4話
「ふ~ん。これがうちに来た留学生の資料ね……」
第六学園都市の守りを任されている第六学園都市《法律》支部・局長真玉紗奈は眉をしかめ、ため息をつきながら資料をめくっていく。
やたらと上等ないすや机が並べられた《法律》事務所内部には、今は彼女しかおらず、若干傾いた日差しが差し込む窓の外からは昼休みに校庭に出てたわむれている生徒たちの嬌声が響き渡っていた。
紗奈はその声を聴いて、少し頬を緩めはしたがそれでも険しい表情は崩れなかった。
それだけ、彼女が見ている報告書は問題だらけだったからだ……。
「まさかこんな留学生がうちに送られてくるなんて……。第一……もしかしたら本社からの嫌がらせでもうけているんじゃないかしら?」
本社……この国を実質統治している大財閥――六花財閥の工作を疑いながらも、紗奈は黙々と資料をめくっていった。
《松壊シシン:魔術宗派・陰陽道
系譜・松壊一族(《不死の英雄》シオンの一人息子)
備考・生まれながらの色素異常持ちだが、《松壊一族》の特性によってほとんど健康体と変わらない。注意事項としてほかの生徒に一族の体質を見られると若干の不和が生まれる可能性があるため、極力みられる可能性がある状況を作るべきではない。彼自身の強い希望で第六学園都市へと編入。超能力開発は積極的に行うこと……》
などなど、事細かに彼のステータスが連ねられており、「よくもまぁこれだけ調べたわね……」と、若干の呆れを含んだ関心の声を漏らしつつ、紗奈は少しだけコーヒーを口に含んだ。
そして、シシンの報告書に添付されてついてきた、もう一枚の書類に彼女が目を落とそうとしたとき、
「センパァアアアアアアアアアアアイ!!」
部屋の前の廊下を、聞き覚えのある声が、ドップラー効果を伴って近づいてくるのを聞いて紗奈は思わず額を抑えた。
なんでこんな時に限ってくるかなぁもう……。
聞こえてきた声と、勢いからしてやってくるのは花楓野紅葉だろうと辺りをつけた紗奈は、めんどうくさそうにイスから立ち上がりながら彼女を出迎える準備をするために、精神鎮静作用があるハーブティーを入れる。
紅葉は、第六学園都市にはある事情で五人しかいない《法律》のメンバーの一人なのだが、そそっかししく失敗が多いことで問題児として認定されていた。
実力は折り紙つきな強力な能力者。そのクラスも堂々のクラス4と能力数値だけ見れば文句なしのエリートだ。
そう……能力だけなら。
再び紗奈が大きなため息をついて若干顔を俯けたとき、ようやく声の人物が部屋の前にたどり着き勢いよく《法律》支部のドアを開けた。
「先輩! 聞いてくださいよ!!」
「とりあえず落ち着きなさい紅葉……。あなたの悪いところはすぐに熱くなってしまうところよ?」
今にも食って掛かってきそうな気迫を滲み出させながら、自分の方へ走ってくる紅葉を見て紗奈は三白眼の視線を飛ばしながらハーブティーを突き出した。
そんな紗奈の平坦な態度にのまれてしまったのか、紅葉は思わず体をのけぞらせ、突き出されたティーカップを回避し、
「あ、ありがとうございます……」
少しばつが悪そうな顔をしてそれをうけとった。どうやら自分のテンションがおかしな方向に行っていたことは自覚していたようだ。
それを満足げに見つめた後、紗奈は再び執務机へと戻りハーブティーを口に含む。
「それで? 今度はいったいどうしたの? 昼間の冤罪事件の処理はもう片付けたけど?」
「え、冤罪じゃないです!! 痴漢事件です! ちゃんと犯人捕まえました!!」
「それと並行して冤罪事件も犯したでしょうに……。あれだけの目撃者がいた中でごまかせたとでも思っていたの?」
「うぅ……」
紗奈の冷たい言葉に、紅葉は頬を膨らませながらティーカップを両手で包み込むようにもってハーブティーをすする。
「でも、クラスのみんながひどいんですよ!! まるで私を使えない子みたいに……」
「実際使えないでしょ貴方……。あなたが検挙してきた犯人の中で冤罪率が八割切っているんだけど?」
「……」
旗色が悪くなってきたためか、若干視線を窓に向けながら遠い目をして現実逃避する紅葉に、紗奈は大きく嘆息をし、一気にカップをあおった。
まったく……この子は本当に子どもね。なんで高校生やっているのかしら?
