拾ったのは……?
人気の無い、昔は街だった崩れかけた砂漠の遺跡。植物は雑草一本も生えず、昔は涼しさを感じさせていたであろう噴水はもう何十年も枯れたままだ。
そんな廃墟街で、ひときわ大きなビルの一室の片隅に座り込み、口に挟んだ細長いタバコをもてあそびながら、窓の外を眺めていた。太陽の熱で、遠いところが歪んで見える。
ーーグルグワァァァァン!!
ボンヤリと物思いにふけっていると。突然比較的近い所から聞こえてきた。あまりにもの甲高く、大きい鳴き声に思わず顔をしかめる。
「チッ……最近多すぎやしないか?」
数ヶ月前までは一週間に一匹来れば多い方だった。だと言うのに、この一週間で既に五匹は遭遇している。良い加減銃弾の消費が無駄に多くなるからやめて欲しい。金にもならない事は極力したくないってのに……。
オレは近くの壁に立て掛けてあったライフル『M24』に手を伸ばし、サッサと終わらせるべくゆっくりと腰をあげた。
このライフルは8口径、装弾数5発、動作方式ボルトアクションというモノだ。昔は世界各国の軍で採用されていたらしい。
窓から外を眺めると、数百メートルほど先で砂埃が上がっているのが見えた。狙撃用スコープを覗き確認してみる。そこに写ったのは巨大な花。そいつはツルをムチのようにしならせながらこっちに向かってきている。
「植物型変異体・No.073・巨大種か……何でまたこんな所に……」
冷静に敵の情報を頭の片隅から引き出しつつ、慣れた手つきで安全装置を解除してライフルを構えた。狙うは、花の中心の雌しべと雄しべのある部分。距離は目測500メートル、射程圏内だから問題ない。 タバコの煙で風の強さと向きを確認し、ためらう事なく引き鉄を引く。
大きな発砲音がすると同時に、花がよろめく。しかし、花はこちらの存在に気づき、ツルをしならせて反撃してきた。
「おっと、アブねぇ」
音を消すためにサイレンサーでも買うか、と考えつつ急いで後ろに飛び退く。さっきまで自分がいた場所は、ツルのとんでもない攻撃によって、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていた。コンクリートの塊は地面に叩きつけられ、木っ端微塵に砕け散る。オレもああなるところだった……。人間ミンチは御免蒙る。
「おいおい、人の隠れ家を壊すなよ」
これ以上数少ない隠れ家を壊されてはたまらない。早く片付けてしまおうと、階段を落ちるように駆け下り、腰にさげた愛用のリボルバー『 M500・10インチモデル』を抜き取る。50口径、装弾数5発、作動方式ダブルアクションという一品だ。世界最強のリボルバーとも言われている。
勢いよく外に飛び出ると、花はさっきまで自分がいた部屋を攻撃し続けているのが見えた。花の大きさは尋常ではない。軽く10メートルはあるだろう。いや、やめてよホント。
そんな怒り狂った化け物の後ろに静かに回り込み、狙いを定める。タイミングを見計らい、連続でトリガーを引き急所を狙い撃つ。爆発したかのような発砲音と共に、手から腕にかけて途方もないような衝撃が走った。
「……意外に呆気なく終わったな」
地震のような音を立て、花は倒れた。五つの穴からは、緑色の体液が流れ出ていく。それは周りに小規模な池を作り出していた。
「しかし、何で植物型が砂漠にいるんだ?」
普通植物型は水が少ない砂漠にいない。ましてやここは砂漠のど真ん中。よっぽどの事がなければわざわざ来ないはずだ。
植物型がやって来た原因を突き止めるべく花に近寄る……と。
「なっ‼ 動いた!?」
花の腹のあたりがかすかに動いたように見えた。いや、動いている確実に……。
「こいつに食われたのが、まだ生きてるのか?」
人だったら助けるべきか……でもエネミーだったら面倒だな、と思いながら鞘から引き抜いたダガーで手早く腹を切り開く。すると、中から緑色の体液にまみれた水色の物体が出てきた。ベトベトぐっちゃぐっちゃでわけがわからない姿になってはいるが、一応人の形をしている。
「人……だよな? おい無事か?おーい」
そう言いつつ、近くにあった棒でその物体をつついてみる。それはピクリと少しだけ動いた。
「生きてるか~? 返事しろ~」
オレはもう一度動くか試してみようと、さっきより強く、早く突き続ける。するとそれはモゾモゾ動き始めた。そして、緑の体液を滴らせガバッと顔を上げると……。
「お腹……すいたぁぁぁぁ‼」
「いってぇぇぇぇ‼食うなぁぁぁ‼」
その緑の生き物はいきなり腕に噛み付いてきたのだった。なんとか無理やり腕から引き剥がし、そいつと少し距離を置く。体液まみれのそいつは、飢えた獣のような目で見つめてくる。オレは負けじと睨み返す。するとそいつはうわ言のようにしゃべった。
「お腹すいた」
「だからって、オレを食うなよ‼ ……それはともかく、お前は誰だ?」
「お腹すいた」
