5話
「で? いったいどうすんのよ!!」
時刻は夕方を回り、部屋に差し込む夕日が室内をオレンジ色に染める。
校庭を何組かの生徒の塊が、騒がしく会話をしながら横切っていく。大方この後どこに遊びに行くかとかそういった相談をしているんだろう。
こんなことにならなかったら、私もあの輪の中に入れていたかもしれないのに……。
そんな気持ちを言外に含めながら、窓の桟にもたれかかりながら怒鳴り声を上げる紅葉に、応接用の机の隣の置かれたソファーに座っているシシンはきりっとした顔で言葉を紡ぐ。
「ついカッとなってやった……。反省も後悔もしない」
「命がいらないみたいね……」
「か、花楓野!? これ以上の不祥事はさすがに重ねるべきじゃねーだろ!?」
怒りに震えた様子で、能力を行使するために指パッチンする前の形に手の形状を変形させながら右腕を突き出す紅葉。それをみて、シシンが連行されたと聞いてやってきていた健吾が慌てて紅葉にとびかかり、能力行使を妨害する。
「まさか転校初日にクラス5にケンカ売るなんて……。骨は……残るかしら?」
「そんなにすごい奴なん? クラス5って?」
さすがのその言葉を聞いて事の重大さに気づいたのか、シシンは紅葉をおちょくるために作っていたキリッとした表情を引っ込め、紗奈に疑問をぶつけた。
シシンのその問いに「何このめんどくさい奴?」とあからさまに瞳で語りながら、紗奈は騒ぎを聞きつけてシシンの付き添人として現れた健吾を睨みつけた。
「え、えっと……クラス5についてはどこまで知っている?」
さっさと説明しなさい……。紗奈のいら立ち交じりに視線に気圧された健吾は、若干その場から後ずさりながらシシンにそう切り出した。
「もちろん知っとるよ? うちの学年のクラスの組数……冗談やから紅葉、とりあえずそのコブシはしまってくれへん!? えっと……超能力者の強さの等級の最上位やろ? 0~5の順に強くなっていって……クラス5になったらうちの大陸の雑兵で構成された軍隊を単騎で迎撃できるそうやんか?」
「それだけじゃなくクラス5には希少価値ってものが付く。だから六花財閥はたとえ罪をもみ消してでも、そのクラス5達を保護するんだよ」
「希少価値? そんな珍しいもんなん?」
シシンの問いに答えたのは、電話片手にクラス5との決闘を何とか回避できないかと方々に手を回している紗奈や、あきれきった視線をシシンに向ける健吾ではなく、窓際から離れ短い髪をガリガリとかいた紅葉だった。
彼女はシシンの方へ近づいていき、シシンと机を挟むように向かい合うと、目の前の机をバンと叩く!
「あんたそんなことも知らないの!? 私たちの大陸……正確には六花財閥が超能力研究を始めてから確認されているクラス5は全部で12人。うち、いま生きているのはたったの7名。現役で学生している人間となるとさらにその人数は減って《氷河時代》《金剛力士》《弾幕皇女》《王命鼓舞》の4人になんのよ! 覚えておきなさい!!」
「ここテストにでるわよ!! ああ、ゴメン、ふざけんと聞くからそのコブシは納めてくれへん!?」
「しかも、残った大人の三人も曲者で……一人は数年前に行方不明。一人は隠居を決め込んで自分の能力使って惑星が滅んでも生き延びられる自閉空間に引きこもり。最後の一人に至っては六花財閥会長の秘書頭でこの大陸のすべてを知っているらしい……。前のはともかく、後ろ二人は能力の規格外さがうかがえる感じだろ?」
肩をすくめながら説明を締めくくった健吾に、シシンはガクガクと首を縦に振って肯定を示す。
惑星破壊にも耐えられる自閉空間に引きこもりって……そんなのうちの国長たちでもできるやつがいるかどうかや……。
自分の国の六人の怪物たち(ちなみにシシンの父親のこの中に入っていたりする……)を思い出してしまい若干の鬱が入るシシン。留学前に『お前超雑魚なんだって? だったら俺らがみっちり鍛えてやるよ~』とか言いながらいじめに近い修行(笑)をやらされた記憶がフィードバックする。
まぁ、その修行の成果はまったくでーへんかったけど……。何せあの人たち、俺を魔法関連で強くしようとしよったし……。
ここにくるまでのいじめの日々に若干遠い目をするシシン。しかし、そんな彼を放置し健吾の話を進んでいく。
