謎多き恩人との再会
「戻ってきて良かったぜ」
凍り付いてゆくヴァンパイアを見ながら、オレは一人、アリスと分かれた後の事を思い出していた。
*****
「…………オレは間違ってない……間違ってない」
ぶつぶつ呟きながら一人砂漠を歩いていた。ブーツに入ろうとする忌々しい砂を蹴り上げ、前に進む。フライパンを置けば、一瞬で目玉焼きが出来る程熱い砂を触ったらどうなることか……。考えるのも恐ろしい。
「よっこらせっと」
おいおいオレは何歳だよ。まだ若々しい二十二歳だろ!? 、と自分で自分をツッコミながら巨大なリュックを担ぎ直す。肩ひもが肩に食い込む。痛いが、軍にいた頃よりかなりましだ。
――そういえば、あのチビのせいで食料無いんだった……久々に晩飯は抜きか。
そう思いながら、マントについた砂を払い、空を仰いだ。忌々しい程清々しく青い空を、視界に太陽が入らないようにしながら思いっきり睨みつける。
「クソッ。砂漠だからって何て暑さだよ!! ちったぁ遠慮しろよ!!」
「出来るわけがないだろ?」
イラつくに任せて怒鳴ってみれば、返事をするはずもない空が声を発した。驚いて斜め後ろを振り返れば、『ザ 魔法使い』という格好をした奴が浮いている。顔は……相変わらずフードのせいで見えない。だが、見覚えのあるその特徴的な姿に、思わず顔をしかめた。
「何であんたがいるんだよ、マーリン」
「お前の事が心配になって見に来たのだよ」
ゆっくりと降りてくるマーリンに苛立ちながら、オレはを殴り倒したいのを必死に堪えていた。
「何年ぶりだ? しかし相変わらず目つきが悪い……。しかも短気だな、『××××』?」
「目つきは関係無いだろうが!! いやそれより、何でその名前を……」
「この私が知らないとでも思ったか?」
その言葉に、思わず黙り込んだ。コイツは昔から何でもお見通しだ。
そのマーリンは余裕そうに青い珠がはめ込まれた古めかしい杖にもたれ掛かりながら立っている。
あんな杖折れちまえばいいのに――。
「はぁ……。相変わらずくだらん事ばかり考えているな、お前は。まあいい、今日は別の事でお前に会いに来たのだよ」
「……何だよ」
別の事……。その言葉を聞いた瞬間、あのおチビの事が脳裏をよぎった。だが、わざわざ自分から言うつもりはない。俺はあえて黙った。
「とぼけるな。あの子供の事だ」
「そんなの、アンタには関係無いだろ!?」
オレはグッと手を握りしめた。青い空を見れば、あのチビの笑顔がチラつく。アイツは今、何をしているんだろうか?
「……気になるか?」
「…………」
答えられずに黙り込んでいると、それを肯定ととったらしいマーリンのテノールが響いた。
「今の所、あの子供は無事だ。だがキャラバンの何人かは、すでに『奴ら』にやられたようだが?」
「なっ!?」
「全滅するのも時間の問題なのだな」
オレは空いた口が塞がらなかった。まさかそんなに早くヴァンパイアが襲って来ようとは……。だが、一応あのチビは無事だと言う事がわかり、頭の片隅でホッとしているオレがいた。あくまでも、『片隅』だが。
「オレには何も出来ない。第一、あんたが言ったんだろ? 『無謀な事しかしないお前は馬鹿な奴だ』って! だからオレはっ!!」
「やはりお前は『馬鹿』なのだよ」
マーリンは声を荒げるオレを手で制し、静かに言った。オレはグッと堪える。
「お前は目の前の命が消えていくのをみて見ぬ振りをし、自分だけ安全地帯にいようとした。生きるために逃げ出したのではなく、生きるために『見捨てた』のだ。私は自分の命をわざわざ捨てようとした奴を馬鹿と言ったのだ。そして、お前のように他人の命を見捨てる奴も同じだ」