本人が聞けば先輩後輩なんてものは無視して飛びかかってきそうなことを考えながら、紗奈は空になったカップを受け皿に置き、先ほどまで目を落としていた資料を執務机にぶちまける。
「ただでさえ問題児がいるのに……この上さらに二人も増えるなんて……今年は本当に厄年ね」
「その問題児って私のことですか……って、ふたり?」
「ええそうよ。一人は今朝貴方と一悶着起こした転校生と……」
紗奈がそうつぶやきながら指をさした書類には、信じられない人物の顔写真とデータが張り付けられていて……。
「第一学園都市の切り札の一人……クラス5《弾幕皇女》――レインベル・ヒルトン。幻の大陸から渡ってきたなんて眉唾物の伝説を持っている家系の末っ子様よ……」
自信あふれる笑みを浮かべた金髪縦ロールの髪が特徴的なその美少女の写真に、紅葉の顔が思いっきりひきつるのを紗奈はため息交じりに見ていた……。
…†…†…………†…†…
紅葉が泣きながら教室を出て行ったあと一通りの紹介を終えたシシンは、丁嵐に連れられて廊下を歩いていた。
「どうせ食べるんだったら学校の案内がてら学食行こうぜ?」という丁嵐の提案にシシンが乗っかったからだ。
(まぁ……卒業するまでお世話になる学校やし、早いこと構造知っとくんは悪いことやないやろ)
今回の留学生はかなり特殊な形で行われており、留学期間は計三年。高校時代を丸々違う大陸で過ごすことになっている。
これは、次世代の魔法使いたちに対外国である日ノ本を第二の故郷のように思わせることによって次世代の外交をより円滑に進めるために考案された留学制度で、今回のことがうまくいけば数年おきにこういった長期留学の機会を設けるつもりだと天草の政府連中はいっていた。
シシンは基本的にバカなので何を言っているのかはあまり理解できなかったが、同じくそれなりにバカな父親が「ようするに、楽しんで来い」と気をきかせて噛み砕いて言ってくれたのでそうすることにしている。
「それにしても人多いな? 昼っていっつもこんなもんかいな?」
階段を使って食堂のある階に降りたシシンは、その階を埋め尽くすかのような人の山に目を丸くした。
「うちはマンモス校の割に学食ちっせぇしな……。昼になると学食組でこの階はあふれる。何度も何度も学食増やすように申請してんだけど、上の財閥が予算下ろしてくれないらしい」
「なんでや?」
「うちの第六学園都市は個性的な能力者は多いけど、高レベル能力者が少ないしな……。冷遇されてんだよ」
「ああ……。親父から聞いたことあるわ。学園都市間の格付けやったっけ?」
「そうそう。高レベル能力者が多い学園都市ほど予算が大量に回されて、うちみたいな不良……能力クラスが低い奴らが集まる学園都市はこうしてひもじい思いをすると……。まぁ最近実験で事故を起こした第三学園都市よりかはずいぶんとましだけどな」
ふ~ん。と、健吾の解説を理解したシシンは『学園都市もいろいろと面倒なしがらみがあんねんな~』と苦笑を浮かべながら、人ごみをかき分ける健吾についていく。
シシンの頭上には人ごみにつぶされないように両手で掲げられた弁当があった。どうやらそのせいで人ごみをかき分けることができないようだ。
「ちなみに学食ってこの先ドンくらいなん?」
「安心しろ!! ほんの20メートル先だ!!」
「なぁ……学校抜け出して近くのコンビニ行った方がはやない?」
20メートルもこの人ゴミをかき分けないといけないと聞き、ややげんなりとなるシシン。健吾も否定はしないのか、そこはかとなくうんざりしたような表情を浮かべて何度か頷いた。
だが、
「学校抜け出すのは至難の技だろ……。うちの学校、学歴そんなによくないからせめて授業だけはちゃんと受けさせようってさぼり防止のために……」
その時だった、
「道を開けなさい庶民たち!! 高貴なワタクシが通りますわよ」
やたらと傲慢な声が聞こえたのと同時に、
「「「「「ぎゃぁああああああああああああああああああああ!?」」」」」
突然学食付近で爆発が起き、そこにたまっていた人だかりが吹きとんだ!!
