第11部 姫ちゃん、カレーを作る!
家に帰ることには午後6時をまわっていた。
まあ遅くなったのは9割方姫ちゃんのせいだけど。
今晩は魔王も来るということで、皆で楽しく食べようとカレー。
急いで作れば30分ギリギリで完成だが、それは優秀なお手伝いさんがいると仮定した時の話。皿を割って屋内で水上サンバを実施する以外能のない“誰かさん”をヘルパーに期待するには無理がある。
まず新品の皿を水洗いしてから食器棚に収納。そして購入した野菜類を取り出し、ピーラーをセット。
ジャガイモは皮を剥いてしまうとアクが出るので、あらかじめ水を湛えたプラスチックの容器も参戦する。
「今夜はスープでも出るのかしら」
リビングでテレビを見ていたはずの姫ちゃんが真後ろで僕の手元を見ていた。
どうやら異世界にはないピーラーという道具に興味がおありなようで、うずうずしているようにも見えないこともない。
「手伝ってくれる?」
「『手伝ってください、お願いします』と正直に言えるのなら手伝って差し上げますわ」
「なんで僕が姫ちゃんにそこまでしなきゃいけないんだよ!」
「あら、今日はお肉が多いのね」
「無視すんな!」
「お黙りっ。 下僕なら黙ってテキパキとしなさい」
「すんません」
なんかおかしいぞ、このやりとり。
「で、わたくしは何をお手伝いしたらよろしくて?」
「このピーラーっていう道具で、こんな風にジャガイモの皮を剥いてくれるかな」
丁寧に一枚一枚皮を剥くお手本を披露する。
最近の高校生男子は料理もお手のもんさ。手先の不器用な僕にできて姫ちゃんにできないわけはない。
……そう信じたい!
「刃物だから気を付けてね。 ゆっくりでいいから」
「こう?」
「そうそう。 とっても上手だよ」
「そ、そこまでじゃありませんわ! お、幼い頃からメイドと一緒に家事のお手伝いをしてきた賜物ですわね!」
御世辞は使い時が大切だと実感した。
ところどころ皮が剥けていない箇所があるものの、1センチでも剥くことができたのならそれは彼女にとって大きな一歩である。
一応姫ちゃんによる大災害に備え、雑巾、絆創膏、モップetcをスタンバイさせる。
今日購入した皿さえ割らなければ、床を水浸しにされても最悪何とかなるからね。安心して手伝いに没頭したまえ。
1分後。
「できましたわ!」
「え、姫ちゃんにしては早いね。 やっぱ女子力あるのかな」
「ふふん! もっとお褒めになって!」
どれどれ。何パーセントくらい皮を剥いてくれたのかな。
……直径10センチのジャガイモが5センチを割りました。
「何で皮だけじゃなくて身の部分もスライスしちゃうのさ!!」
「手元にピーラーがあるからですわ」
「『そこに山があるから』的な発言はやめなさい!!」
「うー!」
「『うー!』じゃない!」
くそ、予想外に低度の被害だったとはいえ、安心して食べられる部分まで焼却場行きになってしまうとは!
「ニンジンとジャガイモは僕が何とかするから。 姫ちゃんはタマネギの皮を剥いてくれるかな」
剥くだけでいい。包丁で切ってはいけないよ、と何度も念押しする。
もし誤って包丁を持たせてしまえば、野菜だけでなくその他備品までカットされ、タマネギの魔力による涙に屈した彼女がまたイ○バウアーして皿を割りかねない。
ま、皮を剥くくらいなら人畜無害で結構だ。
さすがに姫ちゃんでもこれくらいのイージーミッションはコンプできるだろう。
「ところで姫ちゃん」
「何かしら?」
「タマネギって剥いたことある?」
「無いに決まってますわ」
決まってますわ、の部分がすごい。
よほどの箱入り娘だったことをうかがわせる貴重な一言であるが、さっき発言していた『幼少期からのお手伝い経験』というのはどうも怪しい。
初めて見るタマネギを手にし、「丸い形をしていましたのね」などと抜かす始末である。その前で僕が一枚一枚剥くお手本を見せてやる。
彼女も真似をし、ゆっくりと天辺の部分から下に向かって皮を剥いでいく。
が、
べきょっ。
タマネギの皮剥きでは決して聞こえないおぞましい音声がッ。
「あら、意外と脆いのですわね」
なんということでしょう。
一枚皮を剥いだだけでタマネギが真っ二つに割れているではありませんか。
どんな力加減をしたらタマネギを潰さずに半分にカットできるのか知りたい。というか、切り方がダイナミック過ぎてコメントすらできないよ。
半分に割れて黄緑色の内面がむき出しになったタマネギをしげしげと見つめる姫ちゃん。
しかしタマネギの内面が露呈したということは、新たな危機が生まれたという証拠である!
