子供の頃の記憶
夜が更ける中、オレとバルザックはまだ飲み比べをしていた。ワインは既に無くなったため、テキーラを交互に飲んでいる。
6歳のお子様は、オレの隣で気持ち良さげに寝ていた。……オレのひざを枕にして。
――オレが6歳の時はどうだっただろう?
そう思い立ち、ゆっくり記憶の糸をたどった。
【軍人育成施設・食堂】
壁のコンクリートから伝わってくるひんやりとした冷気を感じながら、おれは一人ぼんやりとパンをかじっていた。プレートには運んできた一人分の料理がのっている。軍が手間を省くためか、大人子ども関係なく同じ量の食事が配られる。食料が少ないこのご時世、大人にとっては十分とはいえないが、6歳の腹を満たすのには十分な量だった。
「よぉ、お前みたいなチビがこんな所にもいるんだな」
「…………あんた、だれだよ」
「俺はバルザック。そんな目で見るなよ」
いきなり目の前に現れた見知らぬ男に、おれは苛立った。手元にある未だ湯気の立っているスープをぶっかけてやろうか、と考える。
「……おれの目は生まれつきだ」
「ほぉ? しかし、紅眼とは珍しいな。お前、どこの血筋だ?」
「あんたにはカンケーねぇだろ」
血筋なんか知らないし、興味もない。どこに行ってもこの目のせいで好奇の視線を浴び、いい思いなんてした例がない。おれはそんな自分の目が大嫌いだった。
「それもそうだな。軍に来たからには、人種や性別、血筋は一切関係ない。関係あるのは実力だけだ」
マッチョな男、バルザックは案外あっさりと引き下がった。
変な奴だと改めて観察してみる。健康そうな褐色の肌、白い歯、黒い目、凄まじい外観を誇る上腕二頭筋。そして何より――。
「……ハゲ頭」
「なっ!? これはスキンヘッドだ!!」
なでたらツルツルしそうな頭を見ていたら、ふと本音がこぼれてしまったらしい。だって、光を反射してて眩しい……。
「……デンキュウ頭」
「オイ、ドチビいい加減にしろ!!」
「どっ!?」
首の後ろを掴まれ、おれは宙吊りにされた。暴れてみるが、大人にかなうはずがない。
「おまえなんかサッサと死んじまえっ!!」
「うるせぇドチビ、お前が死ね!!」
ハゲがいきなり手を離し、おれは床に落っこちた。尻から落ちたのがまずかったのか、尾てい骨が痛い。
「そんな事言われなくても死んでやる!! 人間なんかほろんじまえ!!」
「はぁ!?」
おれは悔しさを噛み締めながら、食堂から走り去った。もちろん、残っていたパンは手の中にある。
その後、すぐに訓練が開始された。ありとあらゆる武器の使い方、学問を叩き込まれ、敵の種族ごとの弱点や特徴を覚えさせられた。
周りには老若男女がわけられる事なくごちゃ混ぜになっている。その中でも、おれは最年少のようだった。
「明日は実際に戦場に出て実施訓練を行う。たまに死ぬ奴もいるから気を引き締めるように‼」
教官の一言に、周りの奴らがざわつき始めた。にわかに部屋の空気が固くなる。隣にいる若い女は目に涙を浮かべていた。そいつはいつも笑顔が耐えない明るい人間だったとおれは記憶している。しかも、結果を出して出世するんだと豪語していたはずだ。
――きっとコイツは早死にする。
ふとそんな考えが頭に浮かんだ。そして、そのまま泡のように弾けて消えてしまう。次の瞬間には自分が何を考えていたのかわからなくなっていた。
○ ○ ○ ○
四人部屋の自室に戻されると、既に他の三人のルームメイトは戻ってきていた。二つのパイプ製の二段ベッドを占領している。オレが自分のテリトリーにドサッと荷物を置くと、やっと他の奴らが気付いた。
「あれ? おチビじゃん」
「え? マジで?」
おれはそいつらを無視し、明日の準備をした。支給された銃弾を確認し、この軍で一番付き合いの長いリボルバーに丁寧に装填していく。
「そんな事してないで遊ぼーぜ?」
「……ことわる」
「何でだよ? そんなもん適当にやっときゃ良いって!!」
おれは基本的に名前を覚えないからわからないが、三人の中でリーダーみたいな奴がおれのそばにやってきた。そのままおれの相棒を奪おうとしてくる。
おれは咄嗟にリボルバーのグリップを握り、銃口をソイツの額に突きつけた。
「おれはブザマな死に方はしたくない」
「おいおい、冗談だって」
リーダー格は両手を上げ、困ったような顔で苦笑いした。
おれがその態度にムッとしていると、視界の端に青い何かが横切るのが映った。目だけを動かしてそれを確認する。するとソイツはパイプに掴まり、呑気に毛繕いをしていた。
「…………青い……鳥?」
見たことのない不思議な色をしたその鳥に、おれは思わず息をのんだ。
そんな事があるはずがないと分かっているが、水のように青く透き通っているように見える。その青もただの青ではない。
その色に見とれ、おれは気付かない内にリボルバーを下ろしていた。
「……オーシャンブルー」
「そいつ、施設に迷い込んできたみたいでな。オレが保護したんだ」
そう言って笑っているリーダー格を見て、おれはハッキリと感じ取った。――コイツはそんな事考えていない。自慢したかっただけの偽善者だ。
そう思うとおれは耐え難い程の嫌悪感に襲われ、急いでベッドに潜り込んだ。
○ ○ ○ ○
次の日の事は、あまりにもの過酷さで、ハッキリとは覚えていない。
あの若い女も、三人のルームメイトもオレの知らない間にしんでいた。でも、なぜかオレは生き残っていて、あのハゲ……バルザックも生き残っていた。そして、あの青い鳥はオレが飼う事になった。
○ ○ ○ ○
「……っと、これで最後か」
意識をしっかり今に戻すと、瓶が空になっているのに気付いた。窓からは明るい朝の日差しが入ってきている。
「バルザック……って寝てんじゃん」
バルザックはテーブルに突っ伏して寝ているようだった。その手に握られたグラスには、まだ液体が残っている。
「オレの勝ちだ。ご馳走さん」
そこでオレの意識は飛んだ。