「「なっ!?」」
あまりに異常すぎるその光景に、思わず固まってしまうシシンと健吾。
当然学食に入るためにたまっていた人だかりを構成する人々も見事に固まり、その爆発を起こした人物を凝視した。
「庶民たちが血眼になって入っているからどんなおいしい料理が出るのかと思い入ってみれば……しょせん第六は第六ですわね。しみったれたものしかメニューにありませんでしたわ」
「お嬢様……だからと言ってこのような……」
「御安心なさい黒江。手加減は致しました」
爆発の煙を切り裂きながら洗われた、ド派手な金髪を縦ロール型の髪型にまとめた美少女は。羽毛が先端についた扇子を動かしながら先ほどの爆発で吹き飛んだ生徒たちを一瞥する。
そこにはまるでギャグ漫画のように黒こげになって気絶している無数の生徒たちが倒れていて……。
「ただのスタンモードです。コマが変わればドリフ爆発ヘアで再登場できますわ」
「お嬢様……現実と漫画のギャグ補正をごっちゃにしないでください」
お嬢様然とした見た目には似合わないセリフを吐いた縦ロールに、後ろに影のように付き従っていた黒髪黒目の美少女は心なしか困った雰囲気を出す無表情で、ツッコミを入れる。
「さて……さっさと留学生とやらを探しましょうか? お退きなさい庶民たち。この方たちのようになりたいのかしら?」
そんな美少女のツッコミを一向に意に介した様子もなく、縦ロールはその周囲に光の球体を無数に出現させて、たまっていた生徒たちにそう脅しをかけた。
一瞬の静寂。そして……
「なんでこんなところにいるんだよ……」
「?」
健吾のつぶやきを合図にしたかのように、生徒たちはまるで濁流のように移動を開始した!!
「ちょ、ちょ!? なんやあれ!? いったい誰やねんあの嬢ちゃん!? 丁嵐の知り合いかなんかかいな」
「アッチーつえっつったろうが!!」
「まだ生きとったんその話!?」
「知り合いじゃねーけど有名人だよ! 日ノ本に7人しかいない学園都市所属クラス5の一人にして、《第一学園都市》が要する二人のクラス5の一人……《弾幕皇女》――レインベル・ヒルトン!!」
シシンが落ち着いて健吾の話が聞けたのはそこまでだった。
恐慌に陥った人の波がとうとうシシン達がいたところまで到達し、シシンと健吾を飲み込んだからだ!
「って!? シシン!?」
「のわっ!? うぇぇええええええええええええ!?」
朝の電車で驚異的な身体能力を見せたシシンでも、これだけ密着して移動する人の波の前ではなすすべもなかったようで、あっさりと人に流され押し倒され踏みつけにされる。
「いたたたたた!? ちょ、イタイイタイ!? ふんどるふんどる!?」
「シシ~ン!!!!!!!!!!」
まるで今生の別れでもするかのように悲痛な声を残して人ごみの向こう側へと消える健吾。当然踏みつけにされているシシンにそんなこと気にしている余裕はなく、とりあえず骨だけはおられないように適当に身をよじりながら、なんとか人の足によって演出される地獄を耐え忍んだ。
そして数分後……。
「いやいや……俺やなかったら軽く死んどるで、これ……」
人々の波が完全になくなった後、何とか無事にあの地獄を切り抜けたシシンは、うんざりした様子で体を起こしその場に座り込む。
「うわ……これクリーニング代学校が出してくれへんかな……」
そして、漆黒の詰襟についた無数の足跡に、泣きそうになりながらシシンはあたりを見回した。自分をここまで案内してくれた気のいい不良もどきの姿を探しているのだが……。
「健吾は~。まぁ、流されたわな……」
しゃーない一人で飯食うか。ホンマ転校初日から災難続きやで……。
そう涙を流しながらシシンはもう一度辺りを見回してみた。今度は純粋に弁当探し。
そして、シシンは見てしまった。
「あ……」
無残に踏みつぶされ、中身が漏れ出し、それすらボロボロにされてしまった渾身の力作だった弁当を。