「ああっ、目が、目がっ!!」
「バ○ス!!」
おっと、つい滅びの呪文を口にしてしまった。
「こーすけ。 目が痛くて開けられませんわ!」
「そりゃあタマネギだからね。 ほら、あとはやっとくから早く貸して……ってどこに行く気!?」
タマネギの成分上、目が痛くなってフラフラする王女さま。
この人がちょいとそこらをふらつけば、どえらい結果が待ち受けているのは先の通り。
犬も歩けば棒に当たるというが、姫ちゃんが歩けば東京タワーも倒れてくる。
だが運悪く彼女の行く先には包丁と鍋が!!
「危ない!!」
ガシャンッ。
包丁が落ちる一瞬の間に、咄嗟の判断で彼女を抱いてヘッドスライディング。
台所でラグビー選手のような行動をとるクレイジー高校生は恐らく僕だけだろう。
「ふぅ、助かった」
やれやれ、と額の冷や汗を拭う。
やむを得なかったとはいえ、僕が彼女に覆い被さるこの格好はやはり絵面的によろしくないよね。
事は済んだと離れようとすると、仰向けの姫ちゃんが僕の腕を引っ張った。
「わ、わたくし……」
「?」
顔が随分赤い。
熱でもあるのかな。
「どったの?」
風邪でもひいたのかな、と僕の手を彼女の額に当てる。すると姫ちゃんは信号が黄色から赤に変わるより早く赤面し、顔中の穴から水蒸気を噴出させた。
「わたくし……まだ心の準備ができておりませんわ」
「は?」
「“そういうの”はもう少し距離を縮めてからの方が良いと思いますの」
姫ちゃんの発言が妄言と化している。
多分18禁なることを指して言っているのだろうが、箱入りで男を知らないはずの彼女が赤面するのはどうしてだろう。
「今朝、」
「うん」
「読みましたの」
「ほう」
「男と女のする行為……のお話」
「なるほど」
「わたくし、まだ赤ちゃんを産む心の準備ができていませんわ」
「……どこでそんな高度な知識を入手した」
「裸の女の子たちが、」
「うむ」
「肩を並べてこっちを見ている、」
「ふむふむ」
「『男の超ド級・巨乳ハーレム学園』というタイトルの、」
「なるへそ」
「下部に『成年コミック』と書かれた書物ですわ」
「それ僕のエロ本!!!!!」
あーもう!なんてものを見ちゃったのさ!!!
ベッドの下に隠しといたはずなのに!!!つか、気付かれたのは間違いなくあの時だ。
昨日姫ちゃんがベルリンの壁を建設するため、材料として使う分厚い本を探していた時だ!!
迂闊だった!!こんなことなら金庫でも買っておくべきだったよ畜生!!
「安心してくださいな」
「何をどう!?」
「まだ24話までしか見ておりませんの」
「ちなみに25話はエピローグだからな!!!!」
この娘、プロローグから含め9割を観賞してしまっている。というかそんな情報を彼女に教えたところで僕に何の利益ももたらされない。
ただ残るのは、「見つかってしまった」という虚無感のみ。




