第12部 姫ちゃん、味見する!
心に深い傷を負って鍋にルーを溶かし込むまでの所要時間、およそ50分。
母親にエロ本を見つけられた男子高校生の如く、姫ちゃんにエロ本を発掘された僕は10分間再起不能状態だった。
「うーん、まだ薄いかな」
なんとか戦線復帰した僕はルーのとろみ具合を調べ、お味のほどを味覚で感じとる。
濃い味が好きなので水は少なめルーは多めで混ぜたけれど、まだ水っぽい。
一時は姫ちゃんが火を通す前の肉を食べようとして騒ぎになったが、なんとか料理は終盤までもっていけた。
ふぅ、やれやれ。
精神の摩耗が半端じゃない。一か月こんな生活を続行したら確実に死ねるな。
「こーすけ」
耳にするのもおぞましい女王様の御声がかかった。
リビングの片付けを命令するも、彼女はテーブル上の雑誌や新聞を床にポイするだけで、結局片付けたことにはなっていない。
さらには何でもかんでもポイするから、ペンケースの中身を盛大にぶちまけやがっても涼しい顔をして「片付けはお手の物ですわ」などとほざく始末。
一体僕に何の恨みがあるっていうんだ!
「今は何をしていらっしゃるの?」
ご覧の通りでございます。
ま、誰かさんが僕のエロ本を見なければもっと早く事は済んだのだろうがねっ。
「ルーを溶かしてる。 こうやって味見しながら調整するんだ」
「へえ。 お味見されているのね?」
目をキラキラさせて僕の顔を見つめる。
要は『自分にも味見させろ』と御主張なさっておられるのだろう。この女王様は。
「姫ちゃんも味見してみる?」
「し、仕方ないですわね。 そ、そこまでいうなら、味見してあげないこともありませんわ!」
「じゃあ別にいいよ」
「ああーっ!」
味見用の皿を取り上げる動作をすると、一瞬で姫ちゃんの目が潤んだ。
こういうところはちょっと可愛い。
オタマで軽くルーを掬い、小皿に乗せて姫ちゃんに手渡す。彼女はそれを一口で喉の奥に流し込み、舌で薄紅色の唇をペロリ。
「おいしい?」
「下僕の料理にしては“中の上”といったところかしらね!」
及第点をいただけました。
「あとはしばらく混ぜるだけだからさ、姫ちゃんはこのオタマで混ぜといてくれる?」
「追加で味見してよろしくて?」
「ちょっとだけならね」
と、言いながら僕が見ていないとこの女は鍋の半分を持っていきかねない。
だからあらかじめ小皿に味見用ルーを取っておき、僕はリビングに散乱する我が文房具の同士達を救助する。
姫ちゃんにぶちまけられて痛かったろう。もうあの女の手の届かないところに置いておくから安心しな。
と、文房具を抱きかかえたのも束の間。
すぐに手中のペンやらをリリースして台所に急行せねばならぬ事態が発生してしまった。
突然台所からルーの跳ねる『ボチャボチャ』という音が聞こえてきたかと思うと、次に「ああっ」というお馴染みの御声が聞こえてきた時には自然に涙が溢れた。
「今度は何やらかしたのさ」
ルーをこぼしたか?
それともまさか……
「ご、ごめんなさい」
「oh」
そこにいたのは唇をカレー一色で染めた姫ちゃん。
人体なら最悪洗い流せば何とかなる。
が、白い……いや、“かつては白かった”Tシャツは、早く洗い流さない限り予断を許さぬ状況だ。
「どうやったらこんな盛大なルーのカーニバルを開催しちゃえるの!? つか、何で姫ちゃんの服だけルーでボトボト!?」
「だって、おいしかったから」
「はあ」
「もう一度味見しようと」
「お、おう」
「お鍋を持ち上げて、」
「オタマで掬えよ!! 何のための道具だよ!!」
「手を滑らせましたの」
最悪だッ!!
鍋がひっくり返る前にコンロ上に鍋を戻してくれたからよかったものの、僕が彼女に貸したTシャツはカレーで茶色く染まり、さらにはニンジン、ジャガイモ、タマネギが服の上に鎮座している凄惨な状態。
だがいつまでも彼女を怒っていては埒が明かないのは知っている。
「とりあえず、その服を脱ごうよ」
「ん」
「『ん』じゃないよ。 なんでそこまで僕が脱がさなきゃいけな……」
万歳の格好をして服を脱がされるのを待つ姫ちゃん。
しかし、それを見てはたと気づいた。
「姫ちゃん。 ルーがどこまで浸透しちゃった?」
「ブラの中まで入ってしまいましたわ」
おっと、鼻血が。
「よく聞いて姫ちゃん」
「何かしら」
「最悪服は僕が脱がせてあげるよ。 でもね、ブラから下は自分で取って洗った方がいいと思うんだ」
「わたくしがこんな目に遭ったのはあなたのせいでしてよ?」
「僕のせい!? 理不尽過ぎんだろ!!」
「泣きわめく暇があったらさっさとわたくしの体を洗って頂戴」
ぬぅ、公共の福祉という観点から恋人でもないのに女性の裸を洗うのはさすがに……。
で、でもチャンスだぞ!?2次元でしか“そういうの”は見たことなかったけど、3次元でお目に掛かれる機会というのはそうないよな。
答えを先延ばしにし、とりあえずTシャツは諦めて風呂場に姫ちゃんを連行。
喜んで―――いや、渋々彼女の服を脱がし、僕は外で待機する。
「何をなさってますの? 体を洗うのは下僕の仕事でしてよ」
「うぅ……」
なるべく姫ちゃんの白肌を見ないよう、バスタオルで要所を隠してもらいながら彼女の身体にシャワーをかけていく。
首から下を洗う時が一番苦労したと言えば苦労した。
「ほらほら、手元がお留守ですわよ!」
「はい!」
興奮を抑えようと一休みするも、偉そうな態度と口調の姫ちゃんが急かす。
そんな時、実にタイミング悪く奴が来てしまったらしい。