「第一学園都市にはさっきあげた四人のうち二人のクラス5が所属してんのよ。《氷河時代》とさっきの《弾幕皇女》ね」
「キタ━━━━━━(゜∀゜)━━━━━━!!!!!! ちょ!? 何きょとんとしとんねん!? 滑ったみたいやからやめてんか!? 弾幕ゆーたらこれやろうが!?」
「お前もう立派なボケ役だよ……。あとそのスケブはしまえ。邪魔だ」
シシンが突然掲げた、どこから取り出したのかわからないF0のスケッチブック。そこにやたらと達筆な筆使いで描かれた某弾幕の顔文字にイラッときた健吾は、シシンからそのスケッチブックを奪い取りペイッと窓の外に捨てる。
その際シシンは「俺のネタ帳がぁあああああああ!?」と悲鳴を上げていたが、紅葉と健吾は、今は気にしない方向で行くことにしたようで、全力で、泣いているシシンを無視した。
「まぁ、そんなわけで前話した学園の格付けは当然のごとく第一がトップ。そのせいかあそこの生徒はほかの学園都市出身の奴を見下す傾向があってな……。大体の生徒があんな感じ?」
「おまけにそれをしてもとがめられないということが分かっているせいか、かなりたちが悪いのもいるわよ? あの人はまだましな方だわ」
あれでまだましかいな……。
紅葉から伝えられた信じられない一言に、あきれが入った声を上げながらシシンは紗奈の方を向いた。
「まぁ……要するにあれやろ? 俺がチョウシのったからシバかれると……」
「頭悪そうに言ってしまえばそうなるわね……。というか、理不尽だったとは思うけど弁当の一つや二つくらい我慢しておきなさいよ。おかげで明日私たちはあなたの焼死体を片付けないといけないことになったのだけれど?」
「俺死ぬこと確定なん!?」
「むしろ真剣に勝てると思っているの? あなた自身がその事実を一番よく理解していると思うけど?」
「……」
紗奈にそう言われて、シシンは少し真剣に考え込んだ後、
「あぁ……。まぁ、勝てる自信はないけどもな……」
若干の自嘲を浮かべながら『どないしょ……』と言わんばかりの表情を浮かべながら頭をガリガリとかく。
「え、ででもシシンは留学生なんだろ? 天草のエリートたちから選抜された……優秀な魔法使いだよな? だったらなんとか打開策ぐらいはあるんじゃないのか?」
さすがにあれだけの啖呵を切ったあげく無策とは思っていなかったのか、健吾がツッっと冷や汗をかきながらひきつった顔でそう尋ねてくる。
それと同時に即座に健吾がから顔をそらすシシン……。ちょっとよくシシンを観察してみると健吾以上の冷や汗をかいていることが容易に見て取れた。
「……おい。まさかマジでなんもないのか?」
「なんもないどころの話じゃないわよ……。この子魔法使いですらないんだから……」
「はいっ!?」
紗奈の呆れきった声に紅葉は思わず素っ頓狂な声を上げた。シシンはその声を聞きビクリと震え、ひきつった笑みを紗奈にむける。
「ところで何でそのこと知ってんの?」
「私はここの《法律》の最高責任者よ。問題児のことは把握しておく義務があるの」
「おお!! 問題児!! なるほど……つまり変人で皆からは蔑まれとるけど、実は隠れた実力者フラグが!!」
「シネ」
「ごめん……ガチで言われるときつい……」
シシンの戯言を殺気あふれる声で封殺した後、紗奈は昼休みに見ていたシシンの個人データを健吾と紅葉によく見えるように掲げてみせる。
「その子は生まれながらに魔力がなくて魔法使いになれない落ちこぼれだったんですって……。だからこの子はここにきて超能力者になろうとしたのよ」
紗奈の信じられないくらい絶望的な言葉を聞き、石像のように固まる健吾と紅葉。そんな二人の様子と、『いや~。ばれてもうた……メッチャ照れるわ~。あ、ちなみに留学生になれたんはクジ引きで当たったからやで?』と状況わかってんのかと言いたくなるくらいあっけらかんとした笑みを浮かべたシシンの様子があまりに対照的すぎて、紗奈は再び大きなため息を漏らすしかなかった……。
…†…†…………†…†…
「魔法が使えないですって!?」
「はい」
夜の第六学園都市。そこにある最も豪華で巨大な学生寮にそんな間の抜けた声が響きわたったのは時計が11時を回った時だった。
