アリス vs. ヴァンパイア
「グスッ……おじちゃんのバカぁ」
おじちゃんの事だからイヤそうにしながらも助けてくれると思っていた。なのに、ムズカシイ事を言ったと思ったら、怒ったような顔して何処かへ行っちゃった――。
「おじちゃんのバカァァァァァ!!」
『――誰がおじちゃんだ!!』って言って出て来てくれるかな、などと思いアリスは待ってみたが、やはりロイは現れなかった。
「グスッ……おじちゃんなんかいなくても、だっ大丈夫だもん。コワくっないもん」
力一杯抱えていた柱を離し、あのマッチョなオジサンの所へ出る。垂れ幕をくぐれば、広い砂漠が広がっていた。突き刺さるような太陽の光を感じ、中へ引っ込む。急いでロイが置いていったマントを羽織り、フードを被ってもう一度外に出た。
「ん? どうかしたか、アリスちゃん。さっきあの兄ちゃんの声が聞こえたが。お父ちゃんと喧嘩したか?」
斜め上を見上げれば、あのマッチョなおじさんがいた。
「“おとーちゃん”? マチョオジちゃん、ロイは“おとーちゃん”じゃないよ。おじちゃ……“おにーちゃん”だよ」
「何だそうか、お前ら兄妹だったか。そうかそうか……で? お前の兄貴と何かあったか?」
兄妹でも無いんだけどな――そう思いながらアリスは彼の隣に座り、さっきの事をすべて話した。
「なるほどな、お前も『ヴァンパイア』がいると思ったのか?」
「思ったんじゃないもん! 絶対いるもん‼」
「そうか……そこまで言うなら、警戒体制に入るように言っとくか……っ!?」
突如激しい揺れに会い、アリス達はよろめいた。馬が揺れに驚き暴れ出したせいで、キャラバンの馬車のほとんどが砂の上を滑り落ちて行く。馬車が横倒しになりながらもやっと止まったのは、数メートル落ちた所だった。
「マチョオジちゃん……」
「大丈夫だ、しかし、今のは……」
「たっ大変っす親方! ヴァンパイアが、ヴァンパイアが出た‼」
「何だと!?」
「もう何人も襲われて……」
キャラバンの青年は息を切らしながら言った。しかし、日に焼けて褐色になっっている顔からは恐怖のせいか血の気が失せ青白い。
「くそっ‼ さっきあの兄ちゃんの言う事を聞いときゃ良かったぜ‼」
舌打ちをしながら、散乱した積荷に駆け寄り武器を手に取る。近くにいたキャラバンの仲間達が集まって来るのをアリスはボンヤリと眺めていた。次々と各々の手に銃器などが握られていく。
「いいかお前ら‼ こうなったら戦うしかねぇ。生き残りたきゃ気合入れろ‼」
「「オッス‼」」
恰幅の良い男達が気合いを入れる中、アリスはというと少し遠い位置にある馬車を見ていた。何も動く気配は無い。
「どうした、アリスちゃん? 危ないから馬車の中にいな」
「向こうの馬車にお馬さんいないの?」
「そんなわけ……」
アリスが指差した所には馬が一頭もいなかった。ただ、いたであろう場所には赤い水溜りがあるだけである。
――ズドォォォン
突然 大きな地響きが起こり、たちまち砂埃が巻き上がった。うっすらと目を開ければ、前方に人影が見える。
「――誰?」
近づいて確かめようとしたが、すぐに思いとどまった。その人影は、人間にしては足や腕が異様に長い。収まってきた砂埃から見えたその肌は、マントも着ていないと言うのに嫌に青白かった。そして何より、口から覗いている鋭い牙がそれが人間では無い事を物語っていた。
「来やがった……『ヴァンパイア』‼」
隣にいたマチョオジちゃんは、決死の覚悟で突っ込んで行く。仲間達も後に続いた。アリスは一人、その場に置いていかれる。
「……え?」
一瞬の出来事だった。彼等の銃器が一斉に火を噴き、弾は少なくとも三分の一が命中したかに見えた。いや、命中していた。次の瞬間には、ヴァンパイアのいたあたりは爆発と共に炎で包まれる。しかし、ヴァンパイアの姿はそこになかった。
――ドサッ、という音がしそこを見れば、血の気の失せた男達が倒れていた。おそらく、仲間の半数が。
そこには目を背けたくなるようなおぞましい光景が広がっていた。
