたの?」
普通塩サバと言われれば塩気が効いて白飯が進むもの。生焼けの時点で触感は大体想像していたものの、まさか塩味のサバが甘くなるとは思わなかった。
僕の口内でトンデモナイ衝撃波が広がっているとは知らず、彼女は平然とした顔で「お砂糖」と自信満々に言い切った。
「なんで魚に砂糖なんかまぶすのさ!!」
「だってムニエルにしようと思ったから……」
「いや、ムニエルは小麦粉と塩コショウだから! てかこれって素焼き用なんだけど!?」
「うるさい下僕さんだこと」
「ええいやかましい! ムニエルのムの字も知らぬような女に調理を任せた僕がバカだった!」
飲む前に結果が分かっているスープと一緒に食事を没収し、本日は結局カップ麺による夕食となった。
でも「ま、下僕の料理にしては及第点ですわね」とか言いながらカップ麺を頬張っていた王女さまは実にシュールかつ安上がりだということがわかった。
残りのスープは残飯扱いです。