「いや、それは分かったから」
「お腹すいた」
「…………」
「お腹すいた」
これでは埒があかない。はぁ、と深いため息をつき、そいつをさっきまでいた部屋に連れて行った。そして、濡れた衣服や髪を拭かせるためにタオルを投げ渡す。そいつが拭き終わったのを見てから、自分の食料を食べさせてみる。そいつはまるで一週間なにも食べていなかったかのような勢いで食べていた。
そんなそいつを改めて観察してみる。水色の長い髪に大きな青い瞳の、海色の女の子。背はかなり低い……十歳にも達していなさそうだ。
だが、ずいぶんと珍しい色を持ったヤツだ。オレも紅眼だからあまり人に言えた事じゃないが、やっぱり珍しいものは珍しい。
「で? お前は誰だ?」
しばらくして、少女が少し落ち着いたところで先ほどと全く同じ質問を投げかける。しかし、今度はちゃんと答えが帰ってきた。
「私は……アリス。六歳ですっ!」
そう言って、とびっきりの笑顔を見せた。光が満ち溢れるような、眩しい笑顔。だが、オレにとってはどうでもいい事だ。
「かわいこぶっても無駄だぞ!? お前はオレの腕に歯形を残したんだからな‼」
そう言いながら、腕を見せる。そこにはくっきりと歯形が残されていた。まだ少し痛みを感じる。本気でオレを食おうとしたのかこいつは……。
「まったく……っておい‼ オレの食料どこにやった!?」
気付けばさっきまでそこにあったはずの一週間分の食料が消えていた。かなりあったはずなのに……。
「食べちゃったよ?」
そう言ってアリスは小首を傾げる。オレはその悪びれる事を知らない表情に腹わたが煮え繰り返る。悪意のない悪事ほど達の悪い事はない。
「お前か‼ 返せ‼ オレの食料一週間分‼」
「お腹いっぱい」
怒鳴り散らすオレを無視してアリスはゴロンと横になる。
「おじちゃん、ありがとう」
「おじちゃん!?」
その一言はかなりショックだった。まだ二十二歳だというのに……。この前まではお子様扱いされていたはずだ。何か大切な時期を飛び越えてしまったような気分だ。二、三十年くらい。
「オレはおじちゃんじゃない‼」
「おじちゃん、お名前は何ていうの?」
素晴らしいほどのスルー。こいつはオレの主張を受け入れる気はないのか……。
「無視かよ……まあいい、オレはロイだ」
しぶしぶ訂正させるのを諦め、自分の名前を名乗った。久方ぶりに自分の名前を聞いた気がした。わざわざ名乗るような事はあまりない。
「アリス、お前どこから来た? 親はどうした?」
さっさとこの大食らいの少女を手放すため、逃げ場を探す。こんな奴と一緒にいれば、おそらく一ヶ月以内に破産するだろう。それだけは避けねば。
「わかんない」
「……はぁ?」
まさかの返事。逃げ道は絶たれた。
いやいや、どう考えてもこんな砂漠の真ん中に子供一人で来れないだろ。第一分からないって何だ。
ただでさえ訳の分からないチビだというのに、またまたとんでもない事を口に出した。
「でも、ユートピアって所に行きたいの」
「ユートピアだぁ? そんな場所に行ってどうすんだよ? だいたい実在するかも分からないんだぞ?」
ユートピア。そこは遥か昔、科学技術によって栄え、今も木々や草花が茂り、綺麗な水が湧いて出て来ていると言われている伝説の街だ。何でも、高度な科学機器が残されているらしい。しかし、実際に見た者はいない。
「おじちゃん、手伝って?」
「はい? なんて言った? おじちゃんちょっと耳が遠くて」
もちろん嘘だ。この年で耳が聞こえにくくなっていたら大問題に違いない。ただ単にそんな面倒な事をしたくはないだけだ。オレはそんな伝説上の街があるとは思わない。
「一緒に行こう?」
アリスは上目遣いでオレを見上げる。その時、オレの頭の中では天使と悪魔が衝突した。
「こんな小さな子を砂漠に放り出してもいいのですか? 可哀想だと思わないのですか?」と天使。
「こんなガキほっときゃいいんだよ! ロイ! こいつに食料全部食われちまったんだぜ?」と悪魔。
オレの中でとんでもない喧嘩が繰り広げられ始める。
「なんですって!? こんな子供を見殺しにすると!?」
そんな事ありえない、という顔で天使は悪魔を殴りつける。
「だったらなんだっての!! 所詮は赤の他人だぜ?」
悪魔も負けじと天使の腕を蹴り上げる。
「そんな事断じて許しません!!」
「はぁ~ん? 勝手に言ってろよゔぁ~か!!」
泥沼化していく喧嘩に、オレの精神がぐらつき始める。これ以上やられてはかなわない。どうせどっちをとっても後悔する。サッサと立場を決めちまおうとチラリとアリスを見た。期待の眼差しでオレを見上げている。
「ああもううるせぇ‼ 行くよ! 行きますよ! 行かせていただきますよ‼」
ここで泣き出されたらたまらない。仕方なく天使のいう事を受け入れることにした。
アリスと天使は嬉しそうに笑い、オレと悪魔は舌打ちした。