マッチョな旧友との再開
「うぉぉぉぉあぁぁぁぁ‼‼」
「きゃぁぁぁ‼」
オレはあのワームに運悪く嗅ぎつけられ、夜の砂漠で絶賛追われ中だった。すぐ後ろに例の気色悪い口が迫っている。時速四十キロでかれこれ一時間は走っていた。砂埃が夜空に舞って綺麗だ。
「邪魔だぞチビ‼ 自分で走れっ‼」
「やだぁ! おじちゃんの方が速いもん‼」
「うわわっ!? 首が締まる‼」
「おじちゃん! 遅くなった‼」
「テメェのせいだぁぁぁ‼」
手榴弾を使いまくるという手もあるのだが、それはもったいなさすぎる。ビンボー症だな、と思う。でも、これは譲れない。
たとえ昔軍で鍛えられ、傭兵として体力が人の倍以上あるオレも所詮は人間。疲れがたまり、限界だった。
「もう……ムリ」
「おじちゃん!?」
足がもつれ、そのまま顔面から砂にダイブする。冷んやりした砂が心地いい。
食われても仕方ないか……と覚悟を決める。
すると、懐かしいオートマチックの爆音がオレの鼓膜を叩いた。
「うおぉぉぉぉぉ‼ ぶっ飛べイモムシ‼」
勇ましい怒声と共に激しい衝突音が聞こえ、ワームが宣言どうり吹っ飛んだ事がうかがえた。地面に潜って行く音が遠くから聞こえる。オレの隣にはアリスが転がっていた。
オレはオートマチックの持ち主に礼を言おうと立ち上がり、振り返る。すると視界一杯に褐色の“何か”が広がった。
オレがその光景に一瞬狼狽えたのを見たらしいそいつは、盛大に笑い出した。
「がっはははは‼ 誰かと思ったらロイじゃねーか‼」
「……バルザック。相変わらずMr.上腕二頭筋やってんだな」
筋肉隆々の大男を見上げると、懐かしい顔があった。白い歯が眩しい。
「おうよ! お前は相変わらず色白だな? 女みてぇに細っこいしよ」
「お前は規格外だろうが……」
本気で心配してくる旧友にパンチをお見舞いし、その素晴らしい上腕二頭筋を見てみる。現役時代と変わらない……いや、むしろさらに大きくなった筋肉の塊。正直、少しだけ羨ましい。
「しかし、何年ぶりだ? 確か最後に会ったのは……」
「今から十年前、宇宙大戦争が終わるちょっと前だ」
「十年か……俺が二十五歳、お前が十二歳の時だな。そう考えるとオメェ、年取ったな~」
「成長したんだっ‼ 老けたのはテメェだろうが‼」
いちいち鬱陶しい奴だと思っていると、バルザックは視線を落とした。
「オメェ、このチビは……」
バルザックの視線の先には、未だ転がったままのアリスがいた。――いや、いい加減起きろよ。
「ソイツはアリス。訳あって」
「テメェいつの間に子供つくってんだ!!」
「んな訳あるかぁぁぁ!!」
オレは全力でバルザックを殴った。巨体が数メートル吹っ飛ぶ。
「たまたま拾ったんだ!! 何だ!? オレが十六歳の時に子供つくるような奴だと思ったのか!?」
「……悪いロイ。お前非恋愛体質だったな」
「哀れむような目で見るなぁ!! お前だって同じようなもんだっただろ!!」
再びバルザックに殴りかかろうとすると、服を引っ張られる感じがした。
「おじちゃん……おなかすいて……もう、ダメ」
「おいチビ!! しっかりしろ!!」
慌てて抱き抱えて揺するが、アリスはぐったりして動かない。
さすがに成長盛り食べ盛りの子供には、晩飯抜きはキツかったようだ。
――いや、元はと言えばコイツが食料を……。
「チッ……おいバルザック、何か食える物ないか!?」
「確か俺のオートマチックの中に携帯食料が少しあったな」
「少し貰うぞ!!」
急いでオートマチックのドアを開け、携帯食料を探す。イスの下に手を伸ばせば、案の定セラミック製の箱に触れる。
引きずり出したそれは、なぜか南京錠付きの三十センチ四方の白い箱だった。 オレはその南京錠を無理矢理ひん曲げ、箱をこじ開けて中の携帯食料の一つを取り出し、アリスの口に押し込んだ。
アリスは最初のうちはゆっくりと、しかし次第に早く口を動かし始める。
アリスがなんとか一人で立てる程に回復した時には、箱の中は空になっていた。
「すまんバルザック。今度同じだけ買うから……」
「おっ……おう」
明らかにアリスの食欲に圧倒されているバルザック。微妙に顔が引きつっていた。
「おじちゃん……」
「あ? どうした?」
アリスがモゾモゾ動き、オレの方に顔を向けた。さっきより顔色は良くなっている。
「まだ……食べたい」
「コイツの胃袋はどうなってんだ!?」
「お前より食うヤツは相当珍しいな。まあいい、これからオアシス都市に行く所だ。お前ら乗ってけ……って何ですでにちゃっかり乗ってんだ‼」
オレはバルザックの言葉が始まると同時にオートマチックの助手席に座っていた。膝の上にはアリスが座っている。
「さっさと運転しろバルザック。オレは久しぶりに酒が欲しい」
「バルザックさん早くぅぅ‼」
「お前ら何なんだよっ!?」
こうして、オレ達はオアシス都市:サマルカンドを目指し、カラクム砂漠を後にした。