たくさんの人間が倒れている中、あのヴァンパイアは一人の青年のそばにしゃがみ込み、首筋に顔をうずめていた。その喉は規則正しく動いている。しばらくすると顔をあげ、さも満足そうにニヤリと笑い、血のなくなった“餌”を捨てた。そして次の“餌”に歩み寄る。わざわざ選んでいるのか、年寄りや筋肉質過ぎる人間は素通りして行く。そして、また食事を開始していった。
その光景に、まだ生き残っている者達は動けなくなっていた。一人の少女を除いて。
「みんなから離れろ、このヤロー‼」
「ダメだアリスちゃん‼ 戻って来い‼」
大人達の静止を振り切り、ヴァンパイアへと突っ込んで行く。ヴァンパイアは新たに現れた小さな“餌”にニッと不気味に笑い、一瞬で間合いを詰め、その細い腕を掴み牙を突きたてようとした。
「私、強いもん‼」
いきなり全身に感じた凍てつくような冷たさに、ヴァンパイアはとっさに飛び退いた。そして、そこにいる少女を見る。どれだけ見ても、ただの人間の子供でしかない。
「私、弱くないもん。みんなを守れるもん」
震える声でそう言うアリスを得体の知れない者だと判断し、ヴァンパイアは先に始末してしまおうとアリスを蹴り飛ばした。軽く人間を凌駕する身体能力は、一蹴りで巨大な象すら簡単に葬り去る。
「けほっけほっ」
「……!!!!!?」
しかし、男達の所まで数メートル飛ばされたにもかかわらずアリスは咳き込んだだけだった。 ヴァンパイアの青白い顔に当惑の色が浮かぶ。しかし、すぐに不適な笑みを浮かべた。
ヴァンパイアは高位の種族である。高位の種族は中位、下位のエネミーや突然変異種と違い、感情を持つ。そのため人間と同じようにそれぞれ能力差や性格が存在していた。
このヴァンパイアは好戦的な性格だったらしい。普段は人間を“餌”としか見ないが、強そうな相手が現れると別らしい。捕食者としての目から、人間に近い目つきに変わる。
「アリスちゃん大丈夫か!?」
「うん、平気だよ」
マチョオジちゃんが飛ばされてきたアリスに走り寄る。
「いいか、危ないからもう動くな。何があっても守ってやるからな」
「イヤだ!! 私戦える!!」
「子供は大人しく守られているんだ!!」
マチョオジちゃんにそう言われ、しぶしぶ頷く。しかし、その背後に目をやり息をのんだ。
「オジちゃっ!!」
警告の言葉が言い終わらないうちに、マチョオジちゃんは倒れた。深くえぐられた背中からは、真っ赤な鮮血が流れ出ていた。乾いた砂が、すぐにそれを吸収して固まっていく。
「いっイヤァァァァ!!」
アリスは蒼白になり、涙を浮かべながら必死になって肩を揺する。どれだけ叫んでも、反応は無かった。周りの生き残りたちも、リーダーが死んだことにただただ呆然としていた。
「次は貴様だ、小娘」
地獄のそこから響いてきたような声がヴァンパイアから放たれた。アリスは未だ視点の定まっていない目でそれを見上げる。動ける人は誰もいない。ヴァンパイアの血に濡れた手が伸びる。
「うゎぁぁぁぁ!!」
とっさに突き出された両手。そこから稲妻が放たれた。稲妻はヴァンパイアを貫き、砂が吹き飛んだ。
「……まさか、人間の子供が『魔法』を使うとはな。だが、この程度ならば殺すなど容易い」
腹に穴を開けられたらにもかかわらず、ヴァンパイアは笑っていた。穴はみるみるうちに閉じていき、完全に塞がった。
「な……んで? 当たったのに!!」
「魔法を使えるとは変わった奴よ。ちょうどいい、戦うのは止めだ。ただの人間を喰らうより腹は満たされよう。何より魔法を使う種族は美味だ」
今度は逃げられないよう、アリスのマントを踏みつける。そして、目の前の“ご馳走”に舌なめずりした。
「ヒッ……助けておじちゃ……おじちゃーん!!!!」
「うるせぇぇぇ!!誰がおじちゃんだクソチビィィィ!!」
かつて自分を助けてくれた相手を呼べば、超が付くほど不機嫌な怒声が返ってきた。
次の瞬間にはヴァンパイアが吹っ飛び、荷馬車に突っ込んだ。荷馬車は音を立てて崩れた。
「おじ……ちゃん?」
「うっせぇクソチビ、黙れバカクソチビ、謝れスーパーバカクソチビ」
巨大リュックは何処にいったのかなくなっていたが、目の前に背中を向けて立っている黒髪の人物は、見間違いようもなくロイだった。
戦闘シーンがあまり無かった……。
しかし、良い所で出て来るのが主人公デス。