世界の経歴
「おっちゃーん! 酒くれ! ワイン五本とテキーラ一本‼」
「私このメニューせいはする~‼」
「止めろお前らっ‼ 俺を破産させる気か!?」
「「イエス」」
「ふざけんなー‼」
数時間後、サマルカンドに着いたオレ達は、一件の酒場にいた。テーブルの上には小さな紙製のメニューが二枚おかれている。
質素な造りの酒場には、オレ達の他に十人ほどいるかいないか程度で、ガラ空きだ。
「ワイン一本でいくらすると思ってんだ‼」
「ざっと三万くらいか? 雑魚エネミー三体分片付けた時の値段だ」
傭兵は依頼を受けエネミーやミュータントを討伐する。倒した対象によって世界政府から報酬を貰える仕組みになっていた。敵ごとに値段が決まっていて、強いやつほど高収入を得られる。が、リスクが高いからか、高レベルのヤツを狙う傭兵はかなり少ない。
「お前、金の重要性は嫌ってほど知ってんだろが!?」
「他人の金の重要性は知らん」
「ふざけんな‼」
そうこうしているうちに、店員がワインを三本持ってきた。他にもアリスが頼んだらしい肉の塊が盆の上に乗せられている。
それを見て、バルザックは頭を抱えていた……が、オレは気にしない。瓶のコルクを抜き、赤々とした液体をグラスに注ぐ。
「お前も飲めよ?」
「元々俺のだ‼」
オレがグラスを差し出すと、バルザックは乱暴にそれをひったくり、一気に飲み干した。もっとゆっくり飲めばいいのに……。
隣では凄まじい勢いで肉の塊が消えていっている。
オレはそれを横目にタバコに火を付けた。ちなみにこのタバコ、ただのタバコではない。オレがわざわざ作ったオリジナルモノで、ミントの爽やかな香りが楽しめる。煙たくならないようにするのは苦労した。
「……ねぇおじちゃん。おじちゃんとバルザックさんってどういうカンケーなの」
肉と格闘していたアリスがふと顔をあげて聞いてきた。肉塊は半分になっている。おい、あとの半分はどこ行った。
「……戦友みたいなもんだ」
「センユウ?」
「俺達は元軍人だ。地球連合軍の同じ部隊にいたんだ。背中を預けあった仲だぞ」
バルザックは昔の事を思い出しているのか、遠い目をしていた。オレは嫌な記憶をワインと共に押し流す。……しかし、瓶に入った赤い色が、オレの記憶を刺激した。
大地は人間とそれ以外の生き物達の血で赤く染め上げられ、立つ場所に苦労するほど、原形をとどめていない死骸で埋め尽くされていた……。
「おいチビ。お前は戦後に生まれたんだよな?」
「センゴ?」
「それも知らないのか……」
オレはアルコールの力を借り、アリスにいろいろ教えてやる事にした。
「今は世界暦100年。世界暦が始まったのは隕石の大量衝突が起こった年だ。それ以来この地球にはエネミーやミュータントがはびこってる」
――世界暦2年。地球の生物が突然変異する。
――世界暦20年。地面に埋まってる資源が底をつく。
――世界暦21年。人間は地球外生命体の脅威にさらされているにもかかわらず、それを奪い合って戦争をした。後に通称人類戦争と呼ばれる。
――世界暦35年。人類戦争が終焉。この時点で人類は六分の一になっていた。
――世界暦40年。飛来種の侵略が本格的に始まる。人間はようやく自分達の置かれている状況に気付き、地球連合軍を作った。世界各地から男女関係なく集められ、軍で働かされる。この戦争は後に宇宙大戦と呼ばれる。
――世界暦90年。飛来種の侵略が沈静化。宇宙大戦は終焉を迎える。この時点で人類は世界暦以前の十二分の一になっていた。
「お前は宇宙大戦後に生まれたから、戦後の子だな。良かったのか良くなかったのかは知らねぇが」
「そりゃ良かっただろ。なんせあの世かと思うような世界だったんだからな」
「あぁ…………」
それっきり、オレもバルザックも口を閉じた。アリスは何か言いたげな顔をしていたが、何を悟ったか、再び肉塊に向き合った。
周りからは皿のぶつかる音が聞こえてくる。
「ねぇ。もっと昔の地球はどんなだったの?」
しばらくして、アリスが沈黙を破った。肉塊は……ない。
「地球は青かったらしい。今は茶色と紫だ」
「茶色とムラサキ?」
「昔は青かった海も、環境の悪化で紫の毒水とかした。緑の森も、砂漠化が進んだせいでほとんどない。……オレ達も見たことはねぇけど」
食い物が有り余るほどあって、襲ってくる動物はほとんどいない世界。まして植物が動くことは有り得ないなんて、平和過ぎる。
「こんな時代に生まれたくなかった……ってオレが言ったら教官にど叱られたっけ」
「だが、それがこの時代に生まれた奴らの本音だろ」
オレはグラスに注ぐのが煩わしく、瓶から飲んだ。一気に中身が空になる。 ちょうどそのタイミングで、さっきの店員がワイン二本とテキーラ一本を運んできた。盆の上で瓶同士がぶつかり合い、音を鳴らしている。
「バルザック……飲み比べしようぜ?」
「まさかあのクソガキとこんな事をする時が来るとは……」
そう言っている割には満更でもなさそうな顔をし、バルザックは袖をまくった。
――おい、そんな暑っ苦しいモノを見せつけるな
「テキーラは割らずにいこうぜ?」
「ははっ!! 負けた方が支払いだぞ?」
「はぁ!? なんだよそれ!?」
狼狽えるオレを無視してバルザックはワインをグラスに注いだ。しかしそれは一瞬で消える。
「どうした? 自信ないのか?」
「んな訳あるか!」
オレも負けじと同じ量を飲み干した。