ロイvs.ヴァンパイア
「ああ……やっちまった」
今更ながらに自分のしたことに後悔した。
――オレの中の悪魔よ、なぜもっと頑張らない。天使に打ち勝て! 悪魔の意地を見せろ!!
今頭の中の悪魔は、天使にぼこられていた。力無く倒れているところを何度も踏みつけられている。本当にコイツが天使なのか疑わしい。
「はぁぁぁ……オレの馬鹿……お人好し……何でこんな事してんだよ。死にたいのか? 死にたいのか!? まさか、潜在的な自殺願望があったってのか!? ……いや無い! 絶対無い!! 断じて無い!! オレは戦死や病死はしないとあの時誓ったじゃねぇか!! 苦しみながら死んでいくのはごめんだぜ!!」
「おじちゃん……頭、大丈夫?」
自問自答して頭を抱えて唸っていると、アリスが本気で心配そうに見上げていた。
……止めて、そんな哀れむような目でオレを見ないで。
「助けに来てくれた奴に言う言葉か、それは」
そう言いながら、腰の後ろに下げてあるカトラスの柄に手をかける。マントが邪魔だが、紫外線が強すぎるこの時代、砂漠の真ん中で肌を全て覆い隠す物を脱ぐのは自殺行為。我慢するほかない。
「何できたの? あんなこと言ったのに……ヴァンパイアとたたかおうとするのはバカだって!」
「あぁうるせぇ!! オレはバカだって事にしとけ!!」
さり気なく空いている方の手で、フードを深く被りなおす。ヴァンパイアが吹っ飛んで行った方に意識をしつつチラッと見れば、アリスは拳を握りしめていた。
「ペットの世話は最後までみるのが飼い主の責任なんだよ。しかも、拾ったクセして捨てるのは社会的ペナルティーをくらうんだ。大体、ペットが死ぬのをみて見ぬ振りするなんて後味悪ぃ」
「……ぺっ……ペット? ……私が?」
「……まあ、そうなる」
真っすぐ突き刺さる視線に耐えきれず、視線を逸らす。すると次の瞬間耳を劈くような大声が響き渡った。
「ひっヒドい!! この人でなしー!!」
「いっいや違うから!! たとえ話だから! だぁー泣くなっ!!」
今にも泣き出しそうなアリスをなだめようと、オレは慌てて振り返る。
「悠長にお喋りか? 随分と余裕そうじゃないか、人間!!」
「くっ!」
耳障りな声を聞き、瞬時に態勢を元に戻し、カトラスを構えた。目の前まで一蹴りで迫ってきたヴァンパイアの攻撃を刀身で受け止める。刃と爪がぶつかり、甲高い音と共に火花が散った。急いでヴァンパイアの鋭い爪を払いのけ、座り込んでいるアリスを抱えて軽く後ろに飛び退く。ヴァンパイアとの距離、約五メートル。
「フッ……今の一撃をを止めるとはな。なかなかやるな人間」
「そいつぁどーも」
冷や汗が伝うのを感じながら、カトラスを握り直す。この距離では分が悪すぎる。
――せめてもう数メートル離れれば。
「どれだけ離れようが、ヴァンパイアである私には適わんぞ? 先程私を飛ばしたパワーを持ってしてもな」
心の中を読んだかのようなその言葉に、無理やり笑顔を作る。
「ハッ! あんなにぶっ飛ばされたくせによく言うぜ。大体テメーみたいなバケモノと正面切って戦うわけねぇだろーが」
「フンッ生きはいいようだな、人間!!」
ヴァンパイアは砂埃を巻き上げて突っ込んでくる。一瞬で目の前まで来るが、反射的にカトラスを横に構えて攻撃を防ぐ。連続して繰り出される一撃一撃が重い。何とか防げてはいるが、防戦一方では腕がもたない。現に痺れ始めてきている。
「くっそ!!」
オレは思い切って腕を水平に振り切る。ヴァンパイアをかする事は無かったが、距離を置く事には成功した。乾いた唇をペロリと舐め、肩の力を抜く。落ち着け、焦るな。
俺達はしばらく見つめ合い、相手の出方を伺う。が、不意にヴァンパイアが口を開いた。
「……そうだ、人間。その小娘を渡せば見逃してやらん事もないぞ?」
「人間人間うるせーな。……いやちょっと待て、今のはマジか?」
「ああ、勿論だ。約束しよう」
チラッと大人しくしているアリスを見てみる。視線を下げれば、不安そうな目とぶつかった。
ヴァンパイアが自分からこんな事を言うとは……。しばらく襲ってこないかもしれない。これは……チャンス到来?