「あら? まだ人が残っていらっしゃいましたの?」
「あ、お嬢様この人……」
入学初日だったから。父親の飯を作らなくてもよくなったから。心機一転、気合を入れたかったから。ネタが滑らへん様に願掛けしたかったから……。
様々な理由が重なり今まで異常に気合が入ったできとなったシシン渾身の激ウマ弁当は、わけのわからない理不尽な縦ロールの登場によってあっさりとつぶされてしまっていた。
「この人……私が言っていた留学生有望株の人ですよ?」
「なんですって!?」
材料を厳選して作ったエビフライ。彩り豊かにと思い入れた、プチトマトをようする緑たっぷりの野菜のサラダ。大好きなから揚げに、渾身の出来で炊き上げることができたふりかけ装備のごはん。そして、お気に入りのソースを詰め込んだ小さなプラスチック容器。
それらすべてが無残に美踏みつぶされ、グチャグチャのメチャメチャになってしまっていて……。
「あぁ……」
シシンの顔から表情が消える。
「あなたが『第六』の転校生ですのね!? 知っていると思いますがわたくしの名前は《弾幕皇女》レインベル・ヒルトン。今日からあなたのご主人様になる……」
縦ロール……ことレインベル・ヒルトンが何か言いだそうとしたのを聞き、シシンの怒りゲージはマックスを迎えた!
「やかましいわ、この金ぴかクロワッサンがぁあああああああああああああ!!」
ブチリ……という音共に、シシンが絶叫を上げる! それはもう凄まじい絶叫で、冤罪をかけられた時以上の怒りがその絶叫からは感じられた。
「なっ!? く、クロワッサン!?」
「ブッ……!!」
人がいなくなった廊下を優雅に進んできて、へこんだ様子で座り込んでいた留学生を見つけて声をかけたレインベルは、突然パンの名前を自分につけられ絶句する。
おまけに、後ろに待機していたお供の少女はその呼称がツボったらしく、思わず吹き出してしまっていた。
その少女に『あとで覚えておきなさい!!』という意味合いがこもった殺気だった視線を飛ばした後、レインベルは怒りに燃えるシシンを睨みつけ、いつものように高慢な言葉を吐き出した!!
「しょ、初対面なのにずいぶんと失礼な呼び名を使われますわね、留学生。最近の天草では人のことを蔑称で呼ぶのが流行りなのですか」
怒りに震えながらも何とか優雅さを取り繕い、かつ大量に侮蔑を含んだレインベルの言葉。しかし、シシンはそんなこと一切意に介した様子も見せず、レインベルに負けず劣らずの怒りに燃える瞳を彼女にぶつけ、地を這うような低い声をだした。
「やかましいわ。おのれは今最も手ぇだしたらアカンもんに手ぇ出したんや。たとえ己のクロワッサンが某パンの人みたいに引きちぎって食べさせることによって、人に愛と勇気を与えるもんやったとしても、この所業は許されへん……」
「ワタクシの髪はクロワッサンではりませんわよ!!」
「ぶふぁ……!!」
「黒江!! あとで覚えておきなさい!!」
もう我慢の限界とばかりに、レインベルに背を向け地面に膝をつきバンバンと床を殴って爆笑する黒い少女……黒江に、もう泣きそうな顔でレインベルは怒声を上げた。
そんな二人の漫才など知ったことではないといわんばかりに、シシンは怒りに満ちた声で絞り出すように言葉を発する。
「決闘やクロワッサン!! おのれに今日の行いを後悔させたるわ!!」
「いいですわ!! ここまで侮辱されたのは生まれて初めてです!! 転校生とは言え所詮は第六に配属される落ちこぼれ……格の違いというものを見せつけて差し上げますわ!!」
そういって、視線をぶつけあい火花を散らすシシンとレインベル。
騒ぎを聞きつけてやってきた紅葉と紗奈はその光景を見て、弱りきった視線をお互いに交わした。
間に合わなかったか……と。
なんか人気ありませんねこの小説……