ゆっくりと息を吐いてから言った。
「命を軽んじるな、と始めに教えただろう?」
『命を軽んじるな。意地でも生きろ馬鹿者!!』
かつてマーリンにこう言われた時の光景がフラッシュバックしてくる。
全身自分と、それ以外の何かの血で染り、大地に大の字になって息を荒げているオレと、今と全く変わらない悠然とした様子でオレを見下ろしているマーリン。
あの時滅茶苦茶苦しくて、辛くて、痛くて、もう死にたいと懇願したんだったか。いっそこのまま殺してくれと。軍に入った当初から願っていた事を……他人の手で、楽に死ぬと言う事を強く望んだ。
だから、あの時のオレはマーリンにど叱られ、諭された。命ある限り行き続けろと。その時が来るまで精一杯生き抜く努力をして見せろと。
「そうだったな……はぁ、今のオレは間違い無く『臆病な薄情者』だ。馬鹿より質が悪ぃよ」
自称的に笑うオレを見て、マーリンは杖をオレの目の前に突きつけた。
「ならロイ、お前はどうする?」
「……そんな事決まってんだろ? 汚名返上してくる」
ニヤリと笑えば、マーリンも同じように笑った。杖を下ろし、クルクル回す。
「ヴァンパイアはおとぎ話と違い、日に弱い、ニンニクが嫌いなどと生易しい設定はない。対抗するには……我らの技術、魔法を使うしかない。コレを持って行け」
マーリンが杖を振れば、四本の棒と小さな青い石がぽんっという音と共に現れた。
「これは、魔力増幅用の術式を組み込んだ物だ。昔教えた『ルーン文字』だ。補助系の文字だけで攻撃関連の文字が一つもないだろう?」
つっと文字を指でなぞると、一瞬光ったように見えた。
確かに、この棒に書かれているルーン文字は補助系のものばかりだ。昔マーリンに叩き込まれた知識は未だ健在。ハッキリと思い出せた。
ちなみに、オレの左手首にもルーン文字が刻まれている。昔、マーリンに付けられたやつだ。普段は見えないようにリストバンドで隠してあるが……。
「亜人型飛来種・No.1146、通称ヴァンパイアは身体能力を体内の魔力を使って極限まで伸ばす。そのせいで、アンタみたいにムチャクチャな魔法は使えないんだったか?」
「そうだ。と言っても、ある方法を用いればいろいろできるが……まぁ、今回は関係ないだろう」
一人ブツブツ言っているマーリンを無視して、オレはヴァンパイアに関する知識を全て引きずり出し、勝つための活路を探す。
「あー、何かねぇのか!!」
「ヴァンパイアも所詮は生き物。お前と同じ弱点があるぞ? 私も同じだが……。多少耐性があるのは雪男あたりか?」
「雪男? ……雪、氷……凍死か!!」
雪男から連想していきパッと閃いた。マーリンは満足そうに笑っている。
「でも、オレ魔法なんて使えねーし」
「あの子供を使え。あやつは使えるぞ?」
「はぁ!? 何でだよ!?」
サラリと告げられた衝撃の事実に、オレは空いた口がふさがらない。
「行ってこい、ロイ。またいつか会うときが来るだろう」
「あっ! おいコラ待てよ、マーリン!!」
どういう事だと問い詰めようとするオレを無視し、また杖を振った。
気付けばオレは大きなクレーターのようになった所にいた。足元には四本の棒と小さな青い石が転がっている。
まだ、聞きたい事は山ほどあったと言うのに……。相変わらず自分勝手な奴だ。
いきなり飛ばすなよ、とボヤきながら下を覗けば馬車が幾つも倒れていた。その中に見慣れつつある青い髪の少女を見つけ出す。
かなり切迫した状況だと言う事は嫌でもわかる。ピリピリした緊張感が伝わってきた。オレは思わず目を細める。
「人間様をなめんなよ、異星人?」
オレは石を小さな袋に入れながら、魔法少女とヴァンパイアがいるであろう場所を見て、ニヤリと笑った。