「……その話、乗った!」
「おじちゃん!?」
驚愕しているアリスを無視し、ヴァンパイアと向かい合う。ヴァンパイアは薄気味悪い笑みを浮かべていた。
「やはり、人間は愚かで単純な「いや、今の冗談だから」何だと!?」
冗談も分かんないの? と言えば、ギリギリと歯ぎしりしているのが聞こえた。かなりご立腹らしい。
「この私を馬鹿にするとはなんて奴だ! 貴様は跡形もなく八つ裂きにしてくれる!!」
「はぁ!? たったこれだけでキレんのかよ!? どこのお坊ちゃんだっての!!」
俺の言葉に、青白い肌のヴァンパイアの顔が赤くなった。
「っ!? 私は五百歳ぞ!! お坊ちゃんなどではないわ!! 私はブルトモントの公爵だ!!」
「……ぶるともんと? 何それ美味いの?」
まずそうだけどな、と笑うと、ヴァンパイアが青筋を立てるのがはっきり見えた。ちょっとやり過ぎたかもしれない。
「我等ヴァンパイアの故郷の星だ!! ええい、私だけでなく我が故郷までもを侮辱するとは何て輩!! 生かしておくわけにはいかん!!」
「い゛っ!?」
怒声と共に目に見えない速さで襲ってきたヴァンパイアの一撃を勘だけを頼りにギリギリでかわした。抱えているアリスを庇うような形で避けたため、ヴァンパイアの鋭い爪が腕をかすり、血がにじむ。地味に痛かったが、あえて見ないようにした。気にしたら余計に痛くなる。
「小娘を庇っていては満足に動けまい。だからと言ってすぐさま殺すような事はせん。じっくり痛めつけてやるからな」
「ハッ! そうかよ。なら、このお荷物テメーにくれてやらぁ!!」
オレはポケットから小石を取り出し、アリスのポケットにこっそり忍ばせる。それからブンッとアリスをヴァンパイアの方に投げ飛ばした。昔野球ってのがあったらしいが、オレならエースになれただろう。見たかこの素晴らしいコントロールとスピード。
「いけぇぇぇ! アリスロケットォォォォ!!」
「イヤァァァァ!?」
絶叫する水色の弾丸がヴァンパイアに向かって直進した。ヴァンパイアは呆然とオレの珍アクションを見ていたが、すぐ我に返りそれを受け止める。(それを見てオレが舌打ちをしたのは言うまでもない……が、アリスに睨まれた)
「貴様いったい何を……っ!? まさかっ!!」
ヴァンパイアは自分の体を見て驚愕した。アリスが触れている部分が氷付けになっているのだ。すり鉢状になっている砂の底から上を見上げれば、四本の青く光る棒が四方に立ち、同じ様な光の線がそれを結び、アリスに繋がっている。そこは四本の棒の中心にあたる場所だった。
「まさかチビが魔法なんて使えるとは思ってなかったよ。でもまぁ? 生きるためなら何でもしちゃいますから、オレ」
そう言って、悔しげにしているヴァンパイアにニヤリと笑ってみせる。
「いくらヴァンパイアの体でも、凍死は避けられねーよな?」