そこにいたのはやたらと豪華なフカフカソファーに身をゆだねているバスローブ姿のレインベルと、彼女の髪を寝やすいようにセットしなおしているメイド服装備の黒江だった。
さすがに寝る時までシシンに『クロワッサン』と揶揄された髪型をするつもりはないのか、今のレインベルの髪型は至って普通の金髪ストレートだ。
「あ、あの庶民……わたくしにケンカを売っておきながら、何の異能ももっていないというのですか黒江!!」
「はい。我が天草では結構有名でしたよ? 『トンビが鷹を生むならぬ、トンビが烏を生んだ』って」
「烏を馬鹿にしてはいけませんわ。彼らは意外と賢いですのよ?」
「お嬢様……今はそんな話していないです。ほんとお嬢様は空気読めませんね」
「相変わらず口が悪いですわね……」
「治しましょうか?」
「けっこう。もうあなたの口調になれましたから今更治されるのも不快ですわ……」
レインベルの言葉にほんのりと笑みを浮かべた後、髪のセットが終わった黒江は若干濡れているレインベルの髪を、ドライヤーを駆使して丁寧に乾かしていく。
「ですが……私が今回の留学生で最も優秀だと思うのは彼ですよ」
「……それは、なぜですか?」
今まで黒江が与えてくれた情報に間違いはなかったため、レインベルは黙って髪を乾かされながらその理由を尋ねる。
「私たちの魔法と超能力の違いはいったいなんですか?」
「いまさらその質問ですか? 数年にあなたが教えてくれたではありませんか。1・魔法は超能力と違って魔力という弾数があること。2・超能力とは違い異常なまでの汎用性があること。信仰する宗派によって得意魔法に偏りはありますが、超能力よりかは汎用性が高いんでしたよね?」
「はい。魔法は拾得さえしてしまえば大抵のことはできる優れものですから。そこでお嬢様に質問です。魔法さえあれば何でもできる文明に魔力を持たない状態でお嬢様が生まれたとしたら、いったいお嬢様は何ができますか?」
「それは……」
レインベルは先ほどと同じように答えようとして……言葉を詰まらせた。
何ができる? あちらの文明は魔法……すなわち魔力がその身に宿っていることが前提ですべての話が進んでいく。それが当然のことだし、それ以外の選択肢なんて存在しない。
こちらの留学生が天草に馴染めずすぐに帰ってくるのはそこらへんが原因だったりするが、今は関係ないので割愛。
何ができるか……。
レインベルは優秀なクラス5の頭脳をフル回転させ、その質問の答えを導き出す。
何ができるんですか、
「何もできませんわよ……」
そして、あっさりとたどり着いたのはその答え。考えれば誰でもわかる単純なこと。しかし、その答えにレインベルは戦慄を覚える。
だったら……だったら、あのシシンという少年は、どうやってこの年まで、天草で生きてきたというんですか!?
「彼は足りないことを知る人間です。自分が何よりも誰よりも足りないことを知っています。『魔力がないから』『魔法の才能がないから』……すべてが魔法で片づけられるあの大陸で、彼は誰よりも足りない人間でした。だから彼は……その足りないものを努力で補ってきた。本人自身は『クジ引きで選ばれたダメ留学生や』などといっていますが、とんでもない。彼ほどきちんと、学ぶこと……努力することを知っている人間はいません」
魔力で走る自動車を動かせないなら両足を使って自転車をこぎ、魔法を使えば簡単にこなせる宿題を何日もかけて予習復習して必死に記憶し、魔法を使う相手にケンカを売られたら自分の体と頭を使い、工夫を凝らして撃退する。
そんな生活を彼は続けてきたのだ。
「ですから私は……お嬢様と彼に会ってほしかった。今すべてを失いかけているお嬢様に……彼はいい影響を与えてくれると思いますよ?」
黒江の言葉に少しだけ眉をしかめながら、レインベルはしばらくのあいだ口を閉じ、押し黙る。そして、ソファーの目の前に置いてある手紙を手に取りそれを電灯の光にかざしながらため息をついた。
「本当にそうだったら……いいのですけど」
その手紙は赤い蝋で封がされており、一つの刻印が刻まれている。
《第一》という文字がデフォルメされたその刻印を見て、レインベルは悔しそうに唇をかむのだった。




